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過去

 金聖荘女子寮。そこは金聖高校に通う男子生徒なら、誰もが夢見るワンダーランド。数多もの男子生徒が女子風呂を目指し、侵入を試み……散った。中には一年間にも及ぶ計画の末、侵入を試みた者もいたが……誰ひとり、侵入に成功した者はいない。


 俺はそんな女子寮の目の前にいる。

 目的はただ一つ! 女子風呂……ではなく。水城に会うため!

 水城には今話したいことがあるし、俺の気持ちが本物だとゆうことを伝えたい。

 

 今の時間は八時。女子寮内の生徒は、飯と風呂を済ませ部屋でくつろいでいる時間だ。

 しかし女子寮に灯っている明かりはごくわずかなものだった。明かりはいつもの、半分も灯っていない。

 これはちょうど今、体育館にて部活会が行われているためだ。

 雄大も今頃は奮闘しているに違いない。

 水城が部活会に出ていないことはすでに調査済み。絶対に部屋にいるはずだ。

 ……いける!


 今さっきは数多もの勇者たちが散ったと言ったが、これは風呂を覗こうとしたが故に失敗したと言っても過言ではない。

 つまり、女子寮に侵入するだけなら、いくらでも方法はあるとゆうことだ。

 だから俺は雄大と共に、教室で侵入作戦を作った。

 まず侵入方法は……正面突破だ!


 俺は時計の針が八時二十分を指したところで、女子寮正面にある扉から女子寮へと侵入した。

 女子寮内は個人の部屋を除き、常に二十四時間体制で監視されている。故に、どこから侵入しようと、監視員にバレてしまう。

 だが、八時二十分から三十分の間だけは違う。この時間、女子寮の監視員は風呂に入る。これは数日にも及ぶ検証の末、確実性が高いことだ。だが、どんなにデータが確実性を出していても、監視員は人間だ。この時間にもしかすると風呂に入らないかもしれない。そうすれば俺は見つかる。

 これがこの作戦の最大の穴だ。


 しかし、警報が鳴らないとゆうことは、侵入は成功だ!

 この問題を回避できれば六十%は水城部屋まで辿り着くことができる。

 俺は正面玄関すぐ横にある非常用階段を使い、水城の部屋がある二階まで足を運んだ。

 確か水城の部屋は、201号室だったよな。

 俺はすぐに、201号室を見つけ、部屋をノックした。

 頼む、水城……出てくれ!


「ねえねえ、この後私の部屋でゲームやらない?」

「いいわよ~この間の決着つけてあげる」


 201号室すぐ横にある階段から、女生徒の声が聞こえてきた。

 くっ、ここで見つかったら全てが終わっちまう……

 俺は周りに気づかれぬよう、小さいノックを何回もした。

 そして、だんだんと階段から聞こえてくる足音は大きくなっていった。

 頼む、水城! 早く出てきてくれ……早く……

 そう思った時だった。201号室のドアがゆっくりと開いた。


 ドアの先には、普段見ることができないパジャマ姿の水城がいた。

 やばい! パジャマ姿の水城、ヤバすぎる……て、違う!


「頼む! 中に入れてくれ」


 水城はゆっくりと部屋の奥へと歩いて行った。

 何も言わないってことは、入ってもいいってことだよな。

 俺は焦るようにして、部屋へと入りドアを閉めた。


「ふぅ~助かった」


 部屋の奥には、いつものように本を読んでいる水城がいた。まるで俺なんかいないかのように、本を読んでいる。

 女の子の部屋に入るのって、椿の以外初めてなんだよな……て、こんなこと考えちゃダメだ! 俺は今日、水城に伝えなきゃいけないことがあるんだ。


「なあ、水城。……アメリカに行くって本当か?」


 だが水城は俺の問いに答えず、視線は本にひたすら注がれている。


「水城! 俺は本当にアメリカに行くのかって、聞いてるんだよ!」


 そして水城は俺の言葉に反応してくれたのか、本を閉じつぶやいた。


「本当。私は来月、ここを発つ」


 俺がこの情報を手に入れたのはつい、この前のことだ。もちろん情報源は、情報通の雄大だ。

 なんでも水城の親はそこそこ有名な企業の経営者らしい。教員が今の水城の状況を報告した結果、親は海外留学させることを決めたらしい。

 ……こんな細かい情報まで知っている雄大って……


「水城……本当にいいのか。この学校でなんの思い出も作れないまま、アメリカに行っちまっても」


 水城は何も答えず、下をうつむいていた。だが、水城の手元に本はない。


「お前が急にアメリカに行っちまったらよ、みんな悲しむぞ……」

「私がいなくなったところで、悲しむ人間なんてこの学校にはいない」

「いる! 俺はお前がいなくなったら悲しむ! いや、俺だけじゃない。今日部室ですごした椿や、美咲先輩もきっと悲しむ」

「そんなの嘘。どうせ私がいなくなったところで、教室の机が一つなくなった程度にしか思われない」


 今の水城の表情は、いつもの無表情の水城とは全く違い、どこか悲しげに見えた。


「周りが何も思わないのは、お前が自分でクラスメイトに歩み寄らないからじゃないのか?」

「私が歩み寄ったところで……どうせ」

「ふざけんなよ! 一度でいい、一度でいいから自分の力で、クラスメイトに歩み寄ってみろよ! きっと今とは違う景色を見ることができるはずだ!」

「二度……」


 水城は小声で一言つぶやいた。


「二度です。私は二度もクラスメイトに歩み寄ろうと思いました」

「高校のクラスメイト……か?」

「小学校の時に一回と中学校に時の計二回です」


 小学校と中学校の時……か。俺はもしかすると、大きな勘違いをしていたのかもしれない。今の水城を見て、昔の水城もこうじゃないかと。


「私は小学生の時、同じクラスの女子に話しかけました。返ってきた答えは『うざい』『近づくな』などの中傷的な台詞です。何度話しかけてもです。最終的には……無視をされるようになりました」


 俺は下をうつむくことしかできなかった。

 だってよ、こんな話をしている時の水城を見ちまったら、俺までもらい泣きしちまいそうで……


「中学の時も同じです。私は勇気を振り絞り、中学で初めて会った子に声をかけました。……ですが、小学校のころの同級生が悪いうわさを流すと、私に近寄る子はいなくなりました」


 水城……お前は強いよ。強いけど……


「私はこんな縛りから逃げるために、県外であるこの学校にきました。もう、他人なんて信じない。同じ過ちはもう二度と繰り返さない」

「……二度の。たった二度の失敗で、お前は諦めるのかよ!」

「見ず知らずのあなたにとっては、二度の失敗はたったと言えるのかもしれません。でも私にとって、この二回とゆう数字は重たいものなんですよ。数字にしてもわからない重みが、この二回には含まれているんですよ!」

 

 わかる、わかるよ水城。俺にもその数字の重みは、痛いほどわかる。だって……


「実はさ、俺も小学校の時、いじめられてたんだよ……」

「……えっ?」


 水城は今までにはない、新鮮な驚きを見せた。

 きっとこんな明るい人間がいじめられていたなんて、信じられないとか思っているのだろう。


「小学校の時さ、一回親の仕事の関係で転校することになってよ、俺は転校先でなじめなかったんだよ。みんな幾つかのコミュニティーを作っていて、入りづらかった。そしていつしか一人の俺を、みんなが罵倒し始めたよ。初めは軽いものだった。でも、だんだん、エスカレートしていって……」


 水城の顔を見ると、涙を流していた。俺に共感してくれたのか、仲間がいた事への同情なのかはわからない。


「俺は中学は地元の同級生が怖くて、県外の何もないような県の中学に行ったよ。ここから新しい自分を見つけるんだって。でも俺はその傍らでずっと思ってたんだ、逃げてない、逃げてないって」

「私も……思った。高校に来るとき、逃げてないって」

「水城、俺は今だから言える。地元を離れること、つまり周りが嫌で県外に行くのは逃げているわけじゃないって」

「じゃあ、なに。逃げてないって言うと、何になるの……」


 水城は今、過去を乗り越えようとしている。俺がかつて通った道を、水城も勇気を振り絞って渡ろうとしている。


「決断……いや、勇気だよ。地元から離れるなんて、そうそうできることじゃない。水城、お前はもっと自分を誇れ! 自分はこんなにも素晴らしい人間なのだと!」


 水城は顔を伏せ、話を聞いていた。

 だが俺にはわかる。俺の言葉が水城に届いていると。


「なあ、もう一度勇気を振り絞ってみようぜ。アメリカではなく、日本で! それも、ここ金聖で!」


 頼む、水城に届いてくれ! 水城の中学の時に凍ってしまった心を、溶かしてくれ!


「でも、やっぱり……」

「そうだよな、何年も悩んできたことだもんな、いきなりは無理だよな……」


 水城は何も答えず、うつむいている。

 どうすれば……どうすれば、水城の心の氷を溶かすことができるんだ。氷を……待てよ。氷を溶かすにはどうすればいい。……そうだ、熱だ。熱を使えば!


「水城、少しだけ付き合ってくれないか」


 水城は相変わらずうつむいている。


「水城、俺の顔を見ろ!」


 ゆっくり、ゆっくりだが水城は顔を上げた。


「俺を信じてくれ! 一度でいいんだ。一度だけ、一度だけ俺を信じてくれ」

「…………一度だけなら」

「よし! そうと決まったら、早速行くぞ」

「えっ!? どこに?」

「決まってるだろ! 翠静荘だよ!」


 俺はこの時、水城が翠静荘に来るから少し浮かれていたのかもしれない。だって、俺は忘れていたのだ。……ここが、女子寮だってことを。


「キャァァァー、男子がいるわぁぁぁぁー」


 唐突に女子の悲鳴が、女子寮内に響き渡る。


「やべ……ここ、女子寮だった……」


 俺はあろうことか、201号室正面のドアから外へ出てしまった。


「ど、どうするの?」


 水城が俺の背中につかまり、身を寄せながら聞いてきた。


「ちょっと我慢しろよ、水城」


 俺は再び201号室へと入った。

 外から階段を上り下りする音が、ドタバタと聞こえてくる。


「安心しろよ。お前の顔は、絶対に傷つけたりはしないから」

「えっ!? 何をする――」

「決まってるだろ。窓から、飛び降りるんだよ!」


 俺は水城を優しく抱え、201号室窓から飛び降りた。


「ちょっと待って、ここ二階ぃぃぃぃぃ」


 窓から地面までは、大きな木が生えているので衝撃とかも吸収され、痛みはほとんどなく、着地することに成功した。


「行くぞ、水城!」


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