第17話 こういう奴っているよね ――因果 VS 応報――
『シム・・・』
「・・・・・・」
『・・・シム、すまなかった・・・』
「・・・・・・」
『私が悪かったから・・・もう許してくれないか・・・?』
「・・・・・・」
『シム・・・』
広い、しかし様々なものが乱雑に置かれていて逆に狭い部屋の中。
その中央の辺りにある大きな絨毯の上。
立派なソファーがあるのにそれを使わずに床に座り込む者達がいた。
困った顔をした銀髪の少女とその少女に背を向けるパンダである。
『シームー、本当に悪かったよ・・・いいかげん、機嫌を直してくれ・・・』
「・・・・・・」
ネージュは先程から、自分に対して顔を向けず、頑なに視界に入れようとしないシムをどうすればいいか悩んでいた。
一体どうしてこんなことに・・・いや、わかってるんだけど・・・。
あの時、おもわず竜形態に戻って咆哮し、シムを撃退した後に我に返ったネージュ。
目前の恐怖が消えたことにより冷静さを取り戻したネージュはとりあえず、ネージュに向かって走ってきていた勢いのまま、気絶して自分の足元の地面に転がったシムを介抱することにした。
ネージュは再び人間形態になると、大熊を連れ、<百間の扉>で作った空間から一旦出て、再び自室にチャンネルを合わせて入り直した。
大熊は重かったので身体強化の魔法を使った上で運んだ。
大きさが大きさなので背負うことはできなかったが、腕を掴んで引きずるように運んだのだ。
そうしてびしょ濡れのシムを部屋の中央まで運んで、前回と同様魔力を流すことでシムを起こした。
前回より魔力を流す勢いを抑え、比較的時間をかけて丁寧にシムを起こしたネージュ。
ようやくシムがぱちりと目を開き、良かったと安堵して声をかけようとした彼女にシムがボソリと一言。
「・・・うそつき」
ねーじゅ は かたまって しまった!
・・・そしてそれからあたふたとなにか言おうとしているネージュを尻目に、シムはムクリと起き上がると、拗ねてますオーラを全開にしてネージュに背を向けて座り込んだのだった。
それが既に数刻前。
『シム・・・なにか言っておくれよ・・・』
数刻前からずっと悲痛な声でパンダに謝り続け、訴え続けている少女。
ネージュは大熊の背中にすがりつくようにペタンと床に座り、背中の毛皮を遠慮がちに掴みながらシムに語りかけていた。
根気強く、時間をかけて。
しかし一向にシムは心を開いてくれない。まるで貝のように心の殻を閉じてしまっている。
面と向かい合ってから話そうとしても、ネージュが正面に行こうとするとそれに合わせて身体の向きを変えるのだ。完全に拗ねた駄々っ子である。
それでもネージュは根気強く語りかけていたが、まったく手ごたえを感じない。
暖簾に腕押し、糠に釘。
そしてとうとう、ネージュはめんどくさくなってきてしまっていた。
具体的には、もうシムを放置したまま長老の場所に行ってこようかな・・・、とか思い始めていた。
しかしここで下手打つと今後更にめんどくさくなるかもしれない。
正直あれはしょうがないと思うが、それでも自分がやりすぎた自覚はある。このままの状態を長引かせるのはまずい。
故にさっさと仲直りしたいのだが、シムが全然こっちに反応しない。どうすればいいというのだ!
・・・というか、私、そこまで悪いだろうか?
ふと思うネージュ。
よくよく考えてみたら、悪くないような気がしてきたネージュ。
ちょっと挑発しただけであそこまで本気でくるシムが大人気ないのではないか?
あんな悪魔のような形相で迫って来られたら、おもわず本気で撃退してしまってもしょうがないのではないか?
そもそも私は降参だと言ったのにもかかわらず、その上で無抵抗な相手に迫る方が間違いなのではないか?
(既に自分が無抵抗で降参していたシムを問答無用でボコしていたことを忘れている)
『よく考えたら私別に悪くないんじゃ・・・』
声に出して言ってみる。うん、なんかその通りのような気がしてきた。
『そうだ!別に私は悪くないのだよ!シムいつまでもめそめそしてないで――』
「へぇ」
立ち上がって、己の無罪を主張しようとしたネージュに、声が、掛かった。
ようやく聞けたシムの声は控えめに言って”地獄のから響く悪鬼のうなり声”と表現できるような重低音。
まるで罪人を弾劾する閻魔の声のよう。
おもわずビクッとするネージュ。シムによって刻み付けられた恐怖が蘇る。
しかしここで挫けてはいけないのだ。
己の意思を突き通すのだ!
いまだ背を向けるシムに断固として自分の無罪を言い張るネージュ。
『そ、そうだ。私は悪くない!シムが悪いんだ!だいたい私はやめてって言ったのに――』
「へえー」
しかし、その主張はまたもやシムによって遮られる。
普通の口調だ。
先程のように低くもなく、重くもない、普通の口調。
『ッ・・・』
しかし何故か自分が咎められているような気がしてネージュは言いよどんでしまう。
スッ、とシムが動いた。
ネージュの方を向いたのだ。
くるりと身体の向きを変え、――しかし今だ座ったまま――立ち上がったネージュに相対するシム。
意外!その顔は笑顔ッ!(雰囲気的に)
声もいつも通りに戻っていた。
しかし何故だろうか、ネージュはその笑顔の奥になにかが押し込められているような、声の調子も何故かネージュに対して刺々しいような、そんな気がしてしまった。
無意識の内に一歩後ずさってしまうネージュ。
「で、ネージュさんは?自分が悪くないとおっしゃるのですね?」
普通の口調のまま問いかけるシム。
さん付けだ。
ネージュは心なしか距離が遠いように感じた。
『ね、ネージュさんじゃなくてネージュ――』
「どうなんですか?ネージュさん」
明らかに「さん」を強調して再び問いかけるシム。間違いなく距離が遠いことを確信するネージュ。
ネージュはちょっと泣きそうになったが気を取り直して気丈に答える。
『う・・・、そ、そうだ。
シムが、私やめてって言っているのに、降参しているのにやめないから!しょうがなく竜形態に戻って!!
そもそも少しからかっただけであんなにムキになる方がおかしい!
それに別に竜に戻るのだっていいじゃないか!あれが私の本来の姿なんだし!?』
「ほうほう」
『無理やり襲ってくるなんてサイテーだよサイテー!』
「へえへえ」
『私、竜だし!竜になって何が悪いの!?』
「なるほど、つまり」
『つまり何!?』
憤慨した表情で言い張るネージュに、シムは一言。
「約束を破って竜になったし、散々僕を甚振ったけど自分は悪くないと」
『・・・・・・・・・・・・』
シムをしっかりと見ていたネージュが視線を逸らし、だらだらと、目に見えて汗をかき始める。
「本当に散々にいじめてくれたよねー、ネージュさん。
あれ?僕やめてって言わなかったかなー?
何回も何回も、降参です、参りましたって言っていた気がするけどなー??
それでどうなったんだっけ僕ーー??忘れちゃったなーーー???」
視線を宙に這わせて腕組みし、わざとらしくなにかを考えるようなしぐさをするパンダ。
『そ、それは・・・』
「――ああー!!!」
なにか言いかけるネージュ。
その言葉を潰すようにシムはやけに大きい声を上げた。
芝居じみた動作でポンと手を叩いて目を見開いたき、ようやく記憶を思い出したかのようにふるまうシム。
シムは笑顔でネージュに向き直ると。
「そうだそうだ!ぶっ飛ばされたんだよねー!僕!何回も何回も!
ネージュさんたらぜんぜん降参を受け入れてくれなくて、無抵抗な僕を魔法で攻撃し続けたんだっけーー!」
グワッとネージュに迫り、その目の奥を覗き込んだ。
ネージュはなにか言おうとするも何も言えず、目を逸らすこともできず、口を開いたり閉じたりしてあわあわしている。
その目の縁には涙がたまっていた。
「それでも最後まで抵抗しなくて、やっと終わると思ったら?
うーんなんでそこで終わらなかったんだっけー?誰かが挑発してきたような気がするけどなー??」
ネージュが行動不能なのをいいことにガンガンいこうぜ状態のシム。
『で、でもあそこまで・・・』
シムはネージュに尋ねているように見えて、その実、質問形式でネージュを責めているだけである。
現にネージュがなにか言いかけてもかまわず無視。
「そして僕がわ・ざ・わ・ざ挑発に乗ってあげたのにぃ!?
ピンチになったら約束破って竜になったんだっけーー??ネージュさんはーーー???」
『だ、だってあんな状況じゃ・・・』
「へーへーなるほどねぇッ!!?
偉大なる白の竜様はたとえ自分が約束したことでも状況しだいでコロコロ変えるってことかぁーーー!!
ネージュさんは約束なんか守らない、か!!なるほどそういうことならしょうがないかなーー!!!
つまり信じる方が悪いって言うわけだッ!?!」
弱々しく声を上げるネージュを苛烈に責めるシム。別に厳密に約束したわけではないが、そんなことシムには関係なかった。
我が強さ、弱者を苛める時にこそ本領を発揮せんとばかりに責めて責めて責め立てる。
『ち、違う!私は約束を破ったりなど・・・!』
「えーー??してないって言うんですかーー??
竜にならないって言ったのになりましたよねぇ???
咆哮使わないって言ったのに使いましたよねぇ???
違うんですか?違いませんよねぇぇぇぇぇっ!!!」
『・・・ううううううううう・・・』
「最初は無抵抗な僕を散々甚振っておいて!!
次に僕を煽って侮辱して!?
最後には純粋な闘志のみで向かってきた僕を恐れて保身から自分の約束を破ったッッッ!!!
そうですよねぇーー、ネージュさん!!!
どうなんですかッ!?約束破りのネージュさん!!!!」
シムは輝いていた。絶好調である。
相手の弱みを握ったとたん、鬼の首を取ったかのように調子に乗り出すシムはきっと大人気ない。
自分が抱いていた邪な思いや欲望を完全に棚上げしてネージュを非難するシム。
そもそも相手が自分に悪いことをしたとしても、それは自分も相手に仕返していいということではない。当たり前だ。
しかし繰り返すがそんなことシムには関係がなかった。
実は、シムはもうあまり怒ってないし、気持ち的にはネージュをもう許していた。
確かに咆哮は痛いが、それ以外は最初からあまり気にしていないのだ。
では何故ネージュを責めるのか。
それは涙目で此方を見て、ひたすらおろおろしている少女を眺めるのが面白いからだ。
模擬戦で酷い目にあったことは事実だからここで少しばかりストレス発散しようという訳である。
それにしてもやり過ぎているが、それは今のシムの人間性が屑だからだ。
そしてしばしの時が流れると・・・。
そこには精神的に追い詰められたネージュがいた。彼女は再びペタンと座り込み、頭を垂れて縮こまっている。
消えそうな声でごめんなさいを繰り返すその姿からは、意思が既に完膚なきまでに踏み砕かれていることが容易に分かるだろう。
そして逆にシムは立ち上がっており、ネージュを容赦なく糾弾し続けている。
どんどんエスカレートする非難の嵐。
「ゴメンで終わればケーサツいらねぇんだよ!!
あ゛あ゛ん!?じゃあどうすればいいかってぇ??んなこともわかんねーのかぁ!?!
誠意だよせ・い・い!
誠意を見せろよ誠意をヨォ!!そこんとこわかってんのかネージュさんヨォッッ!!?」
『ご、ごべんなざい゛・・・グスッ・・・ごべん・・・グスッ・・なざ・・・』
もはや非難というより脅し、恫喝であった。
徹底的なクズ。どうすれば竜とはいえ、あどけない少女相手にここまで調子に乗れるというのだろうか。
仮にも自分を介抱してくれた相手に対してここまでやれるとは、もはや良心というものが無いとしか思えない。
・・・しかし、窮鼠猫を噛むという。
ましてや相手は本来猫よりも格上の竜。
最後の最後、追い詰めらr(略
――ピカッ
「・・・あ、ヤバイ」
ソファーやテーブルを押しつぶし、本棚を倒し水晶を割り、顕現するは純白の巨体。生物の頂点たる最強の一角。
部屋の中では狭くて変身しまいと高を括っていたシムは遅ればせながら後悔する。
ちょっとやりすぎたかもな、と。
そして次はちゃんと自制しようと決めた。
諦めるのが早すぎる?
じゃあどうしろというのだ。
密閉された空間。逃げ場などないし、逃げる時間ももう、ない。
『グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!』
ネージュを中心に波紋のように広がった衝撃波が部屋の中をメチャクチャにする。
泣き声のような咆哮を受け、シムの意識は再び暗闇に飲まれた。本日二回目である。
そして今回は完全なる自業自得であった・・・。




