第20話 唐突な死闘 ――油断竜 VS フライングパンダ――
ミストラルちゃん(通称ミトちゃん)はネージュよりもちょっと若いツンツンキャラの美人(美竜)さん。主人公とのハートフルなやり取りをお楽しみください。
局地的な強突風のようなもの(おそらく魔法)により無理やり洞窟の外に放り出された僕は加速度的に落下速度を増しながら竜の島から落ちていく。
下を見ると、ちょうど他の島と島の隙間目掛けて落下するコースに自分がいることを確認できた。
せっかく大変な思いをして長老との対談を終えたのに、このままじゃ滞在許可を取ってから僅か数十秒の内にこの白の竜の里に別れを告げることになる。
冗談じゃない。
霧を身体の両手の先から伸ばし、間近の島の崖に突き刺す。
そのまま落ちる勢いと伸ばした霧の腕の張力を使い、ターザンのように空中で軌道を変える。
とりあえず着地できればどこでもいいので適当な島を探す。
・・・特に探すまでもなく一際大きい島が目に入る。
この空に浮かぶ島々の中でも最大の島、竜の方々の公共の場と説明された例の島だ。
適当なところで硬質化して突き刺していた霧を解除して再び落下する。
しばらくの浮遊感に身を任せた後、ズドンと轟音を立てて島に着地する僕。
落ちてくる時に上から見たがここは島の端のほう、荒野の部分だ。
今のところあたりに他の竜達は見当たらない。
ひとまず無事に着地できたことに胸を撫で下ろしていると、僕の後ろ斜め上から声が聞こえた。
『お前がシム=ミストね、長老から話は聞いているわ。長老とネージュが話し終るまでそこで大人しくしてなさい』
声は後ろから聞こえたが、霧によって死角がない僕はその姿を洞窟を放り出されたときから視認していた。
あの場所から僕を乱暴に引っ張り出したであろう張本人だ。
ネージュと同じく、白銀の竜。
そしておそらくは女。
それは上空から羽ばたきながら降りてくると、僕から少し離れた後ろの方の地面に着地した。
ネージュに最初会ったときは竜を見るのが初めてだったことと、ネージュ自身にあまり女性らしい言動がなかった事で人間形態に変身されるまでは性別がわからなかったが、今は違う。
竜形態のネージュと、その他飛び回っている竜達をずっと観察し続けていた結果、僕は竜の性別を見分けることが可能になっていた。
長老は確かミストラル、と呼んでいたっけ。
サイズはネージュと同じくらい、強さは・・・よく分からないな。
『ちょっと、無視してないでなんか言ったらどうよ!』
此方が相手を見ていたらなんか難癖つけてきた。
僕が背を向けたままだから無視していると思ったのだろうか?
なんにせよ、ちゃんと返事はした方がいいだろう、無難に挨拶でもしておこうか。
「シム=ミストです。よろしくお願いしますミストラルさん」
身体をミストラルの方に向けるとまず自己紹介する僕。
『ふん、ミストラル=シエルよ。・・・中身が人間ってのは聞いていたけど変な感じね。大熊の身体なんだ、気持ち悪い』
へえ、ネージュから聞いてはいたけど、白の竜って本当に全員ファミリーネームがシエルなのかー。
・・・ってなんでケンカ腰なんだこいつ。
初対面でここまでつっけんどんな態度を取る奴も珍しい。
それとも普通の竜ってこんなものなのか?
長老とネージュは・・・いやあの二人もダメだったな。
ネージュはハイになると手が付けられないし、長老は・・・あ、なんか忘れていた怒りがまた込み上げてきた。
というか長老、さっきの実はプレッシャーで無理やり自分の非を誤魔化したとかじゃないだろうな。
『長老から危害を加えるなって言われているから何もしないけど、本当だったらあんたみたいな奴は八つ裂きにしてるんだからね。ああでも不審なことしたら半殺しにするから』
「あ、あははは・・・」
それでもあの二人はここまで理不尽な感じではなかった。
このミストラルという竜からは敵意をビンビン感じる。むしろ敵意しかない。
笑って茶を濁したが、その実全く誤魔化しきれないほどの敵意。
一応長老は僕に手を出すなって言ってくれたらしいが、これは明らかに人選ミスっただろ。
なんでこんな暴発寸前の銃みたいな奴がお目付け役なんだ。
自己紹介の後に続く言葉が気持ち悪い、八つ裂き、半殺しとか斬新過ぎる。
インパクトを狙ったなら効果ありだが。
実際僕の中の彼女の印象は強烈だ、もちろん悪い意味で。
・・・そういえばさっきから長老から僕のことを聞いているような素振りを見せているけど、今まで一緒にいて長老にはそんな誰かと話すような様子は見られなかった。いつ連絡を取り合っていたんだろう。
「ミストラルさん、ちょっと聞きたいんですけど――」
『その薄汚い口を閉じなさい人間。浅ましい人間のくせに他の生物の姿をしているなんて・・・、それになんて汚らわしい姿ッ!』
どんどんエスカレートするミストラルの罵倒。
これにはいい加減カチンと来る。
あからさまに人間を差別する発言。
確かに竜は綺麗だ、それに比べたら人間は見劣りするかもしれないが、それをわざわざ口に出して僕に言う必要はないはずだ。
それにこの身体が汚いだと?
パンダは僕が苦労して手に入れた戦利品、当然手入れも欠かしていない。
毛並みはふさふさだし艶も良い、水浴びもしているから清潔だし、老廃物などは霧で消化しているから獣臭くもないはずだ。全然汚くなんてない。
反論の文句一つぐらい言ってやりたいが、そういう訳にもいかない。
食って掛かるだろう相手と言葉の応酬を繰り返せば揉め事になるのは必須。
長老に滞在許可を貰ったとはいえ、早々に問題を起こすわけにもいかない。
ここは一つ、大人の対応でクールに聞き流すのだ!
『長老は何を考えてこんな人間、しかも魔物の身体の転生者なんて気味悪い生き物を里に入れてんだか』
我慢。
『毒々しいヘドロみたいな色の蒸気も出てるし、さっさと廃棄処分すれば良いのに』
我慢だ。
『あんたみたいな得体の知れない奴見てると吐き気がするわ。さっさとくたばって消えてくれない?』
吐き気がするなら見てんじゃねーよこの――!!・・・ッと、反応したら負けだ。
相手の悪口を素直に受け止めてやる必要はない。気にしなければ良いのだ。
『・・・本当に、今のうちに里から出て行ってくれない?あんたみたいなのがいると迷惑なのよ』
忍耐、大事。
口答え、ダメ、ゼッタイ。
『ほんと・・・、ネージュも何でまたこんなものを拾ってきたんだか・・・。ものを見る目がないったりゃありゃしないわ』
「あなたみたいにろくに相手を理解しようともせずにただ悪口を並べる人よりはよっぽど見る目があると思いますけどね」
『・・・・・・今、あんたなんて言った?』
や っ て し ま っ た !
「・・・・・・・・・いえ、なにも言っておりません」
迅速に無かったことにするが、
『無理、殺す』
無理だそうです、というか聞こえてんじゃん。
失敗、そして後悔。
・・・しかしこれは見逃せなかった。
他のことならばまだ我慢できる、別にネージュの悪口をいくら吐こうが一向に構わない。
嫌な気持ちにはなるだろうが、我慢する。
ネージュが悪く言われたことに怒ったわけではないのだ。
そんなことよりももっと私的な理由だ。
ネージュの鑑定眼を否定するということは、僕がこの世界に来て初めて得た人――竜だけど――との繋がりを否定するということだ。
そして今の僕には、親しい人はネージュぐらいしかいない。
だからその唯一の繋がりを否定されると、酷く、腹が立つ。
・・・そうだよ、友達少ないんだよ!一人だよ!でもしょうがないじゃん、人に出会う機会がなかったんだから!
前世はきっともっと居たさ。・・・記憶にないのは忘れているだけだ。
『へえ・・・、ゴミクズの癖になかなか言うじゃん』
ミストラルから放たれていた敵意が、殺意に変わる。
カエル時代、警戒していただけの相手が此方に襲い掛かってくる前に起こる空気の変化を思い出す。
ちょっと前の時のことが、ひどく懐かしく感じる。
それはきっとネージュに連れられてこの場所に来てからは、殺気を向けられたことがなかったからで。
初めて咆哮を食らった時も、ネージュと模擬戦した時も、長老に嵌められた時でさえ、本気で痛かったし怖かったしやばかったけど、何処にも本気の殺意は感じなかった。
僕が気付いてなかっただけかもしれないが、それでも命の危険は感じなかった。
今は違う。感じる、命の危機を。
危険だ、怖い、殺される、そう、だから――冷静になれ。
思考が冷えていく、感情が沈んでいく、自分の身体が準備を整えていく、生き残るために逃げる準備を・・・生き残るために殺す準備を。
「・・・長老から危害を加えないよう、言われていたのでは?」
無駄だとわかりながら聞かずにはいられない。
反射で答えた僕は馬鹿だ。
やり直せるものならやり直したい。格上相手に勝負とか無理です。
『大丈夫、半殺しにするから。間違って殺しちゃってもちゃんとネージュと長老には謝るし』
どうもミストラルは本気のようだ、殺る気満々の御様子。
半殺しとか言ってるけどあれは初めから全殺しをしようとしている目だ。
今から逃げようとしても、あちらが咆哮する方が早い。助けを求めようとしても、あちらが咆哮する方が早い。土下座して許しを乞おうと、多分それはもう遅い。
斯くなる上は、
「謝ったら許してくれます?」
『冗談で――』
――ズドッッ!!
先制攻撃。これなら僕の方が早い。
話しながら身体に霧を全て引っ込め全身強化、右腕のつけ根だけを逆に弱体化。
手を触れずに霧で切り離してミストラルの首元目掛けて蹴り飛ばした右腕が見事に彼女の喉元を抉る。
的が大きいと狙いやすくて助かるぜ。
水平にチョップするようにミストラルに突き刺さった僕の右腕だが、流石は竜と言うべきか、音の割にはあまり効いていないようだ。
可動域であり比較的防御力の薄そうな喉の部分に当たったのに、ミストラルは一瞬たたらを踏んで息を詰まらせただけ。この様子ではダメージは全く入ってないだろう。
ミストラルの後ろから様子を窺う僕。既に彼女の見つめる先には僕の姿はない。
ミストラルの背後、その足元で弓を引くように左腕に力を込めながら僕は竜の頑丈さに舌を巻いていた。これはかなり頑張らなくてはいけないだろう。
獲物が視界から消えていることにようやく気付き、土埃の跡から相手が何処にいるかを察したミストラルが首を曲げて僕の姿を捉えるのと、十分すぎる程に溜めた僕の渾身のレフトフックが放たれたのは同時。
――バキャ
湿った枯れ木が折れたような音を出して斜め九十度に折れるミストラルの後ろ右足。飛び散る銀の鱗に真っ赤な鮮血。ついでのように爆散する僕の左腕、しかし右腕と同様にすぐ回復。
「ーーーはあッッ!?」
何故か驚いたような声を上げて固まるミストラル。痛みより先に驚愕が身体を支配しているのだろうか。
暴れるわけでもなく、体勢を崩したまま完全に動きが止まっている。
まあ、そっちの方が、
――ボキュッ
狙いが付けやすいから助かるのだけど。
軽くジャンプして背中に取り付くと、綺麗な純白の翼を根元から無理やり引っこ抜いた。空中戦とかになったら為す術がないからね。
今の内に取っておかないと。
「ガッ!グガアアあああぁッ―――!?~~~~~~ッッッ!!!?」
片翼を引き抜かれた拍子に思い出したように絶叫し始めたミストラルの口に、丸めた翼を無理やり霧で詰め込む。
身体はミストラルの背中側にいるので使えない、ちょっとパワー不足だがそれはしょうがない。
頭全体を霧で掴んだまま、血に汚れた白翼を出来るだけ喉の奥に押し込んでいく。
多少空気が漏れているが、これで大声は出せないだろう。
懸念としては魔法的手段で助けを呼ばれることだが、この様子ではとてもではないが使えまい。
他の竜まで出張ってきたら万に一つも勝機がなくなってしまう。増援は禁止です。
狂ったように暴れるミストラル。
背中に張り付いているので手足は届かないが、転がって僕を地面で潰そうとしてくる。
しかし無駄だ。このパンダ、竜の下敷きになるぐらいじゃダメージなんて毛ほども通らない。
地面とミストラルの間でサンドイッチになりながらも残った片方の翼を捥ぎ取る。
「~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!」
ミストラルが何か叫んでいるが、声に出てない。
しかし凄い生命力だ。まだまだ全然元気である。
暴れないように今の内に両手両足も捥いでおこう。
★★★
あれから苦労しつつもまずは折れていた後ろ足を、後は順々に残りの足を千切っていき、最後には達磨にして仰向けに転がしてやった。
僕が一本ずつ手足を捥ぐ度にミストラルの抵抗はボルテージを上げていったが、最後には流石に疲れたのか抵抗する力が弱まってきていた。
白銀の身体は流れた血と土埃で薄汚れ、辺りには千切り取られたミストラルの手足が転がっている。
彼女の口には噛み締められてボロボロになった彼女自身の翼が詰められており、酷い光景だ。
ここまでやればもう大丈夫かと思いきや、よくよく見るとミストラルの傷口は既にほとんど塞がっており、血も流れていない。目の中を覗くとその奥には敵意が見えた。
なんと、まだ抵抗する気なのか。
ここまでやってもまだ戦う気だとはな・・・。なんたる意地、なんたる気力、なんたる誇り!
いや本当に凄い。僕だったら確実に心折れてるぞこれ。
僕は心の底から驚嘆した、どうやら僕は相手を舐めていたらしい。竜を相手にしていて侮りがあったとは恥ずかしい限りである。
僕はまだ全然安心できないことを確信すると――。




