第21話 想いは踏みにじられた ――淡い幻想 VS 冷たい現実――
基本的には友達思いの良い子なんです・・・。
一昨日、ネージュがまた何か変な物を拾ってきたと近所の子供達が騒いでいた。
ミストラルはその時からすでに嫌な予感がしていたが、今日長老から念話で呼び出しがかかり、内容を聞いて頭を抱えることになった。
人間。よりにもよって人間。
しかも転生者という特異な種類の。
なぜか身体は魔物らしい。
そして名前をシム=ミストというらしいがそんなことはどうでもいい。
ミストラルは、すぐさまその人間をネージュから取り上げて里から追い出すべきだと長老に言ったが時既に遅し、もう滞在許可を出してしまったらしい。
何をやっているのよ長老!ネージュが拾ってくるものがろくでもないものばかりなのは長老だってわかっている筈なのに!――と憤慨するミストラル。
ネージュは凄い。それは認める。
ネージュは頭が良いし、魔法も上手だ。頻繁に里の外に散歩と称して出ていっては危険も顧みず色々なものを持ち帰ってきて、その過程で魔物や人間などと争ったりもするので戦い慣れてもいる。とても強い。
ついでに言うと私も別に弱いわけではない。むしろ近接戦闘なら同世代の中では強い方だ。
ネージュと勝負するとしても、魔法やその他の小細工一切なしで正面から殴り合えば勝つ自信がある。
まあ、なんでもありならまず勝てないだろうが。
・・・前に一回なにかで言い争ってケンカしたあげく、試合をして勝ったほうの言い分が通るという取り決めをした上で決闘まがいのことをしたことがあったっけ。
あの時は酷かった。
試合開始と同時に私の真下の地面に隠されていた魔法陣が発動して私は数十秒の間身動きが取れなくなり、その間に悠々と詠唱をしたネージュは私の拘束が外れるのと同時にほぼ零距離から魔法をぶっ放したのだ。
仮にも友達――ミストラルは密かに親友と思っている、恥ずかしいから言わないが――にして良いような所業ではない。
当時、審判兼お目付け役で周囲にいた数人の大人の竜達もドン引きするような威力の雷系統魔法をネージュは何のためらいもなく使ってきたのだ。
確かに生まれた時から基本的な種族スキルとして【対魔力】を宿すミストラル達竜は攻撃魔法全般に対してある程度耐性を持っている。
そして確かに優秀とはいえまだまだ年若いネージュの魔法ごときでミストラルが致命傷を負うようなことはなかった。
そう、死にはしなかった、死にはしなかったがあれはない。今でも思う。
あの時は確か魔法が打たれる直前まで、きっとこれは脅しで本当に発動したりはしないだろうと思っていて、最後までそう思ったままぶっ飛ばされて気絶したんだっけ。
――ブルリ
あの時のネージュの表情を思い出してミストラルは思わず身震いした。
あれ以来、此方に微笑したまま一切の躊躇なく止めを刺したネージュに対する恐怖心が心に染み付いて、絶対にネージュを本気で怒らせないように細心の注意を払うようになってしまった・・・。
思考がずれてしまったが、結論はネージュは凄い、ということだ。
そして同時に凄いバカでもある。
バカというか、バカみたいに趣味悪いというか、何回やめろといっても全然聞く耳持たないというか。
私よりも年上のくせに、頭がいいのに、変に大人びいているくせにどことなく子供っぽいネージュ。
そのくせ普段は優しい姉のような、頼りがいがある私の友達。
・・・そんなネージュはどこか、危なっかしいところがある。
変な虫がつかないように、私が見張ってあげなくては。こうなったら実力行使だ。
長老からの罰は甘んじて受けよう。
もしかしたら、場合によってはネージュに少しの間嫌われてしまうかもしれないが・・・、それは、ちょっとつらいけど、それでも放っておくことなんて出来ない。
今度こそ。
★★★
ミストラルが長老の住処の前まで飛んで来ると、ちょうどタイミングよく長老がGOサインを出した。
洞窟の外からだと少し見えにくいけど、あそこで倒れている大熊のような魔物が人間の転生者なんだろう。
そう見当付けたミストラルは範囲内の風を操る魔法を行使して対象の人間を洞窟の中から引きずり出した。
そしてそのまま大空に打ち出す。
無論、わざとである。
長老が念話でなにか言ってきたがミストラルは応答しないまま無理やり打ち切り、人間、シム=ミストの行方を追った。
なんで人間が魔物の身体を持っているのか知らないが、ミストラルが見たところあの身体では飛行することは出来まい。
もしかしたらこのまま地上まで落ちて逝ってくれるかも知れない。
もしこのまま落ちてくれた場合。
長老からこの人間が空を飛べないとは聞いていないので、かなり苦しいが後々追求された時にわざとじゃない、この島まで来たのだから当然のように飛べると思っていましたと言い訳することが出来る。
ミストラルが見ていると案の定、飛ぶ術を持たないようで落下していく大熊の身体の人間。
一瞬心の中で歓声を上げかけたミストラルだが、次の瞬間奇怪な光景を目撃することとなる。
大熊の手先から紫色の霞のようなものが伸びている。
蛇のように曲がりくねりながら伸びたそれは近くの島の崖にひとりでに突き刺さるとそこからピンと伸び、大熊を振り子のように運んで大広場の上空に持っていった。
「え、なんなのあれ。魔法?」
ミストラルは初めて見た種類の魔法に対する戸惑いでポツリと声を漏らす。
空気を操る種類の魔法だろうか?それともスキル?
なんにせよミストラルの思惑通りには行かなかったようだ。
こうなったらなんとか難癖つけて、向こうがなんか言い返してきたらそれを理由に襲い掛かろうかと考えるミストラル。
彼女は高高度から着地したにも関わらず、平然としている様子の大熊から少し離れた後ろの方に降下しながらこう告げた。
『お前がシム=ミストね、長老から話は聞いているわ。長老とネージュが話し終るまでそこで大人しくしてなさい』
★★★
生意気にも一丁前に名乗ってきたので此方も名乗り返す。
別に人間如きに名乗らなきゃいけない道理はないけど、なにも返さないというのも居心地が悪いからね。
そしてさっそく挑発を始める。
半殺しにして八つ裂きにしてやるって言ってやった!
さあ来なさい人間ッ!こんなこといわれたら怒らない筈がないでしょっ!?
もし私がこんなことを言われたら言った相手が泣いて謝るまでボコボコにするわ!
すぐにでも襲い掛かってくるであろう人間をカウンターで殴り殺し、酷いこと言われたからカッとなりましたって長老には言い訳しよう!
・・・しかし人間は襲い掛かってこなかった。
情けない笑い声で言葉を濁すだけ。え、なんで襲い掛かってこないの?
人間は何かを考えるような素振りをしているけど、あまり怒っているようには見えない。
うむむ、他の言葉で挑発するしかないか・・・。
・・・そういえば、この人間の身体は大熊の魔物のものだ。
触らずとも見て分かるほどにもふもふしている白と黒と紫の艶良い毛並みは、もしこれが人間じゃなかったら思わずギュッと抱きしめたくなるほどに立派。
一目見て入念な手入れがされていることが分かる。
余程大事にしているのでしょうね。
ならばそこを突かせてもらうわ。何か言ってきた人間の言葉に被せて言い放つ!
・・・・・・人間は沈黙するだけだった。
え、なんで!?もし私が誰かに汚い姿!なんて言われたとしたらとても我慢なんてできずに相手をボッコボコにするわよ!?
そして泣いて謝っても許さないわ。
なんでこの人間は・・・?
あっ!まさか!
もしかして、いやそうよ!そうに違いない!
なんで気付かなかったのかしら、この見るからに非力でちっぽけな人間が、私を恐れているということを。
人間は下等で愚かっていう印象しかなかったから挑発したらすぐに乗ってくると思っていたけど、よくよく考えてみれば竜を相手にすればいくら挑発されようとも全て畏怖で塗りつぶされてまったく心に届かないわよね。
人間は愚かだけど、命を奪われるリスクを冒してまで口答えするほど愚かではなかった。ただ、それだけの事。
つまり人間が此方に口答えをすることは、全く期待が出来ないということだ。
試しに矢継ぎ早に挑発を並べてみる。
・・・思ったとおり、全く反応しない。
最後の方には本音が出てきてしまっていた。元々あまり悪口を言うのは得意ではないのよね・・・。
ほんと・・・、ネージュも何でまたこんなものを拾ってきたんだか・・・。
「あなたみたいにろくに相手を理解しようともせずにただ悪口を並べる人よりはよっぽど見る目があると思いますけどね」
ため息をつく私の耳に信じられない言葉が聞こえてきた。
え、今なんて?なんか私が待ち望んでいたようなことが聞こえてきた気がしたんだけど!?
思わず聞き返すと思いっきり目を逸らして誤魔化す大熊、もとい人間。
いやいやいや、今確実になんか言ったでしょ。口答えしたでしょ。いや無理よ、殺すわよ。
でもなんでここで?
前後の文脈から推測するに、私がネージュは見る目がないって言ったから?
そんなことで?
今まで散々人間自身を罵倒した時には見向きもしなかったくせに?
『へえ・・・、ゴミクズの癖になかなか言うじゃん』
気が付けば、言葉が口を衝いて出ていた。
この人間はここで殺す、それは変わらない。変えられない。
でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、人間に対する見方が変わった気がした。
――人間は他の者の為にこそ強い・・・いや、強くなれるのだよ――。
ネージュがいつか言っていた言葉が脳裏を過ぎる。
ネージュがこいつらを気に入ってしまった理由を、今なら、少しだけなら、分かる。
ああ・・・もし・・・、
もし違う時、違う場所、違う機会で出会っていたら・・・、もしかしたら私がシム=ミストと共に笑い合うような未来があったのだろうか?
ふと、思う。
――人間よ、今は無理でも、いつか必ず。きっと・・・、分かり合えるかもね――。
・・・と、そんな風に考えていた時期が私にもありました。




