7.
「殿下。私、マリーがあんなことになってしまってとっても胸が痛いのです」
マリーは貴族の生活に嫌気が差して、一人失踪してしまったという筋書きで学園からいなくなった。
「私が話しかけるのも、彼女にとってはプレッシャーだったのかしら」
「そんなことはないよ。彼女は君の隣にいるときに一際嬉しそうに笑っていた」
「ああ、マリー。あなたはどうして……」
私はよよよと王太子の胸元にしなだれかかる。
想い人が突然去った王太子の傷に漬け込めば、王太子は簡単に私に靡いた。
マリーが去った悲しみを共有し、お互いにもたれかかるようにして急速に仲良くなっていった。
他の攻略対象は私を見かけると、横に目をやっては、私に同情の言葉をかけて悲しげに目を伏せた。
そういえば、彼は違った。何か、不気味なものを見る目で私のことを見ていた。
私は彼を見ると無性に悲しくなって、ただぼんやりとその青髪を眺めていた。
◇
「リュシ……エンヌ。もうすぐお前の誕生日ではないか」
「まあ、そうですの?時が過ぎるのは早いですわね」
王太子は時々、私をリュシーと呼びたがった。私はその度、マリーを思い出してしまうのと目を臥せれば、王太子がそれを貫くことはなかった。
「何か欲しいものはあるか?」
「あるわ」
「なんだ?聞かせてごらん」
「貴方との結婚式。ねえ、私、待ち切れないの」
王太子は目を見張って嬉しそうに笑う。そしてそのまま私に顔を近づける。
私が目を瞑ると、王太子は私の額や瞼にしきりにキスを降らせた。
「可愛い可愛いリュシエンヌ。お前はなんと嬉しいことを言うのか」
「ふふ、そう思うのならきちんと叶えてね」
「もちろんだよ。卒業したらすぐに結婚しよう。ってそうじゃなくて」
なあに、と小首をかしげてみせる。
「何か物として欲しいのはない?結婚とは別に、きちんと贈りたいんだ」
目線の先でミオソティスの青い花が揺れた。
「そうね……軽い短剣が欲しいわ」
「えっ……剣をかい?」
「最近物騒だって言うじゃない、民たちの不満が募ってるって。私、怖いのよ」
わざとらしく震えてみせる。
「大丈夫だよ。私がお前を守ろう」
「まあ、嬉しい」
「でも、そうだね。安心材料として短剣を持っていても悪くはないな」
王太子は、お前にぴったりな美しい剣を作らせるから待っていてくれといって、そう請け負った。
◇
私は最近ぼうっとすることが増えた。
あてもなく視線が泳いで、無意識に何かを探している。
新しい学友達は私を慰めようと、とっておきのゴシップ話をいくつも披露してくれた。
公爵邸でも気が抜けてしまっていたのか、あのにこりともしない老執事が珍しく駄洒落なんかを口にした。
そう。でも王太子の前では気をはらないといけない。私はもうすぐ国で一番の花嫁になる。誰よりも幸せに笑って見せなければ。全部が嘘だってばれてしまう。
……ばれてしまう。それは駄目だ。
「ねえ、私の可愛いシェンヌ。最近なんだか疲れてないかい?」
少し前から王太子はリュシーを諦めて、シェンヌにすることにしたようだった。
「そんなことはないわ!……ううん。結婚を前になんだかちょっと不安なのかもしれないわ。マリッジブルーってやつかしら」
王太子は私の頬にキスを落とした。
「シェンヌよ、怖がるものなどないよ。あったら私が切り払ってやろう」
「ええ。ええ、お願いね」
私は笑みを浮かべてみせた。王太子はそれを見て眉をハの字にしてしまう。
「何もかも順調だよ。だからそんなに悲しそうな顔をしないでおくれ」
私はどうすればいいか、わからなかった。王太子は私を抱きしめた。
そこにない柔らかな温かさを思い出して私は泣きそうになった。
◇
ある日、私は中庭で、座り込んでいた。
少しだけ一人になりたいような心地がして。足が自然と私をそこに導いた。
そこには何かが足りなかった。
何か、ではない。マリーが足りなかった。
私はここで幸せそうに笑っていたあの子に、自分が何をしたのか考えていた。
ごめんなさい。
一度その言葉が浮かんでしまえばそれは頭の中でくるくると巡った。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。でも、謝ったからと言って何になるというの?許されるようなことではない。
風が頬を通り過ぎていく。ぼんやりと顔をあげると柔らかな新緑が目に飛び込んできた。
木漏れ日のちょうど一番明るいところにあたってひときわ輝いている。
思わず立ち上がり、そちらにふらふらと吸い寄せられる。
それは四つ葉だった。
「はじめて……」
自力で見つけられた。
四つ葉は風に揺られてゆっくりそよぐ。
新緑色にきらきら揺れる。
あんなに集めたのに、今は私もあの子もちっとも幸福じゃないじゃないか。
それとも、私が自分で握りつぶしてしまった?幸福を、あの日の四つ葉みたいに。
私は草地の上にそのまま寝転がった。私の前で四葉はゆっくり揺れていた。それはあの子が抱きついたときに顔を擦りつける仕草に似ていた。木漏れ日があたって暖かかった。
「ごめんね」
四葉はううん、というように首を振った。
目頭が熱くなった。一度堰を切ると、それは止められそうもない濁流のように溢れていった。
今まで貯めて貯めて、どこにも行き所がなかったものが全て一度に出ていった。
涙を流しきってしばらく呆けていた。
そのとき、パキリと小枝を踏む音がした。




