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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
第三章 深淵の霧蝕 傀儡の傀儡師編
30/40

第30話 再出発 ――万全竜 VS マジックキャンドルパンダ――

ストレスがたまったので一年ぶりの投稿です(半ギレ

 


 ネージュが用意した空間。

 ドーム状に広く、天井は気が遠くなるほど高い。無機質な白い床と壁は白く発光している。

 そこに佇むのは三名。


「シムと戦った時に使った広間の形を変え、拡張した。存分にヤってくれたまえ」


 ネージュの言葉がミストラルの耳から入って反対側の耳にすり抜けていった。それどころではないのだ。心臓がバクバク鳴っている。視線は細やかに震えて・・・、いや視線は一点に固定されている。目の前の魔物に。震えているのはミストラルの身体だった。これでもだいぶ落ち着いたのだ。一回失神してから意識を取り戻した直後は語るのも憚れるほど狼狽していた。


 人間にして10歩の間合いを置いて、ミストラルとシムは対峙してる。ミストラルの傍にはネージュ。


「・・・だから大丈夫だって、シムは何もしないからさ。僕の言うこと信用してよ。怖くない怖くない」


 今は既に人間の姿ではない。ネージュにほとんど懇願するような形で封印魔法を解いてもらい、竜の姿に戻っている。それに今回はシムに一方的にやられた時とはわけが違う。


 今、ミストラルは油断をしていない。


 どんな強者でも油断を突かれると格下に負けることもある。前回はまさにそうだった、だが今は違う。油断をしていなければ、万全の力を発揮できる。

 そして竜は強い。もともと強い。生まれついて強い。平均的な個体でだ。そしてミストラルは平均よりも上だった。前回シムが勝ったのはまぐれのようなものだ。


 ミストラルは自分の状態を振り返った。


「・・・・・・」


 魔力による自己強化。通常戦闘時の10倍。

 魔法による防御力強化、複数。

 竜の特性による《対魔力》。

 そこに加えて、強靭な防御を使用者に付与する魔宝具<金剛の守りヘラキュラ・アミュレット>。


「・・・」


 万全である。今に比べれば前回は裸も同然。防御重視のこの状態なら並大抵の攻撃は通らないだろう。加えてシムから攻撃することはないとのことだ。つまり、


「・・・吐きそう。ネージュ、この魔物を里から放り出すのはダメなの?」


 どんなに重装備でも嫌なもんは嫌だ。当然であった。


「私の友達だからね。前のおいたは勘弁してやってくれ」


「この魔物は危険よ」


 死の淵で感じたおぞましさは忘れようがない。ミストラルはちょっと涙ぐみ、慌てて拭う。サッとネージュとシムを見るが二人とも何故かお互いのを見ていた。よかった。一息つくミストラル。


 一方ネージュとシムは唐突に芽生えた足元への好奇心が消えたので顔を上げた。


「もう危険じゃないのを証明するためにこうしてるんでしょう?」


 三回は繰り返したやり取り。


「ううう・・・もう。・・・しょうがない・・・か、《回復ヒール》。《勇猛ブレイブ》」


 好まないけど、魔法を使ってでも気持ちを落ち着かせる必要がある。

 ミストラルはなるべく自身を冷静に見て、そう判断した。そして縮こまらせていた身体を起こすと目の前のパンダをしっかりと見据える。切り替えが早いことは自慢の一つだ。


「確認するけど、この魔物は無抵抗なのよね?」


 声はもう震えていなかった。ごく短時間での精神の安定に成功。


 ネージュはミストラルの尻尾がまだ微妙に振動していることを指摘するか一瞬悩んだが、無視を決行。幸い、震えはすぐ消えた。


「ミストラルに怪我させてしまったケジメみたいなものだよ。指一本出さないさ」


 ネージュの応答は軽いものだった。私の緊張がまるで伝わっていないかのよう。シム=ミストが完全に安全であることを証明するために私がシムをボコす、これから行われることは簡単に言えばそういうこと。もっと言えばシムが安全であることの証明というよりは、ネージュが魔法【尊き我が友愛の刻印ディア・マイ・フレンド】でシムを管理できていることの証明。無論ネージュの魔法の腕は私には周知の事だが、確認は必要だ。それに――


「本当にごめんなさい、もう二度としません。僕早とちりの気があって・・・。なんというか、思い込み?激しいというか・・・」


 これである。

 申し訳なさそうに、しかしどこか軽い調子で謝るシムパンダ。ちなみに直立している。


「やっぱ、おかしいでしょ・・・。なんでお前が喋ってんのよ!」


 まるで何事もなかったかのように喋るパンダシム。自然体だ、自然体過ぎて違和感がある。以前と違うところはその身体と身体から出る霧に白銀の紋様があることだろうか。紫の中を白が揺らめいている。


「本当に強力な支配魔法かけたのよね!?あとなんで魔法使わないで話せるの!」


 思わずまた確認するが、


「ああ、私の言うことには絶対服従だ。なんでも快く聞き入れてくれるよ。あともう聞かれて困る話はないから竜の言葉はさっき魔法で直接インプットしといた」


 ネージュはカラカラと笑っているばかりだ。


「普通、絶対服従までいくほど強力ならほとんど自我は残らないと思うんだけど・・・」


「凄いだろう? 調整には気を遣ったからね。自慢の魔法だ」


 ぶつぶつと呟くミストラルに、自慢げなネージュ。


 聞いた話ではコイツはネージュの魔法によって絶対的に彼女の支配下に置かれているはずである。通常そのような強力な支配系魔法では自我はほとんど残らない、人形のようになる。ある程度の自我を残し、自律性を持たせる支配系魔法なら人形にはならないが、それだとコイツのあっけからんとした態度に違和感を覚える。いくらネージュが魔法を得意としていてもだ。


 警戒を強めつつ、


「おい、お前」


「はいはい、なんでしょう」


「ネージュがお前に支配系魔法かけたこと分かってるの?」


 魔物に問いかける。


「ああ、まあ・・・はい」


 なぜか、はにかむように答える魔物。ミストラルは熊の表情などわからないがどことなく嬉しそうな雰囲気を感じた。


「お前の自由が、奪われたということよ?ネージュを恨んでないの?」


「自由を奪われるってのはもちろん嫌ですけど、ネージュだから、まあ・・・。別に構わないかと思って。色々理由もあるだろうし、僕も別にいやな気持じゃないっていうか・・・」


 魔物がネージュを親しげに呼んで、ネージュがそれを気にしないの見て少しイラっとする。


「ミストラルさんは僕が逃げるために暴れないか?とか、心配なのかもしれないですけど。逃げようとか思わないし、ネージュを恨むとかもないし、むしろ何か助けになれれば思っていて・・・いろいろ恩もあるので」


 見ている限り敵意・害意・殺意、それらに類するものは全く感じ取れない。心の底からそう思っていると、そのように見える。


「ミストラルさんとも仲良くさせて貰いたいので、是非よろしくお願いしま「ドゴッ!!」


 パンダシムが頭を下げる。


 瞬間。


 ミストラルの尻尾が唸りを上げ、パンダシムを鈍い音とと共に広間の壁まで吹っ飛ばした。


 ――ドォォォンッッ・・・


 一泊遅れて肉が壁に叩きつけられた重音が響き、紫の血が、その中に混じる白銀が花を咲かす。


 ドサッ


 そして地面に落ちる音。


「ガフッ・・・!?・・・う、・・・ぅあ・・・」


「もういい、私が化けの皮を剥いであげるわよ」


 ミストラルが宙に浮き、シムの元へ飛んで行く。シムは地面に横たわったまま動かず・・・否、本体は移動していないものの、血が、肉が、骨が、内臓が、紫の霧と白銀の紋様を伴い巻き戻すようにパンダシムに吸い込まれていく。ゆっくりと身体を起こし、吸い込まれる血だまりの中に正座するパンダシム


「ごほっ、・・・ケジメ付けたら、仲直りできるって言われたんですけど、どうですかね?」


 傷は、ミストラルがシムの場所につく頃には殆ど治っていた。でたらめな回復力。


 ――ザシュ、ブシュウウウウウウウウウ!


 ミストラルが手を降ると、パンダシムの首が皮一枚で背中側にぶら下がる。首の断面から噴き出す血柱。ミストラルが笑いながらシムを見下ろす。


「ハハハハハ! 余裕そうに振る舞ってるけど、ネージュから聞いたのよ!」


 ザク


 ミストラルは崩れ落ちたパンダシムの身体に爪を突き立てる、満面の笑顔で。たやすく肉を裂き、骨を砕く竜の爪。


「痛覚はあるってね・・・。多少鈍くても、ないわけではないって。正常な範囲内だってね」


 ザクザク


 パンダシムが身を震わせて再生を始めるが、構わず刻み続ける。


「仲直りですって? 嫌に決まってるじゃない! 絶対に嫌よ。今ここでお前の化けの皮を剥いで、里から放り出して、終わり。でも、まあ・・・」


 ザクザクザク


「これが終わった時にまだ気が狂ってなかったら、考えてあげる」


 ザクザクザクザク


 それも嘘だけどね。ありえないわよ。気持ち悪い。死ね。死んでしまえ。死ね。死ね。死ね。・・・死ね。


 ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク――



 ★★★



 そして半日後。


「はい! それでは~」


 破壊跡の残る空間の片隅でネージュの朗らかな声が響く。

 ネージュの右隣にはミストラルが人間の姿で立ち、苦虫をダース単位で噛みつぶしたようなしかめっ面をしていた。左隣にはシムパンダが直立で立ち、首をゴキゴキと鳴らしている。熊の身体故、竜たちに表情は分からないが、どことなく満面の笑みのようだった。先ほどまでとは両者の表情が逆転している。


「シムに敵意がないことが証明され! ミストラルに怪我させたケジメもついたということで! 二人とも仲直り!!」


 ネージュがミストラルの手を無理やり取ってシムと握手させる。


「だっ、誰がこんな魔物とッ」


 汚物に触れたように顔を歪め、反対方向に必死に身をよじるミストラル。しかし人間の姿に封印されていて非力なのか、シムの手を振りほどくことが出来ない。


「え、ミストラル『これが終わったら仲直りする』って言ってくれたのに」


 と、シム。仲直りにかこつけて、さりげなく『さん』抜きを決行。


「嘘だよバーカ! それにそこまでは言ってない! 考えるって言ったんだッ! あと呼び捨てにすんな馴れ馴れしいッ!!」


 ミストラルがシムに向き直って罵声を飛ばし、歯を見せて威嚇する。


「まあまあ、シムも私の友達だからさ。仲良くやってよ。なに、ミストラルもそのうち気を許すようになるよ」


 ミストラルは泣きそうになりながらシムと握手する。握りつぶさんがごとく力を籠めるが、ネージュに封印された状態では非力。結果、ただしっかりと握手しただけだった。肉球が気持ちよかった。


「クソッッッ!!!」


 思わず自分を殴る。


 シムは半日の間なぶられたが、抵抗は一切なかった。手を変え品を変えいたぶったが平然と、いや痛みは感じているようだったが・・・、とにかく反抗させられなかった。危険性を確認できず、その場で壊すこともできなかった。待ちくたびれたネージュに封印されて強制的にストップが掛るその時まで、シムは耐え切って見せたのだ。


「ネージュ、本当にコイツと暮らすの? 絶対危険だから、お願いだから、やめて。ホントやめて。やめてください・・・。あとお前はいい加減、はなせ!」


 ネージュに言うが、当然のように取り合ってもらえない。ミストラルは絶望した。







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