第11話 竜の住処 ――パンダ VS ドラゴン――
僕は空を飛んでいた。
先程までも跳んでいたのだが今は違う、飛んでいるのだ。
雲の上を飛んでいる。
太陽が眩しく、いい天気だが高速で空を飛んでいるので風が少し冷たい。
とは言っても僕の毛皮がもふもふしていて暖かいので、風もちょうどいい涼しさに感じて気持ちが良いぐらいなのだけど。
翼を持たない生き物では到底見れないだろう光景が目の前に広がっている。
雲と雲の間を時に飛び越え、時に潜り抜け、時には突き抜けながらも僕達は大空を飛んでいく。
眼下に広がる森の色彩は相変わらず瑞々しい緑だ。
キレイダナー。
・・・いや、違うな。こうじゃない。
今は全く予期していなかった空の旅を分析ししつつも、純粋な感想を心の中で思い浮かべている場合ではない。
森の地面に無事に着地するために、神経を張り詰めてまっすぐ下を見ていたら、いきなり横から体当たりされてそのまま縦から横に運動のベクトルを強引に変えられた。
何が起こったのかと驚きつつも反射的に周囲を霧で見渡し、思わず固まってしまった。
霧で見たものが信じられず、僕は目に映った真白で綺麗な、しかし無骨な鉤爪のついた巨大な手を辿って顔を無理やり上にあげると、そこには白いドラゴンがいたのだ。一瞬ドラゴンと目が合って相手がギョッとしたように感じた。
ドラゴン。
ファンタジーの代名詞といってもいいほどに有名な、異世界転生においてのテンプレ中のテンプレ。
大空を飛び、炎のブレスを吐き、その圧倒的な力で敵を討ち滅ぼす天空の支配者。
人なら誰しも一度は思い浮かべたことがある現実には存在しないその空想の生き物は、どうやらこの異世界において実体を持っていたらしい。
雪のように綺麗な純白の白に、小山のように大きいその姿はまさにファンタジー。
そしてそのドラゴンにがっしり身体を掴まれて現在進行形でお持ち帰りされている僕。内臓が潰れる一歩手前の凄まじい握力で掴まれているから抜群の安心感だ。全く落ちる気がしない。
・・・・・・いきなり掴まれて、なんだと思ったらドラゴンで、見惚れていたら脱出するタイミングを失ってしまった。
比較的低い雲の上で僕を捕らえたドラゴンはその後どんどん上昇し、今ではとんでもなく高い場所を飛行している。
もし今ドラゴンから逃げると僕が跳んだ時とは比べ物にならないほどに高いところからスカイダイビングを経験しないといけなくなるだろう。
・・・だけど僕は別にここから落ちても大丈夫だ、多分。
地上に落ちるまでに得る落下の速度の限界は僕が自力で跳んだ時とあんまり変わらないと思うし、落ちた時に身体が壊れたとしても再生すればいいだけの話。
今ドラゴンを振り払い、地上に落下しても僕(霧)は死なない。
では何故そうしないのかって?
そもそも何故逃げる必要があるのか。僕は新しい場所、具体的に言うと今も前に見えるあの大きい山脈を越えようと先程思ったばかりだ。
そして幸いこのドラゴンはどうやらその山脈に向かっているよう。
ならばこのままおとなしく運ばれていき、山脈にドラゴンが着いてから逃げるなりなんなりすればいいわけだ。決してここまで来て高所恐怖症を発症させてしまいそうなわけではない。
・・・でも自分で跳ぶのと他人の手で高いところから落とされるのはやっぱりちょっと違うと思います。
しばらくすると森の上空を通り過ぎ、周囲にあった山が目の前まで近づいてきた。
最後にドラゴンは一際大きくその翼をはためかせると、広い岩だらけの崖の上に僕を放り出し、いきなり放り出された僕が地面を勢いよく転がるのを見ながら自分は優雅に崖の端に降り立った。おい。
そして僕に向かって言葉を発した。
『お前、何者だ』
えっ?・・・こいつ喋れる系のドラゴンか!?
ファンタジーだと喋ったり喋らなかったりするけど、どうやらこいつは前者のようだ。
見た目に相応しく、威厳のある声。
そして日本語。ご都合主義万歳。
『何者だと聞いている。答えよ』
呆けていたらお返事を催促される。しかし僕は人間の言葉を喋れない。パンダ語で喋ってみるか。
「はあ、何者といわれましても・・・パンダです?」
『嘘をつくな、大熊系統の魔物はあのような場所を飛ぶ術を持たない。それにお前の身体から出ているソレはなんだ』
バカな、通じただと?
聞えた声は「ぐるぅ、ごあごあごあ、・・・ごああぐあ?」みたいな感じのはずなのに。
此方の様子を見て、僕が何を考えているか察したのか言葉をかけてきた。
『私の魔力を媒介にして意思を直接伝え合う魔法を使っているのだ、そんなことはいいから質問に答えよ。お前、何者だ。質問に答えないならその身――』
流石異世界、ドラゴンときたら次は魔法か。異世界さんもとうとう本気を出してきたようですね。
いや、それにしても、とうとうだ。遅すぎだろこのファーストコンタクト。どんだけ待たせてるんだよ全く!
この世界に来て一ヶ月強、とうとう人と(※ドラゴンです)言葉を交わせる日が来るとは!
「こんにちわ!僕はさっきも言ったけどパンダです、名前は忘れちゃいました!あ、といっても今のこの身体がパンダなだけであって本体はこのパンダの身体から出ている霧です!なんか目が覚めたら変な沼?変って言うのは凍っているんですけど、あとなんか凄い霧がかってて。それで自分の身体も霧だからもしかしたら僕あそこの霧から生まれたのかなって思ったんですけどね?なんか移動できるみたいだからその沼の外に出て森の中に行ったらなんか池見つけてそこでカエルにあってそのままカエルに入っちゃったんですよ。何言ってるんだって思うかもしれませんけどなんか吸い込まれるように入っちゃって、ああいや僕が入ったのかな?あ、ちょっと話が戻りますけどそう僕昔人間だったんですよ!!転生?したんじゃないかって思ってるんですけど?といってもこの世界の人間じゃなくて別の世界のでですね、ああそういえばこの世界に人間っていますか?ヒューマンって言うのかもしれないけど、こう、二足歩行で――」
ダムが決壊して溢れ出す水のように怒涛の勢いで喋りだす僕。まさかここまで質問に丁寧に答えるとは思ってなかったようだ。たまらずドラゴンが静止をかけた。
『ま、待て。分かった。喋る気があるのは分かったからちょっと待て、落ち着け』
しかし止まらないんだなぁ、これが。やっと人と(※ドラゴンです)話せるのだ。
いやー生きてて良かった!人と(※ドラゴン)話すのがこんなに楽しかったなんて!
これぐらいで止まるわけがない、もっと、もっと話したい。
何者だと聞いて、質問に答えろといったのはそっちの方だ。存分にその質問の答えを聞いてもらおうじゃないか。
「――それで昔僕はそんな感じの生き物でしてね。この世界にも仲間がいないかなーーって思ってて!ああついでに欲を言えば優しい人がいいですね。この世界の事とかを親切に教えてくれるRPGの最初の村にいる村長みたいな人とか?もちろんそうでなくてもいいんですけど。いますか?いますよね!だってこんなドラゴンすらいるような世界で人間がいないはずがない!ああでももしいなくても気落ちとしませんから正直に言ってください。いるんですか?いないんですか?いるんですか?それとも――」
『・・・落ち着け。だから落ち着くんだ。一旦呼吸を整えろ。唾を飛ばすな!近寄ってくるな!落ち着けっ!ええい落ち着けと言っているだろうがッ!!』
突然、ドラゴンが大きく息を吸い込んだかと思うと、次の瞬間、咆哮した。
衝撃。
もの凄い爆音が僕に正面から叩きつけられ、強制的に僕の言葉をに封じる。
木々が震え、僕の足元にあった小石や土ぼこりが空中を舞う。
ついでに僕の耳からも鼓膜が破れて血が舞う。それどころか身体も軽く吹き飛んだ。
その音に驚いたのだろう、崖がある山のいたるところから鳥が飛び立つのが見える。
身体が倒れてしまい、頭が強かに地面に打ちつけられるが、それどころではない。
それどころではなかった。
「――――――ッッッ!!!?!?」
痛い、いたい、イタイ、体中が痛い。
まるで針で一個一個の細胞をプスプスと刺され続けるように痛い。
いつも生き物の身体の中に入っているときのように感じる鈍い痛みではなく、まるで自分自身に血が通った身体があってそれを拷問されているような痛さだ。
この世界に来てから感じたことのないような激痛。
目の前が暗転する。
痛みの奔流に飲まれて僕の意識は消えた。
★★★
身体があたたかい。毛布で包まれているようだ。いやー久々だなこの感覚、布団の中で夢見心地のいい感じ、あの感じだ。
凄い豪華な羽毛布団で全身を包まれている感じだけど少し厚いかな、布団が。
身体が段々暑くなってくる。一枚ぐらい取ったほうがいいかなぁ、でもやっぱ起きるのめんどくさいし・・・いやこれは流石に暑すぎるな。
取ろう。ん?そういえば今僕って布団があるような上質な環境で暮らしてたっけ?なんかボコボコにされながらサバイバル送っていたような・・・?
っと、暑いなぁもう、暑すぎるって!
!?
熱!!
ちょっ、だから!アツッ!アチッ!?アチチチチチチチッ!!
(熱いって言ってんだろうがよぉーーーーーーーーーーー!!)
意識が覚醒する。目に入ってきた光景はショッキングなものだった。
大きな口が僕を食べようとしてる。具体的には口を広げ真っ赤な舌をチロチロと動かしながら僕をなめている。
(ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!)
『ムッ、起きたか?』
(ムッ、起きたか?じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっよ!こぉんの馬鹿野朗がっっ!やめろっ!!食うなっ!いや食べないでください!!イヤーーーー!)
混乱した僕は起きざまに思いっきり罵倒を吐きながら最後の方は情けなく懇願していく。ドラゴンに。ドラゴンに?
ドラゴン!そうだあの時、ドラゴンが咆哮した時にいきなり全身をありえないような痛みが襲って僕は意識を・・・。
ここはどこだ?辺りを見回す僕(霧)の視界が360度全方向を認識する。
大きな洞窟?今さっきまでいた崖じゃない。連れてこられたのか。ここはドラゴンの住処か?
広い洞窟。奥にも上にも大きく広がっていて、ドラゴンが暮らしているといわれても納得できる大きさだ。
穴の岩壁にはツタのような植物が張り巡らされており、奥にはなにやらいろいろ置いてあるようだ。
あれは・・・椅子とテーブル?何故椅子とテーブル?ポツンと日用家具たちが洞窟の奥においてある。
ドラゴンは座れないだろうあれ・・・。小さすぎるぞ、座った瞬間にガラクタになること間違いなしだ。
そして洞窟の入り口に近い場所に佇むドラゴンと僕(霧)。あれ、パンダは?いや、今はそんなことよりも、
(食べないで!待って!お願い!何でも言うこと聞きますからぁあああああ!!)
『失礼な奴だなっ!食べるわけないだろう!これはお前を食べようとしていたのではない。魔力を流しいれようとして、もしかしたら手だと爪で傷つけるのではないかと思ったから舌でしていただけだ!』
魔力?流しいれる?そんな得体の知れないものを流しいれられていたのか。通りで身体が燃えるように熱いはずだ。毒とかじゃないだろうなこれ。
『悪かったな、どうも私の咆哮でお前を気絶させてしまったらしい』
(パンダは?)
『・・・あの珍妙な模様つきの大熊か。その、なんというかだな』
(まさか・・・、置いてきたのか?)
『いや、お前が気絶してしまったあと、あの大熊の身体に吸い込まれたのであの身体ごとここに持ってきたのだ』
(じゃあどこにあるんだ?あれは僕が入っていないと動かないと思うんだけど・・・?)
ドラゴンはその鉤爪のついた手で、頬をポリポリと掻く。
やけに人間くさい動作をするもんなんだな、ドラゴンて。
そして気まずそうにこう言った。
『うぬ・・・、まあ、なんだ。なんというか・・・美味かったぞ』
(やっぱり食ってんじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!)
180度回るパンダの首(^^)




