表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彩彩年年  作者: K+
11/12

萌ゆる景観 (後)

 珍客だな、と千歳(ちとせ)が端的に言った。

 蒼杜(そうと)もそんな感想を抱く。

 見えてきた光景は少しばかり不思議だ。一刻一秒を争うモノも予想の候補に挙がっていたが、現実には、一見和やかそうに若い男女と精霊が居る。

 千歳よりやや明るい髪色の男性が、単に森に迷い込んだ人物と判断できれば落着だった。だが、とてもそうは思えない点に蒼杜は気づいた。医事者の特筆すべき技能でもって。

 生き物が纏う命の光。術力のある者は、その輝きが桁違いだ。

 命帯(めいたい)を見てみれば、男性の纏う青銀色の光が、彼をただ者でないと教えていた。ただの術者ではない、きっと古語も極め、覚醒している術者だ。

 冰清玉潤ひょうせいぎょくじゅんが見つけた(つい)の輪は、彼が置いた物にほぼ間違いないだろう。

 どういうつもりでここに居るのか――ルウの目を持つ千歳が珍客と表現したからには――

 ルウの民は、常人が視認できない結界を見れる。こちらは命帯のように修練して見れるようになるわけではなく、生まれつき見えてしまうようだ。

「銀の混じった青ですか」

「アレを壊すのは手間そうだ」

 命帯と結界の色は似ているそうだから、これで確定した。悪気ない風情で佇んでいるが、男性は自分の身に結界を張っている。その必要がある状態だと判断している。

 人攫いなのか……?

 それにしては、いくら初心者としても杜撰である。一緒に居るところからして、狙いはかの健気な乙女だろう。わざわざ声をかけたのもナンだが、即連れ去ってしまえば良かったものを、随分とのんびりしている。即行されていれば、空間封じは間に合ったかどうか微妙だ。こちらとしては助かったが。

 近づくと、男性は思いのほか若い。ひょっとすると年下だ。彼の片手が長袴の隠しから出る気配がないのを見て、蒼杜は大体を把握した。

「こんにちは、ズーク・エスト」

「あんたは、違うのか……?」

 言葉は荒いが、落ち着いて響く低声で若者は問う。

(あるじ)はハイ・エストじゃ〉

 失敬なと言いたげに冰清玉潤が告げると、彼は胡散臭そうに菫色の双眸を向けてきた。

「えらく若いんじゃないか。俺と同じくらいに見えるぞ」

「わたしはもう、二十歳です。貴男はお幾つですか」

「先日、十七になった」

 え、と琴巳(ことみ)が思わずという感で声をあげる。少年魔術師は興味深そうに彼女に目をやった。「お前、幾つ?」

「十八歳……今年の誕生日で十九」

 え、と今度は彼の方が呆気にとられたように声をあげた。年下と思っていたに違いない。女性は若く見られたがる傾向があるが、目の前の乙女は少年の反応に少々不服そうな顔をした。

 それを見て千歳が笑った。

「わたしは二十一だ。君が一番若いんだな」

 少年は端整な顔から表情を消すと、顎を引いた。まろい目元があどけないが、背も千歳や蒼杜と変わりないし、雰囲気はかなり大人びている。十七で魔術師になっているとすれば、若いというのは腹立たしい点だろう。力量に見合った評価をなかなか得られないからだ。

「それで? 空間封じをしたのはハイ・エストか」

 少年の発した声の低さに、蒼杜はハッとする。

 甘かった――!

 突如、魔術師の空いた片手が太陽のような強烈な光を放った。寸前、咄嗟に目をつぶったが、瞼の裏で白い光が明滅する。瞬くうちに、琴巳の悲鳴が起こった。千歳がひそめた声で叫ぶ。

「蒼杜!」

「離れて――狙いはわたしだ――っ」

〈あ奴っ、琴巳を木の上に〉

 流石に精霊は目潰しの影響が低い。魔術師が離れていると知った隙に、蒼杜は叶うる限りの速さで先程と同じ呪文を唱えた。懐から空間封じの陣が描かれた紙を取り出し、術力を放つ。消える紙を見届けずに、幼馴染みに視線を走らせた。

 千歳は抜刀せず、目を閉じたまま片膝をついている。目が元に戻るまで、気配を探って対応するつもりだろう。蒼杜は幼馴染みに結界を張り、距離を取りつつ、目に頼らず感覚で術力の波を探った。

「シャトリは琴巳の傍に」

〈――承知〉

 四半刻が過ぎるのを待っているようだったから、陣を描いた紙を大量に持っていることを知らせ、諦めさせるつもりだった。ところが少年は、それを見切った。

 大規模な陣を用いた魔術以外、術者が昏倒ないし死亡すれば術の効果は消える。

 六核の精霊を連れた術者と剣を持った者を相手に、術の無効を狙ってくる確率など無きに等しい筈だったが――

 (ばく)の古語が聞こえてきて、蒼杜は戦慄した。まともに当たったら、暗示をかけられただけでもお終いだ。

 蒼杜は宙に(いん)を描き始めた指が震えた。千歳の剣の模擬試合を見物した際、これで模擬なのかとその迫力に息を呑んでいたくらいだ。魔術で、このように戦うのは初めてだった。

 これは、まともに魔術で対抗していては分が悪い。

 相手は強力な闇範囲の攻撃魔術を使いこなせるだろうが、こちらはそれに染まらないように過ごしてきた一介の医事者だ。攻撃魔術は、覚えてはいるものの使えるとは限らない。

 やはりここは、得意分野で臨むべき。

 陣を忍ばせているのとは逆の懐に手を入れる。可能性だけで作って持ち歩いていた物を、まさか使う日が来ようとは。

 しなやかな獣のような足取りで魔術師が来た。その両手に強く術力が集まっている。

 菫色の瞳が、微かに動いて空色がかる。眼力と悟った瞬間、蒼杜の前に炎の壁が出現し、小爆発が起こる。

「火か」

 短い少年の呟きは何処までも冷静だった。攫いの手順は首を傾げるほど(つたな)いのに、術戦には空恐ろしいほど慣れている。どういう十七年間を過ごせば、このような魔術師に化けるのか。

 その時、頭上から琴巳の泣きそうな声が降ってきた。

「蒼杜さん――っ」

 それに最も反応したのが、意外にも魔術師だった。慌てたように菫の目を向ける。明らかな隙が出来(でき)、すかさず低い位置から踏み込んだ千歳が、鞘ごと足元を薙いだ。払われかけて、反射的に少年は片手の術力を放つ。硝子の割れるような音が響いて、千歳に張っていた結界が一撃で破壊された。

 驚愕の間を惜しんで、蒼杜は縛の呪文を紡ぎながら一気に間合いを詰めた。術力を投げ放つと、向こうは物凄い速度で印を描く。術力がぶつかり、暴風が起こった。煽られて炎の壁も湧き起こる。空いた片手で鼻を覆うと、蒼杜は懐で手にしていた物を、発した火が消えぬうちに投げ入れた。ぼんっと白煙が広がる。

 薬草医の資格がある千歳は、察するのが早かった。蒼杜と同じく腕で顔を覆う。火にくべたのは、薬だった。吸うと、即効性で麻痺と睡眠を催す、特製調合薬。

「――っ!?」

 対する二人の様に、魔術師も眉根を寄せて口を覆った。が、時遅く、吸い込んだらしい。意地のように足を踏み出したが、よろめいた。

 蒼杜は煙から離れながら、再度、縛の古語を唱える。

 千歳が、手刀で少年の首に一撃を加えた。この状況ではひとたまりもなかったか、崩れ落ちる。念の為に蒼杜が術を放って縛し、魔術師の拘束は完了した。

 速やかに風を起こして煙を散らし、地上の二人は詰めていた息を吐き出した。気温も相まって、じっとりと汗が滲んでいた。

 軽く額を拭ってから、千歳は少年を背に負った。呟くように言う。

「人攫いかと思えば……惚れてしまったのか?」

「恐らく」

 蒼杜は傍の大木を仰いだ。

 だいぶ上の太い枝から、可憐な乙女は三人を心配そうに見ていた。



 一度だったが、医療所の扉が強く叩かれた。

 開いておる、と冰清玉潤は応じる。

 奥の厨房から琴巳が顔を出したのと同時に、扉がもどかしげに開いた。臙脂の長衣を翻し、大層な美丈夫が入って来る。ルウの新帝、栩麗琇那(くりしゅうな)だ。

「コトミ――」

 (てい)は冰清玉潤には目もくれず、真っ直ぐ視界の先に居た乙女に大股で歩み寄った。表情は殆ど無かったが、顔色がいつもより格段に悪い。低い美声だけは完全に動揺を示していた。「怪我は――? 具合は――大丈夫なのか」

「う、うん。わたしは、全然平気」

 琴巳はせわしく瞬いて、どもりながら頷く。

 眼前の姿に確かめるように目を走らせてから、帝は押し隠すように深く息をこぼした。片手で淡茶の髪をかき上げる。だから、と腹立たしげな口調で言い出した。

「何度言ったら解る。ここは田舎の雑木林じゃないんだ――いや、あっちの雑木林としたって、ああいう場所を一人で歩き回るな、危ないんだから」

「……ごめん、なさい」

 しょんぼりと琴巳は肩を落とす。「でも、行ったことのある場所に、シイタケ採りに行っただけだったの」

 そういえば先日も枯れ木(だけ)のことを興奮気味に話していたな、と冰清玉潤は思い出す。蒼杜も好んで料理をするので、よく二人は情報を交換している。あの時も、シイタケという異界の単語を琴巳は口にしていた。

「お出汁が取れれば、お兄ちゃんにチャワンムシもどきが作れると思って、それで――」

 皆まで言わせず、帝が琴巳をかき抱いた。美声が苦しげに、微かに掠れて紡がれる。

「そんなことで――攫われてくれては……」

 帝の胸元に抱き込まれた乙女は、たちまち耳まで真っ赤になった。蚊の鳴くような声で、ごめんなさい、とこぼす。

 帝が腕に力を込めたのを見てとり、冰清玉潤は医療所を出る。

 ちらりと振り返れば、窓の奥に、兄妹にはとても見えない様子の男と女が見えた。



 琴巳の住まいに冰清玉潤が姿を見せると、小さな食卓を囲んでいた三人の若者が、一斉に目を向けた。

 千歳がニヤリと口角を上げる。

「どうかな」

〈あれ以上、(われ)が居ては野暮と言うもの〉

「上手くいきそうだな」

 機嫌良く、千歳は向かいに声をかける。蒼杜が笑んだ。せっかくの機会なので煽ってみましょうか、と提案したのは主である。

 琴巳は森で魔術師に攫われかけ、気分が優れぬようなのでまだ医療所で休んでいる。当の魔術師はこの上彼女を刺激せぬよう、只今はこちらで拘束中。彼女の傍にはシャトリに居てもらっているところだ。

 何も知らずこちらに訪れた栩麗琇那に、主はそのように告げた筈だ。

「で、ここ、何処だ」

 意識が戻ったばかりだったらしい少年魔術師が、不貞腐れた声を出した。蒼杜が目を細める。

「彼女の住まいです。色々と大事にされている物もありますから、壊さないでくださいね」

 菫色の双眸が広くない室内をするりと撫でる。

「あいつ、何処だ」

「まぁ、そう急くな」

 応じながら、千歳は薬湯を湯呑に注ぐ。痛み止めだ、と前に置くと、首に湿布を巻かれた魔術師は少し小鼻を動かして匂いを確かめた。

 ゆっくりと口に含むのを眺めやり、千歳はのんびりと語り出す。

「例え話として、君が見知らぬ異国に来てしまったとする。家にどうすれば帰れるか分からない。途方に暮れながらその異国で生きる中、君の傍にはずっと一人の女の子が居てくれた」

「……ふむ」

 勝手気儘な魔術師の割に、この少年は一応、聞く耳を示す。

「異国生活を十年耐えた末に、家へ帰れることになった。君は女の子を自分と同じように異なる地で苦労させたくなくて、異国に残したまま帰郷したんだ。ところが一年後に、女の子は構わずに、君の故郷にやって来てしまった」

「ほぅ」

「とすれば、君はどうする」

「取り敢えず、そいつを抱く」

 殆ど考える間もなく答えてきた。千歳はいささか期待した返答でなかったのか、寸時口を噤む。

「抱くというのは……いや、まぁ、いい。つまりまぁ、そんな感じだ」

 魔術師は目を眇める。

「その女の子とやらが、あいつなのか」

 首肯する千歳の向かいで、蒼杜が穏やかに尋ねた。

「貴男は、彼女をそういうつもりで連れて行こうとしたんですか?」

 それには、魔術師はややの間、考える素振りを見せた。

「言われてみれば、抱きたいかもしれない」

「では、そもそもは、どういうつもりで」

「食卓を、共に囲みたかった」

 思いもよらない回答に、冰清玉潤はまじまじと少年を見る。浮かんだ感情は、主もその幼馴染みも似たり寄ったりだったようだ。

 千歳が、横手から新しい湯呑を取ると三つ並べ、薬湯とは別の鉄瓶に茶葉を入れ始める。

「つまり、今の、こんな感じか」

 少年は虚を衝かれたように瞠目したが、あぁ、とほんの少し口元を緩めた。

「うん、そうだな。野郎ばっかりなのがイマイチだけど」

「見目麗しいシャトリが居るじゃあないか」

 どうも千歳は、この魔術師を気に入ったらしい。主も微笑した。

「今しばらくは彼女もここにお住まいでしょうから、近いうちにみんなで食事でもしましょう」

 返答に迷うように目を泳がせたが、ぎごちなく、少年魔術師は頷く。

 次の休暇を急いで確保せねば、と千歳が独り言を洩らした。

 何やら、子守をせねばならんような青二才が舞い込んできたのぅ。

 冰清玉潤は諦観し、それも又良しと、宙に腰かけ足を組んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ