ナティおばさんの伝説
小さな村では、本当の名前などほとんど意味を持たない。
人は血のつながらない親戚関係や、受け継がれたあだ名、あるいは他人の人生の中で果たす役割によって呼ばれる。
年月が流れるうちに、誰もが彼女を「おばさん」と呼ぶようになった。もっとも、誰のおばなのかを正確に言える者は、誰一人いなかった。
彼女は住民台帳にも記録されていなかった。
この土地での出生証明もなく、いつ来たのかを示す書類もない。
ただ――ある日、気づけばそこにいた。
彼女が住んでいたのは、古い街道の端に建つ家だった。石畳が崩れ、土が再び地表を覆い始める場所にある。
一人で住むにはあまりにも大きな古い家で、内部の部屋は、外から見るよりもいつも奥行きが深いように感じられた。
誰もその家が建てられるのを見たことがなく、購入されたという記憶もない。
尋ねると、決まって誰かがこう答えた。
「その家は、昔からあったんだよ」
それで十分だった。
彼女の声は穏やかで、どこか疲れているようだった。
話すこと自体が、余計な労力であるかのように。
声を荒げることも、口論することもない。
ほとんど笑わなかったが、笑うとき、その表情は不自然ではなかった。
それは計算された、身につけた笑み――いつ見せるべきかを正確に知っている者の笑顔だった。
彼女は最初から役に立った。
親が手を離せないときは子どもを預かり、
空腹で訪れた者には食事を与え、
夜が早く訪れた旅人には、屋根の下で眠る場所を与えた。
金を求めることはなく、余計なことを尋ねることもない。
欠乏に慣れた村にとって、彼女は欠かせない存在になった。
最初の噂が立ったのは、ずいぶん後のことだった。
本当に深刻なことほど、そういうものだ。
それは告発ではなく、小さな違和感として語られた。
ある子どもは、夜中に目を覚ますと、彼女がベッドの足元に座り、身じろぎもせず、瞬きもせずに自分を見つめていたと誓って言った。
叫んだ瞬間、彼女の姿は消えていた。
母親は、その子を嘘つきだと叱った。
別の子は、夜中にトイレへ行こうとして、間違った扉を開けたと言った。
そこには、知らない子どもたちが眠るベッドが並ぶ部屋があった。
場所を示そうとしたとき、その廊下にその扉はもう存在しなかった。
それらは想像だと言われた。
子どもは嘘をつくものだと。
家が古く、軋む音がするだけだと。
疲れれば、見間違いも起こるのだと。
村はそれらの説明を受け入れた。
受け入れる必要があったからだ。
彼女は噂を気に留める様子を見せなかった。
何かおかしいとほのめかされると、静かに頭を下げ、こう答えた。
「子どもはね、家を離れると、よく夢を見るものよ」
やがて、無視できない出来事が起こり始めた。
ある子どもが、彼女の家に泊まったきり戻らなかった。
夜明けに母親が駆け込んできた。息子は中にいるはずだと信じていた。
彼女は抵抗もせず、中へ入れた。
部屋という部屋を探した。隅々まで。
何もなかった。
「朝早く出ていったわ」
彼女はそう言った。
「一人で帰ったのかもしれない」
数日後、川下で遺体が見つかった。
明らかな外傷はなく、医師は事故だと判断した。
事件はそこで終わった。
最初の一人だった。
最後ではなかった。
失踪に規則性はなかった。
子どものこともあれば、十代の若者のこともある。
まれに大人もいた。
共通していたのは、皆一人で、何らかの理由でその家に一夜を過ごしていたことだった。
遺体が見つかる場所の近くで、彼女の姿が目撃されたことは一度もない。
逃げることもなく、生活を変えることもなかった。
相変わらず扉を開け、温かい水を出し、毛布を整えていた。
避ける者も出てきた。
一方で、迷信深いと思われるのを恐れ、あえて信じようとする者もいた。
調査は進まなかった。
証拠はなく、正式な告発もなかった。
村は、ある危険な考えに慣れていった。
――悲劇は、ただ起こるものなのだ。
決定的だったのは、取るに足らない出来事だった。
嵐の夜、彼女の家で一人の女性が出産した。
助産師は病に倒れ、道は通れなかった。
彼女――おばさんは、驚くほど落ち着いた様子で出産を手伝った。
赤ん坊は健康に生まれた。
母親は数時間後に亡くなった。
夜明けに村人が駆けつけると、赤ん坊は清潔に包まれ、世話をされていた。
彼女はそれを抱いていた。
壊れやすいもののように。
しかし、大切なもののようには見えなかった。
「母親は?」と尋ねると、
「休んでいるわ」と彼女は答えた。
遺体は家の奥の部屋で見つかった。
不自然なほど整えられていた。
苦しんだ様子はなかった。
奇妙だったのは、それではない。
数日後、赤ん坊について尋ねると、
誰一人、再び見たと断言できなかった。
泣き声はなかった。
揺りかごもなかった。
埋葬もなかった。
そして、その子どもが本当に存在していたのかどうか、誰も確信できなかった。
それ以降、恐怖の形は変わった。
露骨な恐れではなく、より深く、静かなものになった。
人々は彼女の名を直接呼ばなくなった。
それでも「おばさん」と呼び続けた。
愛情ではなく、習慣として。
呼ばなくなることのほうが、もっと悪いことを招く気がしたからだ。
彼女は年を取らないという者もいた。
取るには取るが、不規則だと言う者もいた。
まるで、自分の年齢を知らない身体のようだと。
死の間際、ある老人が語った。
子どもの頃に彼女に会ったことがあり、その時すでに今と同じ顔をしていたと。
誰も耳を貸さなかった。
真実が表に出かけた夜は、同時に、誰かが彼女に立ち向かった最後の夜でもあった。
酒に酔った男が、ナイフを持って家に入った。
家族や友人を失い続け、限界だった。
叫び、罵り、すべてを燃やすと脅した。
外では村人たちが声を聞いていたが、誰も近づかなかった。
彼女は抵抗しなかったと言われている。
通したのだと言われている。
後ろ手に扉を閉めたのだと。
翌朝、家は無傷だった。
男は出てこなかった。
数日後に入っても、血はなかった。
遺体もなかった。
争った形跡もなかった。
ただ、廊下の奥に新しい部屋が一つ増えていた。
人のいるベッドとともに。
それから、避けられないことが起きた。
村は空になっていった。
家族ごと去り、家は放置され、古い街道は使われなくなった。
彼女は残った。
何年も後、旅人がその家に泊まったと語った。
おばさんは親切だった。
穏やかだった。
家は静かだったと。
眠る前に、奇妙なことに気づいた者もいた。
家の大きさと合わない数の扉。
壁の向こうの、かすかな呼吸。
敵意ではなく、期待をもって見られている感覚。
翌朝、彼女は必ず同じことを尋ねた。
「よく眠れた?」
旅人が去るとき、彼女は追いかけなかった。
見送るだけだった。
なぜなら、すべての者が戻るわけではないからだ。
注意深く見れば、この家の理屈がわかるという。
部屋は空間ではなく、記憶なのだと。
ベッドは眠るためではなく、留まるためのものだと。
彼女は殺さず、食らわず、苦しめない。
ただ、留めるだけだ。
誰にも探されない人がいる。
完全には思い出されない子どもがいる。
痕跡を残さず消えていく人生がある。
そして、どこかの誰かが、それを失ってはならないと決めた。
だから、新しい地図にその村は載っていない。
それでも、古い街道は残っている。
家も、そこにある。
再び誰かが、彼女を「おばさん」と呼ぶのを待ちながら。




