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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第一章 氷獄沼 蠢く大気編
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第2話 記憶喪失!しかし様子が・・・? ――削られるSAN値 VS 異世界生態系――

 




 ・・・記憶を思い出せない。そんなバカな。いや、本当にあり得ない。

 ド忘れしたのではなく、完全に思い出せない。


 状況理解のためにとりあえず、思い出せることから順々に整理していこうとして・・・なにも思い出せなかった。取っ掛かりがない。


 とうとうパニクって、基本中の基本。自己紹介から始めようとして気付く。

 ・・・それすらもできないことに。


 ・・・僕は・・・・・・ぼくは・・・・・・・・・ボクハダレダ!?

 

 

 

 

 

 ここに来る以前のことを思い出そうとし、思い出せず。


 なんでもいいから思い出そうとし、思い出せず。


 それでも自分、自分の名前ぐらいは思い出せると。そう思っていたが・・・・・・

 



 ★★★

 



 真っ暗な空中に漂うこと数十分間、自分の名前が思い出せなかった。どうやら本格的な記憶喪失らしい。

 

 なんの冗談かと以前の自分なら笑い飛ばしただろう。だが本当にそれが自分の身に起こり、一時的にど忘れしたのではなく、思い出そうとしても、思い出そうとしてもなにも思い出せなかった時、自分の生きた記録・・・人生を通して積み重ねた物を失った時、それは恐怖となる。

 

 自分の存在がわからなくなるということ、自分が何者で何をしてきたか分からなくなるということはとても恐ろしいことだろう。

 

 なぜならそれは自分が自分でなくなってしまうことに等しいのだから。

 暗闇の中になにも分からないまま、裸一貫で一人放り出されてしまうようなことなのだから。

 

 だから今僕はこの状況が恐ろしくてたまらな―――




 ―――かった・・・・はずなんが?


 ・・・・・・あれ??

 

 あまり怖くない。パニックにもなっていない、それどころかだいぶ冷静だ。

 なんという精神力!・・・いやでも先程まではだいぶパニクっていたんだがな・・・?


 人間いざとなると図太いってことかしら?現実感がないのかもなー。

 

 

 まあ、記憶喪失っていうのはちょっとしたショック症状だというし。こんな変な場所(暗くて、恐くて、意味不明)にいきなり連れてこられたビックリが抜けたらきっと治るだろう!

 

 

 ん?・・・あれ?僕は元々、別の場所にいた!?

 

 記憶少し戻ってきてる!??!

 

 やったぜ!この調子ですべて思い出してやる!

 


 

 ★★★



 

 ―――一時間程後、そこには憔悴しきった僕がいた。まだ軽いパニック状態なのだろうか、無駄にテンションを上げていろいろ思い出そうとしてみたけど成果はなかった。

 時間が経てば思い出すだろうけど、今は無理そうだ。


 時間が経てば思い出すと信じたい。

 本当はすごくリアルな夢を見ているだけかもしれないし―――。

 



 ★★★



 

 三日ぐらいはまだこれが夢なんじゃないかと思って現実逃避をしていた。

 何が起こったのか結局わからずじまいで、現状への不安と恐怖を抱きながら過ごした。

 ずっとフワフワ浮いたまま、ミルクの様に濃い霧の中を漂う。自身が人型で紫色の霧なので、気体同士混じりあってしまわないか、仮に混じったらどうなってしまうのかが気がかりだ。今のところそのような気配はないが・・・。


 時々周りの地面が振動している。地震にしては頻発しすぎだし、初日に見たワニもどきが地下を移動しているのだろうか?

   記憶はまだ戻らず。

 

 

 

 四日も経つと嫌でも現実が見えてくる。これは夢じゃない、この四日間ずっと何の変わり映えもない不毛の大地のような場所に居続けた。日数の判断基準は日の出入りだ。


 実際に太陽を見たわけではなく周りが明るくなったり暗くなったりしただけだったが。その間の時間中ずっと霧のような(というか霧の)頭をひねり続けて現状分析をがんばってみたが、どうがんばっても全くもって何もわからない。

 でもいいこともあった、少し記憶を思い出したのだ。


 あと、地面が振動する原因はワニもどきではなかった。それ以上に大きい蛇、大蛇、・・・大きさで言うなら龍といっても過言ではないだろう。

 今日の朝方だろうか、一際振動が大きくなったかと思うと鈍い轟音とともに僕が浮いていた真下の地面が割れ、次の瞬間には大型トラックくらいなら丸呑みに出来るほどの大口を開けた龍の頭がロケットの様に僕の横を掠めていった。


 あまりの迫力に死を覚悟したが、僕は眼中になかったらしい。


 頭部に追従する胴体が豪速で地面から伸び続けるのが見え、上空から断末魔が聞こえてきたと思ったら鳥のような物体を咥えた龍の頭が再び轟音とともに地面に新しい穴を開けて潜っていった。胴体もそれに習うが、よほど長いのかしばらく経ってもなかなか尻尾は見えず、僕もここらでようやく我に返ったので龍の尻尾を見届ける前にその場から逃げ出した。

 

 

 

 五日目、いい加減に現状打破しなくてはいけないと思い始める。元いた場所のことを少しずつ思い出し続ける。

 

 昨日出くわした龍もどきにはあれから会っていない。しかし時々地面が揺れるのは相変わらずなので、きっと地下では健在なのだろう。外見は、僕の知る龍というよりは蛇だったが、龍もどきといいワニもどきといい、この周辺は爬虫類の生息地なのか?

 考えにふけっていると正面から巨大な羽虫が飛んできたので全速力でフワッて逃げる。


 

 

 

 六日目、何カ所か抜けている気がするが結構記憶が戻ってきたと思う。詳細はまだ思い出せないが。

 なにかしなくては、でもなんかするのが不安。大体何か変なことしてなにか大変なことになったらどうするんだ。


 ・・・いやでも、このままずっとここにいても何も変わらないしなにかしなくちゃいけない。

 そうだなにかしなくては、何かを、・・・いやでも・・・なにかってなんなんだ・・・。


 クモの手足を無数につけたミミズのような生き物から逃走しながら思う。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 一週間経った。

 自分のこと以外の記憶なら大体思い出した。

 エピソード記憶(だっけ?)を思い出せないということだがその他、いわゆる一般常識についてはある程度思い出せたのだ!日本にいたこととか!アイアムニホンジン!!


 ―――ピギャアッ! ピギィィィイイィ!


 まあ結局名前は思い出せなかったが・・・。

 しかし、分かったこともあった。僕はおそらくマンガやアニメによくあるような異世界に来てしまったらしい。そのことについていろいろ考えてみる。

 

 まず、なぜそう思ったか。

 僕はここ一週間同じ場所にずっといたわけではない。


 ―――バクンッ! ブチッ、ブシャアアアア!!


 ―――ギャアギィィ(バツンッ)ピッッッ・・・コヒュー・・・ヒュー・・・


 奇形の鳥や、サイズがおかしいワニ・蛇、他にも様々な動物たち(?)が現れる度にフワフワと逃げ回ってきた。ほんとに奇天烈なものばかり見続けてきた。ここ3日ほどは同じ景色だったが。

 

(なんとなく身体は動かせた、どのみち奴等は僕のことが見えてなかった様子なので逃げた意味があったかは分からないが)

 

 そして、その結果僕がここにきてから見た動物たちは僕の元の世界にいたものではないという結論を出したのだ。


  ―――バキッ・・・バキキッ・・・


 自分の身体はなぜか霧のような気体になってしまって、それでもなぜか生きているし、脳もないのに物事を考えられる。

 これは僕の常識ではかなりありえないことだった気がする。


 僕は人間だ。そして、人間には身体を霧にして空中浮遊するような能力はなかったはずだ。

 しかし、この霧は僕の意思で動かすことができる。よってこれは僕の身体なのだろう。たぶん。

 

 ・・・いやまてよ。もしかしたら、これは俗にいう憑依というやつか?

 異世界Tripには確か憑依転生というものがあったような気がする。

 Tripした時に肉体と魂が分離して魂だけの状態で他の生き物に乗り移って冒険して行くような感じだったはず。

 


 昔なら中二病、乙。で、終わっていた話だが今の状況ではその一言で片付けられない。

 


 憑依している場合なら憑依している生き物の意識と共存していて、その生き物の意識があるのが分かる!・・・ってのがあった気がするが、今のところそんな感じは全くしない。ということは少なくともこの身体は自分のか。

 ・・・そもそもこの身体って生き物か? 霧だぞ・・・、たぶん違う気がする。

 まあ、自分の身体がないなんて考えるのは嫌だから自分のものということにしておこう。

 よし、これでOK。


 ―――バキンッ・・・グチャ・・・モグゥ・・・ 


 ・・・完結してしまった。もっと根本的なことから考えてみる。

 

 これが異世界Tripだとしてなんで僕が来たんだ?

 やはりテンプレしか出てこないがこういうのは大体、

 

 1.神様からのお願い。→世界を救って、魔王を倒して、暇潰させてetc・・・

 2.勇者召喚。→世界救って、魔王倒して、お国のために働いてetc・・・

 3.輪廻転生→こういうものだから諦めろorz・・・

 

 のような感じだったはず。3はどうしようもないが、1か2だったらまだもとの世界に帰る手段があった気がする。

 クッチャクッチャ・・・ズルッ

 問題は1と2の場合は普通、テンプレにいくと1なら神様が、2なら召喚者が異世界にきた人にいろいろと説明(世界救って、魔王倒して、略)してくれるはずなのだが僕にはそれがない。

 

 ―――ブチィ・・・モグモグモグモグ・・・ 


 ここに来てから一週間経つが誰もいないし、くる気配も一向にない。

 動物たち(?)は度々現れるが僕に話しかけてくることなんてまったくないし、そもそも僕の存在に気付いているかも怪しい。気付かれたいわけでもないが。

 

 

 となると、3。輪廻転生でこういうものだ、ということになってしまうのだ。こういうものなら仕方がないが、そうすると転生先が霧、というのも悲しくなる。


 贅沢をいうつもりはないがないがせめて有機物に生まれたかった。


 いや、そもそもこれが異世界転生と決まったわけではない。

 でもそうではないとすると・・・この現状はなんなんだ?・・・わけがわからない。

   

 

 ・・・というようなことをこの一週間繰り返し考えてきた。

 

 ―――クッチャクッチャクッチャクッチャ・・・

 

 ・・・考えてきたことがもう一つ。カラス、かどうか知らないがワニ、・・・のようなものに食われた鳥の記憶のことだ。どういうカラクリなのか全く分からないが、カラスの死んだ跡にあった光の塊は僕の中に吸収され、僕の中にカラスの記憶が残った。

   

 その記憶で最初は大混乱していたが今はそんなことにはなっていない。


 カラスの記憶は死に際のインパクトが強烈で驚いたが落ち着くと別に実際にカラスの痛みや恐怖を自分が味わうわけではないことが分かった。自分の記憶と変わりなく思い出したりできるのだが、どこか他人事なのだ。


 なんというか他人の記憶をリアルな映画のように見ることができて、リアルだけど所詮映画だよね。といった具合に感じる。もしくはソフトのダウンロードみたいな感じだろうか?いくらダウンロードしてもハードが変わるわけではない、みたいな。


 なんにせよ鳥の意識が自分を侵食してくる、みたいなことにはならないようだ。一安心。


 自分の中に他者の記憶があるのにはいまだ完全には慣れないが、だんだん気にならなくなってきている。

 

 ―――クッチャクッチャ


 ―――モグモグモグ


 ―――ズルッズルルッッ


 そしてそのカラスの記憶によるとここは大きな森の中にある大きな沼だ。


 ただしこの沼の一帯には濃い霧がかかっていて、しかもなぜかその霧はひどく冷気を発するようでこの霧がかかっている沼の表面は凍りついているらしい。

 

 カラスは沼から少し離れた森の中に住んでいたようだ。仲間と一緒に沼の近くにエサの動物を追いかけてきたところ、霧の中に迷い込んだ挙句に運悪く沼に住む大型生物に捕まって逆に補食されたっぽい。(おそらくはあの龍もどき)

 

 カラスは森に住んでいただけあってここいら一帯の地理や地形を知っていたようだ。その記憶に頼れば、(この霧のせいで正確な現在地は掴めないが)今いる場所は沼の淵からさほど離れていなさそうだ。正しい方向に行けば森の中へと出られるだろう。

 

 カラスは生前、沼の霧の中に入った時、方向感覚が狂って迷ってしまった。よってそこにカラスの記憶を頼ることはできない。しかし、僕はこの霧の中で一週間もの間繰り返し太陽の光を見てきたので、その光の動きとカラスの経験から大体だが方向がわかる。


  よって沼の外に出られるはず。

   

 その後どうすればいいかは知らないが。


 ―――ペロペロペロペロペロ・・・・・・グルルルルッ、グルォオオッ! ギシャァアアア!!


 ・・・分かっていたことだけど、どうしても、どうがんばってもやっぱり情報が足りないということに気付いた。

   

 すぐにでも動いた方がいいというのはわかっている。


 でも自分から動くことが、怖く、不安だ。

 日が経つごとに恐怖は慣れるばかりか増していった。最初は全く怖くなかったのに、現実味を帯びてきたからか、一週間経った今はまたパニックになりそうだ。


 ―――バクンッ!バクッ、バツンッ! バキブチバキンッッ!!


 ―――ギャッ・・・ピギャアア! ピギ(ブチッ)アァァ!? ブシュウウウウウ・・・モグゥ


「(かといって一生こんな場所にいるのも耐えられないッ!)」


 目の前で豚の様な虫の様な獅子の様な奇声を発する、キメラのようなゴテゴテした外見の生物、そいつらが再び共食いを開始した。


 ただでさえグロい外見の生物が、汚い音を立てて互いに延々と共食いされている景色。

 それがここ最近の変わらない景色だ。

 一目で精神が風化しそうな様を、ここ3日ほど、昼夜を問わずにッ、 ずーーーっっっと見せつけられている僕の心はもうボロボロだあッ!!(コイツの生息範囲が広いのか、繁殖期なのか知らないが、何処に逃げてワサワサいやがるッ)


 SAN値が既に臨界点ギリギリを余裕で通り越している。遅きに失したが決断の時だ。






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