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【完結】乙ゲーの厳しすぎる公爵家に転生した場合〜私の悪役令嬢転生は甘くはないようです〜  作者: 瑞井蒼


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4/10

4.

 寮の部屋に帰ってすぐ、シュドー侯爵へ送った手紙の返事を確かめた。野外演習イベントの回避のためだった。


 シュドー侯爵からの返事は華美な言葉で飾りたてられていたが、ざっと要約するとこうだろう。


 “いくら公爵家とはいえ、他家の令嬢ごときがうちに口出すんじゃねえ。証拠はあんのか”


 ある意味、正しい返事。


 私が送った手紙は、あなたの領地の山に賊が住み着いたという噂を聞いたから調査してくれないか、といったものだ。

 証拠も何もないし、侯爵がそれを聞き入れる理由もないのはごもっともである。


 小娘がしてる噂話ごときでは動く理由にならないのだ。

 私個人には、影響力も権力も武力も、何一つ無い。

 学園に通うお金だって、今着てるこのドレスだって、リュシエンヌの磨き上げられたこの体でさえ全て公爵家の財産だ。


 どうすればいいだろうか。

 ルート違いでヒロインが攫われなくとも、山賊がそこにいるのは変わらないだろう。


 公爵に助力を頼んでみるか?


 ……。


 忙しなく歩き回って領地へ戻るための旅支度を進める使用人たちを、ぼんやり眺めながら、思案に暮れる。


 もうすぐ夏休みだ。




 ヴァルフォワ家の屋敷では、どこにいても特有の香の匂いがする。


 公爵の執務室。重厚なマホガニーの扉を前に、私は深呼吸した。

 この空間は、私をひどく緊張させる。


 ココン、ココン。


 扉の向こうの執事によって、それは音もなく引き開かれる。


「失礼いたします」


 一礼して公爵の前に歩みでた。

 今日は長い裾のドレスを選んだ。脚の震えが隠れるように。


「帰ったか」


 リュシエンヌとよく似た、隙のない美貌。ヴァルフォワ公爵は、冷え切ったアイスグレーの瞳で私を一瞥した。


「学園はどうだ」


「はい。つつがなく……」


 特に報告できるような事も思いつかず、言葉が続かない。沈黙が重苦しい。


「そうか。それは良かった」


「それと、お願いしたいことがございます」


「何だ」


 公爵は書類を片付けながら片手間といったふうにこちらの話を聞いていた。


「シュドー侯爵領の山岳地帯に、賊のアジトが出来たと噂で聞きました」


「……」


「我が領から王都へ向かう道中で通過する領です。治安が悪化したら不味いでしょう」


「ふむ」


「その、調査に公爵家の兵を出してもらえませんか?」


「そのようなことは出来ないよ。」


 公爵は少し笑った。


「シュドー家はシュドー家で独立した領だ。かの家自身が兵を出すか、依頼をするか、もしくは見過ごせないと国が兵を出すか、そのどれかしか理屈は通るまい」


 ……。シュドー侯爵の後、騎士団にも手紙を出してみたのだ。

 帰ってきたのは定型文通り、こちらで調査を進めますのでご安心くださいといったことだった。

 しかし私が探っていた限りでは、あの後に何かしているような動向はなかった。

 公爵とはいっても、当主の印の一つもない非公式の小娘からの手紙などなんの力もなかった。


「そのようなことがわからないわけでもあるまい」


 その通りだ。最初からダメ元に等しいことを、私もわかってはいた。どこか認めたくなかっただけで。


「それとも頭の病が再発したかな?」


 ヒュ、と息が詰まった。

 前世の記憶を取り戻したばかりの頃、私は改革だなんだと騒いでいた。その時、公爵は私をそう形容していた。


 私は無言で頭を下げた。


「では、本題に入ろうか」


 公爵は見ていた書類を置いて、こちらを向いた。


「君の義弟は問題なく成長中だ。彼に家督を継がせるので君には嫁いでもらう」


 そうだ。私には義弟がいた。彼のために別邸が用意され、そこで次期公爵となるために教育がなされているという。

 一度も会ったことがないものだから忘れてしまっていた。


「はい」


 元から公爵家であることに拘りはない。むしろこの窮屈なところから逃れられるのなら願ってもないことだろう。


「どなたに嫁げば宜しいでしょうか」


 公爵は少し笑った。


「先代王の与太話については知っているか?」


「えと、……はい」


 急に話が飛んで私は戸惑った。

 その話はゲームにも出ていたからよく知っている。


 先代王は王太子のころ、決められた婚約者との婚約を破棄して、“真実の愛”の相手と結婚すると言い出した。それは国を巻き込む大騒動となった。

 そこで先代王は王になり、まずこう定めたという。


“貴族の子女は貴族学園を卒業するまで婚約者を決めることを禁ずる。”


 そしてこの後には自由恋愛による結婚を保護、推奨するような文言が続く。


 実際、今代の王様は学園での自由恋愛で結婚したと大々的に喧伝されている。それをモチーフにした歌劇もいくつもあるそうだ。


 これが乙女ゲームで、ヒロインが身分の高い攻略と結婚できるからくりだった。


「この代は特に重要な家の子息が何人もいる。良い世代に生まれたな」


 なにせ乙女ゲームだから。ヒロインのために申し分ない攻略対象が取り揃えられている。

 いや、ゲームを抜きにしても王太子が同世代にいたらそうなるか。


「王太子を射止めなさい」


「っ、はい」


「彼との婚姻は公爵家のためになる」


 公爵は式典など、必要な時以外に王家に対しても敬称をつけない。

 そしてそれがまかり通ってしまうということは、ヴァルフォワ公爵家の力の大きさを証明していた。


「……人の心は操作できるものではありません」


「?」


「努力は致しますが、射止め切れないという可能性もありますので。すみません」


 声に震えが出てしまわないよう必死に息を抑えた。

 公爵は心底不思議そうにゆっくりと首を傾け、口を開けた。


「若造一人、誑し込めぬように育てた覚えはないが」


 公爵はしばらく私の顔を眺め、そして、得心がいったように頷いた。


「もっと冷酷でなくてはならないよ」


 公爵はたしなめるような口調でそう言って、口角を持ち上げた。酷く悪い予感がした。


「ここは一つ試験を課すとしよう」


 公爵は机の端に置かれた紙の束を手に取った。


「丁度いい。最近王太子と仲良くしているというアプリコット子爵家の小娘がいるね」


「っ、はい」


「彼女を……彼女の心を折ることが出来たら合格としよう」


「……心を?」


「そうだな、貴族の娘として使い物にならない程度に精神を壊すくらいでいい」


「なぜ、急にそのようなことを」


「急でもないだろう。どちらにせよ婚姻の邪魔になるものだ。邪魔者も排除できないようでは、嫁がせるのが心配だ」


「そのようなことは。そうせずとも、王太子殿下の心をお射止めします」


 何故だ。なぜ急にこんな……。


「試験だと言っただろう?やらぬのなら不合格とするだけだ」


「……合格しなければどうだと言うのですか?」


 公爵は手に持つ紙束の中から二、三枚を抜き出して、私に突きつけた。

 膝から崩れ落ちずにいた私を誰か褒めてくれてもいいだろう。


 公爵家の娘だ。影と呼ばれるような監視者の一人や二人、いつだってついているということを最近は失念していた。


 公爵が広げて見せたのは写真だった。

 写っているのは二人の後ろ姿。一人は私で、もう一人は。


 公爵の長い指が青い髪の輪郭をなぞる。


「随分と気に入ったようだね」


 口がはくはくと、酸素を求めて喘ぐ金魚のように動いた。声が出ない。


「グレンディーン子爵家。特に我が公爵家に利をもたらす付き合いでもないようだが」


 公爵はコツコツと机を叩いた。


「それとも優しくされて簡単に好きになってしまったかい?」


 ……“好き”。公爵に言われて初めて、私はそのことに気がついた。いつから私は彼を好きになってしまっていた?


 はじめはそう。ただ、ゲームの中の気に入っているキャラクターだと。巷で言う推しのようなものだと思っていた。


 いつから私は、彼を一人の男として見るようになってしまったのだろうか?


「不合格ならどうするかと聞いたね。そうだな……そのときは彼を殺させよう」


「え」


「君が試験をやりたくないのなら、すぐにでもそうさせよう」


 公爵はそれを脅しでも何でもなく、ただただ事実として羅列する温度感で言った。

 実際それが公爵にとって造作もないということは、私はよくわかっていた。

 暗殺でも、事故死に見せかけるのでも公爵が合図を出すだけでそれは簡単に行われてしまう。


「やります」


 私は絞り出すように、震える声でそう言った。


 私の頭は必死に回転していた。どうすれば……どうすれば。


 私は一つの思いつきを得た。そうだ。今までの他の貴族らのように、ゲームの中のリュシエンヌのように彼女を虐めてみよう。

それが許されることだとは思わないが、彼女はそれには慣れっこのはずだから。

 私が虐めて、攻略対象たちが彼女を守って。


 私はゲーム通りに死ねばいい。


 私が死んだあとなら、公爵にもアレクシスを殺す理由なんかなくなるだろう。


 私は思わず勢いよく顔をあげた。

 公爵は穏やかに私を眺めて、言った。


「それは駄目だ」


 公爵は、まるで私の考えなど読めているように言葉を紡いだ。


「もう一度普通に虐めてみよう、そんな甘いことは許さないよ」


 公爵は残りの資料を私に見せた。

 それは私がマリーへのいじめを止めさせるために奔走した記録だった。


「成果を出そうとするやり方でなければ、それは認めない」

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