第13話 白銀 ――疑心 VS うっかり――
巨大な空洞の奥。
洞窟に対しては小さすぎる、しかし人から見れば十分に大きい天井の亀裂から太陽の光が差す幻想的な湖。
その近くの薄暗闇の中で、太陽とは違う輝きを放っているものがあった。
光の粒子のようなものがきらきらとソレの周囲で儚げに散っていく。
初めはその全身を覆い隠すほどにあった光燐が段々と薄れていくその様子はなんとも神秘的で美しかったが、僕は視線を逸らすことなくその中心だけを、ソレだけを見つめ続けていた。
人類、人間、人。僕自身の種族。自分の、同胞。
「バカな・・・そん・・な・・・」
思わず僕の内心が口から漏れる。
人間。人間だ。日本人ではなく、どちらかというと外国人ぽい顔立ちだがどう見ても人間、人。
僕がこの世界に来て一回もその存在を感じることができなかった種族がそこにいた。
しかし当然ながら今、この状況でいきなり人に遭遇すると言うことは、ない。ありえない。
上空何千メートルかも分からない空の島、竜の住処に人がいるとは思えない。
常に全方向を見渡している霧の視界に今の今まで映らなかったのもおかしいし、たとえ何らかの理由があって今まで僕に感知することができなかったのだとしても、じゃあなぜ今できるようになったのだ。このタイミングで。
何から何まで怪しい。
というか、怪しさしかない。
そもそも今その人物がいる場所は先程まで奴がいた場所だ。
無言で見つめあう。相手は動かない。先程僕を呼び止めた為か、前に伸ばされていた腕をゆっくり下ろすが、そこからは一切動かず自然体のまま。
此方に敵意がないことを示そうとしているのが分かる。
「・・・ドラゴン、だな」
土煙が収まるまでお互い微動だにせずジッと見つめ合ったあと、逃亡はしなくてもよさそうだと判断し、僕が最初に口を開いた。
僕が喋ると、微かに身体を緊張で強張らせていた人物がホッとした様子で緊張を緩め、僕に答えた。
『そ、そうだ。私はおまえに危害を加えるつもりはない。ここに私以外のものを招き入れるのが初めてだったから、少し興奮してしまって頭が回らなかったのだ。すまない!』
まだ少し慌てた感じで僕に謝罪する人間、いやドラゴン。
やはり、ドラゴンが変身した姿だったか。そういえば弁明していた際に、変わる、とか言っていたような気もする。
「その後ろの光りの扉はどこに続くんだ?」
『私の自室だ。決して危険な場所ではない。ただ、竜の姿だと大きすぎるからいつもはこうして姿を変えてから中に入っているんだ。』
「僕が入ったら、変身してから後に続く気・・・だったんですか・・・」
なんてこった、じゃあ普通に相手のためにドアを開けて自分は後から入るつもりだったのか。先に言ってくれよ・・・。
僕が早とちりしただけか・・・。いやでも変身するなんて知らなかったし・・・しょうがないじゃん・・・。
「すみません。僕、てっきり・・・」
こっそりまだ警戒しながらドラゴンに謝罪し、申し訳なさそうに言葉を濁す僕。
頭を下げる。
『いや、分かってもらえたのならありがたい!いきなり得体の知れない場所に一人で放り込まれると思ったら警戒して当然だ。此方こそ配慮が足りなくて申し訳ない』
僕の一見隙だらけの姿を前に、何をするわけでもなく、やさしく微笑むドラゴン。(人間の顔だから分かりやすい)
誤解が解けて心底から良かったと喜んでいるように見える。
・・・・・・。
ドラゴンは僕に霧の五感があることを知らないはずだ。
僕がこの状態でも臨戦態勢で、ドラゴンを慎重に観察していることは分からないはず。
ここでナニカしようとするならこのパンダが頭を下げた状態からどれほど早く動けるか見せてやるつもりで密かに霧で注視していたが、・・・どうやら本当に僕の早とちりのようだった。
これは恥ずかしい。
やけに冷静だった思考が段々と熱を帯びてくる。勝手に勘違いして思い込みで行動してしまった。
初めにこの洞窟で人間サイズの家具を見た時に想像すべきだったのかもしれない、ドラゴンが人間に変身できることを・・・。いや、それは難しくないか?
でも、よくよく考えてみれば、ここから僕を誘導して監禁したりなんなりするよりももっといい方法、此方に気付かれない方法はいくらでもあるだろう。この洞窟の中に入ってくるまでの道中僕はまったく警戒心を抱いてなかったし。
「そもそも捕まえるだけなら、不意打ちでもう一回僕を気絶させてからパンダごと閉じ込めればいいだけか・・・」
頭を下げたまま呟く僕。
『私は危害を加えるつもりはないと言っているだろう!』
僕が意図せずボソッと言った言葉に、ドラゴンが心外だという風に再度無害を訴える。光を反射する銀色。
そういえばさっきの場所からまだ一歩も動いてない。
まだ僕に刺激を与えないように慎重になっているのかもしれないな。
・・・なんか警戒心を解かない動物に必死に自分は敵じゃないよと呼びかけているような感じがする。
当たっているか、僕いまパンダだし。
もしそうだとしたら此方が安心している旨を伝えなくては、申し訳ない。
僕は頭を上げる。雪のような白。
「ありがとうございます、気を使ってもらって。もう警戒してませんから大丈夫です。変に警戒してしまってすいませんでした」
固い声で言う。警戒してませんよー大事なことだから二k(略)。
もう一回頭を下げる、浅く。身体を動かして、相手も楽にしてよアピール。
ドラゴンも今度こそ大丈夫だと思ったのか、目を瞑ってふぅーーーっと息を吐き出して完全に身体の力を抜くと軽く頭を振った。
髪の毛が水面に石を落とした時のように滑らかに波打つ。危うい。
一呼吸置いた後に目を開き、此方をまっすぐ見つめると花咲くような笑みで笑いかける。
隠すものなど何もないとでも言うような笑顔。実事何も隠していない。
『先程も言ったが分かってもらえたならいいんだ。本当に良かった』
いやーホントに良かったですよ。
そして、安心したら別の問題が浮上してくるのだ。
僕ではなく、相手にね。
実際は初めからあった問題だが、生命の安全が第一なので後回しになってしまっていたのだ。
「ところで」
今更になってちょっと戸惑いながら聞く僕。
さっきまでは(自分の中でだけ)生きるか死ぬかの判断をしていたのだからそこまで考えが回らなかったが、精神的な余裕ができた今は。気になる。
というか気にならないはずがない。
『んん?なんだ?』
此方を見て、何でも聞いてくれといわんばかりに聞き返すドラゴン。もとい、人間、否――
「なんで全裸なんですかッ!!?」
――元ドラゴンの銀髪少女、なお、全裸である。
あまりに平然としているから僕が突っ込まないと駄目だった。
★★★
腰まで届く長さで滑らかに輝く白銀の髪、それ自体が光を放っているかと思うような白金の瞳、雪のように白い肌、見惚れるような美しい造形。
今までの人生でお目にかかったことがないくらい綺麗な女の子が目の前にいた。しかも全裸。
全裸である。大事なことなので二回言いまs(略)
一糸纏わぬその姿は僕の視線を引き付けることブラックホールの如し。
今までなんでもない風に喋っていたが、ひとまず命の危険がないということを確信してからはもう気になってしょうがない。
先程僕が盛大に突っ込んだにもかかわらず、『はっはっは!上手く変身できているだろう。私の得意技のひとつなんだ!』とかいって朗らかに笑うばかりの斜めな反応しか返さない。
元が竜だからだろうか、その姿は見るだけで威圧される程に貫禄ある風格に満ちており、神々しい雰囲気を放っている。
裸体を晒しているとは思えないほど堂々としており、色気よりも威厳や神威を内包した神秘を見るものに感じさせるだろう。
だがそんなのは関係ない。関係ないのだ。
全裸の異性がいるのならば、たとえそれがどんなに威厳に満ちていても結局はハレンチな方面に思考が傾くというのが男というもの。
身体はパンダでも中身は人だ。思わず見惚れてしまったが僕に罪はないだろう。
が、ここでずっとガン見するほどにクズでもない。
紳士としてここは指摘させてもらうべきだろう。
女性が肌を晒すものではありませぬ、どうか服をお召しになってくださいと。
「あ、あの、ふ、服、服は。な、ないんですかぁ・・・?」
なんということだクソッ。気が動転して声が変に裏返った上に超どもりながら言ってしまうとは。
しかも情けない声は尻すぼみに消えていき、あまりのいたたまれなさに手で目を塞いでしまいそうになる。
『おや?なんだ、服が欲しいのか。熊系の魔物なのに不思議な・・・いや、本体は違うのだよな?』
「いえ、こっちではなくそっちが着る服!」
『私が?何故だ?』
「いやだって、女の子だし!そうじゃなくても人間の姿をする以上全裸はない!」
『いつもは着ているさ、人が服を着るのは知っているからな。ただ今回はそちらに敵意がないということを分かりやすい形で示すため、何も隠していないことを見せようとしたんだが・・・』
事実、まったくなんにも隠していない。
白銀の長髪が体を覆っているので辛うじて大事な部分は見えていないが、見ないように頑張っているが!それもいつまで持つだろうか。
首を傾げたりする度に艶やかな髪が流れて色々危ない。
もっと動け!・・・じゃない、動くな!というか服!はよ着ろや!
『まあ、いいか。どうも話が進まなそうだ』
少女が指をパチンと鳴らすと同時、身体を覆うように先程と同じような光が辺りに満ちる。
その際髪が舞い上がり、思わず視線が持ってかれるが光っていて見えなかった。ちくしょう。
『それにいつまでもソチラやコチラでは喋りにくい。本当は部屋に入ってからのつもりだったが、自己紹介をしようじゃないか』
今度の光はすぐに収まる。
風もないのに足元の塵が、現れた姿を中心に吹き飛ばされていく。
霧の視界までないはずの風に揺らめいた気がして思わず自分の目をこすり、再び開ける。
するとそこには白いワンピースを着て、白銀色の髪をなびかせる少女が再登場していた。
『私の名前はネージュ、ネージュ=シエル。白の竜の系譜に連なるものだ』
彼女は心底楽しそうに、鈴のように凛とした声でそう言った。
※主人公は紳士ぶったけども話の冒頭からずっとガン見してます。




