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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第二章 梟敵の巣窟 研鑽する獣心編
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第29話 微睡と覚醒 ――明白な敵 VS 絶対的親友――

 初めはただの純粋な好奇心からだった。自分たちと違う存在への純粋な好奇心から。どう接すればいいのかは分からなかったが、だからとても興味深かった。


 ――長老から聞く昔話。大人たちの経験談。書物に綴られた物語。


 次は、相手を求めての行動だった。遠くからの見聞だけでは我慢できなかった。自分が何故そうしたのかを意識してはいなかったが、面白そうだと感じて思うがままに行動した。


 ――物語をもとに作ったシナリオ。遠視で見た光景。友人に語る己の妄想。


 転機は予期せず訪れた。シナリオ外の出来事に自分は適当に対応し、とくに考えず取って帰った。求める相手とは違っていて、だから本当にただの気まぐれ。食うか帰すかさえも決めていなかった。


 ――少しずつ行われた取るに足らない対話。演ぜず接し、戸惑った体験。気付かないうちに生じる心境の変化。


 そして―――





「ネージュ?」


 ネージュは目を開けた。


 朝早く、ここは自分の島。洞窟の中。空間魔法による部屋を出てすぐの少し開けた場所で、洞窟内の湖のすぐ近く。天井に空いた穴からは、ポツポツと朝日が注がれ始めている。


 目の前にはシム=ミスト。シムが昨日のオーガ狩りにて条件を見事達成したので、自分は今からシムに約束のご褒美をやるのだ。昨日からもったいぶって焦らしていたので、今朝起きぬけに突然部屋から連れ出した時には何があるのかと期待しているさまが見て取れた。


「ネージュ、どうかした?」


『いや、なんでもない・・・』


 ・・・前回は失敗した。主な原因は対処が遅れたこと。本当はシムが【階層踏破】を為してある程度不確定要素が取り除かれてから行いたかった。


 しかし同じ轍は二度と踏まない為にも、なるべく早い段階で確実にシムを掌握できるようにならなくてはいけない。理想は『枷』も必要としないことだが、万一のことを考えれば安全措置は必須だ。


 シムを自らの懐に招き入れたその日から形作ってきた『枷』はこれでようやく完成する。完成の後ならもう何があっても問題ない・・・。


 とはいえ別にシムが嫌がることをあえて強要する気もないが。完成後にいくつかの確認をした後は謝罪し、腹を割って話そうとさえ考えている。


 多少抵抗はあるだろうが、受け入れてもらえるはずだ。そういう術式なのだから、これは。


『待たせたね、シム。では約束のものをあげよう』


 声が震えそうになるのは抑えた。しかし意図せず早くなる鼓動は抑えられそうにない。緊張しているのだと自覚する・・・・・・。喜びで(・・・)、踊りだしてしまいそうだ。

 まだ駄目だ、最後まで冷静を保てという理性の要求に従って必死に笑顔になるのを抑えようとする。


『これが10回の課題達成、または【階層踏破】であげる約束をした・・・』


 本当は【階層踏破】の方が良かったが、まあ問題はない。シムを真正面から見て、改めてお互いの顔を合わせる。

 シムが不自然に嬉し気な私を見て首を傾げてしまった。


『私からの・・・プレゼントだよ』


 シムが違和感に気付いてか身じろぎする。その状態で私に違和感を抱けることに感心するが、既に手遅れだ。


 ★★★



『《尊き我が友愛の刻印ディア・マイ・フレンド》』


 ネージュがもう堪え切れないとばかりに笑みを零しながら放った言葉は慈愛に満ち溢れていると感じた。まるで死に別れた想い人と再会を果たして喜んでいるかのよう。


 両手を広げて差しのばし、僕を受け入れるかのようなネージュの立ち姿はとても暖かく・・・・・・僕は心臓が凍ったかのように錯覚した。


 同時に僕の身体パンダに見慣れぬ白銀の紋様が浮き出る。胎動する光の明滅が不気味な印象を植えつける。


 一拍遅れて脳裏を駆け巡る焦燥に身体パンダが反射的に動こうとするが、鈍い。拘束されているのではなく、動くべきかどうかの判断がつかない。


 明らかな異常事態だと感じるのに、動けない。そして次の瞬間にはガクンッ、と地面に膝をついていた。


 身体パンダから出るオーラにも白銀が絡みついている。・・・ダメだ霧もうまく動かない。


「ネージュ・・・ッ・・・これは・・・」


 問いつめるつもりの声は弱々しく小さく、呻くような掠れ声が精一杯。力が出ない・・・活力が自分から抜け落ちたようだ。地面に倒れないように必死に体勢を保つ。


『その症状は一時的なものだ。すぐ楽になるよ』


 ネージュは相変わらず笑みを浮かべながら僕を見ている。この状況が彼女によって引き起こされた事はもはや火を見るより明らかだ。


 ネージュは力なく膝つく僕を眺めるようにしながら何事もないかのように口を開く。


『これが私からのプレゼント、私オリジナルの魔法だよ。とはいえ元は別の魔法から着想を得たものだがね。シムに害をなすものではないがいきなりかけても抵抗されるだろうし、理解を得るのも少し難しいかもしれないからそうならないようにするための下準備に少々時間がかかってしまったよ』


 危機感を感じるのに思考にヴェールが掛かっているようで理性が働かない。


 ネージュを睨みつけようとするが緩慢な動きで視線を合わせることしかできない。そして視線が合ったとたん、僕がこの状況でネージュを好ましく感じていることに気付く。


 驚愕、続いて恐怖、好意、戦慄、安心。自分の感情が機能していない。明滅する紋様が次第に力強さを増していく。


「クソッ・・・ネージュ・・・ッッッ!」


 ヤバい・・・はずなのになぜだっ・・・!ネージュに敵意を向けられない・・・!!


『困惑しているね。私を警戒できないのだろう?それも必要な措置だった。完全に発動する際に、余計な抵抗が入らないためには段階的な発動をする必要があってね・・・。一月もかけたんだよ?心配性かとも考えたけど、今の反応を見るとやっておいて正解だったようだ』


 ネージュはシムが見たことがないほど饒舌になって嬉しそうに語り続ける。


 シムの身体を這う紋様の輝きは最高潮に達していた。眩い輝きが朝日の届かない洞窟内の暗がりを照らし、シムの中身・・を白で埋め尽くす。


「ネ、ネージュッ・・・!ぼ、僕はッ・・・ネージュ・・・ヲォォオオオ・・・・・・!!」


 引き絞るようにして声をあげるが、シムは自分でも何を言いたいのか分からなかった。融ける思考回路ではまともな言葉を引き出すことさえできはしない。


『どうもシムにはなにかのスイッチがあるようだから、慎重にならざるを得なくてね。・・・そんな顔をするなよ、シム。プレゼントだと言っただろう?これは正真正銘、私からの・・・ご褒美だよ』



 こんなあっけなく・・・こんな簡単に。最後にそんなくだらない感想が思考をよぎり、――シムの意識は暗闇に断たれた。




 ――洞窟に一際大きく光が弾け、それが収まるとドサリと音を立ててシムの身体が崩れ落ちる。

 ネージュはしばらくそのままシムを観察していたが、どうやら気絶したようだと分かると魔法でシムを浮かせ、その場に背を向け立ち去った。洞窟は再び静寂に包まれる。まるで何事もなかったかのように――。




 ★★★






「――ッ、カハッ!」


 ミストラルは覚醒した。

 強制された急な意識の回復にかすかに頭痛がする。頭痛を堪えて辺りを見渡すと白い何もない空間に自分が横たわっていることに気付いた。身を起こす。


「・・・何処よここは」


 白く、広い空間。光源は・・・天井だろうか。見慣れない場所だ。自分の島の洞窟よりは大きいが、部屋に出口が見当たらない。そして異常はもう一つ。


「・・・この身体は、魔法か」


 声を出した時点で違和感には気付けた。ミストラルの身体が竜のそれではなくなっている。


 人形のように白い肌に細い手足、つりあがった目元に蒼穹の瞳、濃い青の髪は腰元まで流れている。

 白の貫頭衣を身に着けただけのこの身体は人間のものだ。竜の強靭な肉体に膨大な魔力は跡形もない。


「封印魔法、自力で解くのは少し時間がかかるかしら」


 それでも解けないわけではないが、今はそれよりも状況を把握したい。しかしこの部屋には何もないし出口も見当たらない、どうしたものか。そう思っていた矢先目の前の壁にスゥー、と扉が浮き出てきた。


 扉の大きさは竜に比べてとても小さく、そのような扉から出てくる人物は自分の周りには1人しか心当たりがない。


 というより頭の隅では分かっていたことだがミストラルを封印したり馴染みない場所に連れてくるような、このようなことをする人物自体1人しかいない。


「おはよう、ミストラル」


「ネージュ・・・」


 扉が開き、聞き覚えのある声がミストラルの耳を打つ。案の定ミストラルの友人にして竜の里一の変わり者、ネージュ=シエルその人だった。ネージュは度々人間の形をとる。少女の姿はミストラルもこれまでに何度か見たことがあった。


「ネージュがここにいるということは・・・これは、ここは<百間の扉(ハンドレッド・ドア)>の空間ね」


 ミストラルが言葉を一つずつ確かめるように呟く。


「その通り、それじゃあ何でここにいるかも答えられるかな?」


 記憶を探る・・・・・・すぐに思い出せた。


「・・・シム=ミスト・・・ッ」


 苦々しい記憶が蘇る。ミストラルともあろうものが、どこの馬の骨ともわからぬ輩にいいようにぶちのめされた記憶だ。翼を抜かれ、四肢を捥がれ、最後には殺され・・・はしなかったがミストラルは正直死んだと思った。


 不意を突かれたとはいえあれほどまでに無様に敗北を喫するなんてことはミストラルからすると許し難いことだ。


 知らず知らずの内にミストラルは人間の姿で拳を握り、震わせる。


「殺してやるッッッ・・・!!!」


「まあ、そうなるか・・・」


 ネージュのため息が聞こえるが、聴こえない。

 ミストラルの頭の中は怒りで沸騰してそのほかの事なんて考えられなかった。


 たとえネージュのペットだろうと、もしかしたらだからこそ、自分があんなよく分からない生き物に半殺しにされたなんて事をそのままにできやしない。許せない、許せるはずもない。不意を突かれなければ怖くはないはず、いや今度はこちらが不意を突いてぶち殺してやる。確信する、次にあの獣を見たら私は容赦をしない。このミストラル=シエルの名に懸けてメッタメタのギッタンギッタンに―――



 ひょこっ、と。ネージュの後ろから何者かが現れた。



 自然と視線を向け、硬直。


 人間の身体が一泊鼓動を飛ばしたような気がした。


 見覚えのある白と黒、不気味に揺れる紫の陽炎、獣らしからぬ二足歩行。忘れられもしないその姿は初対面で彼女を半殺しにして淡い想いを踏みにじり、死の恐怖を叩き込んだ獣の皮を被った人間――――シム=ミスト。


「あ、あっ、あぁ――き、きッ」


「え、ミストラ――」


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!あアァ、あっ・・・―――」


 ミストラルは気絶した。





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