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彩彩年年  作者: K+
5/12

嘆きの景色 (前)

 琉志央(るしおう)が十一歳になる年の初春、槍駕(やりが)が金髪の少女を一人連れ帰って来た。

 この日の琉志央は、三日前の術戦で受けた怪我を回復させているところだった。数ヵ月前、とうとう新しく、若い男の医事者が連れて来られた。今度の奴は癒し術が児戯に等しい水準で、治りが遅い。ただ、薬事に秀でているのか薬の効きは良かった。

 湿布された足を庇いつつ、さほど不自由無く厠から自室へ戻っていた時、槍駕達を見かけた。

 奴が攫ってきた相手を見たのは、一年ほど前の晩以来だ。

 あの時を思い出してしまい、琉志央は僅かな不快感を禁じえなかった。遠めに、金髪の少女は琉志央と同じ年頃に見える。去年のように、槍駕はあんな幼い少女も〝抱く〟のか。

 思わず立ち止まってしまっていたが、琉志央は無言で自室へ歩き出す。と、槍駕が少女に言うのが耳に届いた。

「アレはおぬしの兄弟子だ」

 思いがけない台詞に、琉志央は再び足が止まった。へぇ、と面白そうに少女が小首を傾げる。軽い足取りで近づいて来るにつれ、少女から判り易い術力の波を感じた。琉志央は槍駕に会う前から無意識に術力を隠せていたが、少女はそれさえまだできないようだ。しかし、明らかに強い術力を持つ術者だった。

「あたし、ヨミ。宜しく、兄弟子」

「……宜しく……琉志央だ」

 応じた琉志央に、槍駕がニタリと笑んだ。

「明日にも移動契約を。ラズリ、手伝ってやれ」

 え、と不満の声をあげそうになったが、琉志央は寸でのところで止める。ヨミが更に古語も覚えれば、多分に琉志央と同じ道を辿る。要するに早くヨミの状態を整えれば、琉志央へのしごきの時間が減る筈だ。

 契約の術式を大急ぎで思い返しつつ、冷めた目で見降ろしてくる槍駕に琉志央は首肯した。



 遅くとも二ヵ月だろうと期待していたのに、予想に反して予魅(よみ)の古語習得には時間がかかった。

『こんなワケ解らん言葉が必要なんて聞いてないよ』

 予魅は槍駕が居ない所で、黒いつり目を益々つり上げ、しばしば言った。『術者として生きる楽しみ方を教えてやるって言うからついて来たのに、嘘つきジジイめ』

 琉志央も何度も言った。

『古語を解ると潜在術力が引き出せるんだ。古語が解ってないと使えない術もあるし。損は無いんだから、さっさと覚えろ』

 そんな風に古語習得に関しては苛々させられたが、それ以外の予魅はさして不快ではなかった。琉志央が四年に渡って一人で胸の中に溜め込んできた槍駕への不満は容易く共有できたし、琉志央が知らない外のことも彼女は結構詳しかった。

 古語学習四ヵ月目に入った或る日、槍駕との術戦後に部屋で横たわっていた琉志央の枕元で、予魅は渋々古語の教本を開いて、ぶつぶつと言い出した。

「あたし、勉強って嫌いなんだよねー。あたしを拾った奴はヴィンラ・タイディアに連れてく気満々だったけど、冗談じゃないっての。何で奴らが将来遊んで暮らす為に、あたしが好きでもないことしなきゃならないんだよ。あぁ畜生、だからジジイに誘われた時は、ついてると思ったのになぁ」

 台詞の中に、覚えのある言葉があった。

風の(ヴィンラ)守護者(タイディア)って……学舎(がくしゃ)か?」

「医事者協会がある半島の別名。ガッコの名前はー、何だっけな、ヴィンジ・ケルとか言ったよ。そこの試験に受かれば高給取りの医事者様になれるんだってさ」

「いいじゃないか、高給取り」

「琉志央は頭いいみたいだから、魔術師になってなかったら、医事者様になれたかもね」

 予魅は屈託なく笑って言った。「闇契約をしちゃってるから、もう駄目だろうけど」

「なんで」

「何だろ、拘り? 医事者の禁忌らしいよ、闇との契約。馬鹿馬鹿しい縛りだね」

「そ……か」

 急速に疲労を自覚し、琉志央は瞼を閉じた。

 遠い昔、本当の父親が言っていた言葉が思い出されていた。

『お金があったら、お前をヴィンラ・タイディアに連れて行ってあげたのに……』

 便利な魔術を覚えたことだし、いつか行こうと思っていたのにな。

 もう、行っても無駄らしい。



 半年を経て、ようやく予魅は古語を扱えるようになった。

 槍駕は喜々として予魅も被術者にし、数日で少女は逃亡した。

 行き先は判るか、と槍駕に問われたが、琉志央は首を振るしかない。散々痛めつけられていた数日前、冗談じゃないよ、と、うわ言のように繰り返していた様を見たのが最後だった。

 この半年で幾らか情を覚えていただけに、相談も何もなく自分だけ逃げ出した妹弟子に、琉志央は些少の失望を感じていた。その表情で本当に知らないと察したのか、魔術師狩りも一興、と槍駕は愉快げに洩らして自室へ入って行った。

 どの術を駆使したか、その日の内に槍駕は医事者と血まみれの予魅を連れて戻って来た。


 二日後に、琉志央は予魅を見に行った。

 少女は寝台の上で呻いていた。琉志央は脇の椅子に腰を下ろすと、強壮薬の木片を口の端に咥えながら眺めやる。

 逃げたらどうなるのか。選択肢として浮かんだものの琉志央が選ばなかった道に、予魅は簡単に進んでくれた。こうして結果を知れた点は、ありがたい。

 発熱の為か潤んだ黒い瞳が、うつろにこちらを見た。信じらんない、と掠れた声が渇いた唇からこぼれた。

「琉志央、あんた、よくこんなトコに、四年以上も……」

「……ま、慣れだろ……他に行くトコ無いし」

 苦味に眉根を寄せ、琉志央は木片を手にした。煙管のように指先で弄びながら尋ねる。「お前さぁ、逃げて、どうやって食ってくつもりだったの」

「ジジイみたく、攫いをすりゃ、いいじゃん」

「攫いって、そんな簡単にできんの?」

「……さぁね、やってみるまでさ」

 返答に呆れて、琉志央は再び木片を口にやった。端を前歯で軽く噛みながら、人攫いの手順を想像してみる。意外と手間そうだ。対象を見繕わねばならないし、攫ってくる際は人目につかない方がいいだろう。売る場所は攫った場所より遠い方がいいんだろうし……

「大体、オレ等みたいなガキが連れて来た奴なんかを買ってくれるのか? 花街ってトコ」

 去年目指し、数ヵ月かけてようやく辿り着いた屋敷近くの街は、花街ではなかった。変な顔をする大人達に尋ね回って、東の国境近くの都市にならあると情報を得ている。

 だるそうに予魅は腕を持ち上げ、ぱさついた感じの金髪をかき上げた。

「ま、ね。花街なんかに行ったら、こっちが売り物かと、思われるかもね」

「……お前、花街も知ってるんだな」

「あたし、そこで生まれたっぽいんだよね」

 予魅は声を出さずに薄く笑った。「で、役所の近くに、捨てられたよぉよ」

 琉志央は口先で木片を揺らしながら、髪を掻いて訝しんだ。

「さっぱり解んねぇな、花街。どういうトコなんだ、一体」

 はぁ? と予魅は臥せっている(とお)の子供らしからぬ、スレた声をあげた。

「琉志央、すっごい田舎の出?」

 小馬鹿にした物言いが槍駕に似ていて癇にさわったが、弱っている相手に怒りをぶつける無様(ぶざま)さを琉志央は知っていた。だから、多分、とだけ短く応じる。

 隠したつもりだったが返答に不機嫌を嗅ぎ取ったか、予魅は少し口振りを改めて問うてきた。

「娼婦とかダンショウってヤツは、わかる?」

「娼婦は、何となく」

「ま、ソレ。そういうのがさ、集まっているトコだよ。花街ともなると、身体だけじゃなくて歌や踊りも売れる優れ者も居るけどね」

「へぇ」

 ようやく、琉志央は漠然と理解した。理解して、槍駕の一連の言動に苦々しさを感じる。

 唆しやがって。

 味も忘れて木片を噛み締める琉志央の脇で、予魅は懐から瞬間移動の指輪を通した紐を取り出した。

「ジジイに何箇所か、連れてかれたじゃん?」

「うん」

(つい)の輪の場所、変えた?」

「いや?」

 そういえば変えてもいいんだな、と琉志央は頭の片隅で思う。

「ロマの家は、花街のすぐ近くだよ」

「そうだったのか」

「あたし、そこの出だからね」

 熱に浮かされたように指輪をいじる予魅から目を外すと、琉志央は椅子から立ち上がった。

「取り敢えず、お前さ、逃げるにしたって、攫いをやるにしたって、もうちょい色んな術を使えるようにしといた方がいいよ」

 返事は無かった。別段要らなかったので、琉志央は部屋を出る。寸前、絞り出すように、某かへ罵る声がくぐもって聞こえた。

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