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彩彩年年  作者: K+
9/12

銀鼠の景物

 追い出されたのは、十三歳になってひと月もしない日だった。

『飽きた故、後は一人で何とかしろ』

 槍駕(やりが)はあっさり言ってのけると、琉志央(るしおう)の前で、羽虫を払うように手を一振りした。いつも通り、拒否も抗議も一切受け付けぬ、冷ややかな空気。取り付く島があろう筈もなかった。

 私物など無きに等しかったが、少しの着替えだけ大判の布にくるんだ。抱えて部屋を出ると、通りかかった槍駕に、まだ居たのか、と不機嫌そうに言われた挙句、包みを取り上げられた。仕方なく、ほぼ身一つで屋敷を後にした。妹弟子に挨拶する間も無かった。

 取り立てて予兆も無く、いきなりのことだったから、その日はどうすれば良いのかさっぱりだった。

 持っていた瞬間移動の指輪は五つだったが、即に(つい)の輪を処分されたようで、夜にはもう槍駕の屋敷へ戻る指輪が消えて失くなっていた。最初の夜は、一番近場の、東の国境近くの都市で明かした。一文無しだったので、公園の木陰でまんじりともしなかった。

 時間が経つ毎に空腹感に苛まれた。翌日、食べ物を求めて街中を歩き回ったものの、ゴミを漁るしか無さそうな状況だった。

 このまま体力が落ちてしまうと、術力を操れなくなってしまう。

 そのことにも危機感をいだいた琉志央は、使えるうちに術力行使に踏み切った。夜半、一人で街路を歩いていた恰幅のいい中年男に、暗示をかけた。いいと言うまで眠れ、と。

 眠りこけた男の懐には、三種の貨幣が入った財布があった。銀貨、白銅貨、銅貨。琉志央は金銭を持ち歩いた経験が少なく、それぞれの貨幣の価値をよく判っていなかった。取り敢えず銀貨は随分といいらしいと知っていたから、一枚だけあったそれを抜き取った。

 離れた物陰から、いい、と囁いて男を起こし、琉志央は通りを走って花街へ逃げ込んだ。

 適当な店に入ると一年ほど前と同じように小間使いと間違えられたので、これ又一年前と同じように、今度は食事も用意させて部屋に入った。

 やはり去年同様、ここの女も目を丸めた。琉志央は速やかに、再び暗示を使った。朝まで眠れ、と。

 眠った女を寝台の端に転がして、琉志央は殆ど二日ぶりの食べ物を夢中でかっ込んだ。おかわりを三度注文し、なんとか人心地ついた。

 用意されていた水桶で口や身体をすすいですっきりすると、寝台の空いた場所に横たわって今後の生活を考えた。

 決定に、時間はかからなかった。

 これも恐らく、魔術師しかしないようなことだ。

 判っていたが、自分には魔術しか無い。とにかく、急に放り出され、飢えと寝床の無い惨めさから逃れたかった。そして何より、この稼ぎ方は楽だ。

 髪を撫でる温かい感触が、胸の奥で痛みと共に蘇った。だが、瞼を閉じ、歯を噛み締めて記憶に蓋をした。

 琉志央は、暗示コソ泥となった。



 その都市で半月ばかり盗んでは使い切る暮らしをした後、琉志央は移動と貯蓄の必要を感じだした。

 収入を得る先には怪しまれてさえいなかったが、支出する先に危ぶまれ始めたのだ。

 いくら魔術師という免罪符のような肩書があっても、街や都市を相手に、そうは好き放題にできない。

 花街の連中は琉志央の出す金を、いずれろくでもない手法で得たモノだと判っていながら受け取っていたが、毎日吐き出されれば出所が気になったらしい。店の一人が、ソレを進言してきた。

『若旦那はそのぅ、えらく上得意様なんですが、このお代は、この都市でお稼ぎですかね?』

 何故そんなことを訊くのかと尋ね返したら、そいつは簡単に事情を説明した。『つまり、わたし共としましては、ここから遠くの金銀を、こちらで落としていただけたなら、ひと安心でして』

 そんなヘマをするつもりはなかったが、万が一、被害者の盗まれた金と琉志央が店で使った金が同一と判明すれば、店は被害者に金を回収される可能性があるということだ。

 首肯して、琉志央はその日暮らしを改めることにした。

 渡り歩き、それなりに苦労や不快があったが、一年後にはひと財産を築き上げていた。

 その頃には背が伸びてきていて、声も低まり、あからさまに子供扱いはされなくなっていた。親の遺産と遺言だと偽れば、魔術師と隠したままで、サージソート西の郊外に土地を買い、小さな家を建てることができた。

 独り住まいで、知り合いもおらず、客も来ないのに。何となく、食卓にはぐるりと四つの椅子を置いた。



 宵闇迫る時刻、琉志央はロマ公国に現れた。

 瞬間移動の対の輪は全て、最初に置いていた場所からだいぶ移している。

 古物屋の裏手の暗い袋小路で、琉志央は指輪を抜いた。他の指輪と一緒の鎖に通す。六つに増えた指輪の一つが、鈍く赤い光を明滅させていた。

 リィリは雨か。

 大陸中央の共和国は森に囲まれている。その隅に対の輪を置いたから、人や動物の存在に光ることは稀だが、雨はしばしば知らせてくる。

 そういや、そろそろ雨季だっけ。ここも降ってるのかな。

 そうだとしても、地底の乾燥した岩肌に囲まれたこの場所では、俄かには判らない。ロマはいつも薄暗いが、雨に濡らされないのはいい点だった。

 仕立てたばかりの短衣の裾を整えると、琉志央は街路を花街へ向けて歩き出した。

 このところ、何となく思い立って動くことが多い。今宵もそうだ。

 ようやく家を得て、金もある。気儘になったのだろう。

 数日前、新しい家で寝台に寝転がり、温かげな木の天井を見上げ、琉志央は記憶の蓋を開けた。

 それで、何となく。

 うろ覚えだったが、外観の好みで入った店だったから判った。

 二年前より腹が出て頭髪は後退した店員の男が、いらっしゃいませ、と横手から出て来た。琉志央を忘れているようだ。

「前に来たズーク・エスト、覚えてるか」

 琉志央が薄く笑って見せると、店員は瞠目して数歩後ずさった。

「ひぁ――は、はい、はいっ、又、御立派になられ――」

「あの時の女を」

 金貨を一枚示すと、店員は貨幣の色に大きく口を開けた。それから何度も開閉する。

「あのっ、あの時っ、えぇ、あの時ですか、えー、あの時」

 目を白黒させているのを見て、琉志央は眉をひそめた。

「居ないのか。茶の髪に青い目」

「あーっ! はい、おりますおりますおります」

 店員は、今度は両手を上下に振った。以前よりも物腰が雑に思える。時の流れで退化したのか。

 どうやら、どの女をあてがったかも忘れていたらしい。そんなもんか、と納得して苦笑する琉志央に、店員は複雑そうに媚びた笑みを浮かべた。

「一応おりますが、あの者は、もういい歳でして……そろそろ針子にでも下らせようかと……その色の者は他にもおりますから、御希望でしたら数人を……」

「居るなら、あの時の女一人でいい」

 辛抱強く琉志央は告げたが、指先に術力を集めた。「操られたくなければ、これ以上、余計なことをするな」

 眩く光る指に店員はぴたりと喋るのをやめると、かくかく頷いて手配に移った。



 女の方は、琉志央を覚えていたようだった。

 憎き魔術師の肩書を名乗った上、ただ泣いて帰って行った子供だ、印象にも残っていたのだろう。

 琉志央はあの日の記憶が何故かしら甘く染みるモノとして胸に宿っていたが、女はそれほどでもなかったことが判った。部屋に入って来た琉志央に、顔を強張らせたからだ。

 いらっしゃいまし、と言ったものの、女は長椅子に腰を下ろしたまま、胡乱な目を向けてくる。あの日、目を逸らせないほどにきらきらとしていた海色の双眸は、今や淀みかけていた。顔のくすみが遠目にも見て取れる。

 明らかに疲れ、落ちぶれた様子だった。

 寝台の脇に置かれた椅子を一脚手にすると、琉志央は適当な所に置き直して座った。そこから黙って眺めていると、女はゆるりと卓上の茶器へ目を動かした。

「何か飲みますカ……?」

「緑茶を」

 はいな、と女は支度をし、気だるげに湯呑へ茶を注いだ。湯気の上る陶器を受け取り、琉志央は口を付けずに香を吸う。女は斜め前に佇んだまま言った。

「綺麗におなりだね」

 目だけ向けると、見下ろしてくる女の眼差しと合う。凪いでいる。

「最近、やっと自由にできる金がある」

「……それで来たの……?」

「何となく、思い出したんだ」

 熱い湯呑から手を放し、術力で卓へ置く。「家で寝ていたら、何となく」

 静かに卓上に降りた湯呑を目で追って、女はふっと笑った。

「魔術師にも家があるんだねぇ」

「この前、建てたから」

「何処に」

「……故郷の近く」

 本当は、建てるつもりは無かった。

 村の中、生まれ育った家を求め、八年ぶりに辿り着いてみれば、そこは更地になっていた。食中毒で二人も死んだ空き家を、そのまま残しておくわけにもいかなかったのだろう。

 上に新しく建てる気にはなれなかった。魔術師として得た金では。

「坊は若そうなのに、まるで隠居だ」

 喉を鳴らして女は長椅子に戻る。背もたれにしなだれるのを見ながら、そうかもしれない、と琉志央は呟くように応じた。

 過度な贅沢を避ければ、恐らくもう盗みをしなくても、蓄えだけで生きていけそうだった。

 成人前だのに。魔術師の過去をひた隠し、独り死んでいく己を楽に想像できる。それは、薄暗い灰色の絵。ロマの片隅で、(まさ)しく今眼前の女が醸しているような色彩。

 俺達、何の為に生きてるんだろうな。

 不意に息苦しくなって、琉志央は立ち上がった。卓上に置いた湯呑を手にする。一口含むと視線を感じて目をやった。波に呑み込まれた錯覚に陥る。

 そのまま堕ちていくには、流石に若過ぎたのかもしれない。

 喉の奥から声が出た。

「なぁ……俺んチ、来ねぇ?」

 しばらく女は息さえ止めていたようだったが、やがて憐れむように笑んだ。

「あちき、近く身受けしてもらえるのさ」

「……そか」

 嘘と判っていたが、琉志央は食い下がらなかった。

 女の憐憫が、琉志央にではなく彼女自身に向いていたから。

 だから、他の男は坊が最後だと言われて、女に身を任せた。

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