最終話
ごきげんよう──
「──って!!」
鋭い声が脳に響いた。
「待ってよ!!!」
きゅっと柔らかくて温かいものが抱きついてきて、私はそれ以上動けなかった。
「もう私を置いていかないでよ。リュシー」
新緑が私を見ている。ここは夢か、天国か。
なんだか懐かしい、優しい温かさに包まれて私は意識を手放した。
◇
「命に別状はありません。普段からの心労に、極度の緊張が重なったことによるものかと存じます」
何人もの気配がする。
「本当か?」
「はい。外傷はごくわずかで、呼吸も安定していますので」
「そうか……」
「いつ目を覚ましますか!?」
「それは私にもわかりません。すみません」
「ううー……」
「……」
「では、私はこのあとのこともありますので。何かありましたらいつでもお呼びください」
「ああ」
まぶたの裏が明るい。
今は何曜日だろうか。日曜だと良いのだが。もうとっくに仕事が始まっている時間だろう。
「私が見てるので、殿下達は自分の持ち場に戻っていいですよ」
……殿下?乙女ゲームでもあるまいし。
「嫌だ。私のシェンヌを放ってはおけない」
「リュシーは私のです!」
「……」
……シェンヌ……リュシー、なんだか聞き覚えがあるような。
リュシエンヌ・ヴァルフォア?
私ははっと目を覚ました。勢いよく起き上がったせいで掛かっていた布団がはね飛ぶ。
私は目を大きく見開いて飛び込んできた光景を食い入るように眺めた。
ぱっと顔をあげ勢いよく抱きついてくるミルクティー色の頭。
そばにしゃがみ込んで私の手を取る、がっしりとした手。
私をじっと見ている青い目。
「……」
「りゅしぃぃぃ……!」
「おはよう。本当に良かった、私の可愛いシェンヌ」
「リュシーは私のだってば!」
「知らないだろうが、私達は結婚する予定なんだ」
「へ?」
「盛大な式になる」
「何それ聞いてないよ!?」
マリーは起き上がって、笑う王太子をぽかぽか叩いた。アレクシスはそれをなんだか仕方のなさそうな目で一瞥した。
「マリー……、あなた」
「うん!元気になったよっ。リュシー、ごめんね。いっぱい辛い思いをさせちゃって」
「!?」
ごめんって、それは、私のセリフだ。
「マリー、ごめんなさい。ごめんね。私、わたし……」
「ううん、リュシーは一人で辛かったね。ごめんね、あのとき気づいてあげられなくて」
私は途切れ途切れに泣きながら、彼女への懺悔を口にした。彼女はぽんぽんと慰めるように私を撫でた。その手が柔らかくて温かかった。
彼女は、あの時私たちの別れの刹那に急に目が覚めて、侍女から事情を聞いたと言った。
そして、居ても立ってもいられずに、私のところまで飛び出して来たというのだ。
なんてまっすぐで、無鉄砲な子。
謝罪をする私に、彼女は何度もそんな必要はないと言った。私たちはお互いに泣いて、笑って、これからも仲良くすることを約束した。
私たちの時間が一区切りすると、彼が口を開いた。彼は王太子に許可を求めた。
「ヴァルフォワ公爵令嬢と、二人で少し話してもいいですか」
王太子はむうと眉を寄せた。
「なんだ、私に聞かれたくない話でもあるというのか?」
アレクシスも困ったような顔をした。王太子がふっと笑って、私の方を見た。
「本当は一秒だってお前を他の男と二人にしたくはないけれど。シェンヌはどうしたい?」
「……話を聞きたいですわ」
「わかった」
王太子はパンと手を打ち合わせて立ち上がる。
「私はお前を信じているよ。可愛いシェンヌ」
王太子は私の頬にキスをした。
「リュシーに変なこと言ったら、許しませんからね?」
マリーと王太子は連れたって部屋を出ていった。
「……」
再び沈黙が部屋を支配した。
「何から話せばいいものか……」
彼がぶつぶつと逡巡していた。私は声をかけてみた。
「あの。ここにいるということは、処刑は中止になったのですか?」
「ああ。あなたがローブに入れていた封筒を読んで、王太子が急に中止を言い出しました」
彼は複雑そうな顔をしていた。
「マリーから、いろいろと話を聞きました。私は完全にあなたを許した訳ではないのですが、彼女はこれ以上そのことについて追及するなと」
「そう……」
私がしんみりと黙り込むと、彼は言いにくそうに口を開いた。
「それで、その、処刑の時ですが。あなたは俺のことが……好きと?」
「っ!!」
今更ながら、そんなことも口走ってしまっていたことを思い出した。
あの時はやけになっていた。
ものすごい勢いで顔に熱が集中する。
熱い。絶対赤い。
「あ、あの。えっと。違うのです」
「……?」
「ごめんなさい……ええっと。……あのときは思い詰めていたので、変なことを言ってしまって」
「あなたは思い詰めると人に告白をするのですか?」
ただ不思議だという語調で、彼が聞く。
「うっ。……すみません。本当に、ご迷惑だとは思いますが、気がついたら、好きに、なってしまっていて」
穴があったら入りたいとは、このことだろうか。
「どうこうなりたいというわけではないのです。どうか、秘密にしてくれませんか?」
伺うように彼の顔をみる。彼は瞼を伏せてふうーーーーと長い、長いため息をついた。
「わかりました、仕方ありませんね。頼みを聞くわけではありませんが、貴女は王太子殿下ともうすぐ結婚する人ですし」
彼は静かな声で続けた。
「無駄に人の気持ちを暴いて、場を乱しても俺に得があるわけではありませんから」
「……復讐をしたければ、言いふらしてもいいのですよ?」
彼はゆっくりと首を振る。
「復讐など何にもなりません。それにマリーもそれを望みませんから」
「……」
「もう、終わったことにしましょう」
私が申し訳無さそうな顔で黙ると、彼はそういった。
彼は一瞬あと何か話したそうな顔をしたが、すぐにそれを振り払うように首を振るった。
そして部屋を出て、マリーと王太子を呼びに行った。
「リュシーっ!」
「ああ、私の可愛いシェンヌ。私は待ちくたびれていたよ。」
「だーかーらっ、リュシーは私の!!」
病室が一気に華やいだ。
◇
オレンジ色にきらめく豪華な黄金のティアラ。そこにはいくつもの大粒の宝石が所狭しとはめられていた。
アメジストや、タンザナイト、パープルサファイア。
純白のフリルをふんだんに使ったドレスの上で、縫い付けられたパールやダイヤモンドが光を受けて輝いていた。
私たちは予定通り結婚することにした。
あのあと、私は自分でも少し考えた末、王太子に色々と打ち明けることにした。
王太子は冷静に話を聞いていた。
王太子は元から薄々私の気持ちに勘づいていたようだった。
最後に、今は愛せなくても構わないからただ隣にいてほしいとそういった。
私はそれに頷いた。
私がアレクシスに抱いていたのは、自分が隣に居たいとかそういった種類の気持ちではなかった。
アレクシスが健在で、マリーも元気になってくれた今、なんだか肩の荷が降りたような気持ちでいた。
私を愛しているのだという王太子の横で余生を過ごすのも悪くないと思った。
私が倒れる騒ぎがあったものだから、結婚式は元の日程から数日だけ後倒しになったけれど。
「りゅしぃいいい……ううっ。綺麗だよぉ」
マリーは私をみて涙ぐみながら抱きついてきた。
「結婚しても、私が一番の親友だからね。ううっ……」
マリーがズビッと鼻を鳴らす 。
「あ、これ。ドレスが汚れてしまうではないか」
王太子がマリーを引き剥がして、私を見つめる。
「……本当に綺麗だ。私はこの国一番の幸せ者だな」
「あら、そうですか?」
私は微笑んで見せる。彼が笑って私の耳に口を寄せた。
「誓いのときは唇を頂いてもいいかい?」
私は少し考えて言った。
「まだ自分の気持ちがよくわかっていないのですが。いざ嫌だったら、この剣で止めてみせるので遠慮なくどうぞ」
私は少しドレスを捲って、仕込んであった白銀の剣を王太子に見せた。
「ふはは、頼もしいものだ」
王太子が私の手をとる。いざ、歩き出そうとしたときマリーが私を呼び止めた。
「あっ、待って!」
マリーは四つ葉を手にしていた。彼女は背伸びして、それを私の髪についたたくさんの花の一番端っこにそっと挿し込んだ。
「リュシーに幸福が訪れますように!」
彼女が明るく笑う。視界が少し滲んだ。
「さあ、行こうか」
王太子の結婚式は国の一大行事であった。私達は神殿まで、盛大なパレードでゆく。これも民の娯楽となるのだろう。
絶え間ない歓声が両側から響く。私と王太子は二人で、人々に向かってひたすら手を振っていた。
ふと見ればアレクシスは列の中の一角で礼装を身に包んで立っていた。
参列に来てくれるとは思わなかった。
こうして彼が無事にそこにいるだけで、私は何にも代えがたい思いだった。
彼は私の目線に気がつくと、控えめに口角を上げて目礼をした。
白い鳩が飛びまわり、祝いの鐘が鳴り響く。
空はどこまでもどこまでも晴れ渡っていた。
本作に最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




