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第52話 出し物が決まらない会議

# 出し物が決まらない会議


 月曜日。放課後。部室。


 ホワイトボードが三分割されていた。凛先輩が昼休みのうちに線を引いたらしい。赤いマーカーで縦に二本。三つの枠。三人分のプレゼンスペース。


「では始める。持ち時間は一人三分。時間オーバーは減点」


「減点って何の点数ですか」


「俺の中の好感度だ」


「基準が凛先輩の好感度!?」


「部長権限だ。文句は受け付けない。千歳から」


 詩織さんが立ち上がった。万年筆を置いて。ちゃぶ台の前に立った。手元にA4の紙を持っている。企画書だ。詩織さんが企画書を作ってきた。


「私の案は"来場者参加型リレー小説"です」


「リレー小説?」


「来場者が一行ずつ物語を書き足していくリレー小説です。大きな模造紙に物語の冒頭を書いておきます。来場者が続きを一行書き足す。次の人がまた一行書き足す。最終的に来場者全員が"共著者"になる物語が完成します」


「全員が作者になるのか」


「はい。"自分が物語の一部になる"体験です。完成した物語はコピーして持ち帰れるようにします。お土産です」


「予算は?」


「模造紙とマーカーとコピー代。千円以内で収まります」


「安い!」


「問題はスクリーンです。本当はプロジェクターで大画面に映し出したかったんですが、プロジェクターの予算がありません。だから模造紙で代用します。アナログですが、手書きのほうが温かみがあります」


「詩織さんらしい。万年筆の人だもんな」


「はい。デジタルより手書き。それが文芸部らしいと思います」


 凛先輩がホワイトボードの一枠目に「リレー小説」と書いた。「コスト◎、参加型◎、文芸部らしさ○」。採点している。凛先輩の採点は細かい。


「次。凛」


「俺だ」


 凛先輩が立ち上がった。ホワイトボードの前に立った。手元に紙が五枚ある。五枚。企画書ではない。設計図だ。部屋の間取り。人の動線。パズルの構成図。トリックの設計書。ミステリ作家の本気だ。


「"ミステリ脱出ゲーム——密室の文芸部"」


「タイトルがもう怖い」


「空き教室を密室に見立てる。来場者が二人一組で入室。三十分以内に五つの謎を解いて脱出コードを見つける。脱出できなければ失敗。ストーリー仕立てで、全ての手がかりは文芸部員の作品の中に隠されている」


「五つの謎!?」


「第一パズル。暗号。壮介のカレーうどンエッセイに暗号を仕込む。第二パズル。アリバイ推理。詩織の短編の登場人物の行動から矛盾を見つける。第三パズル。物理トリック。鍵のかかった箱を開ける。第四パズル。文学クイズ。部誌から答えを探す。第五パズル。最終コード。四つの答えを組み合わせて脱出コードを入力」


 全員が黙った。完成度が高すぎる。三日でここまで設計してきた。図面付き。予算表付き。タイムスケジュール付き。凛先輩の本気は常に圧倒的だ。


「予算は?」


「小道具と装飾で五千円。鍵付きの箱は百均で調達。暗号用の印刷物は学校のプリンターを使う。五千円で収まる」


「設計に何時間かけたんですか」


「三日で十二時間」


「一日四時間!?」


「ミステリのためなら寝なくてもいい」


「寝てください」


 壮介が「先輩の本気度が怖い」と呟いた。怖い。でも頼もしい。凛先輩のミステリへの情熱は、壮介のカレーうどンへの情熱と同じくらい底なしだ。


 凛先輩が自分の枠に「脱出ゲーム」と書いた。「集客力◎、体験型◎、準備負担△」。自分で「△」をつけた。準備が大変だと自覚している。


「先輩、質問していいですか」


「許可する」


「脱出ゲーム、当日は誰が運営するんですか。謎解きの管理、ヒントの出し方、タイマー管理。一組三十分で回すなら、常駐スタッフが二人はいる」


「俺と朝倉でやる」


「俺ですか」


「お前が一番冷静だ。ヒントの出し方は判断力がいる。早く出しすぎたら簡単すぎる。遅く出すと来場者が飽きる。その匙加減は、ツッコミのタイミングが分かる人間にしかできない」


「またツッコミ力ですか」


「ツッコミ力は万能だ。覚えておけ」


 詩織さんが手を挙げた。「脱出ゲームの第二パズルに私の短編を使うんですか」


「使う。千歳の作品からアリバイの矛盾を見つけるパズルだ。つまり来場者は千歳の作品を読むことになる。宣伝にもなる」


「宣伝……!」


 詩織さんの目が光った。自分の作品を読んでもらえる。コンクールの審査員だけでなく、朝霧祭の来場者にも。佳作の作品を、もっと多くの人に。詩織さんにとって、脱出ゲームは作品の発表の場にもなる。


「先輩、この企画だけで五十人いけるんじゃないですか」


「脱出ゲームだけなら一日十組が限界だ。二日で二十組、四十人。五十人には届かない。だから他の企画との組み合わせが必要だ」


「つまり三企画あった方が目標に近づく」


「そうだ。だから、まあ、その話は後だ。次。壮介」


 壮介が立ち上がった。手元に紙はない。手ぶらだ。


「壮介、企画書は」


「ない!」


「三日間何をしていた」


「考えてた! 頭の中に全部ある!」


「頭の中から出してくれ」


 壮介が深呼吸した。そして叫んだ。


「"朗読バトルロイヤル——声の文学"!!」


 声がでかい。プレゼンの声量ではない。実況の声量だ。


「文芸部員が自分の作品を朗読する! ステージ朗読! 来場者が投票で勝者を決める! 俺が実況する! BGM付きで! マイク使って! 声のライブだ!!」


「壮介、声量を下げろ。プレゼンは叫ぶものではない」


「でも朗読バトルは叫ぶものだ!!」


「朗読は叫ぶものではない」


「俺の朗読は叫ぶ!!」


「それは朗読ではなく絶叫だ」


 俺が手を挙げた。


「壮介の案、エンタメ性は高いと思います。来場者が投票で勝者を決めるのは参加型だし、声のライブは他の部にはできない」


「陽翔! 分かってくれるか!?」


「分かる。ただし壮介がMCをやると朗読会が体育祭になる」


「それの何が悪い!」


「ジャンルが違う」


 凛先輩が壮介の枠に「朗読バトル」と書いた。「エンタメ◎、壮介の暴走リスク△、ジャンル崩壊の危険△」。△が二つだ。


「さて、朝倉。お前の案は」


「……ありません」


「三日間何をしていた」


「考えたんですけどまとまらなくて。代わりに三案の分析を持ってきました」


 ノートを開いた。三案の良い点と課題をまとめたメモ。


「凛先輩の脱出ゲーム。完成度は最高。ただし設計と準備が凛先輩一人に偏る。当日の運営も手がかかる」


「正確な分析だ」


「詩織さんのリレー小説。コンセプトが素晴らしくてコストも安い。ただし来場者の流れを管理する進行役が常駐で必要」


「そうですね」


「壮介の朗読バトル。エンタメ性は最強。ただし壮介が暴走した時に止める手段がない」


「止まらないよ! 止まったら死ぬ!」


「マグロか」


 凛先輩が腕を組んだ。「朝倉の分析は的確だ。だが案を出せ」。


「出せません。三つとも良くて選べない」


「では多数決を取る」


 挙手。凛先輩が「脱出ゲーム」に手を挙げた。詩織さんが「リレー小説」に手を挙げた。壮介が「朗読バトル」に手を挙げた。俺は棄権。先生は「全部面白い」と言って棄権。


 三対〇対〇。全員が自分に投票して、誰も勝っていない。


「民主主義が機能しない」


「独裁にしましょう。凛先輩が決めてください」


「俺が決めたら脱出ゲームになるぞ」


「じゃあ民主主義で!」


「今やって失敗しただろう」


 膠着。三案が三案とも譲らない。凛先輩のミステリ。詩織さんのリレー小説。壮介の朗読バトル。全部が文芸部らしい。全部が捨てがたい。


「凛先輩の脱出ゲームは準備が大変すぎる」


「千歳のリレー小説は進行役が常駐で必要だ。誰がやるんだ」


「壮介の朗読バトルは壮介が暴走する」


「暴走しない! たぶん!」


「"たぶん"がついてる時点でダメだ」


 凛先輩と詩織さんと壮介が互いの案のツッコミを始めた。三人が三人の案を批評し合っている。合宿の合評会と同じ構図だ。でも合評会は作品の批評。今は企画の批評。文芸部は何をしても批評になる。職業病だ。


「脱出ゲームは凛先輩の独壇場すぎて他の部員が置いてけぼりになる」


「リレー小説は来場者の質に依存しすぎる。変なこと書く人が来たら」


「朗読バトルは壮介のMCで全部持っていかれて朗読が霞む」


「俺のMCが悪いのか!?」


「悪くない。良すぎるのが問題だ」


「良すぎて問題!? 褒めてるの!?」


「褒めてない。批評だ」


 壮介が「批評はコンクールだけで十分だ!」と叫んだ。先生が「文芸部は批評が仕事だ。慣れろ」と返した。


 俺が整理を試みた。


「三案とも良い点がある。凛先輩の脱出ゲームは集客力と完成度。詩織さんのリレー小説は参加感とコスパ。壮介の朗読バトルはエンタメ性と壮介の声。全部違う方向を向いてるけど、全部"文芸部ならでは"だ」


「朝倉、お前はどれがいいと思う」


「選べません。三つとも捨てがたい。一つに絞ると残りの二つが消える。凛先輩のミステリも、詩織さんの参加型も、壮介の声も、全部文芸部の武器だ。一つの武器しか使わないのはもったいない」


「だが五人で三企画は物理的に不可能だ」


「本当に不可能ですか? 脱出ゲームは常駐二人。リレー小説は常駐一人。朗読バトルは時間限定のイベントだから常駐不要。午前と午後でローテーションを組めば、五人でも三企画を回せる計算になる」


「ローテーション?」


「午前は脱出ゲームとリレー小説を同時運営。凛先輩と俺が脱出ゲーム、詩織さんがリレー小説、壮介が呼び込み。午後に朗読バトルを集中開催。朗読の時間だけリレー小説を中断すれば、人手の問題はギリギリ解決する」


 凛先輩が目を細めた。計算している。頭の中でスケジュールを組んでいる。


「朝倉。お前、分析力だけは認める」


「だけ?」


「今のところだけだ。成長に期待する」


 議論が堂々巡りしている。でも俺の提案で少し方向性が見えてきた。三人の「得意」が三方向を向いている。一つに絞るか、全部やるか。


 先生が缶コーヒーを飲み干した。空き缶をちゃぶ台に置いた。


「意見がある」


 全員が振り返った。先生が意見を言うのは珍しい。いつもは缶コーヒーを飲んでいるだけだ。


「全部やれば?」


 沈黙。三秒。五秒。


「全部!?」


 壮介が叫んだ。


「脱出ゲームとリレー小説と朗読バトル。三つとも。文化祭は二日間だ。時間はある。ローテーションで回せばいい」


「先生、五人で三企画は——」


「無謀だな」


「無謀ですよね」


「だが文芸部は最初から無謀だ。五人で部を存続させた時点で無謀なんだ。コンクールに千二十文字で出した時点で無謀だ。今さら何を恐れる」


 壮介が「先生かっこいい!!」と叫んだ。


 凛先輩が腕を解いた。ホワイトボードを見た。三分割された枠。三つの案。全部がある。全部やる。


「先生の言う通りだ。一つに絞る理由がない。全部やって、全部を文芸部の武器にすればいい。三つの企画を同時に回す。大変だが——やる」


「やりますか!」


「やる。名前をつけよう。"朝霧祭 文芸部フェスティバル"。三企画同時開催」


 凛先輩がホワイトボードの三分割を消した。代わりに大きく書いた。「文芸部フェスティバル」。その下に三つの企画名。


 ①ミステリ脱出ゲーム「密室の文芸部」…凛プロデュース

 ②来場者参加型リレー小説「あなたも作家」…詩織プロデュース

 ③朗読バトルロイヤル「声の文学」…壮介プロデュース


「名前がカッコいい! 特に俺の!」


「お前のだけ暴力的なんだが」


「バトルロイヤルは文学用語だ!」


「違う」


「朝倉は全企画のサポートと進行管理。プロジェクトマネージャーだ。あと朗読バトルの出場者」


「俺がPM?」


「お前が適任だ。ツッコミができる人間は全体を見渡せる」


「ツッコミ力をそっちに使うのか」


「先生は監督兼予算管理」


「缶コーヒー飲んでるだけじゃダメか」


「ダメです。申請書の責任教員にサインしてください」


「サインだけでいいか」


「サインと予算管理と安全管理」


「仕事が多い」


「先生の仕事です」


 先生が渋々サインした。


 ホワイトボードに「文芸部フェスティバル」の文字が光っている。掟の横に。三つの企画名が並んでいる。五人で三企画。無謀だ。でも全員が笑っている。凛先輩も、詩織さんも、壮介も、先生も。無謀を楽しんでいる。コンクールの時にはなかった笑顔だ。結果を恐れる顔ではなく、これから作る未来にワクワクしている顔だ。これが文化祭の力だ。これが団体戦の、文芸部の力だ。


「金曜に申請書を出す。来週から準備開始。文化祭まで二週間。全員、覚悟しろ」


「覚悟!」


 壮介が叫んだ。窓ガラスが震えた。


「具体的なスケジュールは明日決める。今日は企画名と方向性だけ固めた。明日、役割分担とタスク表を作る」


「凛先輩、仕事が速い」


「速くないと間に合わない。十日しかない。明日からフルスピードだ」


 詩織さんが万年筆を持ち直した。リレー小説のシステムをノートに書き始めている。もう動き出している。冒頭をどうするか。一行目を自分が書くか、来場者に委ねるか。詩織さんの目が真剣だ。


 壮介が「MCの台本書かなきゃ!」と叫んだ。凛先輩が「台本は来週でいい。明日は全体の段取りだ」と止めた。壮介が「段取り! 了解!」と叫んだ。壮介は何を言っても叫ぶ。


 先生が立ち上がった。


「俺は金曜の放課後、申請書を生徒会に持っていく。お前たちは企画の中身を詰めろ。あと一つだけ言っておく」


「何ですか」


「楽しめ。文化祭は楽しむためにある。準備で消耗して本番が辛くなったら本末転倒だ。楽しんで準備して、楽しんで本番を迎えろ。俺は十五年前の文化祭で……いや、これは言わなくていい」


「先生、気になる! 十五年前の文化祭!?」


「言わない。缶コーヒーの秘密と同じだ」


「缶コーヒーに秘密あったんですか!?」


「ない。忘れろ」


 先生が部室を出ていった。缶コーヒーを新しく一本持って。先生の「十五年前の文化祭」が気になるが、聞ける雰囲気ではなかった。いつか聞こう。


 帰り支度をしている時、詩織さんが俺の横に来た。


「朝倉くん。三企画のPM、大変ですね」


「大変だけど、やりがいはありそうだ。サッカーの時もスケジュール管理は好きだった」


「朝倉くん、スケジュール管理が好きなんですか?」


「好きというか、全体を見渡すのが性に合ってる。サッカーのミッドフィルダーと同じだ。前も後ろも見る。パスを出す。走るのは他の人。俺は繋ぐ」


「PMはミッドフィルダーなんですね」


「そうかもしれない。凛先輩がフォワード。壮介がゴールキーパー。詩織さんが——」


「私は?」


「攻撃的ミッドフィルダー。一番得点に近いパサー」


「サッカーの例えはよく分かりませんが、嬉しいです」


 詩織さんが笑った。文化祭の準備が始まる。三企画同時進行。五人で回す。無謀だ。でも楽しい。コンクールの個人戦とは違う。これはチーム戦だ。全員で走る。全員で届ける。掟の三番目。笑え。笑いながら走る秋が始まった。文芸部フェスティバルの開幕まで、あと十日。全力で走る。五人全員で、笑って走る。掟の三番目。笑え。

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