存続のために!
金聖高校から徒歩三十分ほど歩くと金聖高校の寮、翠静荘がある。
金聖高校には二つの寮がある。一つは翠静荘。そしてもう一つが、学校の敷地の目の前にある、金聖荘だ。金聖荘は大きく分けて二つの施設により、構成されている。四階建てのでかい建物が男子寮。そして三階建ての建物が女子寮。この二つをあわせて、金聖荘と呼ばれている。
金聖高校は有名な進学校で、全国から生徒が来る。そして全国からきた生徒は大抵金聖荘に入る。理由は当然近いからである。学校から遠く離れている翠静荘には、俺を合わせても、二人しかいない。
何の利点もないかと思われる、翠静荘にも幾つかの利点がある。
一つは家賃が安い。
学校から近い金聖荘の約三分の一の家賃で、翠静荘には住むことができる。金聖荘は家賃が高い代わりに、食事付き身の回りの世話をするお手伝いさんがいるなど、たくさんの便利要素が存在する。
そして翠静荘の最も大きい利点は、金聖荘と比べて自由だとゆうところだ。
金聖荘に住む生徒には、七時までに帰宅とゆう門限が存在する。部活に所属する者は例外だが。この門限により、金聖荘の住む生徒の自由はおおきく縛られている。
しかし翠静荘にはそういった門限は一切存在しない。
経済的に苦しい俺にしてみれば、平日も自由にバイトができる翠静荘はものすごく都合がよいのだ。
「ねえ、竜君……、本当にあの条件で」
「言うな……」
学校からの帰り道、俺と椿は校長から出された条件に悩まされていた。普段俺と椿は一緒には帰らないが、今日は偶然一緒に呼ばれたのでそのまま一緒に帰ったのだ。
「でも……さ」
「わかってる……わかってるよ」
ハァ~、校長が出した条件。それは…………。
『君たちが集める寮生は全て女子! 男子の入寮は一切認めない!』
『……って、なんでですか!?』
『君も知っていると思うが、翠静荘の寮長は去年で辞め、今年新しい寮長が来た。君たちは知らないと思うが、新しい寮長が大の男嫌いでな』
『……まさか、それで女子だけと?』
『そうだ。彼女は一人だけなら男子は大丈夫と言っているが、二人目からは殺しかねん、と言っている。我が校に死者を出すわけにはいかんからな』
…………。
俺たちは三十分とゆう長い道のりを歩き、翠静荘に到着した。玄関のすぐ目の前のドアを開けると、そこにはダイニングとキッチンが広がっている。ダイニングの右側にあるドアは、洗面所と風呂につながっている。
「じゃあ、俺は部屋に戻るわ」
「待って!」
階段を上ろうとした俺を、椿が呼び止めた。
俺は足を止め、振り返る。
「夕飯当番、忘れないでね」
「カップラーメンでいいか?」
正直言って、今日はあまり料理を作る気分ではない。いつもなら、俺の当番の時料理を作るのだが、さすがに今日は早く食って早く寝たい。
「ダメ! カレーがいい」
「シチューじゃダメか?」
「ダメ! カレーじゃないと」
俺は一度キッチンまで戻り、冷蔵庫の中をのぞいた。
ハァ~、食材は全て揃っているが、確かカレーのルーがなかったような気がする。
さすがに今から買い物には行きたくないし……
たく、カレーとシチューじゃあたいして変わらんだろ……
「なぁ、やっぱりシチューじゃダメか?」
「カレーじゃないとダメ」
「それじゃあ、カレーのルーの代わりに、シチューのルーを入れたカレーでもいいか?」
「それ、もはやシチューかも。はいはい、食材がないなら買い出しに行った、行った」
半ば強引に、俺は翠静荘から追い出された。
カレー……か。確かここに来た時、初めて食べたのもカレーだったな。
買い出しを終え、翠静荘に戻ると椿がダイニングでテレビを見ていた。はっきし言って、椿が一人でテレビを見ているのは珍しい。いつもは飯を食うときに、俺と一緒にそのままテレビを観るので、椿が一人でテレビを見ることなど一切ない。
椿も相当ショックを受けているみたいだ。早く五人集めて、椿を元気にしてやらねえとな。
俺は部屋に戻り、着替えを済ませてすぐにカレーを作った。
今は椿と一緒にいよう。それで……落ち着いてから一緒に考えればいいさ。
「手伝ってあげる」
そう言い、椿は皿に盛ってあるカレーを運んだ。
五十分程度の時間で、全ての料理が作り終わった。机の上には、サラダ、漬物、水、カレーが並んでいる。我ながら上出来だ。
俺たちは夕飯を食べ終えると、無言でテレビで夢中になっていた。
……なにか、なにか話さなくてわ、と思ってはいるが、何を話せばよいかがわからない。だから俺は、無言になるしかなかった。
そして、俺が食器を全て片付け、席についた時だった。
「うじうじするのはもうやめようよ!」
急に椿が立ち上がった。
「お、おう」
「私たちが頑張らなきゃ、翠静荘はなくなっちゃう。だったら、私たちが落ち込んでちゃだダメだよ!」
俺はなにか勘違いをしていたみたいだ。椿は翠静荘が廃寮になると聞いて、数日くらい立ち直れないくらい、落ち込むと思った。でもそんな心配は無用だったみたいだ。椿は俺が心配するほど、弱い人間ではない。むしろ、俺よりもやる気だ。
「そうだな! ここは俺たちの家だ。家をみすみす取り壊されるなんてゴメンだぜ!」
「私たちの家を守るために、今日から活動開始だよ!」
「おおぉぉぉぉー……と、ノリ気になってみるが、なにかいいアイデアでもあるのか?」
椿は得意げに笑った。
「私にいいアイデアがあるの」
椿がアイデア(?)を語り始めて早30分。
椿が語っているのはなぜか、そこらへんに溢れていそうな冒険もののRPGのようなストーリーだった。
勇者なんちゃらが、魔王なんちゃらを倒すまでの物語を椿は語っている。
なんでそれが翠静荘と関係があるの? とみなさんは思われてることでしょう。
しかしそれは俺も聞きたいことなんだ。
実は俺にもこの話しと翠静荘の関係性が見いだせない。つうか、はっきり言って無関係だろ。適当に語ってるだけじゃないのか?
「どう? いいアイデアでしょ?」
語り終わった椿は、息を荒らしながら俺に聞いてくる。
椿の話しは実に長く、一時間は続いた。
「…………、これをどうするんだ?」
「明日の昼食時に、これを短くカットしたものを全校放送するの。そうすれば、みんな翠静荘に入るわよ、きっと」
「そうかそうか、それはナイスアイデアだな! ハッハッハッハッハッ」
椿は得意げにうん、うん、とうなずく。
「……て、んなわけあるか! なんだよ、今の話し。翠静荘とまったく関係ないだろ!」
「あるわよ、関係大アリよ! いい、高校生にとってファンタジーは永遠の憧れなの。人として生まれたからには、ファンタジー世界を夢見るもの!」
「夢見ねえよ! 高校生全員ファンタジー好きだったら、逆に怖いわ! ギネスにのっちまうわ! それになんだよ、勇者ディスティニーって。椿さん、あんたのネーミングセンスは、中二以下ですか?」
俺の話しを聞いてわかると思うが、椿の話しの中で出てきた勇者の名前がディスティニーとゆう名前だった。はっきり言ってこれはないだろ。
この名前が出たときに一回、吹いちまったじゃねえか……
「いいわよ、じゃあ勇者の名前は竜也にしてあげるわよ。どう、これで満足? 勇者竜也どの!」
椿は先ほどとは、比べ物にならないくらい怒り口調だった。どうやら、相当ディスティニーとゆう名を気に入っているらしい。
「満足なわけないだろ! 自分が主人公になっている小説なんて、読みたくないわ!恥
ずかしすぎるだろ!」
そして今日は、こんなたわいもない口論で終わってしまった。