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【完結】乙ゲーの厳しすぎる公爵家に転生した場合〜私の悪役令嬢転生は甘くはないようです〜  作者: 瑞井蒼


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5/10

5.

 私は使用人を下がらせ、久しぶりの自室に一人で閉じこもっていた。


 まとめられた髪が窮屈で、乱暴に頭皮をかきむしる。


 どうすればいいの。


 全ての災いがいっぺんに降りかかって来たような気持ちがした。


 とりあえず喫緊(きっきん)の案件は野外演習の方だ。楽観的に見るなら、アレクシスルートじゃない場合、あのような事件が起こらないとも考えられるが……。


 私は幾度か、手紙を書いては破り捨てるということを繰り返した。

 最後に私はそうすることをやめた。


 気がついたのだ。


 私は公爵令嬢じゃないか。


 事が起こってから、できる対処はいくらでもある。


 私はベッドの上にそのまま寝転がった。

 そうしてしばらく呆けていたかった。


 記憶を取り戻して、再び貴族として教育されて。その間に私は色んなものを諦めたつもりであった。


 しかしいつの間にか気が緩んでしまったようだ。

 よく知っているゲーム本編のキャラクター達だから、無駄に親近感が湧いてしまったのか。

 ゲームの時は、こんなことはなかったのに。ゲーム通りに動けばよかったのだろうか?

 新緑の無邪気な笑顔と、青髪の後ろ姿が交互に脳裏にちらついた。

 あの子を害さなければ私のせいでアレクシスは殺されて。彼を生かしたいならば。私は自分の手であの子を壊さないといけないらしかった。


 目から涙と一緒に何か手放してはいけないものが流れていく気がした。



 夏休みが終わった。


 山賊事件はやっぱり起きて、彼は変わらずの大活躍だった。騎士科の伯爵令息やらが案の定、何かを企んでいたようだから、蹴散らしてやった。

 公爵令嬢の名前と、私の宝珠をいくつか売ったお金さえあればさしたる苦労もなかった。

終わってみれば大したことではなかった。


 アレクシスは捕らわれることはなく、むしろ国王から表彰され褒賞金を渡されたそうだ。騎士に就任した際には、優先的に配属を選べる権利まで与えられたという。


 心の底から良かったと思った。


 ……そして私は。


 中庭のあの場所でじっと立っていれば、やがてミルクティー色の頭が見えた。


「あっ!」


 新緑の瞳と目が合う。彼女は私の方へ向かって大股で駆けて来た。


「こんにちは、久しぶりね。夏休みは元気に過ごせたかしら?」


 私からそう挨拶して、微笑みかけてあげれば。


 彼女はパッと顔をきらめかせ、そしてそのままの勢いで私に抱きついた。


「会いたかったですぅぅぅ!」


 彼女はそのまま頭を私の肩のあたりにぐりぐりさせた。

 そして急に止まったかと思うと、今度は顔を青くして飛び退いた。


「し、失礼しましたーっ。つい感極まってしまいまして、そのぉ」


「いいのよ。今まで会ったときはいつも急いでいたりしていましたから、ちゃんとお話できなくて、ごめんなさい」


 私が少し顔を下げると、彼女は息をのんで顔を真っ赤にさせた。


「ですから、改めまして。私はリュシエンヌ・ヴァルフォワ。リュシーとでも呼んでちょうだいね」


「わわ、私はマリー・アプリコットです!あれ、前にも言ったことありますっけ。えへへ、リュシー様よろしくお願いします!!」


「様なんて、リュシーがいいのよ。ね?マリー」


「そんな恐れ多い……喜んで!」


 彼女はまた私をきゅうっと抱きしめた。


「りゅしぃいいい」


「ふふ、どうしたの?」


 彼女はやっと満足したのか私を離す。私が腰をおろすと、彼女もちょこんと隣に座り込んだ。


「全部、リュシーが、初めて会った時にアドバイスしてくれたおかげなのです」


 私が静かに彼女を見つめていると、彼女はぽつりぽつりと今まであったことを語り出した。


「私、最初は本当に馴染めなくて。何とかしようと頑張ってみても空回りするばかりで。どうしてなのか本当に分からなかった」


 彼女は、言われて初めてここが今までのところとは全く違う世界で、全く別のルールに沿って動いているのだと理解したと言った。

 それから彼女は自分のクラスで初めてできた大商会を持つ男爵家の友達の話とか、昔いた孤児院での話とか、私が知らない平民の間での迷信とか、初めて自力で読破した長い小説の話とか、強引に話しかけてきて困るけれど最近はなんだか可愛く思えて来た皇太子の話とか色んなことを話してくれた。


 その日から私たちは一緒に昼を食べるようになった。


 私は彼女の話を聞いた。私は、彼女の話を聞いた。請われれば、自分の話を少し、大丈夫そうなところだけを選んでした。

 中庭にはたくさんのクローバーが生えていて、彼女は四葉ならば幸運を引き寄せてくれるのだと教えてくれた。私たちは一緒にそれを探して、私の爪は初めて土にまみれた。

 彼女はいつもすぐに見つけるのに、私は全然、ひとつも見つけられなかった。だから彼女はいつも自分が見つけたものを分けてくれた。

 彼女はいつも楽しそうに笑っては私に抱きついた。

 彼女は柔らかくて温かくて、そのたびに私は泣きそうになるのをじっと堪えていた。


 どうせこんなことになるなら、もっと早くに打算なしで、友達になればよかった。楽しいひと時でも過ごせたなら良かったのに。

 私はこれから彼女にしなければいけないことに思いを馳せては、体の奥からひどく冷たくなった。

 そうして、私はそういった胸奥の渦巻きを抱えて堪えて、彼女の隣で笑っていた。

 明るく笑う彼女の隣で甘くて楽しくて苦しい日々を過ごした。


 当然減った時間もあった。巻き毛の令嬢と、栗色目の令嬢は突然変わった私を心配してくれたけれど、私は彼女たちを巻き込みたくなくて、少しずつ冷たくして、距離をとった。彼女らが新しい居場所を見つけたのを見届けて、私は彼女らに声をかけなくなった。

 代わりに口さがない噂好き達とつるみ、毒を垂らすように口止めをしながらマリーの愚痴を少しずつ流した。


 私は王太子とも話すようになった。マリーがいつも私に張り付いていて、王太子は彼女を見に来るものだから、そんなわけで私たちはよく顔を合わせることになっていた。

 一応ゲームでは王太子のことも攻略した事があったから、仲良くなることに苦労はしなかった。

 王太子はやはりマリーに気持ちが向いている様子だったから、まずは友人として仲良くなることにした。


 同じ理由で、あちらからマリーに会いに来るから、攻略対象と呼ばれる人たちとはあらかた顔を合わせることになった。

 マリーは嬉々として私を紹介し、私はそれに合わせて無難に喋った。


 ……そういえばアレクシスも、たまにマリーに会いに来た。

 はじめ、彼は『図書室ぶりですね』と微笑みかけてくれた。が、私はなんだか彼とは会話が出来なくていつも足早に場を抜け出した。彼はそんな私を、戸惑ったような目で見ていた。


 ただ。水泳の授業のあとだけ、私は化粧を落とし髪をおろしてラフに結った。

 ずっと“リュシエンヌ・ヴァルフォワ”を演じるのは耐えられそうになかったから。別の役柄を演じてみることで気を紛らわした。


 私はあてもなく訓練の周りを彷徨った。

 たまに、青い髪の彼と会った。

 私は分家の子爵家の名を借りて名乗った。

 何故かその名を名乗るときは彼とも気負いなく話すことができた。


 私達は下級貴族らしく他愛もない話をした。

 私が恋愛話をつついてみると、彼はマリーとのあれこれを名前をぼかして話してくれた。

 一度は学園を抜け出して、下町の屋台まで買い食いに行った。


 自由だった。楽しかった。

 後に待っている嫌なことから全て顔を背けて居られた。


 こんなことは辞めるべきだと思ったが、居心地が良くてずるずると続けてしまった。


 そのうち、寒くなっていって水泳の授業が終わった。

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