第22話 竜のお話 ――思春期竜 VS 老年期竜――
シムが洞窟の外に放り出された、その後。
洞窟の中に残った長老とネージュの間には妙な沈黙が漂っていた。
少しの時間を置いて、ポツリと長老が口を開く。
「・・・ミストラルめ、余計なことをしないといいのじゃが・・・」
「長の決定には逆らえぬでしょう。大丈夫ですよ」
シムは気付かなかったが、長老が念話でミストラルと話していたことはネージュも知っていてた。
よってシムが突然の暴風に吹き飛ばされていっても驚かなかったのだ。ちょっと勢い強すぎるのでは?とは思ったが。
当然、ミストラルがシムの滞在に猛反対していた様も聞いていたのだが彼女に心配はない。ミストラルは多少融通が利かない所があるが、流石に一族の長である長老に逆らうようなことはしないだろう。大丈夫だ。・・・たぶん、おそらく、きっと。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
そしてまた沈黙が訪れる。
長老はネージュを静かに見つめ続け、ネージュも同じように長老を見つめ返す。
その様はまるで、お互い瞳の中を通して心の内までをも見透かそうとしているかのようだった。
しばらくの後、長老が再び先に口を開く。
「何の話かは、分かっているようじゃのぉ」
静かな声でネージュに問う、というよりは確認するような長老。
「ハァ・・・、一応何の事かは聞かせてもらいたいですね」
対するネージュは何のことかとは言いながらも、既に何かをとぼけることを諦めているようにため息をつく。
「それなら言わせてもらうがのぉ、ネージュ。シム=ミストの精神体になにか、かけたじゃろう」
「・・・・・・」
「別に悪いとは言わんがの、あまり良いともいいがたいのぉ。・・・本人にバレた時は大変じゃぞ?」
「・・・別にいいではありませんか、私の勝手です。気付かれるようなヘマはしませんよ。それに万が一バレてもシムが脅威になるとも思いません」
断固たる口調で長老に言い放つネージュ。
「万が一ということもあるじゃろう、まあバレて暴れられてもその時は対処すればいいのはそのとおり。儂が心配しているのはお前の方じゃよ」
「・・・なんの、ことですか」
ピシリ、と。長老とネージュの周囲の空間が強張った。
いや正確にはネージュを取り巻く空気が変わった。長老は相変わらず力を抜いたままゆるりとした佇まいを崩していない、ただ、不自然なほどに無表情になったネージュを見て悲しげに目を細める。
長はなにかを堪え、隠すように無表情を取り繕う若い竜に、親心からの言葉を発した。
「わざわざ言う必要もあるまいが・・・ネージュ、お前は人間に固執し過ぎている。好意を寄せるのはかまわないが、そのままでは――」
「違うッッ!!!」
だがそれは拒絶される。
「違うッ! 違う違う違うッッ!! 私はあれらに特別に思うところなどなにもないっ! 悪ふざけも大概にしてくださいッ、長!」
長老の言葉を遮って怒声を発するネージュ。その形相は憤りに染まり、無表情が嘘のように全身から怒気を放っていた。自分よりも遥かに大きい長老、その視線を前に一歩も引かず、むしろ掴みかからんばかりの勢いである。
「ネージュ・・・儂は、気がかりなのだ。今のお前は・・・、危うい」
「まだそんなことを言うのですか! 何回繰り返せばいいのですっ!? あれらは、私の、玩具です! 面白そうだから拾ってきて、飽きたら捨てるだけのっ! ただの、玩具。・・・そう、ただの玩具です」
その光景は奇妙、いっそ不気味といっていいほどに不自然であった。
激昂した様子から一転、急速に落ち着きを取り戻すネージュ。先程の怒りが急であったなら、その怒りが冷めるのもまた急。全ては僅か一分にも満たない時間での出来事である。
ネージュは既にリラックスした様子で笑みさえ浮かべていた。
「申し訳ありません、長。少し取り乱してしまいました。それに、改めて言いますが心配はご無用です。あの魔法はアレを制御するために念を押してかけただけ、ただそれだけのモノですから」
「・・・そうかの、ならばもう何も言うことはないわい」
「ええ、ご心配には及びません」
長老はネージュの様子になにかを言うことはなかった。竜は、基本的に放任主義である。
忠告はしよう、警告もしよう、その後も心配して口を出すこともあるかもしれない。
だが強制はせぬ。竜は個の意志をこそ尊重する。
掟の外の事柄、そしてそれが他の竜達に害を及ぼすものでないのなら全ては個人の自由なのだ。最終決定にまで口を出すことはしない。
「それよりも、はやくシムについて長が分かったことを教えてくださいよ! 私では何も分からなかったのです。鑑定系のスキルも看破系のスキルも、もちろん魔法でも、シムの情報はなにも分からなかった。能力や技能はおろか、種族系統さえまったく! あれはなんの能力ですか? それともスキル? 《隠蔽》のスキルなら相当レベルが高いと思うのですが・・・?」
既に先程の緊張した空気は崩れ去っていた。目を輝かせて純粋な興味から長老に質問をするネージュをみて、長老も気持ちを切り替えることにした。
ネージュの期待に満ちた声に応えて長老も厳かに声を出す。
「ほほう・・・、そんなに知りたいか?ネージュよ」
長老の含みを持たせる言い方に、なにか分かったことがあると確信したネージュはますます期待を膨らませた。
「当たり前じゃないですか! 今まで様々なものを見てきましたけど、あそこまで得体の知れないものはそうはありません!」
「ではしょうがないのぉ、かわいい子供のために、この儂が分かったことを包み隠さず全て話してあげようではないか!」
ネージュの期待は最高潮に達していた。長老が使う固有魔法《五界体検査》、自分ではその複雑すぎる魔法の効果を実際に理解することはできないが、効果の程だけなら知っている。
自分を含めるここの白の竜の一族、その全てが一度は受けたことがある魔法で、五つの魔方陣で対象の状態、対象に付随する情報を完膚なきまで調べることができるのだ。
鑑定系魔法の最上位の内の一つであり、能力やスキルはもちろんのこと、現在の魔力量から最大魔力容量、肉体の構成とその仕組み、更には対象の健康状態、精神状態、性格や才能までをも詳細に知ることができる。
白の竜達は一定の年齢に達すると長老のこの魔法を受け、じぶんの才能や性格、またそこから生じる長所や短所を教えてもらう。そして意識的に鍛錬や生活を行うことで自分の長所を伸ばし、短所を埋めようとするのだ。
シムになんらかの隠蔽能力があるとしても、流石にこのレベルの魔法を欺くことは不可能だろう。ネージュは思った。
そして告げられた結果は――――。
★★★
「何もない」
「・・・・・・え、いまなんと?」
「じゃから、何もないのじゃ。明確に分かった事が」
ネージュは耳を疑った。何もないってなに? え、本当になにもわからなかったって事?
まさか長老にも何一つわからなかったというのか。
一体どんな原理でそんな事・・・・・・いやまて。
あなたさっきなんか分かった的なこと言ってたでしょ。とうとうボケたのか、長よ。
驚愕の表情からなにか胡散臭いものを見るような表情に変わるネージュ。
「ほっほっほ、その胡散臭そうな視線を向けるのをやめい、ボケとらんわ。ちょっとふざけてみただけじゃ」
そんなネージュを見て朗らかに笑う長老。
「・・・私のことからかって楽しいですか?」
拗ねたようにネージュが言って、プイッと顔を背ける。
いやわかっている、きっと楽しいのだろう。
長老はそういう竜だ、お茶目と称して他のものたちをからかっては弄ぶのだ。
まったくもって迷惑極まりない。
「まあ、嘘は言っていないがのぉ・・・」
「はいはい。もったいぶるのはもういいですから早く分かったことを教えてください」
「無論、分かったことは教えるつもりじゃぞ?」
「ではまず、種族名は?」
「わからん」
「・・・保有する能力」
「わからん」
「・・・スキル」
「わからん」
「・・・質問を変えましょう、シムの本名は?」
記憶喪失のくだりは既に話してある。そして名前は鑑定時に真っ先に分かる情報だ。分からないはずがない。
しかし、答えは――。
「わからん」
「長!いい加減に――――ッ!?」
ネージュが長老を真正面から見据えると、長老の視線とまっすぐにぶつかった。
そしてその目の中にこちらをからかう様子はなく、その瞳はただ事実だけを述べていると語っていた。
「・・・分からんのじゃよ、本当にな」
「・・・・・・本当に、ですか・・・しかしそんなことが・・・?」
ありえない、というか、ありえるのだろうけど信じ難い。
もちろん長の魔法をかいくぐる手段を有しているものがいない訳ではないだろう。
《五界体検査》と同レベル、またはそれ以上の隠蔽系の能力を持ってすれば完全なる情報のシャットアウトも不可能ではない。
しかしそうなるとシムが有している《隠蔽》の力は推量でも――――。
「まあ、分からないってのも確かではなくてのぉ」
長老の声で思考が現実に引き戻される。
「・・・分からないかどうかが確かでない? どういう意味ですかそれは」
「こんなことはわしも初めてなんじゃがな、おそらくシム=ミストに隠蔽系の能力はない」
「ない? しかしそれでは何故長の魔法が・・・?」
効かないというのか。明らかにそこには何らかの摂理が働いている。
ネージュの困惑した視線に応じ、長老はゆっくりとその問いに答えた。
「おそらくは・・・ない、のじゃ。少なくともこの世界においては。あるものを隠しているわけではなく、ない。種族も、能力も、技能も、名前さえなにもかも、ない。少なくともわしの《五界体検査》ではそう出たのぉ」
それはおかしい。この世のありとあらゆるものは体系づけられていて、生まれた時からその存在は定義されているのだ。
それはこの世界の法則であり、たとえ転生者や召喚者でさえ例外ではない。
彼らの元はこの世界のものではないかもしれないが、それでもこちら側に来た際にはこの世界のものとして認識されて世界のシステムの中に組み込まれる。
だからもし、名前や分類が分からないものがあったとしたらそれは。
「・・・・・・世界に、認識されていない・・・?」
「それかただ単純に儂の魔法が見通せなかったかだのぉ。まあ、それでも推測は出来る」
唖然とするネージュを気にも留めず長老が話を続ける。
「ネージュ、儂の《五界体検査》の内容はしっておるじゃろう?」
「・・・え、あ、はい。肉体と氣体、精神体と魔力体、あとは魂魄体からの情報をそれぞれ読み取るんですよね。主な情報は魂魄体から、魔力の質や気力の質、肉体と精神の情報などはそれぞれ対応する場所から解析する魔法、それが《五界体検査》でしたよね」
「その通り、生き物は主に肉体、氣体、精神体、魔力体、魂魄体の五体から構成されており、このうち氣体は肉体から溢れ出る生命力の源、魔力体は精神体から溢れ出る生命力の源じゃ。氣体と魔力体は肉体と精神体の産物のようなものじゃが、生まれてから生きていくうえでそれぞれが密接に関わっているゆえ、なくてはならぬもの。これら五つ全てから情報を読み取ることで、ほぼ完璧に対象を把握することができる・・・はずじゃったんだがのぅ・・・うーむ・・・つまり・・・、・・・ということは・・・」
《五界体検査》の説明、その途中から再び思考の海に沈む長老。ネージュがそれを引き戻す。
「長、分かったことというのは?」
「・・・おお、そうじゃったのぉ。儂は内容までは読み取れんかった、しかし概要、いや外見かの。外面だけなら見てとれたわい。《五界体検査》の表示上、シム=ミストには肉体も精神体も魂魄体もない、もちろん氣体や魔力体もない。じゃが、それは明確に分かれていないだけで、実際にないわけではないと儂は考えておる」
「分かれていないだけ、ですか?」
「その通りじゃ、肉体と氣体・・・は他の生き物の身体を乗っ取っていることからもしかしたら無いのかもしれんが、それでも残りの精神体、魔力体、魂魄体はあるはずじゃ。つまり、非実体系のゴーストやレイスのようなものじゃな。ただ、五体が混じっているというだけでのう」
「・・・確かに魂魄体や精神体、本能や精神がないのなら自我も知性もありえないはずですからね。借り物とはいえ肉体も存在する。それに竜の咆哮で気絶したということは魔力に対する干渉も可能だということ、・・・そもそもそれができないなら会話をすることも適わないはずですしね」
「それと最後、あと最初もかもしれんが、アレが儂の拘束から逃れるため暴れようとした時、僅かながら魔力を感知した。それでも魔力体は見えなかったが、ある、ということは確信したわい」
だとしたら魔法を使える可能性はある。教えて欲しいとせがんでいたからこれを伝えてあげれば喜ぶに違いない。
「ああ、それにもう一つ面白いことがあってな? なんと混じりあっているであろう魂とは別の魂が二つ、明らかに本体のものではないものが・・・」
「・・・それはつまり・・・という?・・・なんですって!?・・・では・・・」
「そうじゃのぉ、・・・バラしても・・・だから・・・しかし、分離して・・・精神がどうなっているのかは・・・」
「・・・認識されるには・・・経験値・・・魂・・・せめて・・・【階層踏破】なら・・・・」
洞窟の中、二匹の竜のが話し合う。
霧のいない場所でその処遇は決められていく。
得体の知れない存在、しかして脅えるほどのものでもなし。
どうしてやろうかと哂う者達。強者にして捕食者たる者達。
シム=ミストが知ること適わぬ、掩蔽された思惑の空間。
竜の会談はまだまだ続く・・・・・・。
ちなみにこの頃ミストラルはピンチに陥っていた。
具体的には手足が千切られ始めてました☆




