第19話 その身は・・・ ――未確認無機生命体 VS 精密検査――
「わからぬ」・・・だと?
穴が開くほど僕を見つめておいてわからないはないだろう。
長時間押しつぶされそうなプレッシャーに晒されて磨耗した僕のメンタルを返せと言いたい。
「わ、わからないっ?長もシムの種族がわからないのですか!?バカなッ!あなたが!!?」
ネージュが何かとても驚いている。
あいかわらず竜の言語だからわからないが何を驚いているのだろうか。
もしかしたらあれほど時間をかけて僕を観察したくせに、結局僕のことを知らないとのたまう長老の無能っぷりに驚いているのかもしれない。
『シム=ミスト、その場から動くなよ・・・』
長老が何か言ってきた。
動くな、だと?それは今から僕に何かすると宣告しているようなものだ。
嫌な予感がする。
『大丈夫じゃ、すぐ終わる。痛くはない』
なんか注射する前のお医者さんのようなことを言い出してきた長老。
僕はいつも思っていたのだが、あれって確かにそこまで痛くはないかもしれないけど、痛いことは痛いよね・・・。
・・・ヤバイ、なんか知らないけど確実にヤバイ!
(ッ!?)
何の前触れもなく8つの光り輝く複雑な模様の円が僕を中心に回転しながら虚空に現れる。
それぞれが全て円の中にスッポリと霧である僕を収めるサイズだ。
一箇所に固まっているとはいえ気体のような僕と空気の境目を分けるのは難しいはずなのだが、円は大きすぎるでも小さすぎるわけでもなくまるで僕用にあつらえたかのようにピッタリだ。全然嬉しくない。
ちょっとどころかかなりビビった僕はすぐさま行動を起こした。
それすなわち光る円刑越しにネージュに助けを求めること。
(ね、ネージュ!ネージュ!?何これ!助けてネージュ!!)
肉体がないから声が出ないけど、魔法を使うネージュや長老には聞こえるはずだ。
情けない?そんなことはない。
ここで変な意地張って助けを求めず、何かあったときには遅いのだ。
というかさっきから身体を動かそうとしているのにビクともしない。
空中で動きが縫いとめられている。
何が起きているかはわからないが、長老のこのヘンテコな術によって身動きが封じられているのは確かだ。
「長ッ!?何をしているのです!やめてください!!シムは私の――」
ネージュも長老の行動は予想外だったのか慌てふためいている。
何か長老に訴えているようだ。
『落ち着けネージュ、シム=ミスト。今から精密検査をするだけじゃ。別に危害を加えようとするわけではないし、痛みも・・・・・・・・・ない』
(今、なんか凄い間が空いたけど本当に痛くないの!?)
『もちろんじゃ・・・、せいぜい蚊に刺されたくらいだろう』
・・・ならまあ、いいか、蚊ぐらいなら・・・。
いや待て、ここは異世界だ。万が一があるかもしれない。
ないとは思うが・・・念のために聞いておこう。
(長老・・・、その蚊ってどれぐらいの大きさです?)
目を逸らす長老。
(やめろおおおおおおお!!放せええええええええええ!!!)
全身全霊を込めて僕を拘束する長老の術から逃れようとするが身体は全く動かない。
くそっ、身体に入っていれば逃げれたかもしれないのにっ!
『大丈夫じゃ!大人しくしておれ!!もしかしたら発狂するぐらい痛いかもしれないがきっと大丈夫!』
(どこにも大丈夫な要素が見えない!逆になんでそれで大丈夫と言いきれるのかわからないよぉっ!!)
「長ッ!!?やめてください!シムが壊れてしまう!!」
なんだこの長老!年長者で群れのまとめ役なんだろ!
もっと慎重に行動しろよ!!
『ええいうるさい!《五界体検査》!』
僕とネージュの言葉を振り切って行動を起こす長老。
空中で僕を囲っている8つ円、その更に上の方に輝く円が5つ追加で現れる。
僕を拘束している円が現れた時と比べてゆっくり、徐々に現れたそれら5つは初めの8つよりもずっと大きく、複雑な模様が描かれていた。
それらがゆっくりと明滅し、回転しながら僕の身体に降りてくる。
一定のスピードと間隔を保って順番に、僕の頭上から足元まで、通過してはまた頭上まで戻りを繰り返す。
「やめ――」
『おっと、動かない方がいいと思うけどのぉ』
とうとうネージュが長老に掴みかかろうとするが、それを制するように長老が声をかける。
その口調の中に不穏なものを感じ取ったのか、動きを止めるネージュ。
『儂の固有魔法、《五界体検査》はもう発動しておる。
ここで儂の邪魔をすれば、おぬしの愛しのシム君は本当に死んでしまうかもしれんぞ?それでもいいというなら別に止めはせぬがなぁ!』
「くっ・・・!?」
『ほっほっほ。なに、基本的にあの魔方陣達には害はない、すぐ終わる。そこで大人しくしていることじゃ・・・両名ともな』
僕は唖然とした。
自分はさっきまでこんなクソジジイに威厳や威風を感じていたというのか?
誰だよ竜の長にふさわしいとか思った奴。どうやら僕の目は節穴だったようだ。
・・・しかし、今更後悔しても、もう遅い。
今はジッと動かずにいることしか出来ないのだ。
僕は自分の周りで動く円を見る。
機械的な動きを見せながら上下する5つの紋様、もとい、魔方陣。
まるで僕をスキャンしているみたいだ。
いや、精密検査といっていたから実際そうなのだろう。
今のところ幸い、身体に違和感はない。
僕を拘束している8つの魔方陣に、僕を検査しているらしい5つの魔方陣。
神秘的な光を放ち、複雑な模様が描かれたそれらは到底危険なものには見えない。
だが油断は禁物である。
長老は言っていた。「もしかしたら発狂するぐらい痛いかもしれない」、と。
刺されたら発狂するぐらい痛いかもしれないサイズの蚊に刺されるような激痛なんぞ、絶対に味わいたくない。
何時、どのタイミングでこれらの魔方陣がいきなり僕に牙を剥くかはわからないのだ。
物理攻撃にはめっぽう強いこの身体だが、こういった魔法的なものにはどうなってしまうのかは全くの未知数。
竜の咆哮と同じように、もしくはそれ以上にダメージを受けたとき、僕は死んでしまうかもわからない。
もし僕に人間の身体があったら緊張で冷汗が止まらなかっただろう。
そして耐え切れずにそのままぶっ倒れてしまったに違いない。
しかし幸か不幸か今の僕は全身が空中に固定されているので倒れられない。
ただ、この魔法が終わるまで耐えるしかないのだ・・・。
★★★
『ふーむふむふむ、ほほう・・・。これは・・・』
だいぶ時間が経った。
いや、もしかしたらそれほど経ってはいないのかもしれない。
せいぜい半時間といったところか。
だが僕にとっては途方もなく長く感じる。身動きひとつせず(できず)、沈黙を保ってひたすらジッとしているというのは意外とキツイのだ。
『・・・はある、しかしそれで肉体を構築しているわけではない、と・・・。肉体が無いのか・・・?。するとこれは不死種非実体系の・・・いやいや実体は持っておる・・・。やはり魔力体・・・?じゃがそれに宿ってはいない・・・だとすると・・・』
長老はあれから魔方陣に検査されている僕を興味深そうに観察しながら、一人で相槌を打ったり何かぶつぶつと言ったりしている。
その目は僕を見ているようで別の何かが視えている様だ。
『ううむ、そんなはずは・・・。だがそれでは・・・。魂体のみではありえぬし・・・しかもこれは明らかに・・・』
『・・・長、どうなんですか?何かわかりましたか?』
ずっと沈黙していたネージュが横から長老に何か尋ねた。魔法を使っているのだろう、僕にも聞こえた。
その声には焦燥が見える。
僕ももう色々と限界だ。早く終わって欲しい。
『うむ、なかなか興味深い・・・。異なる魂の色が二つ・・・いやこれは三つか。混じっている・・・?いや完全に同化はしておらんな、でなければ色が・・・』
ネージュをガン無視して独り言を続ける長老。
洞窟の中にジジイの独り言が延々と響いていく。
・・・しょうがない、ここはリスク承知で僕からも聞くしかあるまい。
(ち、長老殿・・・、後どれくらいで終わるのでしょうか・・・。僕もう、ちょっと、精神的に限界が・・・)
喋ってしまうことにより長老の手元が狂う危険性はある、だがそれを差し引いてもゴールの見えない耐久レースに耐え続けるよりはいい。
後どれくらい耐えれば解放されるのかを知ることにより、苦境の中に活路を見出すのだ。
たとえ、あと三時間!とか言われて絶望しようとも、それはいずれ希望に変わる。
『んん? 何が終わるって? ああ、検査ならもうとっくに終わっておるよ、最初の五分くらいで。魔方陣は消してないがの』
『(え・・・?)』
絶句する僕とネージュ。
『そ、それではそれ以降何を・・・?それになぜ魔方陣を消してないのですか・・・?』
ネージュが尋ねる。
それに余裕綽々と答える長老。
『ああ、考え事をしていただけじゃよ。魔方陣は消し忘れた』
(このクソジジイがぁぁぁああ!! 死ね! 死んでしまえッ!!)
全力で叫ぶ僕。
最初の五分で終わっていた!? 残りの二十五分僕がどんな思いで過ごしてきたと思っているんだっ!
『おおっと、まだ魔方陣は発動したままなのじゃぞ?そんな口の利き方をしてよいのかのぉ・・・?
手元が狂っておぬしに想像を絶する痛みを与えてしまうかもしれぬのぉ! まあ、儂は別に構わんがなあ!!』
『(ううっ・・・!?)』
長老に文句を吐き出そうとした僕とネージュの動きが止まる。
これが竜の長老だと?悪の首魁の間違いじゃないのか?
『・・・まあ痛いというのも嘘じゃがの、この魔方陣に一切の危険性はないし』
(ネージュッ! 止めるなよっ! このジジイは僕がぶっ殺す! 殺す、絶対に殺す!!)
声なき咆哮を上げる僕。
しかし動けない、8つの魔方陣は今だ僕をガッチリと締め付けて離れない。
ただただ長老への怒りが増してくだけである。
「長よ・・・、それはあんまりなのでは・・・。ではなぜ最初にあのようなことを言ったのですか?」
ネージュが疲れた様子で長老に何かを言った、竜の言語だ。
「それはな・・・なんとなくじゃよ、特に理由なんてないのぉ」
それに長老がゆったりと答える。
こちらも竜の言語で、僕には言っていることがわからなかった。
それなのに不思議と怒りが倍加したような気がした。なぜだろう。
『まあそう怒るなシムよ・・・、得体の知れないものは一族の里に入れられぬ。
もしお前に悪意や敵意があった場合、そのようなものをネージュや他の竜達の傍に置くわけにはいかないのだ』
(・・・ッ!?)
いきなり、洞窟の中の空気が沈んだ。
そう、錯覚する。
何の前触れもない急激な変化。
重く、厚く、長い年月をかけて積み重ねたような重圧感が場の空気を支配していた。
まるで海の底にいるかのような圧迫感。
僕は怒りも忘れ、この空気を生み出している発生源に目を向ける。
その発生源は、長老。
大洞窟の中、日陰に悠々佇む彼の老竜の纏う雰囲気が一変していた。
人の神経を逆撫ですることに人生をかけているようなクソジジイから、偉大なる白の竜の一族、そのまとめ役である最年長者に。
『シム・・・シム=ミストよ。お前に改めてこの白の竜の里に滞在するを許可する。今だお前のことを完全に理解したとは正直、言い難いが、それでも我等白の竜に害意を持っていないことは理解した。今はそれで十分だろう』
口調も声の大きさもまったく変わってない、しかしその声は先程まで比べて見違えるほどに威厳に溢れていた。
僕は気圧されて何も言えなくなっていたが、隣のネージュも長老の変わりように目を白黒させている。
口を開いたり閉じたりしているが言葉が出てこないようだ。
長老はそんな僕等を見てニヤリとし、そうかしこまらんでもいいのだぞ?と言うと、ふぅーっと大きく息を吐いた。
いつの間にかあの重圧感は消えてる。周りにあった魔方陣もない。
まだ呆然としている僕とネージュをよそに、長老は何事も無かったかのような、少し前の調子に戻っていた。
『さて、儂はネージュに少しばかり話したいことがある。内密な話なので少しシムには席を外してもらおうかのぉ。・・・ミストラル』
「はい」
どこからとも無く第三者の声が聞こえてきた。
同時、僕の身体と足元のパンダが凄い勢いで洞窟の入り口の方に引き寄せられる。
まるで掃除機に引き込まれるゴミのように吸い寄せられてしまう。
慌てて身体に入って踏ん張ろうとするも、既に地面を離れていた僕の身体は為す術も無く洞窟の外に放り出されてしまった。
前後のやり取りからするに誰かが僕を連れ出したのだろうが、もっと穏便な方法はなかったのだろうか・・・。
出ろと言われれば大人しく出ますよ、こんな乱暴にしなくてもね!
宙を舞いながらそんなことを考えていた僕はハッとする。
これ・・・、勢い強すぎじゃね?このままだと・・・島の・・・外に・・・。
「うおおおおおおおおおおおお!?」
晴天の青空にパンダが舞った。




