9.
グレンディーン子爵家は余計な使用人を雇うほどの余裕がなく、アレクシスはタウンハウスに一人で住んでいた。マリーの面倒は彼が全て見ていたから、彼が連れ去られたあと、私はマリーを自分のところに連れてきた。
時は刻々と過ぎていった。
学園の卒業式はもはやゲームの時の影もなく、本当にあっさり終わってしまった。
王太子はそこで私との結婚を発表した。
アレクシスの判決が出た。王家の圧力があったのだろう、彼は死刑に決まった。
彼の処刑日は私と王太子の結婚の前日だった。
公爵に頼めば、捕らわれているアレクシスを影武者にすり替えてくれることを了承してくれた。王太子に肥沃な直轄領を一つ公爵家に貢がせることが引き換えだった。
公爵は確かに約束を守って手の者を派遣してくれたが、肝心のアレクシスは影武者を頑なに断ったという。
公爵は彼の希望を無視して無理やり保護してやろうか?と私に聞いた。
なんとなく、それは彼の心を壊してしまうと思った。
私は彼の尊厳まで無視することはできなくて、無力に首を振った。
ウエディングドレスのフィッティングをしながら、マリーがこれを着ればさぞ可愛いだろうと考えた。こんなことになっていなければこれは彼女が着るべきものだったと、ただそんなことを考えていた。
やがて処刑の日がやってきた。
公開処刑場には人が詰めかけていて、熱気が立ちこめていた。この国では公開処刑が民の娯楽の一つとして存在していた。別に珍しいことでもなく、数週間に一回以上はあった。
しかし貴族が処刑されるというのはそうあるものではなかった。
特にここのところは不作と、近隣国家との情勢不安もあり民は不満がたまっていたのだろう。
「処刑!処刑!!」
「俺等の血税をふんだくりやがって!!」
おおよそ罪状とは関係ないような事を喚く声がそこらじゅうで響いて、たまに石が飛んだ。
今日、私はフード付きのローブを被ってマリーと一人の侍女とお忍びで来ていた。
前もって調べていたところへ向かって人混みの中をかき分けて進む。
マリーを連れてきたのは、最後ギリギリまで彼女に声をかけてあげることがせめてもの彼女への贖罪だと思ったからだ。
アレクシスが捕らえられていってから私は生きている意味を失ったような気がしていた。
愛した人が死に、愛していない王太子に愛を囁いて、公爵家の利益のために使われ、いつ治るか治るかもわからない、自分が壊してしまった親友の隣で生き続けることは、私には耐えようもなかった。
そう考えると、影武者を断ったアレクシスもこんな気持ちだったのかもしれない。
恋愛が盲目というのは確かだ。
アレクシスを生かしたい一心で罪を犯してしまった。他の道を探ることさえ思いつかなかった。
その罪が回り回ってアレクシスを殺すことになるとは、皮肉なことである。
私は終わりにしようと思った。
マリーのことは信頼のおけるこの侍女によく頼んであった。宝珠は王太子や公爵がいくらでも買い与えてくれていたから、それらをほとんど売ってお金に変えた。その莫大なお金や、残しておいた小ぶりな宝珠を侍女に握らせた。
彼女には、もし自意識を取り戻さなくても、一生美味しいものを食べて、柔らかい布団で寝て、全ての世話をされるくらいの生活を保証した。もし自意識を取り戻した場合は、使い切れないほどのお金を好きに使えばいい。
処刑前の喧騒の中でマリーは相変わらずぼんやりと、うわ言を口にしていた。
私は祈りを込めてマリー、マリーと囁いたけれどそれが通じることはなかったようだ。
少しすると罵声が一気に高まった。私がそちらに目をやると、前後を衛兵に挟まれ、看守に引き連れられたアレクシスがこちらに歩いて来ていた。あと少し。
罵声や喧騒がますます大きくなっていった。その音圧か、マリーは不安そうに震えていた。
そういえばと思い出して、道の途中でたまたま目にして摘んでしまった四つ葉を取り出した。彼女の髪に挿してやる。
あなたにもう一度、幸福が訪れますように。
最後にローブの裏を確かめた。そこには血しぶきに塗れないように王太子への便箋が入っている。
これがあれば王太子はアレクシスを許すだろう。
一行が処刑台の前に着くと衛兵は横に控え、看守がアレクシスを連れて処刑台に上がった。
タイミングだ。私は侍女に目配せをした。
「さようなら、マリー」
私は最後にマリーを抱きしめて、その頬にキスをした。
「っ、リュシー!」
マリーが、いつになくはっきりした声で私を呼んでくれたから私は笑って、少し目尻から涙がこぼれた。
私はマリーを離して背を向けた。
待って、と聞こえたのは気の所為だろう。
私達が陣取っていたのは処刑台の真後ろだ。
私はフェンスの穴をくぐり抜けて、そのまま処刑台へと走った。ゴオオと罵声がさらに大きくなる。
しかし私にとっては何故か静かだった。何も聞こえない。ただ、アレクシスがそこにいる。
処刑台に駆け上がり、看守にタックルをかました。その勢いで、看守が処刑台から転がり落ちる。
私はアレクシスのもとに駆け寄った。
練習していた手筈通りに縄を解く。
口調はもう、取り繕わない。
「アレクシス。今からでも私と逃げませんか?」
彼がのそりと顔を上げた。ローブの中の私と目が合った。彼は驚きに固まった。
「どこか遠いところへ逃げて平凡に暮らしませんか?」
彼は、無理だろという顔をした。
ふふ。それができるのですよ。公爵が手助けをすると言ってくれましたし。
「私はあなたが好きです。絶望して死ぬくらいなら私と来てくれませんか?」
彼はお前は王太子が好きなんじゃという顔をした。
……ごめんなさい、それは命令を遂げようと仕方なくなのです。これもあなたを生きさせるためで。
「あなたの為ならば、何でもできます。あなたは頷くだけでいい」
前世でも告白するような機会はなかったし、王太子はあちらから告白してきたから、これは正真正銘初めての告白だ。
上手く言えるかな。
ゴクリとつばを飲み込む。
「私と生きてください」
手を差し出す。
彼が口を開く。
「死んでも嫌だ」
想像していた通りの言葉で私は思わず微笑んでしまった。
「あなたは!自分が、マリーをあんな風にした人間だとわかっているのか!」
私は遠慮がちに頷いた。
自分の罪をすべてわかってるとは言わない。責任を最大限に負ったかも怪しい。
ただ、常に罪を意識していたのは事実だった。
ずっと前からそれは私の中でどっしりと佇んでいた。
一世一代の告白も済んだことだし、このまま計画通りに進めよう。
私は彼に頭突きして、怯んだ隙に処刑台から突き落とした。彼は綺麗に受け身を取った。流石、騎士科の優秀生。
そういえば、マリーも連れて逃げ出せないかと、考えた事がある。
しかし、無理にマリーを連れ出せば苦しい生活を強いてしまうだろう。
逃げ出した死刑囚は懸賞金をかけられ指名手配されるので、そこら中で追われることになる。だから、逃亡先に目しているのはこの大陸の北部の島の少し原始的な集落。 そこでは通貨などはなく、狩猟採集をして生活するそうだ。あの状態のマリーを連れて行くのは厳しいだろう。
ここにいたほうがよっぽど豊かで満たされた生活にしてやれる。
そんなことを考えていると、衛兵に後ろから羽交い締めにされた。
時間切れか。私としたことが、こんな局面に物思いなんてしてしまった。
私はこっそり仕込んでいた白銀に黒い文様の短剣を手に滑らせて握る。
そしてあの日の動きを思い出しながら剣を振るった。
「ヴッ」
さすがアレクシス直伝の剣術。さすが、公爵令嬢ボディ。衛兵はがっくりと膝をついた。
剣を振った勢いで被っていたフードが取れてしまう。
前列で座って観覧していた王太子が、目を見張って立ち上がった。
「シェンヌ!?」
王太子が衛兵に怒鳴る。
「止まれ!その女性を攻撃するな!!」
王太子は前に私に、自分の横で処刑を見守るかと聞いてきた。
私はその時、しおらしく頭を振って見たくないといった。王太子は、考え込まずにゆっくり休むよう私によく言い含めていた。
ごめんなさい、王太子。私は随分とあなたを利用してしまった。
愛する人が死ぬのは辛いだろう。
その気持ちをよくわかっているのに、今からそれを味合わせようとしている。
ごめんなさい、マリー。あの時の私は公爵の言ったことをとにかく叶えなければと焦って、視野が狭くなって、本当に許されないことをしてしまった。
私たち、どうしたら普通に仲良く暮らせたのかな。
ごめんなさい、アレクシス。私のせいでこんなことになって。
私はもう、どうすれば良いのか、どうすれば良かったのか、考えるのに疲れてしまった。
白銀の短剣を自分の首に当てる。それはひんやりと心地良い。
ごきげんよう




