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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
 第二章 梟敵の巣窟 研鑽する獣心編
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第10話 スカイダイビング、ただしパラシュートはない ――筋力 VS 重力――

 パンダは転生後からずいぶんと長い間お世話になっていた小池を前にして少し感傷深い気分に浸っていた。


 思えばこの池では本当にいろいろなことがあった。


 パンダに一撃の下に叩き潰されたり、パンダにサンドイッチのように叩き潰されたり、パンダに地面の肥やしとなるまで耕されたり・・・。

 ・・・カエル形態で叩き潰された思い出が濃厚なのは認めるけど、他にも何かあったはずだ。


 いや、そう言えば蛇形態で千切られたり、鳥形態で羽を全て毟り取られたこともあったっけ。

 そういえば一時期は本当に精神が参ってた時期があったよなぁ。

 あの時は何で芋虫形態で突撃しようとなんてしたんだろう。

 完全に自暴自棄になってたのが今振り返ってみると分かる。


 ――って!結局全てパンダじゃないかいっ!!


 緑があふれる森の中、パンダと死闘を繰り広げた小池の近くで、盛大なるひとりツッコミを誰が見ているわけでもないのにビシッと決めるパンダ


 その手は軽快な動きで空気を叩く。


 もちろん自分以外に誰もいないのでそのツッコミはそのまま虚空に消えて行く。


 更に言えばパンダの言葉で言っても「ごあぁあ!ごあごあごああ!!」みたいな重低音が響くだけなので無言である。

 森の中、一人無言で明らかに不自然な体勢を維持するパンダ。


 ふと、同じ動作を何回か繰り返してみる。

 無言でカクカクと屈伸運動のような動作をしながら腕を振るパンダ。


 そして最後に大きく腕を振り回しながら胸の前でボールを持つような動作をし、足を肩幅に開くと腰をかがめ、両手を一緒に開放するように一気に前に突き出す。ハッ――!!


 そして此方を茂みから窺っていた鹿と目が合った。


 ・・・・・・。


 無言で去る鹿。

 僕の気のせいだろうがその円らな瞳には一瞬憐憫のようなものが漂っていた気がした。


 ・・・どうも運動をしたから頬が火照っているようだ。朝の冷たくも清々しい空気が心地よいぜ。


 そういえばあの鹿、そういえば前までにも何回か池に来ていたな。

 カエルだったときに一回襲おうと思ったけど、あまりにもきれいな鹿だったから殺すのが少しもったいなく思えて手を出さなかったんだっけ。


 いつも優雅に凛としている鹿だったはずだが、どうしたのだろうか。


 今日はやけにそそくさと去っていってしまった。


 ・・・まさか、気を使ってくれたのか・・・?

 鹿が・・・?


 もしそうだとしたらなんて心優しい鹿だろうか、でももし本当にそうだったとしたら逆に余計恥ずかしい。

 なんか部屋でハッスルしてたらお母さんが入ってきて、



 ガチャ、

「はいるよ―」

「ッ!?え、ちょっ、ま、待っ――」

「・・・何も見てないから大丈夫だよ。ごめんね・・・」

 スッ、バタン。



 見たいな事が起こった時みたいな気恥ずかしさが・・・!!


 くっ、帰るなよぉ・・・。

 優しさが痛いじゃないか・・・。やめてよぉ・・・。


 その場に突っ伏すパンダ


 ・・・。


 ・・・・・・。


 ・・・・・・・・・何をやっているんだ僕は。



 ★★★



 どうもこの身体を乗っ取った時から自分が変な感じのテンションになっている気がする。

 心が変に高揚しているというか、今なら何にも怖くないというか、・・・徹夜したあとの深夜明けみたいなテンションだ。


 一人でくだらないことしていないで、さっさと本筋に戻らなければ。

 パンダに打ち勝った達成感から少し忘れ気味だったが、そもそもこいつに勝とうと思ったのは別の場所に移動してこの世界の情報を収集するためだった。


 大分時間が掛かってしまったがそれだけの価値はあった。

 このパンダの記憶を見た限り、こいつの力量はやはり桁外れのものだったようだ。


 もはやこの森一帯では敵はいないようだし、パンダの記憶にある少しだけ訪問した近くの森の生き物たちも、今までこいつが戦ってきた奴らとたいして変わらなさそうだ。


 ましてやただでさえ強力無比だったそのパンダはこの僕の手により更に強化されている。

 パンダの強さはカエルの頃の何倍になるのだろうか。

 少なくとも五倍や十倍じゃ利くまい。


 まあ、おいおい試さしていただこう。


 再びチラリとかつての池だったもの・・・・・・を見ると、辛うじて底に残っている水が太陽の光りに反射してパンダの顔を照らした。


 あの時、池底を思いっきり蹴ったらこうなってしまったのだ。

 もの凄い勢いで水面目掛けて上昇してそのまま空中に飛び出したと思ったら、パンダの勢いにつられて池の水が上空に打ち上げられてた。


 そしてそのまま空中で四散し、周りの森の木々に降り注いで擬似的な恵みの雨となってしまった。

 ちなみにその際、池に残っていたカエル含める小さな生き物達も一緒に恵みの雨の一部としての強制参加を余儀なくされていた。


 まあでも空高く打ち上げられた際、飛び散る水の雫に朝日が輝いてとても綺麗だったので、きっと彼らも後悔してないに違いないと勝手に思わせてもらっている。


 お腹が空いていたのでそのまま空中で霧を伸ばして捕食、一緒に打ち上げられていた植物ナマズ状態のオオナマズも消化する。

 最後にいい風景を見れて良かったんじゃないだろうか。


 そういえばとうとうこれでこの池の生き物が全滅してしまったな。


 パンダは水がほとんどなくなって、もはや池ではなく不自然にポッカリと開いたただの深い穴に成り下がってしまったかつての小池に背を向けて別れを告げる。


 パンダが去ったあと、その周囲にはもはや一切の生命の気配はなく。

 ただ風に揺れる葉擦れのざわめきのみがその場に残っていた。



 ★★★



 テクテクと森を歩いていたパンダはふとパンダの記憶に頼って歩いていても埒が明かないことに気がついた。


 パンダの記憶から分かるのは僕(カエル)がいた池の周辺の森と、パンダがかつていた場所の情報のみ。

 そしてそのどちらも森なので、結局森の中のことしか分からない。


 そして今まで捕食してきた生き物も全て出身地が森なので、僕はこの世界が全て森なんじゃないかと錯覚しそうになる。

 いや沼もあるけど、それも森の一部だし・・・。

 一番初めのカラスも場所は多少離れているが森の出身みたいだしな・・・。


 とりあえず、ここいら一帯の地形を見る必要があるんじゃないか?


 半日ほど歩き、太陽が頭の上を少し過ぎた頃になってようやくそう思いついたパンダ

 二足歩行である。

 こっちの方が歩きやすいのだ。


 いや本当は四足歩行の方が速いし、楽なんだが、人間としての意識を持つ僕はこっちの方がしっくりくる。

 別に急いでるわけでもないし二足歩行でも歩けるのならそれでいいじゃないか。


 ・・・そうだ、人間。

 この世界に人間はいるんだろうか。


 まさか恐竜時代の地球みたいに、文明の欠片もないレッツサバイバルな世界なのか?

 考えたくもないがその可能性は否定できない。

 どの生き物たちの記憶にも人や文明の痕跡がまったくないのだ。


 鳥を乗っ取って空から見ても大森林が広がるだけ。


 遠くの山々は霞が掛かってよく見えないし、あの沼の方角は霧が掛かっていてよく見えない。


 でも町や、村のようなものが一切ないのだけは見て取れた。


 しかし今のパンダならもっと新しいものが見えるかもしれない。


 森の空は風が強くて高く飛ぶのが厳しく、鳥形態では今まで地形を見るにあたってせいぜい数百メートル上空ぐらいからしか見れなかったが、今なら・・・。


 僕は森の中を歩いていて見つけた木々が適当に開けている広場に出ると、四つんばいになり両手両足を地面につけ、全身に力を込める。

 同時に身体から薄く出ていた霧のオーラが引っ込み、毛皮に浮き出ていた紫の模様も消え始める。


 対パンダ戦にて覚えた肉体強化のこの技は、霧のオーラと五感を引き換えに、乗っ取った生き物の身体を超強化する方法である。


 パンダの毛皮から紫の色が完全に消え去り、代わりにその目が爛々と赤紫色に輝く。

 僕は全身をバネのように使って全力で地面を押し出した。


 轟音がとどろき、地面に亀裂が入る。周りの森の木々が震えた。

 そしてそれらの景色を全て置き去りにしてパンダは森の上空に射出される。



 ★★★



 鳥のときは突破できなかった上空の空気の荒々しい流れを強引に突き抜けると、そのまま低いところにあった雲をも突き抜けてなお上昇し続けるパンダ


 おそらくはこの世界の歴史上、これほどの高み(物理)に至ったパンダは僕が初めてではないだろうか。


 地面を離れてから身体から霧を放出させ、少しでも正確に目に(目は無い)この景色を焼き付けているパンダは紫の流星のように見えるのではないだろうか。落ちるのではなく昇っているが。


 眼下の森を遥か下に見下ろし、鳥であったときよりはるかに遠くまで世界を見渡す。

 

 鳥のときは何故か上空で霧を使って見ようとしても良く見えなかったが、幸いここでは良く見える。

 気流がそこまで激しくないだからだろうか?


 太陽に照らされた緑広がるこの世界は思わず息を呑むほど美しく、その壮大さに圧倒されそうだったが、徐々に自分の上昇速度が落ちてきていることに気付くとそれどころではない事を思い出し、必死に人里がないか、森が途切れる場所がないかを探す。


 この高さから見渡して気付いたが、どうもこの森は気が遠くなるほどずっと向こうに見える雄大な山々に、周りをグルリと囲まれた窪地のような場所にあるようだ。


 真ん中に僕が想像していたよりも遥かに大きい、霧がかった沼を置き、その周囲を囲んで森がある。そして更にそれらを囲むように巨大な山脈がある。


 ・・・それにしてもなんて壮観な風景。雄大な景色。

 震えるほどに力強く、言葉で言い表せきれないほどに美しい、生命力溢れる緑の大森林。


 見渡す限り人里が見えないのは残念だが、新しい希望が見えた。あの山脈を越え、山を越えて向こうに行こう。


 そうすればそこにはまた新しい世界が広がっているはずだ。

 それにたとえそこで見えた景色がここと変わらぬ大自然のみだとしても、それはそれでいいような気さえした。


 こんなにも美しい自然が広がる世界なら、たとえ人が居なくとも、楽しくサバイバルして生きていけるかもしれない。

 ・・・もちろんそれでもやっぱり人が居ることに越したことはないけども。


 しばらくすると上昇が終わり、一瞬空中に止まると身体が重力に引かれ始める。


 落下が始まったパンダの身体は既に再生が収まっていた。

 まさか飛んだ瞬間にパンダの身体が自身の生み出した衝撃で破壊されるとは思わなかったよ。


 全身の筋繊維がズタズタになり、両手両足の骨は折れ、縦横無尽にヒビがはいっていた。

 瞬時に慌てて再生を始めたから辛うじて身体がバラバラになる様なことはなかったが、こんなの初めてだ。


 霧で強化してあるはずなのにこうも破壊され尽くされているとすると、筋力を上げることに専念するあまり、その耐久性に意識が向いていなかったからとかだろうか?

 身体を強化するにしても方法に差があるのかもしれないな。


 そんなことを考えながら必死に落下の恐怖を押し殺し、池の時のように無様に頭から落下しないように空中で体勢の制御をし続ける。

 着地する前に霧を翼のように使って鳥のように空気を叩き、ふわりと着地してみせるぜ。

 もう地面と熱い接吻ベーゼを交わして愛を確かめ合うのはたくさんだ。


 だいたい僕はカエルの時に何回も何回も、それはもう散々に地面と文字通り混じりあって一体となり、深く愛し合った仲だ。

 キスなんてそんな段階とっくに過ぎ去っている。不要だ、永遠に。


 パラシュートのように霧を広く薄く広げることも考えたがそれだと空気が霧を素通りして意味がないし、素通りしないまでに密度を高めるともうこれ小さすぎてたいして意味ないよねってなるのだ。


 それだったら同じ密度で羽のように使ってみようと思って霧をパンダの背中から出してみてもいまいちうまく羽ばたけない。


 そもそもそれで羽ばたけるのならば、初めから飛んできている。

 パンダが重過ぎるのだ。というか飛ぶようにできていない。


 まあ、それでも落ちる直前に両手から霧を翼のように伸ばして、全力で振り下ろせばふわりとまではいかなくとも多少は衝撃を殺せるだろう。


 しかし覚悟を決め、落下しながらその瞬間を今か今かと待っていた僕は、いきなり横から強い衝撃を感じたかと思うと何者かに掻っ攫われていた。





 雲の上で。













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