跋――白い絶景
森は、秋へ向かっていた。
静かに落葉樹が葉を落としていく。
屋根裏部屋の小窓から、琉志央は色つきの雪が降るような眺めを楽しんでいた。
こんにちは、と階下から澄んだ声が聞こえた。
時計に目を走らせてから、琉志央は殆ど開いていただけの医術書を閉じた。素早く立ち上がる。
階段を飛行術で一気降りすれば、玄関を入ってすぐの広間に琴巳が居た。軽く膨らんだ腹に手を添えている。師の話だと、もうすぐ臨月らしい。大変だろうからと誘って、このところ、毎日昼食を一緒にとっている。
「早いじゃないか」
「えへへ、お腹空いたのー」
えくぼが浮かんだ顔に意識を切り替えて目を凝らすが、何も見えない。
内心で舌打ちしつつ、琉志央は椅子を引いてやる。
厨房から、師が毎度気持ち悪いくらいにニコニコしている顔を覗かせた。
「本日も母子共に健康ですね」
一瞬で判断してしまう。
「ありがとうございまーす」
琴巳は琉志央と蒼杜に交互に可愛らしい顔を向け、椅子に腰かけた。琉志央は円卓を囲む斜め隣の席に落ち着く。
もう一度、妊婦に目を凝らす。
「琉志央、怖いよ」
唇をすぼめて訴えられて、琉志央は口を曲げた。
「命帯が見たいんだよ」
『貴男はあまり闇魔術に染まってないので、診察は無理でも見ることはできるようになるかもしれません』
師はそう言った。だから修練する。
「蒼杜さんはそんな風に凝視してこないよ?」
「俺には俺のやり方がある。あんな風にへらへらして見れるか、冗談じゃない」
〈やれやれ、これだから青二才なのじゃ〉
「うるさいぞ、氷」
「変な意地張ってないで、先ずは上手な人の真似をすればいいのにね」
「やかましい、黙って座ってろ」
琉志央はむくれて初恋の女を必死に注視する。
琴巳の命帯の色は、微かに桜色を溶け込ませたような白なのだそうだ。
見たい。どうしても見たい。未練と言われようとも、とにかく見たい。
蒼杜が盆を手に厨房から出てきた。
「少し早いですが、できたので昼餉にしましょう」
温かな炊き飯や蒸し野菜、吸物が、手分けして円卓に並べられた。
和やかな食卓。
これが例え一部でも白い光に包まれているとしたら、想像しただけでも夢のような光景じゃないか。
いつか、見てやる。




