3.
私はいじめを主導してたと見た、いくつかの家の子女らを一人ずつ呼び出した。ニコニコと笑いながら彼らの家の弱みをちょっぴり仄めかしてみたりして。
公爵家というのも、こんなときくらいは役に立つようだった。
彼らはもうくだらないことに手を出す余裕はないだろう。
新緑の乙女は最近調子が良さそうである。
「ねえ、あの子。ここのところずっと王太子殿下に纏わりついてるんですって」
ひそひそ。ひそひそ。
噂話だけは止められそうにないけど。
ゲームでのヒロインは、噂話をいちいち気にするほどやわではなかった。
それにそう。最近の私の悩みはまさにそれであった。
ヒロインはどうやら、王太子ルートに入ったらしい。
ゲームでは、一旦ルートに入ると他のキャラクターはサブでたまに出てくるか、ほぼ出てこなくなってしまう。
そしてエンディングでも、行く末を語られることはない。
アレクシスは、……青髪の彼はいったいどうなるのだろうか。ヒロインに選ばれなかったその先で。
水泳の授業の帰り。
支度にいくらか時間がかかりすぎてしまった私は、一人で戻っていた。その道すがら、そのようなことをうだうだと考えていた。
そうなのだ。この乙女ゲームは水着イベントのためか貴族学院にも水泳の授業があるのだ。
領地統治の屁にも役に立たないのに。皆、泳ぎを真面目に教えたり教えを受けたりするものだから、何度か笑いそうになったものだ。
渡り廊下の途中でふと足が止まってしまう。すぐ横の訓練場で、彼は必死に剣技に励んでいた。
そうか。もうすぐ分岐後の最初のメインイベントが来る頃だ。
彼のイベントはこうだ。
さあ夏休みだと、皆が各々領地に戻ったりする頃。
騎士科に所属している者たちにはこの時期、野外演習というものがある。
本物の騎士隊と連れたって山へ訓練しに行くそうだ。
『騎士隊の方の目に留まれば、大抜擢される得るチャンスなんだ。もっと練習しないと』
そう言って、目を輝かせていたアレクシスを待ち受けていたのはチャンスなどではなくて。
確かイベントの最初は……。
夏休みになっても戻る領地もなく、商人貴族の友人の別荘に遊びに来たヒロインはちょうど、野外訓練の近くの山に来ていた。
そこで湖畔の眺めや自然を楽しんでいた彼女らは、ならず者に攫われてしまう。
なんと近くの山に新しく山賊のアジトが出来ていたのだった。
一方視点をアレクシスの方へと。
野外演習に来ていたアレクシスらは、ヒロインらが攫われていくのを遠くからたまたま目にする。
被害者がいるということで急遽、騎士団は討伐へ向かうこととなった。
最初は騎士団だけでという話にまとまりかけたが、賊がどこにいるのかわからない中、貴族学園の生徒だけを残してはおけないというのもあり。
そこで若者にも実戦の機会を与えるべきと、騎士団長の鶴の一声があり、アレクシス達は条件付きで参加することになった。
そこでアレクシスは、大活躍だった。
彼は自ら志願し、重要だが危険は少ないだろうと目されていた陽動を請け負った。
しかし読みは外れて交戦が続き、彼はアジトの深くへと迷い込んでしまった。
そして彼は何の因果か、ヒロインらが囚われたところまで来た。檻を破ろうとしていると、そこに賊の大男がやってくる。
ヒロインが見守る中、彼は手に汗握る死闘を繰り広げる。そして、奮闘の末に戦いに勝つ。
……この時のスチルはなかなか格好良かったな。
そして、ヒロインを連れ出すのだが。
彼の悲劇はここからだった。
彼の大立ち回りを気に入らない輩がいたのだ。
そう。彼は子爵だった。そして騎士科には伯爵以上の次男、三男も多数在籍していた。
彼らは子爵家一人ごときが、この野外演習の名誉と注目を掻っ攫うことに我慢ならなかった。
彼らはこの事件はアレクシスの自作自演だとのたまった。
そんな馬鹿馬鹿しいことを誰が信じるかと思うだろうか?
彼らは捉えられていた山賊に何かを吹き込んだのだろう。大方、こう証言すれば家の力で助けてやるとかなんとか言ったに違いない。
裁判で、山賊はアレクシスに頼まれてやったと言った。
アレクシスはいとも簡単に捕らえられていった。
ヒロインはアレクシスのところへ面会しに行った。彼は自分のことはいいといった。ただ、家族が心配だから見てきてほしいといった。
ヒロインはアレクシスの家族を訪ねた。
グレンディーン子爵家は、何やら慌ただしかった。
アレクシスが捕らえられてしまったということを聞いて、子爵夫人──彼の母が倒れてしまったというのだ。
もともと長く床に伏せていたところに、ショックで昏睡してしまったと。
ヒロインは何としてでも冤罪を果たすと誓う。
ここでアレクシスルートのハッピーエンドに行くためには、うまく共通ルートで培った人脈等を駆使して冤罪晴らしを成功させないといけない。
そのキャラを攻略するからにはそのキャラとしか話していなかったなんていう人も多くて、このシナリオは初見殺しとSNS上でぼやかれていた。
正確に言えば、ヒロインが冤罪を払わずとも、少しづつ事情聴取が進んで最終的にアレクシスは解放されるのだが。
その場合は見舞いが間に合わずに、彼の母親がそのまま衰弱死し、物語はバッドエンドを辿る。
そうだ。早く寮の部屋に帰って、シュドー侯爵へ送った手紙の返事を確かめよう。今回の野外実習はシュドー侯爵の領地で行われるのだ。
返事次第ではどうするか考えなくてはならない。
改めて歩き出そうとすると、ふと、呼び止められてしまった。
「……あの、俺に何か?」
ああ。彼を見つめたままどれだけの時間、思案にふけってしまっていただろうか。
これではさぞ不審だっただろう。
「い、いえ」
ぼんやりと言い訳を探す。緊張で声が上擦る。
「最近、護衛の方だけではいざ一人にされてしまった時に対抗手段がないなと考えていまして」
考えうる釈明の中でも、なかなか不自然なものを選んでしまって少し冷や汗が出る。
「剣の扱いを観察させていただいておりました」
公爵家の教育のおかげで、ポーカーフェイスで言い切ったが。どう考えても変だろう。
「そうか」
彼は手招きをした、ように見えた。私は妙に思いながら、そちらへ踏み込んだ。
ああ、靴が砂で汚れてしまうけれど。後で換えの靴を公爵家に頼もう。
彼の目の前まで行った。彼は黙って私を見ていた。
……呼ばれたのは私の勘違いだったか?
そう考え出したとき、彼は急に私の後ろに回った。彼は私の手に彼の剣を握らせて、その上から自分の手で包んだ。
彼はそのまま剣を動かした。はじめはゆっくり。だんだん早く、一連の動きを滑らかに繫げて。
そうか。
彼は、私に剣術指南をしているのか。
あの怪しい言い訳を、真に受けたのか。
「これは隙をつく技だ」
彼の声が耳の真横で鳴る。
「敵を倒せはしないが、うまく入れば一時的に戦闘不能にできるからその隙に逃げるんだ」
ハスキーな声がそのまま脳に響いて、頭が茹だるようにクラクラした。
「力も技も及ばない相手に、まともに戦おうとしないほうがいい」
彼が自分でやってみろと手を離した途端、剣がズドンと地面に刺さる。
鉄の剣の重みに、令嬢の筋力では太刀打ちできなかったのだ。
彼は少し苦笑した。私も気まずくなって、咳払いをひとつした。
彼はまるで木の棒でも持つように、軽々と地面から剣を抜いた。
私は礼を言ってそのまま別れた。
帰路を辿りながら、じわりじわりと顔に熱が集まっていく。
そういえば、彼は随分と気安く接してくれた。
図書室で会ったときは敬語を使っていたが、今日はなんだかゲームの時の喋り方と似ていた。
そこでふと、あることに思い当たった。
今日はプール帰りで、化粧も落ちてしまっていた。
更にいえば、いつもぴっちりとまとめ上げていた髪もラフに、一つ括りにしていた。
家計に余裕がない下級貴族の家では普段、化粧をしない令嬢もいる。
夜会となれば皆化粧はするが、学園などではそうしない人も多かった。
男爵とか、子爵とか。彼のクラスでは特にそういう人は多いだろう。彼は勘違いをしたのかもしれない。
思わず緩みそうになった口元をキュッと引き締め、すまし顔で寮へと急いだ。




