序――食卓の小景
赤ん坊の時、揺り籠で寝ていて浮き上がったのが、術力を使った最初だったらしい。
両親はどちらも術者ではなかった。だから初め、我が子が空中をふわふわしているのを見た時は、魔術師に攫われかけていると勘違いしたそうだ。
『お父さんね、逃げ出さずに貴男を抱え込んだのよ』
母親が笑って言った。『この子は死んでも渡さないぞ! って、かっこよかったのよ』
『あの時は必死だったんだよ』
父親は照れ臭そうにそう応じた。
手元や何かから物が転がり落ちかけた時、咄嗟に術力を使い、宙で止めることがあった。誰かに習ったわけでもなかったが、離れた場所の物を運んでくるようなことも、いつの間にかできていた。
両親は、落とさずに済んだね、とか、ありがとう、と優しく言い、頭を撫でてくれてから、でも、と付け足すのを忘れなかった。
『外でやらないようにね』
『他の人はできないことだから、きっと驚かせてしまうから』
一度だけ、父親が残念そうに言った。
『お金があったら、お前をヴィンラ・タイディアに連れて行ってあげたのに……』
仲良く三人で食卓を囲んで、いつも和やかに食事をしたり、談笑したり。
小さい家だったから、夜は大体、寝台に入るまで食卓を囲んでいた。
お金が無い所為で見ることの叶わない光景があったとしても、この食卓の光景があれば充分だった。




