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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第二章 梟敵の巣窟 研鑽する獣心編
24/40

第24話 振り下ろした右手 ――筋力上昇 VS 思考力低下――

久しぶりすぎる(・ω・`*)

 力を、込める。


 何かを掴もうとするかのように前に伸ばされたパンダの右腕。実際にはなにも掴むことなく、ただ力を込めているだけだがこれは同時にただ(・・)力を込めているだけではない。漠然と力を入れているだけではない。


 全力である。全力で力を込めている。


 伸ばされた黒い腕は強張り、筋肉が微かに震えてピクピクと動いて見える。僕自身の身体も右腕に力を込めるうちにいつの間にか力が入ってしまったのか僅かに強張っている。限界まで張り詰める筋肉が皮膚を引っ張り、違和感を感じる。

 しかしまだだ、ここまではまだ序の口、ここからが本番。


「ネージュ・・・いくよ」


『・・・ああ、もういいだろう。やってくれ』


 横で見ているネージュがこちらをジッと見ながら返答する。そして僕は言われたとおりに次の段階に移行する。


 霧を戻す(・・)

 あえて右腕から取り除いていた霧を再びその中に浸透させる。


『・・・!』


 途端に起きる顕著な変化に観察していたネージュが息をのむ。


 メキメキビキビキと軋むような音をたてながら変化する右腕。黒紫色に染まった右腕はより太く、硬く、禍々しい外見になり、その毛一本一本に至るまで鋭い剛毛に変質していた。


 そしてその変化した外見以上に急激に起こる筋力の上昇。限界まで込めたと思っていた力は容易くその天井を突き破り、跳ね上がるように上昇していく。際限なく上がる力に腕が震えてくる。


 思いっきり力を込めているとそれを解き放ちたい衝動に駆られるが、まだだ、まだこれは限界ではない。

 僕は取り除いていた分の霧だけではなく、全身の霧を右腕に注ぎ込む。


 荒々しい紫のかすみの奔流が僕の右腕から爆発するように立ち上る。徐々に勢いを落としていた力の上昇が再びそのペースを上げ、天井知らずに高みへと登っていく。


「ぐうぅ・・・」


 うめき声が口からこぼれる。

 疲れる。ずっと力を入れ続けるって結構疲れる。初めのうちはそうでもないんだけど限界に近づくにつれて段々辛くなってくる。しかし、まだだ。


 ギギギギギギ・ギギギ・・ギギ・ギ・・・


 霧の強化を集中して受けた右腕、しかしその筋力もとうとう限界だ。いつまでも上がるかのように錯覚していた力の上昇が緩やかに止まり、僕は上限をはっきりと感じた。

 限界だ。もう上がらない。

 右腕は紫色のオーラが色濃く立ち上り、今にも爆発しそうな力を必死に堪えている。毛は逆立ち針のようだし、こころなしか鋭い爪もより尖って攻撃的になっている気がする。


 よし・・・問題はここ(・・)からだ。


 今、僕の感覚的に(パンダ)の腕の中に入る霧の許容量は限界だ。

 ここから、オオナマズの時のように、空高く飛び上がった時のように、今右腕から噴き出している霧のオーラを・・・腕の中に入れるのだ。


 普段自然体でいるとき時、腕に浸透している霧の量がコップに入っている水の量だとした場合、入っている水はコップの中ほどまででありそこにはまだ水を足す余裕がある。


 そして今はコップに水を限界まで注ぎ、限界を超えてもなお注ぎ、コップから水が溢れ出して周囲水浸(みずびた)しな状態である。


 この周囲を水浸しにしている水・・・つまり右腕から噴き出しているオーラを無理やりコップの中に入れなおす。霧の圧縮し、密度を高める。そうすれば・・・。


 僕の右腕から広がっていた紫の霧が僅かにその範囲を狭め、ゆっくりと右腕に染み込んでいく。ゆっくり、ゆっくりと・・・染み込んで・・・。


 ――ミシリ


「・・・!」


 息を呑んだのはどちらだったか。シムの腕から響いた明らかな異音に空気に緊張が走る。

 一泊おいてシムが口を開いた。


「ッ・・・ネージュ、これ、以上はちょっと、キツイかも・・・」


『・・・あ、ああ、これで十分だろう、・・・ちょっとさわってもいいかい?』


 余裕のないパンダに恐る恐る尋ねるネージュ。


「いい、けど早く、ね」


 承諾を得てペタペタとシムの伸ばされたままの右腕を触るネージュ、当然いまだ右腕に纏わりついている濃い霧に触れることになるが気にせず触る。


『・・・ん、いいよ。じゃあ最後にこれを振ってくれるかな。』


 一通り触って用は済んだのか、ネージュはいったん離れるとあらかじめ地面に置いてあった剣を取って僕の左手に渡す。


「これを、さっきみたく、そこの、岩に向かって、振ればいいのね?」


 直接右手で受け取ると危なっかしいから左手に渡してもらった剣を右手に握り替えつつ、右腕に取り込めなかった分の霧を身体に戻しつつ、もう一度ネージュに確認を取る。


『ああ、事前にも言った通り、それは振った時の速度に応じて周りの魔力を飛ばして斬撃を拡張する魔剣だ。威力と範囲は速度に比例し、速ければ速いほど遠く、強い。しかしはっきり言って相当速く振らないと効果がない。仮にも魔剣だからそれなりに頑丈だとは思うけど、はっきり言って大したものじゃないからたとえ壊れてもかまわないよ』


 それを聞いて一安心だ。既に掴んでいる剣の柄がミシミシいっている。・・・あっ、今なんかちょっと割れそうになった気が・・・。


 今僕達がいるのはネージュの島、その先端近くにある大岩の前だ。今から僕はこの手の魔剣を握って岩を斬る(・・)。なんとも心躍る展開だが、さっきから腕に力入れっぱなしで感動に浸っている暇がない。


 数十分前にも試しに振らせてもらったこの魔剣は斬撃を飛ばすという厨二テンションイヤッッホォオオ!な能力を有していた。


 ブンブン振ると草とか木とかがスパスパ切れた。でも普通に振っただけでは岩には傷がつくだけだった。


 そしたら次は全力で岩に振るって僕の能力測定をしようという話に。


 岩を斬るのも心躍るが力込めっぱなしだととてもキツイ。←今ココ。

 この実験が終わったら再び心ゆくまで魔剣ではしゃぎまくってやろう。


 では・・・、せ~のっ!


「うおおおおおッ――」


 大幅に強化されているのは右腕、いや右肩から指までの間だが、そこだけでは当然上手く振れないので全身を使って振りかぶった剣を斜めに振り下す。


 地面を足で踏みしめて腰を捻り、身体を前に押し出しながら右腕に力を伝えた瞬間には既に僕の右腕が僕の左脇腹を突き破っていた。耳に響く破裂音。内臓が逝ったのか。


「ッ――」


 そしてもの凄い反動で左後方に吹っ飛び軽く回転しながら勢い余って地面に突っ伏す。当然、顔面からだ。慣れた土の感触。


 同時に轟音が聞こえてきたような気がしたが、自分の身体が斜め半分に千切れかけているそこから噴き出した血とそれで彩られる地面以外はよく見えない。


「――ッッ!?ガハアッッ!!?ゴボッ、ゲホッ、ゴホゴホ!」


 右腕が脇腹から胸にかけてめり込んでいる。いや、深々と突き刺さっている。肺が潰れたのか真っ赤な血の塊を吐き出す。あと右肩は脱臼しているし肩甲骨辺りも骨が砕けてる気がする。総じて重症。

 ヤバいねこれ・・・。いや当然死にはしないけどもね、なかなかに痛い。

 あと見た目が大分気持ち悪い格好になってるんじゃないだろうか。


『・・・し、シム!?大丈夫か!?』


 唖然としていた表情のネージュがハッとしてこちらに駆け寄ってくる。

 大丈夫だよ・・・、すごい痛かったけど死にはしない。


『・・・もうほとんど直っているのか、《回復ヒール》』


 ネージュが魔法をかけてくれたのだろう、再生の時間が一気にゼロになる。


「・・・げほ、ありがとうネージュ、助かったよ」


 その場に座り込んで一息つく。

 ビックリした。

 まさか振った右腕がその勢いのまま身体にぶっ刺さるとは思わなかった。


 岩はどうなったのかと思って目をやると、パンダが魔剣を振った軌道に合わせて真ん中から下までに斜めの大きな傷跡がついていた。

 どうやら中心から大分ずれて斬ったらしい。下方向に振ってしまったか。

 とはいえ岩を斬ったのだ、流石魔剣。ちょっと感動である。


『とんでもない結果になったな・・・、適当に考えていたつもりはないんだが、まさかここまでとは』


 言いながら僕に背を向け今だ土ぼこりが舞っている斬撃の跡を観察し始めるネージュ。


 そりゃそうだ。勢い余って自分を両断しかけるなんて結果、誰が想像できるだろうか。

 っと、そういえば剣はどうしたんだっけ?離してはないと思ったんだが・・・?


「・・・ネージュ」


 右手を開くとそこには粉々になった剣の柄が。壊してもいいとは言われていたけど申し訳ない。

 途中からミシミシいって壊れそうだったから少しは予想のついたことだったが。やはりこの身体パンダ、強い。


「ごめんネージュ、壊しちゃった・・・刀身もどっか飛んでったみたい」


『ああ、そうだね・・・。でも壊したのは問題ない、もしかしたら壊れるかもとは思っていたしね。ちなみに刀身についてはどこに行ったかは分かっているんだ』


 ネージュはさっきからずっと僕が魔剣を振るった付近をぐるぐる回って興味深そうに観察している。


 とんでもない速さで飛んで行ったと思うんだが流石竜、どこに行ったか分かるらしい。

 まあわかったところで既に壊れているだろうし、かなり遠くまで行ってるから取ってくるのは至難だろう。探してこいとかは勘弁してくれるとありがたいです。


「大分遠くまで飛んだよね今のは・・・ネージュ、今更なんだけど、あの魔剣いくら位したの?」


 無くなったものほど気になるものだ。手の中の欠片を見つめながらふと気になってネージュに聞いてみる。


『別に私が買ったわけじゃない、落ちていたのを拾っただけだからね。それにあんなの他にもたくさんあるし気にしたこともないな・・・、それよりも』


 ネージュが再び此方に顔を向けるとスッと地面を指差した。


「・・・?」


 地面は斬撃の余波で荒々しい傷が深く刻まれている。大岩の中心ぐらいを始まりとしてそこから大岩の下、更にはそこから僕が剣を振った場所の地面まで、深く斬撃で抉れているのだ。


『・・・・・・』


「・・・・・・?」


 僕がいた場所に程近い地面を無言で指差すネージュ。

 なんだ、何を言いたいんだ。


 ・・・まさか散々気にしないといっておきながら誠意を見せろとかそういうお話なのか。

 許してやるけどとりあえずは謝罪だよねという無言のプレッシャーか。地面を指差すって・・・土下座か? DO☆GE☆ZAなのか? 思いっきり気にしてるじゃないか!


『・・・ん?どうしたシム。これだよこれ』


 ちらちら様子を窺っているとネージュがピッピと再度地面に指を突きつけた。みみっちい奴だと思うが居候の身で選択肢はない。

 く、やるしかないのか・・・! パンダは力なく膝を突き、本来の姿、畜生らしく四――


『ここから島の下部の方まで穴を開けてると思うんだよね。うまい具合に垂直に近い向きで落ちてくれたらしいから島は大丈夫だけど本当に凄い威力だよ』


 ーーっっとおおお! 危ないっ! なんだ魔剣のことか! あやうくよく分からない場面で土下座する変な人になるところだったよまったく。

 ・・・まあ、でもネージュなら笑って許してくれそうだから別によかったか?・・・そうだな、なにテンパってるんだ僕は。別にネージュなんだから別に・・・いやでも変なやつと嫌われるのも嫌だから・・・いやでも気にし過ぎ・・・ん?そもそもなんでこんなどうでもいいことに僕は悩んでいるんだ?


 ―――視界に一瞬白の紋様が映り―――


『ハハハ! いや本当に予想外だよ。私の島が外れの方にあってよかった。近くに他の竜達がいたら万が一に島の一部が落ちた時、何事かと思われるところだったよ』


 ―――自分にかけられた声でどこからか引き戻された。


 傷跡を覗き込みながら愉快そうに笑うネージュ。って、軽く言っているけど結構危なかったのか今の。


「えっ、そんなにやばかったの今の実験」


 僕は中途半端に膝を突いた体勢から復帰してネージュが覗き込んでいる傍まで行くと傷跡を見る・・・もの凄く深い。これはもう縦長の穴だ。

 その幅は剣の厚みの何倍もあり、斬撃の跡というよりまるで竜の爪痕のよう。


 深く暗い穴は(パンダ)ぐらいならスッポリはいるだろう位の大きさはあった。


 たしかにこれなら島の一部が崩壊してもおかしくなさそうなぐらいだ。


 感慨深く穴を覗いていると下のほうに光が見えた気がした。

 あ、また見えた。今度ははっきりと。


「ネージュ、下のほうで今なんか光ったような」


 段々と光は鮮明になってきている。穴の中を舞っていた細かい塵が晴れ始めたのか。


『ああ、私も見たぞ。魔剣の魔力光にしては小さいけどいったい何・・が・・・』


 僕とネージュが覗き込んでいた穴、その奥のほうでガララ、となにかが落ちるような音がすると一気に光がハッキリとする。土埃が晴れ、視界が開けた。



 空が見えた。



 下の方にある雲の白、更にその切れ目から見える遥か下の森々の緑。


 穴は島を貫通していた。




 ★★★



 ミストラルが襲ってきたのを返り討ちにしてネージュに怒られて、必死に弁解してミストラルが気絶しているのをいいことに全面的に被害者面を装い事なきを得てから早3日。


 僕は実家の如く白の竜の里でくつろいでいた。

 自分でもびっくりするほどにだらけきっていた。ネージュに里の中を色々案内してもらいつつ食事も寝床も全て準備してもらっている。血なまぐさいカエル時代に比べてなんと安らかなことか。


 白の竜の里は流石竜が暮らしているだけあってとんでもなく広かった。空に浮く島々にも様々なものがあり、大きな湖がある島や、大きな森がある島や、大きな荒野がある島や、大きな洞窟がある島や、とにかく大きななにかしらがいっぱいあった。


 完全に観光気分でネージュにつれられて遊びふけているぜ!


 他の竜達がいる島にも訪れ、交流を試みたりしたのだかそっちの方は余り芳しくなかった。


 ミストラルとの交流結果がアレだったので今度こそ友好的な関係を築くべく竜達に会いに行ったのだが何故かまともに取り合ってくれず、だいたいがパンダをスルーするか見下した目で見るかペットを見るような目で見るだけだった。話してもくれない。ネージュとは竜語で普通に喋っているのだが僕だけ蚊帳の外である。


 中にはパンダを興味深そうに見る者や、敵意を向けてくる者、哀れんだような目で見る者などもいたが全体的に歓迎されている気がしないぜまったく。

 ネージュが特別なだけで竜は社交性が皆無なのだろうか。


 と、思っていたらどうやら僕がミストラルに怪我を負わせたことが知れ渡ってしまっていたらしい。そら歓迎されないわけだ。


 具体的にどこまで怪我をしたかは知られていないようだが余所者が(しかもペットの分際で)仲間を傷つけたと聞いてはあんな態度でもしょうがないか。むしろ襲われなかっただけ感謝すべきかもしれない。


 しかし他の竜達と仲良くなれる機会が大きく失われてしまったことが残念でならない。ミストラルへの恨みが募るばかりだが彼女は今ネージュの家で療養中である。今日で三日経つがまだ昏睡状態だしそもそも僕がやりすぎたのだし文句も言えないだろう。


 まあそれにネージュが色々世話を焼いてくれるので現状に不自由はしてない。


 ミストラルがなかなか目を覚まさないけど目を覚ましたらちゃんと謝って、そしたら今度は魔法を教えてくれるらしい。それまでは罰だといって色々実験に付き合わされてるけどそれだって大したことはしてないし、むしろ今日の魔剣とか面白実験ばっかりだ。


 ・・・島に穴を開けたのはびっくりしたけども。それだって大丈夫って言われたから大したことないのだろうし。


 ネージュと出会えてホントによかった。他人行儀だった僕の態度もいつの間にかなくなっていて、自然な態度でネージュに接していられる。


 こんな短期間で緊張が抜けてしまったのも、きっとネージュが優しいからだろう。彼女のおかげで今僕は楽しい日々を送っている。他のやつらとは余り親しく出来ないけど、それだって別に構わない。ゆっくりやっていこう。ああ、ミストラルも早く起きないかな。


 ネージュが彼女も本当はいい奴だといっていたから仲直りしたら友達になれるかもしれない。この頃は毎日が楽しみだ。まだ数日しか経ってないけど全く居心地のいい場所だよここは・・・。







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