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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第二章 梟敵の巣窟 研鑽する獣心編
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第14話 シム=ミスト ――油断 VS 悪意――

 


『記憶喪失、か・・・』




 ビシッと自己紹介を決めたにもかかわらず、パンダがなかなか反応を返さないので、取り合えずゆっくりできる場所に行こうと言ったネージュさん(ドラゴン)・・・いや白の竜って言ってたな。

 そういえば自分の事を指し示す時も竜としか言ってなかった気がする。

 今は竜というよりおにゃのこだがね!


 自己紹介を返そうにもどうすればいいのか考え込んでしまって、そのまま益体もない思考に突入していた僕はネージュさんに言われるままに二人で同時に光の扉をくぐった。


 光の扉はちゃんとドアノブまである普通の扉、だったのだが、別にノブに手をかけることもなくそのままぶつかっていったと思ったら中に入れていた。

 じゃあ何でノブつけてんだろう。


 そこに広がっていたのは外の洞窟に比べれば小さな、しかし人が住むとしたら十分に広い空間だった。

 自室というからには洞窟を家にたとえてこの空間は部屋、といったところだろうか。


 テーブルや椅子などの家具、絨毯、本棚、怪しげな水晶、怪しげな壷、怪しげな杖、怪しげなフラスコのようなガラス容器に入った怪しげに発光する緑色の液体。部屋中、それらがざっくばらんに所狭しと置かれている。

 凄い、前世以来だ。異世界にきてからは自然の中でずっと生活してきたからこの人間な感じが懐かしい。


「ああ・・・、良いぃ・・・!!!」


「?」


僕が万感の思いでこの文明感を噛み締めていると隣のネージュさんが不思議そうに此方を見て、こてんと首を傾げていた。なんか小動物みたいでかわいい。動物はパンダだけど。


 それにしても生活感溢れる部屋だな。半分以上が得体の知れ得ない物で埋め尽くされているのは異世界だからだろう。


 ネージュさんが人間基準だとかなりずぼらな性格をしているような気がするが、元が人間でないのだから価値観の違いという奴の可能性もある。


 それにしても凄いな、壁に突っ込んだと思ったらそこには別の空間が!とか。

 どこに逝ったんだ物理法則・・・。


 ふと自分が入ってきたところを振り返ってみるが後ろの扉は消えていた、もう壁にしか見えない。

 簡単にこんな芸当ができるとは、まさにファンタジー。


『凄いだろう、私は一族の中でも特に空間魔法が上手くてな!この場所の入り口も外からだと分かりにくいようにする魔法がかけてあるんだ。』


 どうやらネージュさん自身が特に魔法を使うのが上手かったようだ。得意げにふふん!とドヤ顔している。既に神秘の生き物、竜としての威厳よりも可愛らしさの方が遥かに勝っているね。

 彼女は部屋の中心にある二対のソファーまで僕を案内すると片方にどっかりと腰を下ろしつつ言う。


『さあ、遠慮せずにそこのソファーに・・・。椅子が小さすぎるな』


 豪華なソファーは大きかったが、流石にパンダが腰を下ろすとどうなるかは分からない。

 いや、ほぼ確実に壊れるのではないだろうか。


「あ、パンダ床で大丈――」


 ――ボン


 突如として僕の前にあった椅子が消え、代わりに更に大きく、見るからに丈夫そうな大型ソファーが現れた。

 万能すぎだろ魔法。どういう理屈で何がどうなっているというのだ。


『ほら、今度は座れるだろう?』


 にこにこしながらパンダに座るように勧めるネージュさん。

 

「あ、ありがとうございます。凄いですね・・・、魔法」


『まあ、竜だからな。これぐらいできて当然だ。それよりもこうしてやっと落ち着ける場所に来たのだから、そろそろ自己紹介をしてくれるとありがたいのだが?』


 そうだった。

 とりあえず僕は自己紹介というか、今まで自分が沼で目覚めてから経験してきたことを話してみることにした。

 時々ネージュさんから質問されるので、それに答えては更に話を続けた。


 時には我慢できず、僕のほうから質問をしてしまうこともあった。

 人間がいるのか?いるのなら文明レベルは?そういえばこの場所は僕が気絶した場所からどれくらい離れているのか?などなど。

 ネージュさんは僕の答える質問に簡単に、しかし丁寧に答えてくれる。そして僕に話を続けるように促すのだ。


 かなり細かい詳細、特に霧に関することなどを聞かれるのでパンダの身体で実演しながら僕もなるべく丁寧に話をする。


 目覚めた時に見た動物たち、森に入ってからみた動植物たちのこと。

 パンダ、それにオオナマズとの激戦。(ここが一番長かった)

 その後、ネージュさんに出会うまで。


 それなりの時間が経ち、一通り話が終った。


 途中でお茶とかお菓子とか出るかなって密かに期待していたけど、真剣に僕の話に集中しているっぽいのか何もなかった。

 自分から聞くのもあつかましいしな・・・。

 しかしやっぱり後でさりげなく聞いてみよう。お腹減ったなー的なことをさりげなく言って遠まわしに。

 まあ、パンダだとお茶もお菓子も出なさそうだけれど。むしろ肉とか出そう。生肉。


 最後にネージュさんがふぅ・・・と一息つき、部屋の天井を見るとポツリと呟いた。


 冒頭に戻る。



 ★★★



『確かに最初に会った時に似たようなことを言っていた気がしたが、記憶喪失か。定義だけは知っていたが初めて実物を見たよ。逆にそれ以外の話は特に目新しくはないな。ああもちろん君自身を除けば、だがね。』


 ふーむ、と思案顔で此方をジロジロ見るネージュさん。


『だが・・・そのままだと不便だろう?名前がないままでは』


 ネージュさんが僕に尋ねかける。


「そうですね。今までは先程も言ったようにサバイバルしていたので特に不自由していなかったんですが・・・、人と話せるようになりましたからね!」


 嬉しそうに言う自分が自覚できる。


 ネージュはそのあまりにも純粋な笑顔を見て(といっても熊の表情なんて分からないが、雰囲気で)、『まあ本当は人間じゃないけどなっ!』、と冗談めかして言おうとした言葉を飲み込む。


 この魔物が傷つくかもしれないことを警戒したのだ。

 先程は危うく逃げられるところだった。逃げても多分捕まえられるが、友好的関係のままに越したことはない。無理強いして抵抗されると面倒だ。


『なら名前を付けてみてはどうだ?仮だとしてもあったら便利だし、いずれ記憶が戻ればその時戻せばいい』


 彼女は考えた、これからどうしようかと。

 なんか面白そうな生物がおかしな場所を飛んでいたから興味本位で思わず連れ帰ってきてしまったが、彼女は今後のことを特に考えていなかった。

 そもそも自由気ままに生きる竜にとって計画立てて物事を考えるということはあまりないのだ。


「・・・そうですね。今思い出せない以上、この世界で生きていくには新しい名前が必要かもしれません」


 彼女ら竜を縛るものは遥か古より伝え守られてきた一族の掟だけ。それ以外はフリー、自由、することがない。

 頭が悪いのではない、むしろ賢い。時に賢者として他種族からさえ頼られる彼らの知能はとても高い。

 しかし生まれついての強者たる竜はどんな困難も大抵力ずくで解決しようとするし、実際それで解決できるのだから考える必要性があまりない。

 テキトーにやってたら何とかなるのだ。

 何とかならなかったらまた考えればいいだけ。


『なにか自分で思いつくものはあるかな?なければ私も考えてみるが、適当になってしまうかもしれないぞ?』


 ネージュは今回も適当に考えていた。

 この魔物は面白そうだ。今まで見たことがない種類だし、その中身もなかなかに興味深い。

 そうだ、このまましばらく飼おう・・・。退屈しのぎになるだろうし、色々と教えてやろう。

 魔法のことや、スキルのことを、種族のことを、この、世界のことを。


「うーん、そうですね・・・、紫・・霧・・・シギリというのは?」


『別に悪くはないが・・・ここいらではあまり聞かない発音だな。あと、家の名前がいる。これは必要不可欠というわけではないが、一般的にという意味でな。』


 どうやらこいつは生物としてはかなり高い知能を有しているらしい。

 そう、自分も変身しているこの人間という種族ぐらいの知能は。


「じゃあ、んーー・・紫・・・シ・・霧・・・ム・・・シム、シム。家名・・・もう一回霧でいいか、ミスト。ネージュさん、シム=ミストというのはどうでしょうか?」


 ネージュは自分の姿を思い浮かべた。正確にはこの姿の素体となった人間のことを。

 自分が姿を奪い取った人間のことを。


『うん、それでいいんじゃないかな。それでは改めてよろしく、シム=ミスト君。シムって呼んでいいかい?』


「もちろんです。よろしくお願いしますネージュさん」


 お互い椅子から立ち上がって、正面から向かい合う。そして、握手。


『私のこともネージュと呼んでくれると嬉しいな。さんをつける必要はないよ』


「いきなりだとちょっと気恥ずかしいんですが・・・ネージュさん、いやネージュがそういうなら努力しますよ」


 シムと握手をしながらネージュは思う。

 願わくば、今回はあのときの人間のように逃げてくれるなよ、と。

 私の言うことを聞いているうちは傷つけはしない、それどころか安全に保護してあげようじゃないか。


『是非してくれ。この世界のことは私が責任を持って教えよう、実はシムの正体も少しばかり心当たりがあるんだ。転生者、というものがこの世界にはあってだね・・・』


 先程の話はなかなかに信じがたかった。

 私が知る限り、転生者でもいきなり虚空から生まれるなんて聞いたことがない。

 必然、なんらかの生物だと思うのだが・・・こんな種族見たことも聞いたこともない。


 詳細を聞こうにも本人が記憶喪失ときた、肝心なことがまったく分からない。

 色々と聞いてみたが、あやふやなままだ。

 嘘を言っている風でもないし・・・。

 後で調べなくてはな、長老の所に行こう。


「転生者!僕以外にも異世界から来た人が!?」


『ああ、他にも召喚者などがいる。彼らは別の世界から国によって召喚されるんだが、先程シムの話に出ていたニホン?とかいう場所からも来ている者がいたはずだ』


 友好の度合いは大分高いと思う。勝手に逃げ出すとは考えづらいが、一応保険をかけておくか――


「本当ですか!なら早速――」


『いや、そのままだと外の世界は危険だ。私がシムにこの世界というものを教えてやるから、しばらくここに滞在して色々学ぶといい』


 発動する魔法、即効性はないが隠密性は抜群だ。


「・・・・・・」


『・・・どうした?』


「・・・いえ、ありがとうございます!何から何まで、ネージュさんには感謝してもしきれません!」


『ふふっ、気にすることはないよ。私の方こそお礼を言いたいくらいだ。それと、ネージュさん、じゃなくてネージュ、だろ?』


「あっ、すいません。何故か、つい・・・。まだ慣れてないんですかね。ありがとうございます、ネージュ!それじゃあ早速教えて欲しいんですけど――」


 楽しげに微笑む竜の少女と嬉しげに話す紫の霧。

 一室の中で見られる光景はどこまでものどかで、微笑ましい。

 何もかもがこれからうまくいくに違いないと思えるような、そんな空気。

 銀髪の少女は相手に応答しながら考える。


 ないとは思う、しかしもし、万が一にも私から逃げ出したり、手に負えなくなるようなことがあれば、その時は――




 完全なる善性を放つ少女。


 しかしその影に、その外見に似合わない冷酷さが滲む。


 可憐さとは程遠い、醜くドロドロした欲望にまみれていく。




 ――殺せばいい。




しむ=みすと は ゆだんしてしまった!

世界は、厳しい。

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