第35話 朝焼けの散歩と、一行の発見
# 朝焼けの散歩と、一行の発見
目が覚めた。
身体が重い。三時間しか寝ていない。深夜三時に布団に入って、今は朝六時。窓の外が明るい。カーテンの隙間から光が漏れている。朝だ。合宿の二日目。
隣で壮介が寝ている。ブランケットにくるまって、完全に繭の状態だ。寝息が規則正しい。この男は昨夜十時半に寝落ちしたから、七時間半は寝ている。俺の二倍以上だ。先生は既にいなかった。布団が畳んである。階下から缶コーヒーを開ける音がした。プシュッ。朝の一本目。
起き上がった。首が痛い。肩が痛い。指が痛い。昨夜書きすぎた。九千二百文字まで来た。あと八百文字。ラストの一行がまだない。深夜に書けなかった。朝焼けを見て、壮介の寝言に笑って、眠りに落ちた。ラストは見つからないまま。あと八百文字。数字にすれば少ない。原稿用紙二枚分。でもその二枚が書けない。一万文字のうち九千二百文字は書けたのに、残りの八百文字が鉄の壁みたいに立ちはだかっている。
顔を洗って、着替えて、階段を降りた。頭の中がまだ昨夜の原稿でいっぱいだ。歩けば整理できるかもしれない。サッカー部の時もそうだった。試合前の夜に考えすぎて、朝にグラウンドを走ると頭がクリアになった。今は走れないが、歩くことはできる。
玄関で靴を履こうとした時、声がした。
「おはようございます」
詩織さんだった。
もう起きていた。白いワンピースに薄いカーディガン。朝の空気は少し冷たい。八月でも早朝は涼しい。髪を下ろしている。寝起きの髪だ。少しだけ乱れている。普段の詩織さんは髪がきちんと整っている。寝起きの詩織さんは、少しだけ違う。柔らかい。合宿でしか見られない顔。
手に取材ノートを持っている。この人は寝起きでも取材ノートを握っている。万年筆は持っていなかった。代わりにボールペンだ。万年筆は朝露で錆びるかもしれないから、とのこと。道具に対する愛情が細かい。
「詩織さんも散歩?」
「はい。朝焼けを見ようと思って。四時に起きたんですけど、書いていたら六時になっていました」
「四時起き? 昨夜遅くまで書いてたのに?」
「最終章を書き終えた後、興奮して眠れなくて。三時間くらい寝て、起きました。朝焼けを見ながら取材ノートに三ページ書きました」
「出発前に三ページ。詩織さんは合宿でも書くペースが変わらないな」
「書くことは呼吸と同じです。場所が変わっても呼吸は止まりません」
「書くことを呼吸に例える人、初めて見た」
「朝倉くんは走ることに例えるでしょう? 私にとって書くことは、朝倉くんの走ることと同じです」
俺と同じだ。三時間睡眠。書く人間は夜に寝ない。
「一緒に歩いていい?」
「もちろんです」
二人で外に出た。かもめ荘の玄関を出た。坂道の上に立った。目の前に海が広がっている。朝の海だ。薄い青と白の間の色をしている。水面が朝日を受けてきらきらしている。
「綺麗ですね」
「うん」
*
朝の空気が冷たかった。
八月の朝六時。太陽は既に昇っている。でも高くない。斜めの光が坂道を照らしている。影が長い。木々の影が道に縞模様を作っている。蝉がまだ鳴いていない。朝は静かだ。
鳥の声が聞こえる。高い声で、短いフレーズを繰り返している。潮風が下から吹き上げてくる。朝の潮風は冷たくて清潔だ。
坂を下った。砂浜に向かっている。二人で並んで歩いている。詩織さんの足音が隣にある。スニーカーが砂利を踏む音。小さい音。俺の足音のほうが大きい。サッカーをやっていた頃の歩き方が抜けない。足を強く踏み込む癖がある。詩織さんの歩き方は軽い。地面に触れているのかどうか怪しいくらい軽い。
「昨夜、朝焼けを見ました」
「見たんですか?」
「深夜三時くらいに、窓の外が白んできて。それから桃色になって、オレンジになって。海の上に光が広がっていくのを見た」
「綺麗でしたか?」
「声が出ないくらい」
「朝倉くんが声が出ないくらいって、相当ですね。文芸部員なのに言葉が出ないって、よほどですよ」
「文芸部員でも言葉が出ない時はある」
「そういう時こそ、後で書けばいいんです。声にならなかった言葉を、文字にする。それが文芸部員の特権です」
「特権か。良い言い方だな」
「朝倉くんはいつも何かしら言葉が出る人ですから。花火の時だって、言いかけましたよね」
花火の夜のことだ。言えなかった一言。花火の音にかき消された。あの言葉はまだ胸の中にある。
「原稿、もうすぐ書けるよ」
「本当ですか?」
「あと八百文字。ラストの一行が決まれば、完成する」
「ラストの一行」
「それがまだ見つからない。主人公が最後にどこに立つのか。何を見るのか。何を感じるのか。それが決まらない。昨夜の深夜に三時間書いて、九千二百文字まで来た。膝が壊れた記憶も、灰色の日々も、文芸部に来た日も、全部書いた。でもラストだけが書けない」
「ラストは一番難しいです。私もいつもラストで苦しみます」
「詩織さんでも?」
「はい。ラストの三行は、全体の印象を決めます。どんなに良い作品でも、ラストが弱いと読後感が薄くなる。逆に、ラストが強ければ、途中の粗も許される。ラストは作品の心臓です」
「心臓」
「はい。心臓が動いている作品は生きています。動いていない作品は——形だけの文字の塊です」
俺の原稿には心臓がまだない。九千二百文字分の体はできている。骨格も筋肉もある。でも心臓がない。ラストの一行が心臓だ。それが見つかれば、原稿が生きる。
砂浜に出た。裸足で歩いた。靴を脱いで、砂の上に置いた。詩織さんも靴を脱いだ。朝の砂は冷たい。
波打ち際まで歩いた。昨日の足跡は消えていた。詩織さんが言った通りだ。砂の上の言葉は消える。でも覚えている。
「コンクールの原稿、どんな話ですか?」
「走れなくなった奴の話だよ。膝を壊して、走れなくなって、全部がなくなったと思った奴が、別の走り方を見つける話」
「朝倉くんの話ですね」
「フィクションだよ」
「フィクションでも、朝倉くんの話です」
「うん。俺の話だ。半分くらい」
「残りの半分は?」
「みんなの話。文芸部の話。凛先輩がいて、壮介がいて、先生がいて、詩織さんがいて」
「私もいるんですか」
「いる」
詩織さんが少し黙った。波が足元を洗っている。
「朝倉くん、ラストの一行が見つからないって言いましたよね」
「うん」
「主人公は、走れなくなった後に何を見つけたんですか?」
「書くことを見つけた。ペンで走ることを」
「じゃあ、ラストの一行は、走ることでも書くことでもないものかもしれません」
「走ることでも書くことでもない?」
「はい。その先に何があるか。走ることも書くことも、一人でできます。でも——一人じゃないから続けられることって、ありませんか?」
詩織さんが波打ち際を歩き始めた。ゆっくり。足跡が砂に残る。波が来て、消す。また歩く。また足跡ができる。また消える。
「朝倉くんにとって、走ることは何でしたか?」
「全部だった。走ることが人生の全部だった」
「書くことは?」
「今は、走ることの代わりじゃなくて。書くこと自体が好きになってきた。でもまだ全部じゃない」
「全部じゃない部分は、何ですか?」
俺は少し考えた。波の音。朝の光。詩織さんの横顔。朝日に照らされた横顔。
走っていた頃のことを思い出した。サッカー部の練習。チームメイトがいた。一人で走っていたわけじゃない。チームで走っていた。
書くことは違うと思っていた。凛先輩が言った。「作家は孤独な作業だ」。確かにペンを握るのは一人だ。でも図書館で詩織さんが隣にいた時、ペンの音が変わった。合宿でみんなと書いた時、言葉が変わった。一人で書いていたんじゃない。並走していたんだ。
走ることは一人でもできた。書くことも一人でもできる。でも隣に誰かがいると、もっと書ける。一人じゃ出せない音がある。隣に誰かがいるから出る音がある。
合宿のことを思い出した。壮介のカレー。凛先輩のブランケット。先生の本音。五人で同じテーブルを囲んだ夜。「家族みたいでしたね」。一人じゃなかった。
何かが繋がった。パチン、と。パズルの最後のピースが落ちた音がした。
「詩織さん」
「はい」
「見つけた。ラストの一行」
「え?」
「走り続けるには——隣にいる人が必要だった」
それがラストの一行だ。主人公が走ることを失って、書くことを見つけて、その先に見つけたもの。「隣にいる人」。走る理由でも書く理由でもなく、走り続ける理由。書き続ける理由。一人じゃないという事実。
ポケットからメモ帳を取り出した。ペンを握った。砂浜の上で、立ったまま書いた。一行。走り書きだ。字が汚い。でもいい。ゴールが見えた。ゴールの形が見えた。文字になった。メモ帳の上に、ラストの一行が存在している。
「見つかったんですか?」
「見つかった。詩織さんのおかげだ」
「私は何もしていませんよ。ただ隣にいただけです」
「それがヒントだったんだよ。隣にいてくれたことが。図書館の時もそうだった。プールの時もそうだった。砂浜の時もそうだった。詩織さんが隣にいると、見えなかったものが見える。書けなかったものが書ける」
詩織さんが笑った。朝の光の中で。嬉しそうに。
「じゃあ、原稿完成ですね!」
「いや——まだだ」
「まだ?」
「ラストの一行は見つかった。でもそこに辿り着く道がまだ書けてない。あと八百文字。この八百文字が一番大事で、一番難しい。ラストの一行に読者を連れていくための助走の八百文字。サッカーでいえば、ゴール前のラストパスだ。パスがずれたらシュートが入らない。同じだ。ラスト八百文字がずれたら、最後の一行が活きない。それが書けない限り、原稿は完成しない」
メモ帳にラストの一行を書いた。「走り続けるには、隣にいる人が必要だった」。目的地は見えた。でも道がまだできていない。ゴールは分かっている。でもそこに辿り着く最後の坂が、まだ設計できていない。
「急がなくていいですよ」
詩織さんが言った。
「大切な場面は、いつも一番最後に書けるようになります。合宿が終わってからでも。帰ってからでも。ラストの一行が見つかっていれば、大丈夫です。ゴールが見えているなら、道はいつか書けます」
「帰ってから」
「はい。合宿の記憶が沈殿してから書くほうが、いい文章になるかもしれません。体験は、少し時間を置いたほうが言葉になります。今書いても、たぶん上手くいかない。合宿の中にいる間は、合宿のことを俯瞰で見られないから。帰って、日常に戻って、部室の畳の上で思い出しながら書く。そのほうがきっと——いい八百文字になります」
詩織さんの言葉に安堵した。急がなくていい。ゴールは見えている。あとは道を作るだけだ。合宿の中で無理に書き上げる必要はない。帰ってから。合宿の記憶が沈殿してから。海と山とカレーと花火の記憶が、言葉に変わるまで待つ。待つことも書くことの一部だ。詩織さんが新作のタイトルを「待合室」にしたように。待つことには意味がある。
「詩織さん」
「はい」
「ありがとう」
「何がですか?」
「隣にいてくれて」
言ってしまった。推敲していない言葉だ。「推敲していない言葉には本音が入っている」と詩織さん自身が言っていた。本音だ。これは本音だ。
詩織さんの耳が赤くなっていた。嘘チャレンジの時と同じ赤さだ。プールの時と同じ赤さだ。
「こちらこそ、隣にいてくれて、ありがとうございます」
小さな声だった。波の音にほとんどかき消されそうな声。でも聞こえた。確かに聞こえた。
二人で砂浜に立っていた。波打ち際で。朝日が二人の影を長く伸ばしていた。二つの影が、砂の上に並んでいた。昨日、詩織さんは砂に小説を書いて、波に消された。「消えるからこそ自由に書ける」と言った。俺は「走れ」と書いて消された。今朝の砂浜にはラストの一行を書いた。メモ帳に。砂ではなく紙に。消えない言葉で。残る言葉で。
「戻りましょうか。みんな起きる頃です」
「うん。戻ろう」
靴を履いた。坂を上った。並んで。朝の坂道を二人で上った。来る時は下り坂だった。帰りは上り坂だ。少しだけ息が上がる。でも隣に詩織さんがいるから、坂が短く感じる。一人で上る坂と、二人で上る坂は、同じ傾斜でも違う。原稿も同じだ。一人で書く文章と、隣に人がいて書く文章は、同じペンでも違う。
かもめ荘が見えてきた。白い壁とエメラルドグリーンの屋根。朝日に照らされて輝いている。あの中に凛先輩がいて、壮介がいて、先生がいる。俺と詩織さんを待っている。五人が揃えば合評会が始まる。未完成の原稿を持って、みんなの前に座る。未完成でいい。未完成を見せ合うことから、完成への長い道が始まる。
*
かもめ荘に戻った。食堂に先生がいた。缶コーヒーを飲んでいる。
「散歩か。二人で」
「はい。朝の砂浜を歩いてきました」
「そうか」
壮介が階段から降りてきた。
「おはよう!! 朝だ!! 腹減った!!」
「壮介、七時間半寝ただろ」
「寝た! 最高の睡眠だった! 夢でカレーうどン食った!」
「夢でも食ってたのか」
「三杯食った! 夢の中のカレーうどンは無限に食える!」
壮介は夢の中でも壮介だ。カレーうどンを食べて、声がでかくて、元気だ。この男のブレなさは安心感がある。世界がどう変わっても壮介は壮介だ。
女将さんが朝食を用意してくれていた。ご飯と味噌汁と焼き魚と卵焼き。壮介が「おかわり!」と三杯目のご飯をよそっている。女将さんが「よく食べる子だねえ」と笑った。毎朝同じやり取り。この三日目のルーティンも今日で最後だ。
凛先輩が降りてきた。寝起きで目が据わっている。髪を直していない。十分で部長の顔になった。変身完了。
「今日の予定。朝食後、十時から合評会。全員の原稿を合評する」
「先輩、俺の原稿はまだ完成してないんですけど」
「分かっている。完成していない状態で合評する。それでいい。途中の原稿に対して指摘を出す。帰ってからの仕上げに使え」
「途中でもいいんですか」
「途中だからこそ意味がある。完成した原稿に対する批評より、途中の原稿に対する批評のほうが修正に活かせる。完成してからでは手遅れだ」
凛先輩の合理性は合宿中も健在だ。途中の原稿を合評する。完成前に指摘をもらう。帰ってから修正する。三段階の設計だ。
朝食を食べ終えた。階段を上がった。二階奥の和室。海が見える仮の部室。
ノートを開いた。ペンを握った。ラストの一行はメモ帳に書いてある。「走り続けるには、隣にいる人が必要だった」。ゴールは見えている。でも道が書けない。残り八百文字。読者をゴールに連れていくための八百文字。ゴールが見えているからといって、そこに辿り着けるとは限らない。サッカーでいえば、ゴールが見えていてもシュートが入るかどうかは別の話だ。
書き始めた。主人公が新しい走り方を完全に手に入れるシーン。水に浮いて「止まっていてもいい」と知った後。砂浜に言葉を書いて、波に消された後。ここから、「隣にいる人が必要だった」に繋げたい。でも繋がらない。言葉が中途半端に止まる。助走が足りない。ゴール前で減速する文章。
三十分かけて二百文字書いた。読み返した。違う。削除した。また書いた。百五十文字。読み返した。近いけど、まだ違う。違和感がある。言葉の温度が合っていない。ラストの一行は熱い。でもそこに至る文章が冷たい。温度差がある。温度を合わせないと、読者がついてこない。
消した。また書いた。二百文字。今度は温度が近い。でもリズムが合わない。短文で走りたいのに、文章が長くなる。削る。短くする。百八十文字になった。リズムは良くなった。でも情報が足りない。削りすぎた。
九千四百文字。朝の三十分で二百文字増えた。増えたが、まだ六百文字足りない。六百文字。原稿用紙一枚半。たった六百文字。でもその六百文字が、この作品の全てを決める。ゴール前のラストパス。あと一歩。あと六百文字。
ペンを置いた。合評会の時間だ。
「先輩、俺の原稿はまだ完成してないんですけど」
「分かっている。完成していない状態で合評する。それでいい。途中の原稿に対して指摘を出す。帰ってからの仕上げに使え」
「途中でもいいんですか」
「途中だからこそ意味がある。完成した原稿に対する批評より、途中の原稿に対する批評のほうが修正に活かせる。完成してからでは手遅れだ」
凛先輩の合理性は合宿中も健在だ。途中の原稿を合評する。完成前に指摘をもらう。帰ってから修正する。三段階の設計だ。
九千四百文字の未完成原稿を持って、ちゃぶ台に向かった。完成していない。でもここまで来た。あと六百文字。帰ってから書く。合宿の記憶が沈殿してから。今日の合評会で、その六百文字のヒントをもらう。凛先輩の指摘。詩織さんの感想。壮介の涙。先生の一言。全部が六百文字の材料になる。
合評会が始まる。未完成の原稿を、みんなの前で読む。怖い。でも読む。凛先輩が「途中だからこそ意味がある」と言った。途中を見せることも、勇気だ。完成していないものを人前に出すのは、裸で立つのと同じだ。でも文芸部はそういう場所だ。裸を見せ合える場所。互いの未完成を受け入れて、一緒に完成を目指す場所。掟の四番目。泣くな。泣かない。ただ読む。九千四百文字の未完成を、全員の前で声にする。




