とかげ娘ティーナの一日は忙しい ~魔王様が保父
『魔王様が保父』のティーナのお話し。
ティーナの一日は忙しい。
多分、城一番の早起きだ。
まず最初に、広間のカーテンを全部開けていく。
大広間は、今は使われていない。
魔王様曰く、小振りで使い勝手が良いこの庶民部屋でも、50畳はあるだろう。
そして、やたらに天井が高い。
全部の窓のカーテンを開けるだけでも、ひと仕事だ。
ティーナはこの作業が気に入っていた。
室内が明るくなると、魔王様の等身大の絵がよく見えるのだ。
今日もうっとりと、眺める。
玄関からホールまで箒ではいて、細部は雑巾で汚れをとる。
麦わら帽子を被った牛男のペペさんと、牛女のトロさんが畑に水をまいている。
「おはようございます~」
遠くから手を振って挨拶を交わす。
それから城内にモップをかける。
自慢ではないが、とかげ族の中でも私は足が速い。
時速100キロのフルパワーで、廊下、階段、広間、ダイニング、キッチンにモップをかけていく。
「すげーっ」
「今、ティーナさんとすれ違った!」
「マッハだったよ。マッハ!」
最早馴染みの姿なのに、子供たちが毎日感心してくれるから、ついつい加速してしまう。
ヤバい!
廊下の壁に、フルスピードで突進してしまった。
痛くない。
フサフサの肉壁に弾かれる。
「ティーナさん。危ないですよ」
ビックベアーのアリオスさんに、抱えられていた。
「あっ。ありがとうございます」
慌てて後退る。
アリオスさんに、私は頭が上がらない。
城のあらゆる物事を知っていて、快適に効率よく運ぶよう采配してくれている。
使わない部屋は封鎖して、掃除をしなくてもいいように。
キッチンはケロックさん、財務室はアリオスさん、お庭はペペさんとトトさん、それぞれの聖域なので、各自が掃除をするように。
子供たちが遊戯室と寝室を担当するようにと、指導してくれたのもアリオスさんだ。
私もマネをして、子供たちにお掃除の仕方を教える。
出来ることが増えるのが嬉しいのを、私も知っているから。
アリオスさんにお礼を言って広間に戻ると、魔王様が子供たちと寝そべってお絵描きをしている。
「ティーナ、おはよう。朝ごはん抜きでいつも大丈夫か?」
魔王様が声をかけてくれる。
私は一日二食だ。
あ。モチロンおやつは別腹だけど。
動きが遅くなるので、朝ごはんは基本的に食べない。
「はい。大丈夫です。おはようございます魔王様」
魔王様と沢山お話ししたいけれど、私は忙しい。
次は洗濯に取りかからなければ!
ランドリーコーナは、一階の裏口の隣にある。
名札が付けられた網に、それぞれの汚れ物を入れた洗濯物が山のように置かれている。
ポイポイと、ジンベイザメの口よりもデカイ開口に放り込んでいく。
超大型洗濯機が満杯になる。
洗剤と柔軟剤を入れると、後はスイッチを押すだけだ。
この超大型洗濯機も、魔王様の魔力で動いている。
そう思うと、何だか嬉しくてハミングしたくなる。
このまま乾燥まで、一気に終わる。
全自動で楽チンだ。
今の間に、魔王様のお部屋をお掃除しておこう。
魔王様のお布団を干していると、お日様がぽかぽかとイイ気持ち。
あぁ……芝生の上でお昼寝したら気持ち良いだろうなぁ。
「ティーナさん。お昼ですよ~」
ナイスなタイミングでケロックさんが声をかけてくれた。
良かったです。
後一分遅かったら芝生に寝転んでいたところです。
ダイニングにある大テーブルは、満席だ。
魔王様のいるテーブルなので人気の席だ。 ちびっこたちで、ぎゅうぎゅうに埋まっている。
みんな目の前に並んだご馳走にソワソワしている。
私は隣の白いクロスを掛けた丸テーブルの、空いた席に座った。
「全員揃った。今日も美味しいお昼を!」
「「いただきまーす」」
オムライスと海老フライの横にトマトとブロッコリーのランチプレートとコンソメスープ。
テーブルの中央に、大皿に盛られた筑前煮とキンピラゴボウ。
和洋折衷。
大皿のは魔王様のお気に入りだ。
どれも抜群に美味しい。
「お疲れさま」
「今日もお天気がいいですね」
「暑い位だよ」
美味しいものを美味しく頂きながら、話しかけてくれる人たちが側にいる。
ここは、おだやかで、あたたかくて、おいしくて、やさしい。
賑やかな声がテーブルを包む。
「ティーナのおかげで、助かってるよ」
子供たちのテーブルに着いていた魔王様が、私の横に立つ。
「私だとつい手助けしてしまう。ティーナのおかげで子供たちがお互いに助け合って面倒をみている。良い傾向だ」
「アリオスさんがいてくれたから。私は家事の仕方を教えただけで…」
誉められると嬉しいのに、照れくさくてうつむいてしまう。
「魔王様が甘やかすから、厳しくしつける人が必要なんです!」
ついでに、憎まれ口もきいてしまう。
魔王様なのに。
「ハハハ。ティーナは私にも厳しいからね」
そんなことないです。
うつむいたまま、心の中で答える。
いつも大切に思っています。魔王様。
勇者が召喚され、魔王伐採にやって来ると知った時、目の前が真っ暗になった。
魔王様をお連れして、お逃げしなければ!
ただただ動揺する私に、魔王様は落ち着いていらっしゃった。
「私は勇者たちを城で迎えようと思う。今まで世話になった。私は一人で大丈夫だから、故郷に帰るがいい。早く立ち去れ。これは、退職金代わりだ」
ずっしりと重みのある皮の袋を、手渡された。
魔王様はお一人で戦われるつもりなのか。
絶望感に苛まれる。
魔王様は穏やかに微笑まれた。
「私は長く生きた。もう充分だ」
強く逞しく圧倒的な魔力を持つ魔王様は、儚げなだった。
私には、故郷も帰れる場所もない。
魔王様のお側にしか。
それは、遥か昔の話。
故郷を捨てた母とたどり着いた町で、必死に働いた。
宿場の下働きで、朝から晩まで休む暇はなかった。
それでもまだ、その頃は良い時期だった。
母が死に宿場を追い出され、10才の私は路頭に迷った。
ゴミを漁り、小銭稼ぎの仕事をしては生き延びていた。
そんな折、城をつくる作業場の賄いを探していると、下働きで一緒だったイタチさんに声をかけてもらった。
子供でも出来る下働きで、作業場の主任がとかげ族だった。
親しみを感じてすぐに飛び付いた。
それからが、地獄だった。
とかげ族の男は、陰湿で残酷なヤツだった。
仕事場でたった二人の同族を、誰よりもいたぶった。
賄いの下働きのはずだった仕事は、いつの間にか木材や石材を運ぶ力仕事に変えられていて、重みにふらついて転んでは泥にまみれ、その度に鞭がとんだ。
巻き込まれるのを恐れてなのか、とかげ男の手がまわっていたからか、助けてくれる人は誰もいなかった。
生け贄がいる。
その事に安心して、見て見ないふりをする空気が出来上がっていた。
ティーナの体は、傷だらけだった。
庇ってくれる人も声をかけてくれる人も、誰もいなかった。
だんだんと、ティーナの目は光を失っていった。
醜く変わっていく体を一人で抱き締める。 役立たずと罵られ罵倒された心は、もう消えかけていた。
あの日丸太の束を、どうしても運ぶ事が出来なかった。
ティーナの右肩は裂けて化膿していた。
一人の力ではどうする事も出来なかった。
鞭が畝ってティーナの体を傷つける。
地面に這いつくばり、もう息も絶え絶えになっていた。
突然、目の前に黒い高貴な服を着た男が現れた。
その男は、圧倒的な魔力とオーラを放出していた。
もう……ダメだ。
ティーナは思った。
この上この魔力の男にまで虐げられたら。
最後の力を振り絞って、とかげ男に掴まれていた尻尾を切り捨てる。
あらん限りの力で、疾走する。
森に向かって、ただただひたすら逃げた。
足がもつれて目も霞み。
フラフラと、倒れこむ。
もう一歩も動けない。
そんなティーナの後ろには、切れた尻尾をくっつけようとしている黒い高貴な服を着た……魔王様がいた。
「すぐ持ってきたから、くっつくと思うんだけど。魔力で新しいの作ってあげてもいいけど、自分の体の方がいいよね」
あの頃の魔王様は物言いも、可愛いらしく、子供のようだった。
「しばらくこのままでいないとね」
両手で尻尾をしっかりとくっ付けたまま、魔王様はニッコリと微笑まれた。
煤けて、ボロボロに崩れて、消えかけた私の心に、小さな灯りを点してくれた笑顔だった。
魔王様、とかげの尻尾は生えてくるんですよ。
それがティーナと、魔王様の出逢い。
ティーナの尻尾には、傷がある。
丸い輪っかの、傷がある。
さぁ、午後からはお風呂場とトイレのお掃除をして、お布団をひっくり返して……。
とかげ娘ティーナの一日は、今日も忙しい。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。次に投稿したのが短編小説『オレはオウノ』です。そちらも一読頂けると嬉しいです。