第57話 朗読バトル台本──壮介が演出家になる
# 朗読バトル台本──壮介が演出家になる
水曜日。準備四日目。
放課後。部室。MC台本の読み合わせの日だ。壮介が紙の束を持って入ってきた。紙の束。五枚。壮介が五枚の台本を書いてきた。手書き。ガタガタの字。でも書いてきた。「たぶん」じゃなく「書いてきた」。
「書いてきた!!」
「見せろ」
凛先輩が台本を受け取った。一枚目を読んだ。二枚目を読んだ。三枚目で止まった。
「壮介」
「はい」
「これは何だ」
「MC台本です」
「一枚目を読むぞ。"皆さんこんにちは!! 文芸部朗読バトルへようこそ!! 今日のMCはカレーうどンを愛する大和壮介です!! よろしくお願いします!!"」
「完璧だろ!」
「感嘆符が多すぎる。一文に三つ以上の感嘆符は読みにくい」
「感嘆符は俺の声量の表現だ!」
「紙の上で声量を表現しなくていい。当日、声で表現しろ」
「二枚目は?」
「二枚目。"最初の挑戦者は我らが部長、桐谷凛先輩!! ミステリの女王!! 声で密室を作る天才!! 凛先輩の朗読を聞いたら、あなたはもう逃げられない!!"」
「凛先輩の紹介が長い」
「先輩への敬意だ!」
「敬意は三行以内にまとめろ」
凛先輩が赤ペンを持った。壮介の台本に修正を入れ始めた。感嘆符を削る。形容詞を削る。核を残す。
「壮介。お前の台本は情報量が多すぎる。MCは"紹介"と"つなぎ"が仕事だ。自分が主役になるな。出場者が主役だ」
「俺が主役じゃないのか」
「お前は黒子だと言っただろう。黒子は主役を際立たせる。お前の声が大きければ大きいほど、直後の朗読の"静けさ"が際立つ。コントラストだ」
「コントラスト?」
「大きな声の後に来る静かな朗読。その落差が感動を生む。壮介の声量は朗読の"前菜"だ。メインディッシュは朗読者の声」
「俺が前菜!?」
「前菜は重要だ。前菜がなければメインの味が分からない。お前がいなければ朗読が映えない」
壮介が考えている。三秒。五秒。理解した顔になった。
「分かった。俺は前菜だ。最高の前菜になる。来場者の腹を空かせてやる」
「腹を空かせる。いい表現だ」
*
台本の修正が始まった。凛先輩の赤ペンが走る。壮介の感嘆符が次々と消されていく。壮介が「俺の感嘆符!!」と悲しんでいる。
「三枚目を見ろ。"投票のお願い"の部分」
「"皆さん!! 一番心に響いた朗読に投票してください!! 投票用紙はここにあります!! 一人一票!! 不正は許しません!! バレたらカレーうどンの刑です!!"」
「"カレーうどンの刑"とは何だ」
「カレーうどンを百杯食べる刑だ!」
「罰になっていない。壮介にとってはご褒美だろう」
「確かに! ご褒美だった!」
「投票の案内はシンプルにしろ。"投票用紙に一番心に響いた朗読者の名前を書いて、この箱に入れてください"。これだけでいい」
「シンプルすぎない?」
「シンプルが一番伝わる。MCの長い説明は来場者の集中力を削ぐ。短く、明瞭に。お前の声が大きいぶん、言葉は少なくていい」
「声が大きいから言葉は少なく。ミニマリストMC!」
「ミニマリストは言い過ぎだが方向は合っている」
詩織さんが手を挙げた。
「壮介くん。四枚目の"合間トーク"について質問です」
「どうぞ!」
「"朗読の合間に、出場者にインタビューする"とありますが、何を聞くんですか」
「作品のテーマとか、書いた時の気持ちとか! テレビの歌番組で歌う前にトークするじゃん! あれと同じ!」
「歌番組のMCを参考にしたんですか」
「した! 昨日テレビ見ながら勉強した! MCの基本はトークで場を温めて、本番に繋げること!」
「壮介が勉強している」
凛先輩が驚いた顔をしている。壮介が自発的に勉強するのは珍しい。千二十文字の時も「書け」と言われてから書いた。今回は自分からテレビを見てMCの技術を研究した。壮介がMCに本気だ。
「勉強したんだ! テレビのMCって難しいんだぞ! タモリさんとか、話の振り方がすごい!」
「タモリを目標にするのは高すぎるが、姿勢は評価する」
「先輩に評価された!!」
「修正版を読むぞ。一枚目から」
凛先輩が修正後の台本を読み上げた。
「感嘆符がゼロ!? 死んでる!?」
「死んでない。声で感嘆符をつけろ。紙には書かなくていい。お前の声自体が感嘆符なんだから」
「俺の声自体が感嘆符!?」
「そうだ。壮介の声は常にボールドかつイタリックだ。文字で強調する必要がない」
「ボールドかつイタリック!! 先輩、褒めてます!?」
「褒めている。だから台本はシンプルにしろ。声が全てを補う」
俺がPMとして口を挟んだ。
「台本のフォーマットを決めましょう。壮介のMCの後に朗読が入る。MCと朗読の間に何秒の間を取るか。それで空気が変わる」
「間?」
「壮介が出場者を紹介する。拍手。三秒の間。出場者がマイクの前に立つ。二秒の間。朗読開始。合計五秒の沈黙が、声量MAXの壮介から静かな朗読への切り替えになる」
「五秒の沈黙か。やったことないな。俺は人生で五秒以上黙ったことがない気がする」
「今日やれ。練習だ」
「練習!? 沈黙の練習!?」
「そうだ。MCの最大の武器は声だが、二番目の武器は沈黙だ。沈黙は声を際立たせる。五秒の沈黙の後に一言を発すれば、その一言が百倍の重みを持つ」
「百倍!?」
「百倍は言い過ぎかもしれないが、効果はある。やってみろ」
壮介が五秒黙った。口を閉じた。一秒。二秒。壮介の顔が苦しそうだ。三秒。唇が震えている。四秒。もう限界だという顔。五——
「無理!! 五秒が限界!!」
「今のが五秒だ。できたじゃないか」
「できた!? 五秒黙れた!?」
「黙れた。拍手」
全員が拍手した。壮介の沈黙に拍手。世界初かもしれない。沈黙で拍手をもらう男。
「もう一回やってみろ。今度は五秒の後に"最初の朗読者は桐谷凛"と言え」
壮介が目を閉じた。五秒。一秒。二秒。三秒。四秒。五秒。目を開けた。
「最初の朗読者は、桐谷凛」
声が静かだった。壮介の声が。静かな壮介の声は初めて聞いた。低い。落ち着いている。いつもの壮介とは別人だ。五秒の沈黙が壮介の声を変えた。叫びではなく、語りかけ。MCの声だ。
「壮介。今の声、すごくいい」
凛先輩が言った。珍しく。凛先輩が壮介を「すごくいい」と褒めた。
「マジ!?」
「マジだ。五秒の後の声に深みがあった。お前の声は叫ぶだけが能ではない。静けさの後に出す声に力がある」
「静けさの後の声!! 練習する!!」
壮介が五秒沈黙の練習を始めた。五秒黙って、一言。五秒黙って、一言。繰り返し。壮介が黙るたびに部室が静まる。壮介が声を出すたびに部室が動く。壮介は部室の空気を操縦している。MCの才能が開花し始めている。
*
朗読の順番を確認した。凛先輩が設計した順番だ。
「一番手。俺。ミステリの冒頭五分。犯人が分からないまま終わる。来場者の心拍数を下げる。緊張で」
「二番手。千歳。感情小説。五分。来場者の心拍数を安定させる。感動で」
「三番手。朝倉。走る文章。五分。来場者の心拍数を上げる。疾走感で。トリだ」
「壮介はMCとして各朗読の前後に入る。朗読者の紹介、合間のトーク、投票の呼びかけ。全部壮介が回す」
壮介が台本の三枚目を見た。各朗読者の紹介文が書いてある。
「凛先輩の紹介。"最初の朗読者は文芸部部長、桐谷凛。ミステリの達人。彼女の声を聞いたら——あなたはもう逃げられない"」
「いいが"彼女"は俺には使うな。"この人"か名前で呼べ」
「了解。"桐谷凛の声を聞いたら、あなたはもう逃げられない"」
「それでいい」
「詩織ちゃんの紹介。"二番手は千歳詩織。佳作の天才。彼女の言葉は——心の奥まで届く"」
「"佳作の天才"は面白い表現ですね。使っていいですか」
「詩織ちゃんが許可した! やった!」
「陽翔の紹介。"最後の朗読者は朝倉陽翔。元サッカー部。彼の文章は——走る。あなたの心拍数も一緒に"」
「"元サッカー部"は必要か?」
「必要だ! お前のバックグラウンドが文章のスピード感に繋がってる! 来場者に予備知識を与えるんだ! "サッカー選手が書く文章ってどんなだろう"って興味を持たせる!」
壮介の発想に唸った。来場者の興味を引くための情報設計。MCが出場者の「予告編」を作る。凛先輩のミステリ。詩織さんの佳作。俺のサッカー。それぞれのキーワードが来場者の期待値を上げる。
「壮介。お前、演出の才能あるかもしれない」
「マジ!?」
「マジだ。出場者の紹介文に、それぞれの"売り"を一言で入れてる。テレビの番組紹介みたいだ」
「テレビ!? 俺テレビ的!?」
「テレビのMCに向いてるって意味じゃないぞ。文芸部のMCとして、出場者を最も魅力的に紹介する技術があるって意味だ」
「技術!! 俺に技術!!」
壮介が喜んでいる。千二十文字で「書く技術」は発展途上だが、「場を作る技術」は天性のものがある。体育祭の実況で証明された。朗読バトルでもう一度証明される。
*
BGMの話になった。
「壮介、朗読のBGMはどうする」
「考えてきた! スマホに候補を入れてある!」
壮介がスマホを取り出した。イヤホンを分岐ケーブルで二つに分けて、凛先輩と俺に渡した。三人で聴く。詩織さんは壮介のスマホのスピーカーで聴いている。
凛先輩の朗読用:暗い森を歩くようなピアノ曲。低音が重い。不穏な和音が鳴る。
詩織さんの朗読用:雨の日の窓際で聴くアコースティックギター。温かい。少し切ない。
俺の朗読用:疾走感のあるドラムビート。テンポが速い。身体が動く。
「壮介、選曲のセンスがいい」
「マジ!?」
「マジだ。凛先輩のミステリにピアノの暗い曲。詩織さんの感情小説に雨の音。俺の走る文章にドラム。全部、朗読のトーンに合ってる」
「選曲は得意なんだ! 音楽は食べ物の次に好き!」
「食べ物の次なのか」
「カレーうどン→音楽→小説。この順番!」
「小説が三番目」
「三番目でも好きだぞ! 好きの三番目って十分すごい!」
詩織さんがスピーカーから流れるギターの音を聴いている。
「壮介くん。この曲、私の朗読にぴったりです。雨の音が入っている。私の新作は雨の日が舞台なんです」
「マジ!? 偶然!?」
「偶然じゃないかもしれません。壮介くんは私の文章を読んだことがある。合宿の朗読会で聴いた。その記憶から、無意識に選んだのかもしれません」
「無意識で選曲!? 俺すごくない!?」
「すごいです。壮介くんの耳は文章を覚えている。目で読むだけじゃなくて、耳で覚えている」
壮介の音楽的センスは、文章力とは別の才能だ。壮介は「書く」能力では部内最下位かもしれない。でも「聴く」能力と「場を作る」能力では最上位だ。MCに必要なのは「書く」力ではなく「聴く」力と「場を作る」力。壮介は適材適所なのだ。
凛先輩がスマホで曲を確認した。一曲ずつ聴いた。
「ピアノ曲。いい選択だ。ただし音量は朗読の邪魔にならないレベルに。BGMは主張しすぎない。朗読の"空気"を作るだけでいい」
「空気を作る」
「そうだ。BGMは空気だ。聞こえるけど意識しない。でもBGMがなければ空間が寂しい。BGMは壮介と同じだ」
「俺がBGM!?」
「お前はMCとして空気を作る。BGMも空気を作る。同じ役割だ。壮介とBGMは文芸部の空気係」
「空気係!! カッコいいのか分からない!!」
「カッコいい。空気がなければ人は生きられない」
壮介が「空気係は生命維持装置だ!」と叫んだ。その叫びが教室の空気を揺らした。壮介自身が空気を動かしている。空気係の自覚はないが、壮介の声が鳴る場所には必ず空気が生まれる。
先生が部室に来た。缶コーヒーを持って。
「進捗は」
「MC台本がほぼ完成。BGMの選曲も終わりました。朗読の順番は凛→詩織→陽翔。壮介がMCで全体を回します」
「壮介、MC台本を書いたのか」
「書いた! 五枚!」
「五枚は多くないか」
「凛先輩に感嘆符を全部消された!」
「消されても五枚あるのか。大したものだ」
「先生が褒めた!?」
「褒めた。お前は書く量だけは増えている。千二十文字からMC台本五枚。成長だ」
「成長!! 俺成長してる!!」
「声量は成長しなくていいがな」
「声量も成長する!」
「それは困る」
先生がMC台本を読んだ。一枚目から五枚目まで。缶コーヒーを飲みながら。読み終えて缶コーヒーをちゃぶ台に置いた。空き缶ではない。まだ半分残っている。先生が缶コーヒーを途中で置くのは珍しい。真剣な顔をしている。
「壮介。お前は"届ける"のが上手い。書くのはまだ伸びしろがある。だが"声で届ける"技術は、この部で一番だ」
「俺が一番!?」
「一番だ。凛の文章力。千歳の描写力。朝倉のスピード。全部、紙の上では強い。だが声に変換しきれない部分がある。お前は違う。お前の声は"文章そのもの"が声になる。文字が声に乗る。変換ロスがない。それは才能だ」
「変換ロスがない!?」
「ない。お前が読むと、文字が生きる。千二十文字をお前が読んだ時、あの文章は紙の上の文字から"声の物語"に変わった。あの瞬間を俺は覚えている」
「先生が覚えてる!?」
「覚えている。教師が忘れていいことと忘れてはいけないことがある。生徒の才能を見つけた瞬間は、忘れてはいけない」
先生が壮介を褒めた。しかも具体的に。先生が具体的に褒めるのは珍しい。いつもは缶コーヒーの向こうで短い言葉しか出さない。今日は長く話した。壮介の才能を認めた。
壮介の目が潤んでいた。泣いてはいない。潤んでいるだけだ。壮介は褒められると泣きそうになる。千二十文字の朗読会の時もそうだった。認められることが嬉しい。必要とされることが嬉しい。「一人が怖い」と書いた壮介にとって、「お前が一番だ」は最高の言葉だ。
「泣いてないからな! 目にゴミが入っただけだ!」
「ゴミ。焼肉のタレの次はゴミか」
「ゴミだ! 秋はゴミが飛ぶ!」
「飛ばない」
部室に笑いが広がった。壮介の涙にはいつも別の名前がつく。タレ。花粉。ゴミ。何でもいい。壮介が泣いたことを本人が認めなくていい名前がつけばいい。
MC台本が完成した。五枚。感嘆符は凛先輩に全部消されたが、壮介の声が全ての感嘆符を補う。紙の上で叫ぶ必要はない。当日、壮介の声が教室を揺らせばいい。
「朝倉。朗読原稿の進捗は」
「今夜から書きます。トリの千五百文字。走る文章」
「水曜だ。本番まであと五日。間に合うか」
「間に合わせます」
「いい返事だ。"たぶん"がついていない」
「壮介じゃないので」
「壮介のMCと同じくらい、お前の朗読にも期待している。走れ。千五百文字の全力疾走を見せろ」
凛先輩の期待。詩織さんの期待。壮介のMC。先生の「ここからだ」。全部が俺の背中を押している。明日から千五百文字を書き始める。トリの原稿を書く。走る文章を書く。声で届ける疾走を。走れ。千五百文字分の、全力の距離を。




