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婚約者に不倫されたので婚約破棄された私ですが、隣国皇太子に拾われて復讐したらなぜか異常な溺愛が始まりました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/05

 ――婚約破棄、だと。

 その言葉を、私は妙に冷静に聞いていた。

「リゼル・ヴァルディア。君との婚約はここで解消する」

 王都の夜会場。煌びやかな光の下で、私の婚約者――エドガルドは、まるで芝居のようにそう言い放った。

 ざわり、と空気が揺れる。

 ……くだらない。

「理由を伺っても?」

 問えば、彼はわざとらしく肩を竦めた。

「君のような冷たい女と結婚する気はない。それに――」

 その視線が、隣の女へと向く。

 ――いた。

 栗色の巻き髪。媚びるような上目遣い。柔らかな笑みを浮かべる女。

 名はミレイナ・ローディア。

 そして――

「私は彼女を愛している」

 不倫相手、というわけだ。

 会場が一気に色めき立つ。

 貴族たちは面白そうに囁き、嘲笑し、好奇の視線を私に向ける。

 ……なるほど。

 私が婚約破棄された理由は、“彼の不倫”か。

 随分と都合のいい話だ。

「そうですか」

 私は一歩、前へ出る。

「では確認を。婚約破棄の理由は、あなたの愛人ができたから、でよろしいのですね?」

「なっ……言い方が悪い!」

「事実でしょう?」

 彼の顔が歪む。

 ミレイナは慌てて彼の腕にしがみついた。

「リゼル様、そんな……エドガルド様を責めないでください……」

 涙声。

 ――虫唾が走る。

「安心なさい」

 私は静かに微笑む。

「責める価値もありませんから」

 その瞬間、空気が凍った。

「な……!」

「婚約破棄、承りました。ですが」

 私は彼をまっすぐ見据える。

「その選択がどれほど愚かか――いずれ思い知ることになりますよ」

 言い切って、踵を返す。

 誰も私を止めなかった。

 ――その日、私は全てを失った。

 地位も、婚約も、居場所も。

 だが。

 それで終わるほど、私は甘くない。

 ◆

 雨が降っていた。

 王都の外れ、人気のない石畳の路地。

 行く当てもなく歩いていた私に、声がかかる。

「随分と派手に捨てられたな」

 振り返る。

 そこにいたのは、一人の男。

 黒髪に金の瞳。異様なほど整った顔立ち。纏う気配が、明らかに“常人ではない”。

「……どちら様で?」

「アルヴェイン・ルクスフェルド」

 その名に、私は息を呑んだ。

 隣国の皇太子。

 この国にとっては、半ば脅威とすら言われる存在。

「そんな人物が、なぜここに?」

「視察ついでだ。……それより」

 彼は私を見下ろす。

「復讐する気はあるか?」

 唐突な言葉だった。

 だが。

 不思議と、違和感はなかった。

「あるに決まっています」

 即答だった。

 迷いなど、一切ない。

「そうか」

 彼はわずかに笑う。

「なら、来い。力を貸してやる」

「見返りは?」

「お前だ」

「……は?」

 一瞬、思考が止まる。

「正確には、お前の人生だな。俺の側に来い」

「随分と強引ですね」

「嫌か?」

「……いいえ」

 私は首を振る。

 どうせ、失うものなどもうない。

 ならば――

「その提案、受けましょう」

 彼の手を取る。

 冷たい雨の中、その手だけがやけに熱かった。

 ◆

 復讐は、あまりにもあっけなかった。

 エドガルドは、私の家の支援がなければ何もできない男だった。

 その事実を、彼は理解していなかった。

 資金は止まり、後ろ盾は消え、信用は崩れ落ちる。

 そこへ。

「久しぶりですね、エドガルド様」

 私は現れた。

 皇太子アルヴェインの隣に。

「り、リゼル……!? なぜお前が――」

「紹介しますね」

 私は微笑む。

「こちら、私の“婚約者”です」

 沈黙。

 そして、絶望。

 アルヴェインが口を開く。

「この国の貴族制度は脆いな。腐った者から落ちていく」

 その一言で、全てが決まった。

 エドガルドは没落した。

 ミレイナは、別の男に捨てられ、社交界から追放された。

 ――終わりだ。

 私の復讐は、静かに、確実に完遂された。

 ◆

「満足か?」

 夜。

 バルコニーで、アルヴェインが問う。

「ええ」

 私は頷く。

「すっきりしました」

「そうか」

 彼は少しだけ目を細めた。

「なら、次は俺の番だな」

「……何がです?」

「お前を幸せにする」

「……は?」

 まただ。

 この人は、時々理解不能なことを言う。

「契約だろう。お前の人生は俺のものだ」

「だからといって――」

「俺は溺愛する主義でな」

 さらりと言われた。

 いや、待ってほしい。

「拒否権は?」

「ない」

「横暴すぎません?」

「今さらだな」

 確かにそうだ。

 今さら、何を言っているのか。

 私は小さく息を吐く。

「……好きにしてください」

「言質は取った」

 その瞬間。

 ぐい、と腕を引かれる。

「なっ――」

「逃げるな」

「逃げませんよ!?」

「信用ならん」

 近い。

 距離が、異常に近い。

「お前は強いが、放っておくとどこかへ行きそうだ」

「行きません」

「なら、証明しろ」

「どうやってですか」

「ずっと側にいろ」

 真っ直ぐな目。

 ――ああ、本当に。

 この人は。

「……わかりました」

 私は、ほんの少しだけ笑う。

「その代わり」

「なんだ?」

「私を退屈させないでくださいね、殿下」

「望むところだ」

 彼は、楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て。

 私は初めて思った。

 ――悪くない。

 全てを失ったはずなのに。

 気づけば、私は。

 以前よりずっと満たされていた。

 復讐は終わった。

 だが。

 物語は、ここからだ。

 ――溺れるほどの愛と共に。

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