怪異:かえし
「おい、佐藤。この資料、小学生の作文か? よくこれで給料もらえるな」
課長の口癖は、部下の心を削るイヤミだ
今日もフロアの空気が凍りつく
その時、課長の耳元で、自分の声にそっくりな声が響いた
『お前の指示が幼稚園児レベルだからだろ? よくそれで管理職名乗れるな』
「……なっ!?」
課長はバッと振り返るが、誰もいない。佐藤は怯えて縮こまっているだけだ
(空耳か……?)
翌日
「なんだこのお茶、ぬるいな。やる気あんのか?」
『お前の心よりは温かいだろ。文句あるなら自分で淹れろよ無能』
「うぐっ……!」
課長は悟った
イヤミを言うたびに、「自分が一番言われたくない核心」を突く罵倒が、脳内に直接響いてくるのだ
しかも、回を重ねるごとに辛辣になっていく
(こ、怖い……もう何も言いたくない……!)
一週間後
課長は、借りてきた猫のように静かになっていた
資料を見ても、お茶を出されても、グッと唇を噛み締めて沈黙を守る
『(……言わないのか? チッ)』
脳内の声が、舌打ちをして消えていく
「課長、最近優しいですね」
「昔みたいに怒鳴らなくなって、職場の雰囲気が明るくなりました!」
部下たちが笑顔で話しかけてくる
課長は引きつった笑みを浮かべた
違う、俺はただ、あの声が怖いだけなんだ……
数日後。
課長が完全に「無口な仏」と化すと、怪異は興味を失った
『ケッ、つまんねえ男になりやがって。もっと威勢のいい奴はいねえのか』
怪異は課長の耳から抜け出し、隣の部署で電話越しに怒鳴り散らしている部長の方へと飛んでいった
怪異:かえし
人間の「他者を攻撃する言葉」に反応し、即座にカウンターで罵倒を返す怪異
その正体は、ただ「喧嘩がしたいだけ」の好戦的な霊
ターゲットが萎縮して言い返してこなくなると、「張り合いがない」と捨て台詞を吐いて去っていく
残された人間は、矯正された綺麗な言葉遣いと共に、円満な人間関係を手に入れる
【怪異診療所よりお知らせ】
当診療所では、お疲れの皆様からのご相談をお待ちしております。
「どうしてもやめられない癖がある」
「苦手な人がいて困っている」
「最近、不運続きだ」
そんな症状をお持ちの方は、コメント欄にてお知らせください。
あなたの悩みを綺麗さっぱり食べてくれる、「とっておきの怪異」を処方(執筆)いたします。
(※ただし、副作用として予想外の事態が起こる場合がありますが、当院は一切責任を負いません)




