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さよならはかんたんに

 「おう!」

 おいおい、そんな気安く声かけられても・・・。


 人口3,000人。川がきらきら流れ、温泉がいくつか。町にはレストランが2件、ラーメン屋が2件、コンビニが1件。隣の隣の隣の家の事ぐらいは簡単にわかる、町人以外の顔はわかる。


 父親は家ではあまりしゃべらないが、PTA会長や、商工会役員などは好んで引き受ける。酒は好きだがめっぽう弱く、仕事が趣味のような人間だ。たまにしゃべることといえば、笑えない駄洒落だ。

 母は、名古屋から嫁いできた。一度は田舎具合にうんざりして結婚を断ったみたいだが、父の泣き落としに根負けして結婚したらしい。ヒステリックでよく怒る。ボクは成績も優秀で素行も良かったので(そう見せるのが巧いだけで)あまりないが、弟はとにかく怒られた。弟を車に乗せて裏の川から捨てると言ったときはさすがのボクも泣いて許してやってと頼んだ。そんな母は子育てこそが生き甲斐だ。特にボクをいい子に育てる事が母の生き甲斐となっているといっても過言ではないような。

 祖父は今でこそ趣味がガーデニングとぬり絵とかわいらしいが、昔は町会議員も勤めていたらしく、厳格だったみたいだ。聞いた話によると外面はいいが実は性格があまりよくないみたいだ。いまからは想像もつかないのだが。

 祖母はもう他界して居ないのだが、幼いボクから見ても意地悪な人だった(そう記憶してるだけかも)。特に母と弟にはキツくあたり、父と長男のボクには優しい。ボクはよく母と弟をかばった発言や行動をしたものだ。

 弟はとにかく不器用だ。根はいいやつなのだが、とにかく家族からは怒られる。祖母には兄と比べて怒られ、母とはウマが合わないのかちょっとした事で衝突をする。運動神経は抜群で、中学時代にテニスの全国大会に出場した程だ。そんな弟がボクはかわいくて大好きだ。

 ボクはといえば小中と生徒会の会長を勤め、高校ではバスケでIH出場し、推薦まできたほどだ。家族の事が大好きで、家族の関係を円滑にまとめる役割だと勝手に決めていた(みんなが頼ってくるから)。母親がボクに両手じゃ抱えきれないほどの愛情を注いだせいか、母親を祖母からかばうこと、母親が恥ずかしい思いをしないようにすること。それがボクの最低条件になっていた。そのためにボクは“いい子”でいるように(見えるように)していた。

 そんなどこにでもある町の、どこにでもある家族で、ボクは生まれ育った。


 大学は地元長野から離れ、はるばる東京まで出てきた。109の看板。東京タワー。雷門。竹下通り。芸能人にネオンサイン。毎日が海外旅行にでも来てる気分だった。仕送りも月20万。家賃を払って、小遣いまで。大学には週3日しか行かず、ほとんどが麻雀とTVゲーム。バイトも転々とし月5万程度。いい子でいることがボクの条件なので、報告だけはキッチリと。金がなくなれば親にうまい事言って送ってもらい、右から左。母が無理をしているとも知らず。

 だらだらと4年間が過ぎ、もちろんろくな就職にも就けず今にも潰れそうな広告代理店に。

 そんなもんだから、仕事をしてもそれなりにしかならず。

 

 そんなある日。母からの電話が。「父が2店舗目を考えているみたい」


 正直迷った。今の生活が自分のしたい事かと言えば疑問はある。しかし、地元の田舎に帰って仕事をするのもこれまた違うような。

 悩んだ。

 来る日も来る日も悩んだ。


 その結果、帰る事を決めた。親のため、家族の為と思い。


 帰ってからは、二代目にふさわしくなるように父の元修行した。仕入れから仕込み。握り方、ネタの切り方。地元のお客様とのコミュニケーションの取り方まで。両親の期待にそわないといけない、若いからとなめられてはダメだという思いもあった。だから必要以上に背伸びをし、自分じゃない自分になりきった。1年間で。「二代目」という名前だけが成長した。


 店が川を挟んで向かいにオープンしたのは桜がきれいな3月末だった。


 いい子でいることが得意なボクはいい二代目になりきり、いい店を目指した。店も軌道に乗りお客様もついてくれるようになった。2人の従業員との関係は微妙だが。両親が思い描く息子になる事がいい二代目になることと信じていた。その時までは。

 蝉が鳴き、ひまわりが顔を上げる頃、大学の友人から1本の電話が。「盆休みに開店祝いもかねて遊びに行くから」と。


 久しぶりに遊んだ。友人の顔を見ると、21歳に戻った。気分も声も顔つきも。すべてが自分だった。

 仕事には誇りを持っているし、父の仕事に対する姿勢や、母の人当たりの良さは尊敬するし、目指す所だ。しかし、いまこうして友人と遊んでいる時の自分こそが自分であって、地元に帰ってきてからの自分は自分ではなくジブンだった。はっきり言える。今の自分は自分らしくない。


 そう思うようになった。彼岸花が咲き始める頃、彼に声をかけられた。


 「おう!」


 やけに気安く、幼なじみのような声で。


 薄暗く、重い。何をしていても隣にいる。

寝ようと思っていても寝させてくれない。

疲れていてもおかまいなし。


 鬱だ。


 ボクは「自分らしい」と「両親の思う理想の息子」の間で苦しんだ。

だからといって今の仕事や環境が嫌って訳じゃない。

両親の事が嫌いでもない。でも自分とは違う。

自分らしいって・・・。

現実逃避?

自己嫌悪?

遊びたいだけ?

わがまま?

単なる甘え?

 様々な思いが鬱を掻き立てる。

彼もテンションをあげてボクに話しかける。四六時中。


 ボクは仕事を1週間休んだ。好きな事をした。

したおした。バスケ、釣り、大学時代の友人も訪ね遊んだ。

車で寝たり、友人宅でお世話になったり。弟とも話した。


 そして。両親に今までの事、自分が考えている事、自分が思い描く寿司屋のこと、今の自分が両親の為に演じてた自分だという事もすべてを話した。

 話だすと止まらなくなった。言葉も涙も。

 話す事がなくなったとき、彼は一言つぶやいた。


 「じゃあ。」



 ボクの場合は結局、両親からの自立であり、いい子じゃないありのままを知ってほしい、ありのままの自分でいたいという事だったのかもしれません。いまは自分でありながら父と母の意見を取り入れていい寿司屋を家族で目指しています。その分、前よりケンカも多いですが。よく考えると、遅い思春期みたいに思えます。

 しかし、彼はすぐ近くにいるものです。普通の家庭に育った、ごくごく普通のボクの隣にもいたのですから。

 彼との付き合い方、彼との別れ方にはいろいろありますが、大切なのは自分の周りの人です。

 両親、兄弟、彼女、友達、職場・・・。かならず、誰かのお世話になりながら、誰かと一緒に生きているのです。彼に出会って、1人で生きてはいけないことを教えてもらいました。

 彼に出会った人はもちろん、まだ出会っていない人も。

 自分の周りにいる人は自分にとってかけがえのない存在ですし、本当に大切な人たちばかりです。

ありがとう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字発見。 「父の元修行」 はい違います。 「父の下(もと)修行」です。 下ですよ、下!
[一言] 興味深く読ませていただきました。たぶん実経験に基づいた小説だと思うんですが、主人公の胸の内が読み手の私にまで伝わって、静かな感動を覚えました。 細かい表現は、まだまだ練り上げられていない感は…
[一言]  誰かの顔色を伺い他人色に染まろうとする、そして安全でいようとする主人公に共感を持ちました。ラストは主人公の心の成長を感じて、とても爽やかな気分になりました。  ただ、自分語り設定説明に偏り…
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