第三の寮生
「ただいま」
俺たちは一時間程度の時間をかけ、翠静荘に到着した。
追っ手を心配したものの、後ろからついてくる人は誰もいなかった。
「お、お邪魔します」
水城はおどおどしながら、翠静荘へと入った。
「あっ、おかえり~……って、あれ? 竜君が女の子連れてきてる~。……もしかして水城さん?」
ドアを開けた先には、エプロン姿で困惑している椿の姿があった。
「あっ、はい。水城 凛です、よろ――ふぅ、ふふぇ」
水城の言葉は、途中で水城に抱きついた椿によって阻まれた。
「わ~い、私前から水城さんと一度話してみたいなあって思ってたんだよ。そうだ、私のことは、椿って呼んでいいよ」
「あっ、はい! わかりました。では私のことも下の凛でお願いします」
「じゃあ、凛ちゃんはもう晩御飯は食べた? 今から私たちは晩御飯なんだけど」
「あ、すいません……女子寮は7時半から御飯なので。ですが、少しなら」
「よ~し、じゃあ私の手作り料理を食べさせてあげるね」
ふっふっふっ、さすがは椿だ。俺の見込んだ通りの展開になってきたぞ。椿は人見知りしないタイプだからな、きっと水城とも仲良くなれると信じていたぜ。
だが、椿の料理を水城に食べさせるのだけは、止めなくては……
「おい、椿。本当に水城にお前の料理を食べさせる気か?」
「竜君、私の進化した料理を見よ!」
俺たちは机に並んでいる料理を見た。
……皿の上には、どう見ても黒焦げしか残っていないと思われる、料理が盛り付けられていた。
「これが……料理だとでも言うのか」
となりでは水城の顔が引きつっていた。恐らく水城も、俺と同じことを思っているに違いない。
「さあ、食べて食べて」
椿は明るい視線でこちらを見つめてくる。
そんな明るい椿とは裏腹に、俺たちはただ立ち尽くすことしかできなかった。
「わ、私一つもらいます!」
な、何を言っているんだ水城! 椿の料理に慣れてないお前がこんな物を口にしたら、最悪死の危険が……
致し方あるまい。俺が覚悟を決めるときのようだな!
「俺の大好物は誰にもやらん!」
俺は水城がつかもうとした黒焦げで丸だんごのような物質を、皿からダイレクトに口にほおった。
くっ、一度にたくさん摂取したせいか、頭がクラクラする……
しかし、耐えるんだ。耐えるんだ、俺!
「あ、相変わらず、椿の料理はうまいなあ、はっはっは。ここにある料理は全て俺がもらう! 椿はカップラーメンでも食べろ!」
「じゃ、じゃあこの最高傑作はみんなで食べようか」
椿は笑顔で、冷蔵庫から新たな黒焦げ料理を取り出した。
「椿の料理は俺の主食だ! 誰にもやらぁぁぁん」
俺は椿から皿を奪い、口に入れた。
ふっ、安心しろよ、水城。お前の身は必ず守ってみせ……る。
「今日は本当に、ありがとうございました」
けっきょくあれから飯を食った後、三人でゲーム大会が二時間にも及び開催された。恐らく俺が止めなかったら、後二時間はゲームをする羽目になっていたであろう。
「ちょっくら、水城を女子寮まで送ってくっから、お前はもう寝てろ」
「しっかりと、凛ちゃんを寮まで送るんだよ~。凛ちゃんにいかがわしいことをしたら、一年間断食だからね!」
このセリフを笑顔で言ってしまう、椿が怖い。
「何もしないって! じゃ、行ってくる」
……俺たちが外へ出てから、何十分くらい経過したのだろうか? 俺たちは無言のままひたすら暗い道を歩いていた。
気まずい。なにか話した方がいいよな。でも何を話せばいいのか……くっ、わからん。
こんな固まった空間を壊したのは、意外にも水城だった。
「み、三山君! 今日は本当に、ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「あ、ああ楽しんでもらえたなら、幸いだよ。あと、俺のことは三山じゃなくて、竜也でいいぜ」
「じゃ、じゃあ……竜……竜也さん」
水城はほっぺを赤くさせ、小声でつぶやいた。
安心しろよ、水城。お前の声は、俺の耳にはっきりと届いているから。
「今日は寮生が増えたみたいで楽しかったよ。ありがとう」
「私も……友達ができたみたいで楽しかったです」
「みたいじゃねえよ! もう友達だろ」
「は、はい!」
この時見せた凛の笑顔は、犯罪級の可愛さだった。
「な、なあ、最後にお前に伝えたいことが――」
俺がそう言おうとしたところで、凛が俺の前へ出て足を止めた。
「私から言わせてください」
えっ!? 何を……
「私を……翠静荘に入れさせてください!」
……今、本当に入りたいって言ったよな? 俺の聞き間違いじゃあないよな?
「よっしゃぁぁぁぁー」
これでまずは一人! 残りは四人。
「竜也さんは、私が昔失ってしまった物を、再び呼び起こさせてしてくれました。竜也さんは私の人生の恩人です」
「そんなたいそうなことはしてねえよ。俺がしたことは、凛を翠静荘に連れて行ったことだけだよ」
そう、凛の心の氷を溶かしたのは、椿のおかげだ。俺は何もしていない。
「そんなことありませんよ。竜也さんが命を張って、女子寮に来てくれなかったら私は、アメリカに行っていたかもしれません。本当にありがとうございました」
「そう言われると、なんだかうれしいな」
これで一件落着だな。……なにか忘れてるような。
まっ、忘れるほどくだらないことか。
「もうここまでで、大丈夫ですよ」
「大丈夫か? こんな時間に寮に入るのは大変じゃないのか?」
「大丈夫です。抜け道知ってますから」
「そうか、気をつけてな。そうだ、数日したらつばミンにトラック運転させるから、荷物まとめといてな」
「はい!」
俺は凛が見えなくなるまで、その場で見送った。凛はちょくちょくこちらを見ては、頭をペコペコさせていた。
今日は楽しかったな。
そんな気分ひたり、何気なく時計を見るために携帯を見た時だった。
「うわ! なんじゃこりゃ」
通話履歴が30件。しかも知らない番号。
俺は恐る恐る、その番号に電話をかけてみた。
『竜也か! 竜也なんだな』
雄大の声が携帯越しに、耳に入ってきた。
「雄大なのか?」
『くっ、なんだよ。声が届かないぞ。壊れてんのか、この携帯』
「おい、雄大! 俺だよ、俺。聞こえてんのか?」
だが、雄大に俺の声が届いていなかった。
『まあいい、俺は竜也がこの会話を聞いていると信じて、この記録を残す。いいか、よく聞け! 生徒会長…………罠…………ぷつ」
最後は途切れ途切れの音声が残り、通話が切れた。
雄大……お前に何が起きたんだ!?