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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第二章 梟敵の巣窟 研鑽する獣心編
23/40

第23話 危機一髪 ――子供に捕まったザトウムシ VS 魔法陣――

 


 はっきり言って。舐めていた。


 ミストラルには慢心があった。隙もあった。油断もしていた。


 あと雑魚と決め付け、完全に気を抜いていた。

 というか、警戒しようとさえ思わなかった。


 しかしそれも仕方がないだろう。だれが警戒する必要を感じるというのか。


 だって何も感じなかった、魔力も、氣力も、敵意さえも。

 相手は見るからに格下だった。

 負けることはおろか、戦いになるとさえ思っていなかった。


 転生者は総じて強いとは聞いていたが目の前の人間は違うのだろうと、もしくはそもそも人としての転生を果たしていなかったから勝手が違うのだろうと、そう、確信していた。

 何事にも例外はあるのだろうと、そう思っていた。


 見ただけでそう思ったし、話す(罵倒する)につれてその確信は深まった。


 だからミストラルは相手が命乞いをし始めてそれを突っぱねようとしたときいきなり喉が詰まったのは何故かを理解することができなかったし、反射で咳き込みつつ地面に落ちた黒い腕を見て、その持ち主が視界から消えていていることに気付いてもまだ何が起こっているのかわからなかった。


 何かが地面を抉った跡とそこから舞い上がった土の軌跡が転々と自分の後ろに続いていたので、何も考えずにそれを辿って後ろに首を回し、大熊、いや人間、いやシム=ミストの姿をそこに認めた時も、なんでそこにいるのかわからなかった。


 右足が折れた時には驚愕したが、それでもまだなにがなんだかわかっていなかった。


 現状を認識したのは左翼を引き抜かれ、ようやく思い出したように右足に痛みが走り始めてから。

 数瞬遅れて翼の付け根からも燃え上がる激痛。




 全てが、あきらかに遅すぎた。






 ★★★



 私は地面に仰向けに倒れていた。

 その姿にもはや覇気はなく、身体ももう動かない。

 四肢は全て途中で千切られ、捥ぎ取られた状態。

 地面を転げまわって暴れたせいで全身は薄汚れ、汚い赤が周囲と私の全身を彩っている。


 大抵の生物なら出血死、もしくはショック死でとうに絶命していただろう。

 目を背けたくなるほどの惨状。


 しかし私は竜。強靭な肉体に見合うだけの精神の力をも有する竜。

 心身共に生まれて初めてここまでダメージを受けながらも、その生命の灯火は辛うじて消えてはいなかった。


 そう、私自身驚くべきことに、この心さえもまだ完全には折れていなかった。


 手足を失い、死に体。辛うじて防いできた目や急所への攻撃も、もう防御できない。

 それでも心までをも屈するつもりはない。・・・それは私の意地だ。


 本能が告げる警鐘を無視し、自分を縛る恐怖も跳ね除け、意地だけで私の上に乗ってこちらを覗き込んできたシム=ミストと視線を合わせる。睨む。精一杯の抵抗。


「・・・ッ」


 やせ我慢を押し通せただろうか。


「・・・・・・」


 怯える内心を隠し通せただろうか。


 ズズッ・・・


「ッグ、ガアァ・・・?」


 ミストラルの口から、血と共に僅かな白が混じる肉塊がドサッと落ちる。


 竜の牙で散々に噛み締められたズタボロの肉塊からはところどころ砕けきっていない白い骨が突き出ていた。

 白銀の左翼、その残骸。


 シム=ミストがその奇怪きっかいな霧の手を伸ばして、今まで私の口に無理やり押し込んでいた翼の成れの果てを引き出した。


 ・・・叫ぶ力が尽きた私にはもう不要だとでもいうつもり・・・?


 実際今の私にはもう声を発する体力が残っていないから無用だが、なんとも癪に障るヤツ。


「――――――?」


 ・・・なにかを言っているようだが、今の私には聞こえない。


「―――――――」


 スボッッ! と。


 霧の触手がミストラルの口の中に無理やり押し込まれた。

 喰いちぎってやろうと最後の力を振り絞ってあぎとを閉じるが、噛み切れない。


「~~~~~~~~~~ッッ!!」


 異物が無理やり喉を押し進む感触に、強烈な吐き気がミストラルを襲う。


 イヤだ、やめろ。寒い、熱い、気持ち悪い、怖い、誰か・・・誰か助け・・・を・・・。


 肉体的な苦痛だけではない、精神を甚振いたぶるような内的苦痛がミストラルを襲う。


 なにかが自分を浸食している。

 自分の心が切り崩されていく。

 削り取られ、磨り潰されていく。


 ミストラルは絶望と共に確信した。ああ、このまま自分は死ぬのだと。

 悲しいし、悔しい。恐い。

 最後の最後で意地を張って守っていた何かも砕け散った音がした。

 もう、ダメだ。


 霧が掛かったかのようにかすんでいく視界。

 ミストラルの意識は沈んでいく、もはや五感もなくなった。おぞましい気配ももう感じない。


 最後に誰かが・・・なにかを・・・叫んでいたような・・・・・・。



 ★★★



「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 背後から叩きつけられた馴染みある轟音に僕の全身が呼応して悲鳴を上げる。


 相変わらず、普通の音ではないのは確かだ、どういう原理か知らないがすっごい痛い。


 肉体パンダに損傷はないのに中身のきりが大ダメージである。


「グ、ガハッ・・・」


 ヨロリ、とミストラルを地面に拘束しつつ口から霧を入れて身体をかるーく(・・・・)乗っ取ろうとしていたパンダがたまらず片膝を突く。


 ・・・だがそれだけだ、失神しない。

 手加減された?後ろを振り向く。


『シム!どういうことだい!何故ミトがッ!?これは君がやったのか!?」


 目の前には僕に詰問するネージュの姿が、今の咆哮はやはりネージュか。・・・そういえば長老とネージュが話し終わるのを待っていたんだった。


 それが、くそっ!何故こんなことに!


「違うんですネージュ、話を聞いてください!」


 とっさに悲痛な声を上げる僕。なんとか弁解をしなくてはいけない。とりあえず話を聞いてもらって・・・いや、仮に普通の話し合いになった場合、ミストラルは僕を悪しざまに罵倒する光景が目に見える。


 ネージュの性格から一方的に彼女の言い分だけを信じるとは思いたくないが、どうだろうか?

 まだ知り合いの範疇を出ないであろう僕の言葉に対して、あだ名で呼ぶ仲であるミストラルの言葉。

 ミストラルの血でベタベタな僕の姿対して、ボロボロなミストラルの姿。


 ・・・これは業腹だが、普通に話すと僕が追いつめられる可能性が?弁明虚しくネージュに嫌われて追放される?というかよく見たらコレ(ミストラル)生きているのか?気絶か?もしかして死んでる?いや瀕死か?でもこれだけの事をやったんだ確実に追放、それどころか殺・・・せないかこの身体なら・・・――本当に?魔法なら殺せるのでは?殺されなくても延々と嬲られるのでは?食われては再生し食われては再生し食われては―――ッ!嫌だイヤだ死にたくない痛いのはそれだけは魔法で死ぬのは絶対にどうしたら生き延びてどうやって弁解をダメかもう駄目か?もう逃げッ―――




 ここで唐突に閃きが脳髄を貫く。




 ―――確か『精神状態不安定な人間には責任能力がない』んじゃなかったか――



 パニックの興奮で加速された脳内を、混乱した思考が駆け巡る。ネージュに応答してから僅かコンマ数秒の思考。


「僕はただ襲われたから必死に抵抗しただけでッ・・・!被害者は僕なんです!」


 幸いなことに、今の身体は動物パンダのそれ。不自然な表情・挙動を取ろうとそれを相手が見分けるのは至難っ!!つまりッ!!!


「僕は無実だッ!悪くないッッッ!」


 これで貫き通す。

 僕が取った選択肢は、一芝居打つことだった。

 ヒステリックな声を上げ、情緒不安定ロールのノリでこの場を押し切ってみせる!


 膝を突いてorzの格好になり、誤解されているのが悔しいとばかりに身体を震わせ拳を握るシム。


『えっ、でも見たところシムは怪我してないみたいだけどミトはボロボロ――』


「被害者は僕です!コイツが勝手に因縁つけてきて、僕は一方的にやられ――」


 悔しさで何度も自分の拳を何度も地面に叩き付ける。


「――そうになったからそうなる前に先手を打っただけで!!」


『分かったよ!分かったからもうそれ以上ミトを叩くのをやめて!血吐いてる、これ以上出血したらホントに死んじゃうから!!』


 ネージュが悲鳴を上げる。

 おっと動揺して気付いていなかったけどまだ僕ミストラルの上だったっけ。

 どおりで地面がやけに柔らかいと思った。


『私はシムを疑っていないよ・・・。大丈夫、大丈夫だからね・・・。』


 ネージュが人質をとった銀行強盗に語りかけるように、僕に声を掛けつつこちらにソロソロとにじり寄ってくる。そして僕を刺激しないように優しい言葉を投げ続ける。


 一部冷めた思考でそれを見つつ、ふと気づくと自分が安堵に満たされていることに気づいた。

 我ながら単純だと思うが、 ・・・ネージュの言葉で、心が大分落ち着いてきたのか。とはいってもそう簡単に落ち着いては精神状態不安定ではない。


 この茶番は最終的にネージュが差し当たりとは言え僕の無実を確約し、僕が泣き崩れるまで幾ばくかの時間を要したのだった。




 ★★★




 僕はさっきまで自ら錯乱状態を演じていた、と自分では思っていたが。

 とんでもない、今考えるとキッチリ思考回路がぶっ飛んでいた。


 なぜネージュを信じなかった?ネージュの態度からすると最初から正直に事情を話し弁明した場合、分かってくれた可能性は低くない。自分の中で勝手に悲観的結論を出して自ら視野を狭めていた様にしか思えない。

 なぜミストラルに追い打ちをかけた?あれは演技ではなく本気で気づいていなかった。地面と竜を見間違うなんて完全に我を失っていたとしか考えられない。

 もう少し冷静になっていれば、演技の必要はないと気づき、追い打ちもしなかったに違いない。ん?


 ・・・・・・そもそもの思い込みが激しいのか。今考えた傍から自分で自分の思考を決めつけてたぞ。


 いやそれよりも今考えるべきは今後の身の振り方。

 今後の展開を考えると血の気が引く思いだ。

 ネージュに簡略で伝えた一連の出来事は、


 ミストラルの方から仕掛けてきて、(半分嘘)

 無抵抗のまま許しを乞うていたが、(嘘)

 殺されそうになったので仕方なく抵抗、(大嘘)

 混乱の中を夢中で抵抗し続け、気が付くとミストラルが倒れていた。(迫真の大嘘)


 これは完全に不幸な事故だった、というもの。


 結果的にネージュは僕がミストラルにいきなり襲われてパニクって返り討ちにしてしまった被害者だとこの場では認めると言ってくれたものの、僕が行った事実は誤魔化しようがない。


 竜を、殺してしまった。

 正確にはまだ死んでいないが、九割九分九厘(誤用)ほど殺してしまった。

 どうする、どうすれば・・・幸いこれを目撃されたのはおそらく今のところネージュだけ。

 ならばネージュもって二匹とも埋めれば・・・(今だ冷めぬ混乱)。


『シム・・・なんか良からぬこと考えてないかい?』


 いつの間にかすぐそばまで来ていたネージュに気付く。


「ネ、ネージュ!違います、誰も口封じしようとなんて・・・あ゛」


 墓穴。


『ハァ・・・流石にこれ以上されるとファローできなくなってしまうよ。シム、落ち着いて』


 たしなめられる僕。

 どうでもいいけどネージュ、仲間の竜がバラバラにされかけてるこの惨状の只中ただなかにいて異常なほどに落ち着いてない?

 手足とか翼とかそこら辺にゴロゴロしているのに。


『シム、一旦、というかいい加減ミストラルの上からどいてやってくれ。治療する』


 そういえばさっきからずっとミストラルの上に乗りっぱなしだった。

 迂闊、これでは反省しているようには見えずらい。おとなしくネージュに従おう。

 僕は地面・・を蹴って(何処からかゴキッと快音が聞こえたような・・・気のせいか)ネージュ付近の地面まで跳躍した。


「・・・ネージュ?どうしたんですかそんな唖然とした目をして。できるのなら早く治療とかをしてやってください!」


 正直無理だとは思うけど仮に一命を取り留めたら、僕がお咎めなしになる可能性が無きにしも非ず。


『悪気がない・・・?そんなバカな・・・なら何故わざわざ顔面・・・、ああきっとまだ見た目以上に混乱しているんだろう・・・きっとそうだ・・・』


 ネージュが信じられないようなものを見るような目で僕を見ているが、そんなことより早くミストラルを治療して欲しい。

 この一件がネージュ以外にもバレたら僕は竜の里から追放、いや長老とかに殺されてしまうかもしれないのだから。


 ネージュはなんか僕を疑り深そうに見ていたが気を取り直したのか、ミストラルに向き直った。

 僕もミストラルを改めてみるが、酷い怪我だ。血はもうほとんど流れていないとはいえ、間違いなく重症。


 ネージュがぶつぶつと何かよく分からない言葉を紡ぎ始めた。


 するとミストラルの身体の下を中心に、大地を割って眩い光の線が放射状に刻まれる。


 徐々に範囲を拡大していくそれは僕とネージュの足元を通り過ぎ、散らばったミストラルの手足や翼もその範囲内に納め、最後に全体で円を作ると巨大な魔方陣として完成した。


「す、すごい・・・」


『・・・ギリギリだけど、これならなんとか治りそうだ。《再復大円陣リジェネリング》』


 ネージュがなにかの技名を小さく呟くと魔法陣全体が一際眩く発光し、視界がホワイトアウトする。

 そして視界が再び戻るとそこには五体満足のミストラルが!


「お、おおおおお!!凄い!完全に治ってる!」


 あそこまでの大怪我をしていた生き物が一瞬で全回復するとは。

 魔法とはつくづく万能だ、傷一つない。これなら僕の経歴にも傷を付けずに済みそうではないか!


『完全ではないよ、二、三日は絶対安静だ。他の竜達にばれると面倒の元だから私の家に隠s・・・かくまっておこう。意識が回復する前にさっさと連れて行かなきゃね』


「なるほど・・・、いきなり完全には無理っていうことですか。いやそれでも十分に凄いけど」


『ミトはこれでひとまず大丈夫だ。さてそれでは・・・』


 ネージュが僕に視線を合わせる。笑顔、しかし目が笑っていない。


『何がどうなってシムがミトを殺しかけるような事態になったのか、もう一度じっくりと教えてもらおうか』


 ゴクリ・・・


 唾を飲み込む。

 そうだ、まだ終わっていなかった。

 むしろここからが正念場。

 先ほどの話を自然かつ無理なく詳細にもう一度。


 僕はネージュに対して曖昧な笑みを浮かべ、、どう弁解したものかと高速で思考を巡らせ始めた。


素早く(顔面を蹴って)降りる主人公

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