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彩彩年年  作者: K+
6/12

嘆きの景色 (後)

 以後、予魅(よみ)は驚異的な魔術の吸収力を見せた。古語の物覚えの悪さは何だったのかと思う程だった。

 初めは琉志央(るしおう)と予魅を同時に相手取ってせせら笑っていた槍駕(やりが)は、ふた月もすると笑わなくなった。次第に弟子は、二人揃った状態で地下へ引き立てられなくなった。

 しごきの時間は減っていったが、代わりに〝仕事〟の手伝いを強いられるようになった。

 瞬間移動術には応用術式があり、移動先に置いた(つい)の輪から遠見(とおみ)が可能なのだ。槍駕はその遠見でもって攫う相手を探していた。

 琉志央がやらされたのは、その〝目〟となる対の輪を、大陸の各地に配置することだった。そして予魅がやらされたのは、増えた指輪の整理だった。遠見先で速やかに〝仕事〟をするには、その輪が何処に置かれた物か判っていないといけない。

 ありえない数の輪を所持するようになった槍駕を、予魅は琉志央が指輪と共に場所を伝えに行く度、罵倒した。

「いい加減にしろっ、くそジジイ」

 新しい指輪を睨みつけてから、予魅はこちらを情けない顔で見やった。「もう思いつくだけ目印使ってるよ、これ以上どうすればいいの」

 仕切りがたくさんついた箱の中には、色水や様々な色の糸で区別のつけられた指輪が、一つずつ標本のように並んで入っている。

 琉志央は肩をすくめて見せた。

「光の術力で刻印でも付けたらどうかな」

「無理。あたしは光範囲が苦手だし、ジジイの闇は強過ぎる。刻印なんて無理」

 槍駕は闇範囲の魔術を得意としている。闇魔術の使い過ぎは術者としての寿命を縮めると書物にあったが、槍駕は六十近い歳で平然と闇魔術を多用していた。

 琉志央は槍駕が闇魔術ばかりに頼るので、光範囲の防御魔術から会得していった。今でも、どちらかといえば、光魔術の方が巧く術力を出せる。

 予魅の代わりに刻印を試してやってもよかったが、槍駕は弟子の結託を好ましく思っていないようだ。予魅が琉志央に持ちかけている話に、薄々勘付いているのだろう。

 二人がかりなら、槍駕を倒すか、出し抜いて、ここから逃げ出せるんじゃないか。

 揃って地下へ連行されなくなってすぐに、予魅がそんなことを言い出したのだ。

 あながち非現実的な話でもない。槍駕の術力は明らかに琉志央や予魅より高かったが、二人が術力を足せば遙かに越えられそうだった。ただ、琉志央は予魅を完全には信頼できなかったから、話を煮詰める段階には至っていなかった。

 指輪の件をそれぞれ命じられたし、思い出したようにどちらかが地下での拷問じみた時間の被害者になったので、弟子同士が接触するのは輪の受け渡しの時くらいとなっていた。

 予魅が指先でつまんでいる無印の指輪を見て、琉志央は苦笑した。

「色水で場所をそのまま書くしかないかもな」

「こんな小さい物に字なんか書けない!」

 机上に輪を放って、予魅は頭に両手を当てた。

 琉志央はもう相手をせず、部屋の入口に向かう。長居は槍駕の猜疑を煽るだけだ。

「あぁー、この箱引っくり返して、全部ばらっばらにしてやりたい!」

 背後でそう喚く声がするや、ぱんっ、と破裂音が起こる。振り返ると、予魅の近くにあった陶器の水差しが粉々になっていた。腹立ちまぎれに術力を放ったようだ。

 琉志央は廊下へ出て息をつく。

 屋敷やその地下に居る時は生き抜くことに必死で、あまり余計なことを考えなかった。

 この頃、大陸の国々を歩き回るようになり、ちらほらと外の連中の生活を目にするようになった。とりわけ同い年の子供を見ると、琉志央はわけもなく自分が恐ろしくなる。

 オレは何をしてるんだろう……

 子供は、やがて大人になって、まともな仕事をして、家庭を持ち、家族と食卓を囲むのだろうに。

 オレは、どうなるのか……

 廊下の床を見ながら自室へ歩いていると、ラズリ、と声がかかった。目を上げると、槍駕が酷薄な笑みを浮かべて立っていた。地下へ連れて行く時の顔に、琉志央は背筋が冷える。

「我はペイズと遊んでくる。おぬしも二、三日好きにするといい」

 光範囲の魔術が不得手な予魅は、防御が琉志央より甘い。自然、槍駕の悪趣味に付き合わされるのは彼女の方が多くなっていた。

 槍駕が予魅の部屋へと向かい、琉志央は強張っていた首をゆっくりと左右に振る。

 二日をどう過ごすか……魔術師が扱える術はもう粗方覚えているから、もっと精度を高めるか。それとも、胸の奥のやる方ない憂さを晴らしに外へ行くか。

 長袴の隠しに両手を突っ込むと、右の指先に木の感触があった。軽くなぞり、琉志央は後者で二日間を過ごすことにした。

 多少やけっぱちな気分だ。行き先として一瞬、皇領が浮かぶ。

 面倒が多いとかで、槍駕は皇領内にだけは輪の配置を指示してこない。他の地理には比較的詳しくなった琉志央も、皇領三地区だけは未知の地だった。だから、些少の興味がある。

 ただ、皇領三地区の国境周辺は、いずれもとても奇妙で嫌な気配があるのだ。直感的に、やめておいた方がいい、と思える何かの気配。

 琉志央は皇領を意識から追いやった。思いつきだけで向かうのは拙そうだ。

 もっと危なげない冒険にしよう。

 箪笥の奥に隠していた銀貨を握り締め、少年魔術師はロマ公国へ瞬間移動した。



 ロマ公国の中心は砂漠の地下にある。

 空を拝めるのは都市や村々を繋ぐ公道に上がった時のみで、隣同士の村に繋がる道などは、そのまま地下にあるのが普通だ。

 天を仰げば遥か高く、洞穴の黒い岩肌がおぼろに見える。昼なお薄暗い街道を進むと、贅沢に、地上の日中のごとき灯りを掲げる朱塗りの門が見えてくる。琉志央はその、花街の門をくぐった。

 もうみ月ほどで琉志央は十二になる。単に術力のある術者風情とは段違いの魔術師になったが、見かけはまだまだ子供だ。

 門脇のやぐらに居る男がちらりとこちらを見たが、何も言わない。門前で追い返されたのかと槍駕が嗤ったのは何処の話か。

 無秩序なざわめきに紛れ、遠く弦楽の音が聞こえる。昼下がりとはいえ天の暗い街を歩いているのは、だらしない顔つきの男が多かった。通りの両端には、色とりどりの淡い灯りを吊るす軒が並んでいる。たまに、通りの端に、青白く生気の無い顔の女が佇んでいた。

 しばし通りを真っ直ぐ進んで、琉志央は落ち着いた玄関構えの一軒に入ってみた。途端、おい、と声を投げつけられた。入ってすぐ横手の扉の無い小部屋に、目つきの悪い男が編み椅子に足を組んで座っている。

「表から来る使いがあるか、躾がなってないな。何処の新入りだ、裏にまわらんか」

 あぁ、これか。

 声がかかった時点で結界を張っていたが、琉志央は指先で素早く宙に(いん)も描いておく。訝しむ目を男がして、琉志央は相手が術者でないと察した。

 男が座す傍の小卓に茶道具が一式並んでいたので、琉志央はその湯呑の一つを眼力で破壊した。

 声を呑んだ男に、琉志央は笑んでみる。

「オレは客だ」


 銀貨を見せると、びくついていた男は少しばかり店員としての物腰に変化した。女の希望を訊かれたので髪と瞳の色を告げると、当店にはその色の者でお値段に相応しい者がおりません、と丁寧な謝罪と共に返ってきた。

 足りないのかと問うたら逆だと慌てたように言う。じゃあ釣りを出せと言うのも変な気がしたから、それで構わない、と琉志央は手配を促した。

 しばらくして、階上の最奥の部屋に案内された。どうぞごゆっくり、と一礼すると男は廊下を去って行く。

 魔術師もなかなか悪くないじゃないか。

 琉志央は口の端を上げて部屋に入った。

 灯りが幾つも置かれた広い室内の、格子窓の傍に布張りの長椅子があった。それに浅く腰かけた女が、きょとんとした顔をした。

「いらっしゃい……まし」

 男に詳しく言わなかったのに、女の髪の柔らかな茶色と目の海色は本当の母親とよく似ていた。年の頃も、記憶に残る母親に近いようだった。

 迷子じゃないと説明しかけたが、琉志央は黙って顎を引く。

 漠然とした印象しか持っていないから、これからどうすればいいのかよく判らない。

 部屋の中程にある大きな寝台の上で、女を抱き締めればいいのか。

 それだけのことに金をとるなんて随分いい商売だ。

 閉めた扉の前で立ち尽くしていた琉志央に、女がほんのりと微笑んだ。

「お早いフデオロシだねぇ」

 琉志央は目を眇め、ちょっと首を傾げる。言葉の意味が解らず、湧いた焦りに、やや苛立った。目の端に映った小さな座布団に光弾を放つ。ぼんっと音が起こって室内に羽毛が舞った。

 女は短く悲鳴をあげ、座布団のあった場所と琉志央を交互に見た。長椅子の背に縋る。

「ま、魔術師――?」

「そう」

 琉志央が口角を上げると、女は目に見えて顔から血の気が引いた。

「今頃、又、魔術師が何の用なの」

 震える声での問いかけに、琉志央は寝台の隅に腰を下ろすと片膝を抱いた。自分でも判らないまま答える。

「抱きに来たのかな……?」

 瞬間、女の顔色が今度は朱になった。がっと手にした座布団を投げつけてくる。条件反射的に琉志央は粉砕した。なんなんだと問う間も無く、羽が舞う先で、女が泣き喚いた。

「何処まで人の人生踏みにじれば気が済むんだ、人でなしっ。あんたみたいなガキの相手なんて誰がするもんか! 魔術師なんてこの世から消えればいいのに――消えちまえっ!」

 琉志央は茫然と目に映していた。白や茶や黒の羽が、ひらひらと床に落ちるのを。怒りに荒れる海の双眸から、はらはらと雫がこぼれ落ちるのを。

 なってしまった自分は、忘れてしまっていた。魔術師がどう思われているかなんて、昔から知っていた筈なのに。

 平気で殺し、壊す。そして、他人の人生を踏みにじる存在なのだ。

 けどオレは――どうすりゃ良かったんだ。

 琉志央は髪をかき上げ、立ち上がった。黙って部屋を出る。

 階下に降りると、先程の男が不安げに眉を寄せて近寄って来た。

「あの者はお気に召しませんでしたか」

「……魔術師、嫌いらしい」

 男は頬を引きつらせた。

「そっ、それは――大変申し訳ございません。お客様としてズーク・エストにはあまりお越しいただけずにおりましたもので――あの者には、よくよく言い聞かせますので――」

「いいよ、そんなことしないで」

 口早に琉志央は遮った。〝言い聞かせる〟とは折檻かとよぎったのだ。「部屋に戻る。別に気にしてないから、余計なことしなくていい」

 急いで踵を返すと、琉志央は階上に引き返す。女に合わせる顔が無かったが、他にどうしようもなくて部屋に入った。

 女はそのままの場所で、ぼんやりと肩を落としていた。ふうっとこちらを見ると、目を見張る。そうして、力無く笑った。

「魔術師なじって、ただで済むわけないよねぇ」

 琉志央は無言で寝台に腰かけた。立てた片膝に顎を乗せる。何か言うべきかさえも判らない。

 オレは必死に生きて、生きて……

 このまま、こうして、誰からも厭われ、疎まれる存在になるのか――

 女が、不思議そうに、ぽつりと言った。

「殺しに戻ったのかと思ったのに……」

 ふらりと女が近づいて来た。細い指で、そっと目元を拭ってくる。「泣きたいのはあちきだってのに、何で、あんたが泣くんだろう」

 言われて、自分が泣いていると気づいた。

 うろたえて己が膝に顔をうずめると、女が隣に座った。髪に、ふわりと優しい感触が降りる。

 何故か、泣いていいと言われた気がした。

「らしくない魔術師なんだねぇ」

 声を殺して泣く琉志央の頭を、女はしばらく撫で続けた。

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