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見習い魔女の冒険(とある祭典編)

作者: らじかせ

 読んで下さった方々に、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




 少しくすんだ金髪を三つ編みに纏め、しゃれっ気のないまん丸眼鏡をかけた小柄な少女。

 それがケイト・アプリコッタである。

 もっとも、彼女の外見を語る上での最大の特徴は少女自身の容姿と言うよりも、その身に纏う装束の方であろう。

 黒いとんがり帽子に黒いローブ、そして右手にギュッと握った竹箒。一般の人間が『魔女』と言われて最初に思い浮かべる、ステレオタイプの魔女そのものだ。


 この剣と魔法の世界には、魔法を扱う人間が少数派ではあるが普通に暮らしている。

 今ケイトが訪れている祭典などは、正にそんな人々を歓迎するために開かれているお祭りなので、探せば少女以外にも何人もの魔女や魔法使いを見つける事が出来るだろう。


 とは言え、彼女ほど古典的な外見をしている魔女というのも珍しい。

 煌びやかな装飾品とも、美しい布染めとも縁の無い、シンプルな黒づくめ。ケイト自身の素朴な顔立ちも相まって、まるで手作りした衣装で魔女の仮装をしているただの田舎娘の様にさえ見える。


 そんな地味で田舎っぽい魔女――の見習いは、今とても機嫌が悪かった。

 お祭りがつまらない訳ではない。むしろ、普段人里離れた師匠の家で修業に明け暮れているケイトにとって、屋台から漂ってくる食欲をそそる食べ物の匂いも、出店で行われている珍しい出し物も、全てが興味を引かれるものである。

 事実、その箒を握っていない方の手には、綿飴の棒が大切そうに握られていた。


 にも関わらず三つ編みの少女が不機嫌なのは、単純にソレらを楽しむための財布が消えてしまったからである。

 より正確には「お前の様な世間知らずが金を持っていても、無駄遣いをするだけだ。どれ、我が預かっておいてやろう」と言って彼女の財布を奪った師匠が、行方不明になってしまったからだ。


 ――あのババア。また迷子になったわね。


 破天荒な大魔女として知られている師匠の顔を思い浮かべ、ケイトは苦々しげに舌打ちした。

 とは言え、彼女がそんな師匠のもとに弟子入りしてから、かれこれもう七年以上が経つ。

 この程度の窮地であれば、想定の範囲内なのだ。

 ケイトはゴソゴソと黒いローブの下から予備の財布を取り出すと、屋台巡りを再開した。行方不明になった師匠を探しに行こう等という、殊勝な心がけはない様である。


 そうして一人でお祭りを楽しむ事になった魔女見習いだが、この街の危機を何度も魔法使いによって救われている住民達から、想定外の『歓迎』を受ける羽目になった。

 豪快な屋台の店主の場合。


「はっはっは、お嬢ちゃん。そりゃあ魔女様の真似をしているのかい? 可愛いねえ! ほれ、饅頭をやろう!」


 蓮っ葉な露天商の女の場合。


「アンタ、田舎から出てきたんだろう? 魔女様の仮装が古臭過ぎるよ。今時そんな野暮ったい格好をしている魔女様なんて一人もいないよ……ほら、この売れ残りのブローチをあげるから、少しでもお洒落をしな」


 等々。

 完全に、お祭り目的で山奥から出てきた田舎娘扱いされた。

 あるいは、田舎者が古臭い知識を元に、頑張って魔女の仮装をしていると思われた。


 前者に関してはある意味その通りなので仕方がないが、後者に関してはケイトも一応見習いとは言え魔女である。

 自身の服装にそれなりの拘りがあった彼女は、地味に傷つき肩を落とし――大きな爆発音と悲鳴を耳にした。


 ――近いわね。面倒だけど、そうも言っていられないかしら。


 魔法使いを称える祭典で発生した異常事態を前に、魔女見習いがぼうっとしている訳にもいかない。

 ケイトは瞬時にそう判断し対処を開始しようとした。

が、突然の爆音に驚いた人の波は濁流となって小柄な少女を押し流してしまう。


「え? ちょ、ちょっとー!?」


 しばらくして、何とか雑踏から抜け出した時、若干涙目になっている彼女の両手からはお祭りの戦利品と竹箒が失われていた。


 ――ま、まずいわ。ど、どどど、どうしよう。


 魔女としての相棒である箒を失い、軽いパニック状態に陥るケイト。

 しかし――。


「お、おにいちゃん、さっきのおと、なんだろう。こわいよぅ」

「大丈夫さ。今日は魔法使い様や、魔女様がたくさんくるお祭りの日なんだ。どんな恐ろしい事が起こったって、きっと助けてくれるよ」


 近くにいた小さな兄妹のそんな会話が、彼女を正気に返らせた。

 ケイトの表情から歳相応の子供の様な雰囲気が消え、どこか冷淡さすら感じさせる『魔女』のものに変わる。


 ――落ち着け、アタシ。アタシは魔女だろ。魔女なら、こんな時こそ冷静になれ。


 背の低い少女に、雑踏の彼方の爆心地を確認する事は出来ない。

 しかし、爆音の大きさから考えて距離はそれ程離れていなかったはずだ。ならば、その被害がケイトまで届かなかったという事実をもって、ある程度『爆音の原因』の危険度をはかる事は出来る。


 ――たぶん、一目散に距離を取らなきゃいけない様な状況じゃない。だとすれば、まず必要なのは情報収集ね。そうなると……。


 『足』が足りない。

 『竹箒』を失った今の彼女には、眼前の濁流の如き雑踏を突破する事すら困難だ。

 代用品を探して周囲に視線を走らせた少女は、偶然近場にあった、先程饅頭をくれた屋台の脇に古ぼけた竹箒を発見する。


 ――まだ、ツキには見放されていないようねっ。


「すみませんっ、この箒、お借りします!」

「お、さっきのお嬢ちゃんかい。別にいいが、そんな物一体何に――」


 とんがり帽子の魔女見習いは店主の言葉を最後まで待たず、両手で竹箒の柄を握ると流れる様な動作でそれに跨った。


 そして短い呪文の詠唱と同時に、ケイトの矮躯がフワリと浮く。

 世界の理から外れた法則――魔法の顕現である。


「お嬢ちゃんっ、あんた、魔女様だったのか!」


 驚いた様に大声を上げる店主に対し、三つ編み眼鏡の少女は少し不貞腐れた様な、あるいは恥ずかしそうな仏頂面で返事を返す。


「……まだ、見習いですけどね」


 そう呟くと、ケイトはやはりビックリした様子で――あるいはキラキラした目で自分の事を見ている幼い兄妹達にも声をかけた。


「安心して。すぐにどうにかするから」


 本来この少女は、出来るという確証が立っていない事を「任せおけ」と言う様な無責任な性格ではない。

 だから『怯える幼い兄妹の姿』とは、きっとケイトにとって『本来の自分』を崩してでも安心させたくなる様な特別なものなのだろう。


「頑張って下さい魔女様!」

「がんばってください!」


 信頼し切った兄妹の眼差しを受け、思わず視線を逸らしそうになるのを必死で堪えながら、割と小心者の少女は幼い頃に憧れた『英雄』の笑みを意識して口元に浮かべ力強く頷いた。


「任せておきなさい!」


 そうして、とんがり帽子の魔女見習いは爆心地を目指し颯爽と飛び立ったのである。

 ……慣れない箒のせいで、フラフラと危なっかしい飛び方ではあったが。




 爆心地の上空に辿り着いたケイトは、すぐに下手人を発見する。

 ソレは体長10メートル程の石と土で出来た人型――ゴーレムだった。石巨人が鉱物の腕を力任せに建物の壁に叩きつけた結果、先程の様な爆音が轟いたらしい。


「建物は倒壊、でも人的被害は皆無、ね」


 眼下を見渡したケイトは、ホッとした様に独り言を呟き――違和感に気づく。

 あれだけあからさまに暴れていながら、ゴーレムの攻撃は本当に誰一人として傷一つ付けていないのだ。

 それに周囲の人々も騒いではいるが、死に直面した人間特有の緊張感というものが微塵もない。


 ――まるで、お祭りの出し物でも楽しんでいるみたいだわ。


 ケイトの魔女としての思考は『この状況』に対しすぐに一つの仮説を立てた。


 その直後である、どこからともなく飛んできた炎の弾丸がゴーレムに直撃したのは。


「フン、俺よりも先に到着している奴がいるから、どんな魔法を使うものかと思って黙って見ていたが……様子を見るだけで何も出来ないとは、お前、どこの三流魔女の弟子だ」


 そう言って、竹箒に跨る少女の横に現れた魔法使いの青年は、何の道具も使わずに単身で宙に浮いていた。

 ケイトの様な努力家肌の魔女には絶対に真似出来ない、一部の天才だけに許される高等魔法である。

 色々と反感を覚えた少女は年長者に敬語を使うのも忘れ、例によって仏頂面で返事を返す。


「アタシは確かに三流かもしれないけど、ババア――師匠は違うわよ」


 しかし、ケイトとは真逆の洗練された装備に身を包んだ黒髪の魔法使いは、その言葉を冷たく一蹴する。


「笑わせるな。三流の弟子の師匠など、そいつも三流と相場が決まっている」


 青年の発言に同意する様に、爆音を聞きつけ集まってきた他の弟子達が一斉に笑い声を上げた。

 今この空中には、祭典にいる見習い魔法使い・魔女達のほとんどが集っている。

 皆が何かしらの道具――魔法の杖や槍など――を使って浮遊しているところを見ると、黒髪の魔法使い程の天才は他にいない様だ。


 もっとも、ケイトの様に古臭い竹箒に跨りフラフラと宙に浮いている者もまたいなかったが。

 誰が見ても、この場で一番お粗末な装備をしていて、この場で一番魔法の才能がなさそうなのは、とんがり帽子の少女であった。

 基本的に自尊心の強い者が多い魔法使いの見習い達は、ここぞとばかりに田舎者っぽい娘を嘲笑う。

 しかし、意外にも黒髪の青年は少女を嬲る周囲の反応を不快気に眺めた後、それらを打ち消すかの様に大声を上げた。


「――そして一流の魔法使いの弟子もまた一流だ。【真理の魔法使い】の弟子である俺が 本物の魔法というものを教えてやる、精々邪魔にならなない様に眺めていろ、三流娘」


 そんな勇ましい言葉を残して、黒髪の魔法使いは炎の弾丸を矢継ぎ早に放ちながらゴーレム目がけて急降下していった。

 その光景はまるで、火炎の豪雨が地表に降り注いでいるかの様である。


 なるほど、確かに彼の腕前は一流を自称するに値するものだろう。

 そして純粋に魔法使いとしての技量だけを見た場合、ケイトの力は青年に遠く及ばない。


 ――ま、だからどうしたって話なんだけどね。


 三流娘と呼ばれた少女は特に反論する訳でもなければ、青年を追う訳でもなく、何故かその場に留まり周囲を見渡し始めた。

 青年の魔法に圧倒されていた他の弟子の一部は、自分よりも駄目そうな相手を見つけ、再び嘲りの声を上げる。

 それでも、ケイトは気にしない。

 何故ならば、彼女は既に自らの『仮説』が正しい事を確信し、それに即した対処を開始していたのだから。



*********************************



 魔法使いに街を救われた住民が、その感謝を示すために始めた祭典。

 今年その場に出現した巨大なゴーレムは、実は魔法使い達が弟子の腕前を計るために用意した『試金石』だった。

 その事実を知らない見習い達が、街中で暴れまわる魔物を相手にどこまで上手く対処出来るかを――人的、物的被害を抑えられるかも含め――見極めようとしているのだ。

 そのために、全ての師匠は弟子達の前から姿を消した。

 そのために、弟子達を除いた、祭典の全参加者には(演技が出来ない様な小さな子供は例外として)事前に事情を説明してある。

 そのために、ゴーレム使いの魔法使いが、修復可能な範囲で破壊活動に勤しんでいる。

 要するに、この戦いにおける全ては茶番なのだ。

 あるいは、ケイト・アプリコッタの言葉を借りるならば『祭りの出し物』の一つに過ぎないのである


 祭典会場の中心にある大きなテント内に集まった師匠達は、魔法の巨大水晶に映し出される弟子達の奮闘を眺めながら一喜一憂していた。

 些か不謹慎な話ではあるが、彼らは『今回の試験における弟子達の評価の順位』を賭けの対象にしていたのだ。

 無論、自分の弟子を応援する気持ちはあるだろうが、魔女や魔法使いといった人種は、基本的に己の享楽や欲求を優先する。


「最優秀者は【真理の魔法使い】殿のお弟子で決まりのようですな」

「いやいや【腐敗の魔女】殿のお弟子も悪くないですぞ」


 単勝狙いの者の多くが、自分の弟子に賭けず、二つ名持ちの大魔法使いや大魔女の弟子に賭けているあたり、彼らの賭博に対する本気具合が伺えよう。

 ……必死で戦っている弟子達が見たならば、憤慨する事間違いなしの光景だ。


 とは言え、全ての師匠がそれに参加しているという訳でもない。例えばそう、隅のソファーに腰かけ、高級そうなワインを傾けている銀髪碧眼の美女など、巨大な水晶には目もくれていない。

 【背理の魔女】メイル・プレイブ。

 破天荒な大魔女として知られる彼女は、20代後半の美しい女の姿をしている。

 百年以上前にこの都市を救った英雄の一人でもあるメイルが未だ至宝とさえ称えられる美しさを保っている事実は、彼女が己の老いや天寿を退ける規格外の魔法の使い手である事を示している。


 色褪せぬ美貌と、大陸有数の実力を兼ね備えた【背理の魔女】に下心から話しかける魔法使いは多い。

 テント内でも『そういった光景』は何度も繰り返されている。

 しかし、エゴの塊の様なこの女は基本的に他人を道端に生えている雑草程度にしか認識しておらず、大抵の男はその内心を隠す気もない冷たい視線に耐え切れずそそくさと立ち去る羽目になるのだ。


 七年ほど前まで、彼女が雑草以外として認識する相手は、雑草と認識するには危険な相手――【背理の魔女】に匹敵する怪物に限られていたが、今は一人だけ例外がいる。

 ケイト・アプリコッタ。

 メイルの愛弟子にして、初弟子にして、最後の弟子になるであろう少女である。

 まだ幼女と言ってもいい年齢であったケイトを引き取った直後は、銀髪碧眼の美女も他の全ての人間に対してと同じ様に、冷たく無関心に接していた。

 だが、七年以上の同居生活を経て、様々な触れ合いを通して、それまでの人生で一度も他人を愛した事などなかったこの魔女はケイトという少女に特別な感情を抱く様になっていたのである。


 師として弟子を愛する様に。

 親として子を愛する様に。

 姉として妹を愛する様に。

 友として友を愛する様に。

 あるいは、それ以外の愛情まで全て含めて。


 まるで通常の人間が周囲の様々な人々に少しずつ向けている『愛』をケイト一人に集中させているかの如き、凄まじいまでの溺愛だった。

 師としての示しがつかないという理由からそれらの感情は極力隠しており(隠し切れているかどうかはともかく)意識して厳しい態度で接する事も多いが、それとて『雑草』達に向ける無関心な厳しさとは真逆のものである。


 そんな『ケイト大好き』なメイルは複数の弟子を同時に映す巨大水晶など眺めずに、ワイングラスを握っていない方の掌の上に置いた自前の水晶玉で、愛弟子の様子『だけ』をじっと見守っていた。

 余談だが、銀髪碧眼の美女はちょっとしたお使いでケイトが一人で出かける際なども、この水晶玉でこっそりと監視して(当人曰く、見守って)いる……もしゴーレムが、彼女の可愛い可愛いケイトに傷の一つでも負わせようものならば、テント内でそれを操っている魔法使いもタダでは済まないはずだ。


 ――もっとも、とんがり帽子の少女が傷を負う事を前提としたその懸念は、客観的に見て杞憂の類である。


 黒髪の青年の「一流の魔法使いの弟子は一流」という言葉ではないが【背理の魔女】という『怪物』の愛弟子である以上、ケイト・アプリコッタもまた真っ当な魔女などではないのだ。



*********************************



 魔法による市内一帯の索敵を終えたケイトは、想定通り敵が『見つからなかった事』を確認し次の思考に移った。


 ――やっぱりババアも、他の師匠達もこの街にいない。と言うか、いても見つけられない様な隠れ方をしている。となると潜伏場所として怪しいのは――。


 三つ編み眼鏡の少女は、既に現状が師匠達によって仕組まれたものである事を理解し、ゴーレムを操っている人物も、その中の誰かだと確信していた。

 住民の反応など疑わしい要素はいくつかあったが、最大の決め手は、魔法使いの祭典で起こった異変に対し、当の魔法使い達が一人も動いていない事だろう。

 弟子達に任せきりにし、師匠達は一体どこで何をしているのか?

 ――茶番。

 この一言で、全ての不審点に対して説明がつく。


 またその前提に立って考えた場合、ケイトや他の弟子達の懸命な索敵にも関わらず、一向にゴーレム遣いの所在が掴めない現状にも簡単に説明がつくのだ。

 師匠達が祭典会場に作ったいくつかの結界、その内側に潜んでいるのだと考えればいいだけの話である。

 とんがり帽子の少女は『敵』をまったく捕捉出来ない現状と『師匠』を一人も発見出来ない事実から、彼らは全員結界のどれかに隠れていると仮定し、『見つけられない事』を前提に潜伏場所の調査を行ったのだ。

 その結果、大人数の師匠達を同時に抱え込める面積や、索敵魔法を妨害された際の相手の手腕から、一つの結界に当たりを付けていた。


 ――中央の広場にある、大テント、取り敢えずあれが一番怪しいわね。


 爆心地に駆け付けてから、その『正解』に辿り着くまでの時間、実に5分弱。

 間に黒髪の青年との会話を挟んでいた事も踏まえると、驚異的な速さと言えるだろう。


 だが、ケイトという少女の真の恐ろしさはその先にあった。

 魔物を使役するタイプの魔法使いを相手取る以上『使い魔ではなく術者の方を先に潰す』のがセオリーであるとは言え、見習い魔女は敵が師匠格の魔法使いであると理解した上で、それを単身で打倒し得る算段を立てていたのだ。

 見習いレベルの発想力、行動力を明らかに逸脱している。


 とんがり帽子の少女に、彼女の師匠や黒髪の青年の様な天賦の才はない。

 天才ではないのだ。


 しかし、天才達とは別の道筋を通り、彼らと同等以上の成果を上げる異質の才能――異才とでも呼ぶべき資質の持ち主だった。


 ――よし、行くわよ!


 そんな異才の少女は、内心の掛け声だけは勇ましく、例によってフラフラと大テントを目指して飛んでいった。

 ……今にも落っこちそうなその危なっかしい飛行は、慣れない竹箒である事を差し引いても才能ある魔女の魔法ではない。

 まあ、何と言うか、アレだ。彼女の才覚は、色々と偏っているのだ。

 事情を知らない者が見れば、フラフラと飛び去る少女の姿はまるで戦場から逃げ出していく臆病者の様にも見えただろう。


 だから、戦闘に参加出来ずにいた何人かの弟子達が、一斉に田舎者っぽい娘を嘲笑い、罵倒したのもある意味仕方がない事なのである。

 同時に、黒髪の青年がケイトを追って飛んできたのは、三つ編み眼鏡の少女としても些か想定外の事態だった。


「おい、三流娘。お前、術者を見つけたな」


 青年の言葉にケイトは僅かに驚く。

 黒髪の魔法使いはその反応を侮られたものと思い、不機嫌そうに言葉を続けた。


「見くびるな。お前が広範囲の索敵を行っている事には気付いていた。それで術者を見つけようとしている事にもな……俺が見つけ出せなかった相手を、お前がどうやって捕捉したのかは気になるが――まあいい。誘導しろ、俺が片付ける」


 ケイトという『少女』はその偉そうな態度にひどく反感を覚えたが、ケイトという『魔女』はこの会話の流れを好機と捉えた。


 ――もしコイツが利用出来るなら、色々と楽になるわ。


 とんがり帽子の少女が『現状自分が立てている推論』の全てを黒髪の青年に説明した背景には、そんな打算があった。

 全てを話した後、ケイトは問いかける。

 相手が師匠格だと分かった上で、まだ直接勝負を挑むつもりはあるのかと。


「……一つだけ確認させろ。師父達がこの状況を放置している理由としては、敵の襲撃を受けて身動きが取れない状況等も考えられると思うが?」

「ソレはアタシも少しだけ考えたけど、うちの師匠が手も足も出ずに『身動きが取れない状況』に追い込まれるのは少し考えづらいわ。どれほどの強敵が相手でも一矢報いるぐらいの事はするだろうし、アイツが一矢を射たならば見逃し様がない程の影響が出ているはずよ」

「……正論だな。お前の師匠がどれ程のものかは知らんが、師父や他の大魔法使い大魔女達を相手に、反撃する間も与えずに制圧するのは不可能だ」


 青年はそこで一旦言葉を切ると、一瞬だけ瞑目し思考を整理してから先程の問い――師匠格を敵に回すつもりはあるかという問い――に対する回答を返した。


「お前の行動を支持する。俺も連れて行け」

「……ちょっと意外ね」


 自分から持ちかけておいてアレではあるが、正直ケイトはこの男の様な模範的な天才が、己の様な異端の行動に便乗する可能性は低いと踏んでいた。


「お前が俺の事をどういう風に認識しているかは知らんが、模範解答よりも優れた答えがあるならば俺はそちらを選ぶ。そしてこれが実戦形式の試験であるならば、例え出題者側の意図から外れていたとしても、お前の出した解こそが最も優れている」

「そ、そう」


 基本的に他人に褒められる事に慣れていない三つ編み眼鏡の少女は、頬を赤らめながらプイッと視線を逸らした。



*********************************



 ビキッ。

 そんな音を立てながら、メイルが握っていた水晶にヒビが入った。どうやら、水晶の硬度を上回る握力で握られたらしい。


 ――あの小僧、我のケイトにあんな表情をさせおって。おのれ、羨ましい――否、忌々しい……。


 怜悧な美貌を憎々しげに歪め、色々と残念な思考を続ける【背理の魔女】。

 周囲にいた魔法使い達は怯えた様に離れていったが、一人だけ、飄々と彼女に近付いていく人影があった。


「フォッフォッフォッ、随分と面白い弟子を得た様じゃな、メイル」


 己の見事な白髭を撫でながら、好々爺然とした笑みを浮かべて銀髪の美女に話しかけてきたのは、大魔女をして警戒せざるを得ない怪物だった。

 【真理の魔法使い】トーク。

 現存最古にして最高と称される大魔法使いである。

 長く、重厚な人生を生きてきた事が一目で分かる威厳のある老熟した外見をしているが、生ける伝説とも言われるトークの逸話が【背理の魔女】の生まれる遥か以前から存在する事を踏まえると、この老人もまた老いや天寿を退ける規格外の存在なのだろう。

 トークに話しかけられただけで委縮してしまう魔法使いも多い中、破天荒な大魔女はそんな緊張とは無縁の態度で口を開く。


「やらんぞ」


 外見通りの美しい声音で紡がれた、端的な言葉。

その内容は、短くとも的を射ていた。


「フォッフォッ、なんじゃ、バレておったか」


 悪びれずに笑う大魔法使いだが、言葉通りならばこの老人は今、メイルの弟子を引き抜こうとしていたらしい――否、笑顔に反し全く笑っていない彼の瞳の輝きは、ソレを過去形で語る事を許さなかった。


「――そこをどうにか、ならんかのう?」


 凶悪なまでの威圧感が、周囲に充満する……奪ってでも欲したモノを手に入れようとするその姿勢は、実に魔法使いらしい。

 並みの魔女であれば、頭を下げて唯唯諾諾と従うしかないトークの圧力に対し【背理の魔女】は氷の様な殺意をもって応えた。


「耳の遠いジジイだな。我は、やらぬと、言っている」


 巨大な山に押しつぶされるかの様なトークの威圧と、絶対零度の凍土の上に立たされているかの如きメイルの殺意。

 それらが衝突した余波は、少し離れた場所から二人の怪物の様子を伺っていた者達を一瞬で震え上がらせた。


「ふむ? 人間嫌いのお主が、存外執着を見せるのう。もし柄にもなく弟子の事を思っているのであれば、尚更儂に託すべきじゃぞ。アレは戦闘に特化したお主の元ではなく、儂の様な魔法を学問として探究する者の下でこそ花開く才じゃ」


 【真理の魔法使い】はケイト・アプリコッタという少女の資質を高く評価していた。

 彼の弟子である黒髪の青年の様な、圧倒的な魔力量や天才的な魔法センスは有していないが、状況を瞬時に見極める視野の広さと思考の速さ、そして索敵妨害の精度から潜伏場所を割り当てる洞察力、中々面白い『逸材』に思える。


 あるいは、魔法を『行使する者』ではなく魔法を『探究する者』としての資質のみで見れば、テント内賭博において不人気ナンバー1の少女は、人気ナンバー1の黒髪の青年よりも上だとさえ考えていた。

 探究心や知性こそが魔法使いにとっての最も重要な資質であると考えるトークにとって、是非とも欲しい人材なのである。

 とは言え――。


「くどい。そんなに死にたいか?」


 本気で殺意を撒き散らしている【背理の魔女】を敵に回してまで欲しいかと言われると、難しいところであった。

 この二人の怪物が本気で殺し合った場合、確実にどちらも無事ではすまず、その余波で都市の一つや二つは軽く消し飛ぶ。


「フォッフォッ、恐ろしいのう」


 結局、均衡を破り自ら折れたのは、メイルと比べればまだ周囲に対する配慮というものが出来る老人の方であった。

 トークが圧力を完全に収めるのと同時に、美女も殺意を霧散させる。

 無意識の内に呼吸を止め、体を硬直させていた周囲の魔法使い達の間から、安堵の溜息が漏れた。


「さて、そろそろ到着するようじゃのう」


 先程までの凶悪な威圧感が嘘の様に、理性的で穏やかな笑みを口元に浮かべている老爺が言う通り、二人の見習いはもうすぐこの大テントに到着する。

 見習いに潜伏場所を特定されたのが初めてならば、相手が師匠格と分かっていながら直接勝負を挑まれるのも初めてである。

 前代未聞の事態に対し、ゴーレム遣いの魔法使いはテントの外で迎え撃つ事にしたらしく、暴れさせていた巨大な石像の動きを止めると、より対人戦闘に特化した人間大のゴーレムを何体か引き連れて外へ出ていった。


「ふむ。この時点で既に『街中を暴れ回るゴーレムの被害を止める』という目的は達成しておるな。狙ってやっておるのじゃとすれば、大したものじゃ」

「ふふふ。当然だ。我の弟子なのだからな」


 得意げに、冷たい微笑を浮かべるメイル。

 老魔法使いはその笑顔を見て、まるで何か嫌なものでも見てしまったかの様な表情をした。


「お主が笑うところを久々に見たが、相変わらず何か企んでいそうな笑い方じゃのう。恐ろしいわい」

「貴様になど、どう思われようがどうでもいい。ケイトは「お師匠様の笑っている顔が好きい!」と言っておる。我にとってはそれが全てよ」


 未だかつて見た事が無い様な、幸せそうな表情で弟子の声真似をするクールビューティーの姿は周囲の魔法使いを震撼させたが、伊達に長生きしている訳ではないトークはさらっと流してみせた。大人の対応である。


「ふむ? あの娘は先程お主の事を「ババア」と呼んでいた気もするのじゃが」

「三年前までは「お師匠様」と呼んで纏わりついてきていた。最近、ちょっと反抗期なだけだ」

「……ふむ」

「すぐにまた「お師匠様と一緒にお風呂に入りたいの!」とねだってくるに違いない。ふふ、困った奴だ」


 魔法の探求が絡まない限り、基本的に良識を持った老賢人であるトークは『困った奴』を見る目で銀髪碧眼の美女を眺めながら口を開いた。


「……少し見ない内に、お主が随分と痛々しい立場になった事はよく分かったわい。古きよしみで忠告してやるがのう、『思春期の娘を持つ父親』がお主と似た様な妄言をのたまうのを何度か耳にした事があるが、元の鞘に収まったという話はとんと聞いた事がないわい」

「ふふ。我とケイトの絆を、有象無象のソレと一緒にするな。すぐにまた「お師匠様と一緒のベッドで寝たいんだもん!」と甘えてくるに違いない。まったく甘えん坊め。ふふふ」

「……そうなるかのう?」

「そうなるのだ」

「……そうかのう?」

「そうだ」



*********************************



 師匠達がどこか気の抜けた会話をしている最中、弟子二人は死闘を繰り広げていた。

 正確には黒髪の青年が一人で奮闘し、ケイトはしょぼんとした表情で上空から彼の雄姿を眺めていた。

 とんがり帽子の少女も元々は参戦していたのだが、慣れない竹箒で天才の青年と人外のゴーレムの高速戦闘についていく事が出来ず、黒髪の魔法使いに「邪魔だ。上にいろ」と追い出されてしまったのである。


「ぐぬぬぬ」


 悔しそうに歯を食いしばるケイトを余所に、見習いの時点で既に並みの師匠格よりも優れた実力を有する天才は、巧みに相手を追い詰めていった。

 先程の様に術者がいない状況で常に付与魔法で援護を受けているゴーレムが相手というならばともかく、術者という明確な弱点が見えている現状ならば、青年にとってゴーレム遣いは敵ではない。


 ケイトはケイトで奇策とも言える切り札を用意していたのだが、黒髪の天才はそんな策に頼るまでも無く力押しのゴリ押しで師匠格を圧倒してしまっている。


 ――ま、まあ、それでも相手は師匠格。きっと逆転されるわ。その時こそアタシの力の見せ所よ。


 ピンチに陥った青年を颯爽と助ける自分の姿をケイトが想像していると、ゴーレム遣いは天才の攻撃を受けて為す術も無く吹き飛んだ。

 術者が気絶した事を受けて、石像達も一斉に動きを止める。

 ……まあ、要するにケイトが何をするまでもなく、黒髪の青年は独力で決着を付けてしまった訳だ。


 しょぼーんとした表情で所在なさげにフラフラと浮いている少女をほったらかしにしたまま、魔法使いの祭典で行われた弟子達の腕試しはこうして幕を下ろしたのである。




 腕試しが終わると、弟子達は大テントに集められ、試験の評価を受けると同時に師匠達から褒められたり小言を食らっていたりしていた。

 こういった場所での評価が、見習いが一人前の魔法使いや魔女として認められるためにとても重要となってくるので、弟子達も皆真剣な態度で話を聞いている。


 そんな中で一人、ガクリと肩を落としている弟子の姿があった。

我らがケイトである。

 とんがり帽子の少女は、気の毒にも手柄の大半を黒髪の青年に持っていかれてしまったため、本当に何もしていなかった一部の弟子達を除けば、最下位に近い評価を受けてしまった。


「聞いておるのかケイト。今回のお前の落ち度は明白だ。あんな男を頼るから、こんな情けない結果になったのだ。反省せよ」

「ぐぬぬ。利用出来ると思ったのよ……」

「ふふん。お前の様な世間知らずが笑わせるわ。逆に利用されておるではないか。よいかケイト、他人を見たらまず盗人と思え。特に男はいかん。絶対に信用するな」


 ……何と言うか、師匠としての言葉なのか何なのか良く分からないメイルの苦言であった。


「いや、別にアイツがアタシを騙したとかじゃなくて、単にアタシがアイツの強さを読み違えてたってだけの話だと思うんだけど……」

「それが騙されているというのだ! お前の様に下手に賢しい小娘ほど、ああいう女衒の甘言に騙され夜の街に売られてしまったりするのだ! 猛省せよ!」


 【背理の魔女】が感情に任せて近場にあった小さなテーブルをドンと叩くと、その家具はただ魔力の余波だけで灰になってしまった。

 魔力量の少なさに定評のあるケイトは「うへえ」といった表情でその様子を眺める。


「聞いておるのかケイト! 我はお前のためを思ってだな――」


 師匠としてではなく保護者としての小言が始まった事を理解したケイトは「こりゃあ、話が長くなるわよ」と内心で戦々恐々としていた。

 しかし、そんな彼女に思わぬ助け舟が入る。


「フォッフォッ、他人の弟子をつかまえて女衒とは随分な言い様じゃのう」


 弟子である黒髪の青年を引き連れてやってきたのは、【背理の魔女】相手に文句を言える数少ない人物、トークである。

 ケイトはこれが初の顔合わせであったが、【真理の魔法使い】の弟子が背後に控えている時点でその老人が誰だかすぐに分かった。


 ――これはまた大物が出てきたわね。粗相の無い様にしないと。


 魔法使い界の偉人を前に、思わず居住まいを正すとんがり帽子の少女。

 賢明である。もし彼に睨まれる様な事があったら、魔法使いとしての立身出世の道は閉ざされると言ってもいいだろう。


「黙れ、ジジイ。今我はケイトと話をしておる。失せろ」

「アンタこそ黙りなさいよ、ババア!」


 弟子の思惑など知ったこっちゃないとばかりに大魔法使いを一瞥するメイルに、三つ編み眼鏡の少女は思わずツッコミを入れた、


「まったく、いつからお前はそんなに口汚くなったのだ。嘆かわしい」

「アタシのすぐ傍に、ジジイだのババアだの連呼するババアがいるのよ……」


 やれやれと肩を竦める【背理の魔女】と、疲れた様に肩を落とすその弟子の様子を眺めながら愉快そうに笑うトークだったが、自分の後ろで珍しくソワソワしている黒髪の青年の事を思い出し、話を切り出した。


「そう言えば、お嬢ちゃんには自己紹介がまだじゃったかな。儂の名はトークと申す。まあ、色々と尾ひれのついた話を聞いておるかもしれんが、世捨て人の偏屈ジジイとでも思ってくれれば構わんよ」

「ひゃ、そ、そんな、恐れ多い、ですっ。あ、あの、ご丁寧にどうも。アタシの、じゃなくて、私の、名前はケイト・アプリコッタと申します。【背理の魔女】メイル・プレイブの弟子です!」


 緊張するあまり、色々と言葉がおかしな事になっているケイトだったが、老魔法使いは微笑ましそうに笑うだけで特に咎めはしなかった。

 ……彼の視界には、弟子に無視され拗ねている銀髪碧眼の美女の姿も入っていたが、そちらは表情一つ変えずにスルーする。


「フォッフォッ、こちらこそ、ご丁寧にありがとう。時にケイトちゃんや、儂の弟子がお主に話したい事がある様なのじゃが、少し時間をもらえんかのう?」

「は、はあ。別に構いませんが」


 話す事なんてあったっけ、とポカーンとした顔をしつつも頷くケイト。

 黒髪の天才は少しバツが悪そうに口を開いた。


「済まなかったな」

「は? 何が?」

「……お前の手柄を奪う様な形になった事だ。あの状況下で敵を捕捉したお前の功績が、 あそこまで不当に低く評価されるとは思わなかった。見つけたお前と、倒した俺、評価としてはお前の方が上になると踏んでいたのだが――」


 そのままブツブツと評価の問題点を列挙していく青年の姿を見て、ケイトは思わず笑ってしまった。


「ぷ、ぷははははっ」

「……おい、何がおかしい?」


 途端に不機嫌になる黒髪の天才。


「いや、ごめん、別に馬鹿にしている訳じゃないのよ」

「では、何故笑う」

「いやー、何と言うか、アンタって実は『いい奴』だったんだなって思ったら、無性におかしくなっちゃってさー」


 侮蔑の感情とは無縁の、天真爛漫な笑みを浮かべるとんがり帽子の少女の姿を見て、青年の方も毒気を抜かれた様に薄く笑った。

 それでも憎まれ口とも取れる傲慢な口調を止められない当たり、この男は世が世ならば、あるいは世界観が世界観ならば、ツンデレと呼ばれる資質の持ち主なのかもしれない。


「――ふん。お前が俺の事をどう認識したのかは知らんが、少なくとも俺はお前の事を一流とは認めていないぞ。二流娘」


 その後しばらく言葉を交わし続ける天才と異才であったが、その様子を見て殺意を滾らせているメイルをこれ以上抑え切れないと判断した老魔法使いが青年に別れを促すと、その邂逅はあっさりと終わりを告げた。


 邂逅。

 そう、これは二人の若き才人にとって出会いの瞬間に過ぎない。

 彼女と彼の奇妙な縁は、彼らが見習いの看板を降ろし、一人前となった後も続いていく事になるのだから。


「ではな、二流娘。頭の回転はともかく、次に会う時までに魔法の腕前はもう少し磨いておく事だ」

「うるさい、馬鹿。アンタに言われるまでもないわ」


 茶化し合いの様な言葉の応酬で別れを告げた後、ケイトは今更の様に相手の名前を聞きそびれていた事に気付いたが、青年の自分に対する呼称が『三流娘』から『二流娘』に昇格している事には気付かなかった。


 そして黒髪の天才の後ろ姿を見送った後、とんがり帽子の少女が師匠の方に視線を向けると……そこにはイジイジといじけている銀髪碧眼の美女の姿があった。


「……何やってんのよ、ババア」

「おや、ケイトが我に話しかけてくる幻聴が聞こえおるわ。いかんな、疲れておる。師匠と話す事よりも、どこの馬の骨とも知れん男と話す事の方を優先する不良娘が、自分から話しかけてくる事などあり得んと言うのにな。ふ、ふふふ」


 やさぐれた笑みを浮かべる師匠の姿に、ケイトは頭痛を堪える様に眉間を押さえた。

 ここでメイルを放置出来ないあたり、とんがり帽子の少女は何だかんだ言っても師匠に甘い。恐らく別の人間が似た様な態度を取ったならば、ケイトは「あっそう」の一言で済ませてどこかへ行ってしまうはずだ。


「その、悪かったわよ。でも、客人と身内がいたら客人との対応を優先するのが普通でしょ?」

「……そんな普通さはいらん。我はケイトにはいついかなる時でも我との会話を優先して欲しい」


 師匠の威厳、大人の矜持、色々なものを放り投げたメイルの発言であったが、弟子は辛抱強くそれに付き合った。


「そういう訳にもいかないでしょうが。ほら、機嫌直しなさいよ。お饅頭あげるから」


 ケイトが黒いローブの中をゴソゴソと漁ると、豪快な屋台の店主からもらった饅頭が出てきた。

 竹箒とともに失われた祭典の戦利品、その唯一の生き残りである。

 余談だが、内ポケットが大量についている少女のローブには、日用雑貨から戦闘用の武器まで実に様々なものが収められている。


「……そんな出店の饅頭の一つや二つで懐柔されるほど【背理の魔女】の二つ名は安くないぞ」


 現在進行系で自らその二つ名をおとしめているメイルは、いじけた様な表情でそんな事を言ったが、内心では弟子に構ってもらえてとても喜んでいた。

 ……一応フォローしておくと、怜悧な美貌の大魔女がこんな残念な状態に陥るのは弟子が絡んだ場合だけである。


「もぐもぐ。いや、この饅頭、結構美味しいわよ。食べなさいよ」


 とんがり帽子の少女は、自分が毒見をしてから食べ物を渡すと師匠の機嫌が良くなる場合が多い事を経験則で知っていので、今回もそうした。

 幸い、貰い物の饅頭は本当に美味い。


「む、むう。そこまで言うならば、食べてやらん事もないがな。もぐもぐ……ふむ、まあ、存外悪くない」

「へへへ、でしょー」

「う、うむ」


 ここ最近では珍しく屈託ない笑顔を師匠に対して向けたケイトに、銀髪碧眼の美女はどぎまぎと同意した。

 ちなみに、メイルが弟子の餌付けで機嫌を良くする理由は、食べかけの物を分け合って食べるというシチュエーションが堪らないからだったりする。

 本来、王侯貴族ばりに舌が肥えているこの女にとって、ジャンクフードの類は文字通りゴミに等しい。そんなゴミでもケイトの歯型がついてさえいればご馳走として食べられるあたり、彼女の愛はある種病的とさえ言える。


 師匠の裏事情を知らない愛弟子は、取り敢えず相手の機嫌が直った事に安心し、次の行動に移った。


「アタシはこれから借りた竹箒を返したり、どっかにいっちゃった自分の箒を探したりしなきゃいけないいだけど……ババアも暇なら一緒に来る?」

「お前がどうしてもと言うのであれば、特別に付いていってやろう」

「アタシ的には財布を返してくれさえすれば、別行動でも何の問題ないんだけど」

「お前がどうしてもと言うのであれば、特別に付いていってやろう」

「……分かったわよ。一緒に行けばいいんでしょ。ほら、手」


 面倒くさそうな顔をしながらも、手を差し出すケイトの姿に師匠は首を傾げた。


「アンタ、ほうっておくとまた迷子になるでしょう。前科何犯だと思ってるのよ。だから、今回は手を繋いで歩くわよ」


 弟子のそんな申し出に、にやけそうになる顔を必死で堪えながらメイルは精一杯の威厳を込めて頷いた。


「う、うむ。お前がそこまで言うのであれば仕方がない。て、手を繋いでやろう」


 小柄な少女に手を引かれながら歩く長身の美女の姿は何とも目を引く光景であったが、お祭りの雑踏に消えていく二人の姿は、まるで仲の良い家族の様でもあった。

 


 

 その後ケイトは様々な冒険を通し、大陸中に名前が知れ渡る様な大魔女になってゆくのだが、それはまだ当分先の話である。


 

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[一言] お待たせしました。 大したものではありませんが、総評いきます。 この作品の弱点は大きく分けて二つあると思います。 一つは、作品としての練り込みが足りないこと。 もう一つは、「作者の書きた…
[一言] >秀才肌の 一般的な表現ではないので違和感を感じます。 「秀才」=努力によって優秀な人物だが天性の才能に恵まれた「天才」には劣る という定義で使用されているのだと思いますが、この定義が一般的…
[良い点] キャラに独特の「執念」があり、それが他にない個性を形作っていると思います。 また、テンプレートなゲーム風世界観をかなり使いこなしていて、そうした作品に慣れている人にはすごく分かりやすく…
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