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メキシコの恐怖伝説とその他の物語  作者: Rocket_Ghost


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12/14

コルドバのムラタ

恐怖が言葉を覚えるより先に祈りを覚えた街、コルドバ。

その街には、本当の名を口にすることすら誰もためらう一人の女が住んでいた。

人々は彼女をただ――ムラタと呼んだ。

まるで名を奪い、呼び名に押し込めてしまえば、人の世界に縛り留められると信じているかのように。


彼女は歳を取らない、と囁かれていた。

それは誇張ではなかった。

否定できない、不都合な事実だった。


年老いた者の中には、若き日の自分と同じ時代に彼女を見たと語る者もいた。

同じ顔。

同じ穏やかな眼差し。

そして、歯を見せることのない、あの柔らかな微笑み。


彼女の肌は陽光を吸い込み、鈍く返す。

まるで、この世界の光を完全には受け入れまいとする何かが、内側に潜んでいるかのようだった。


彼女は誰にでも手を差し伸べた。

病人を癒し、子どもを落ち着かせ、未亡人の嘆きを静かに受け止めた。

――そして、決して見返りを求めなかった。


それこそが、街を最初に不安にさせた理由だった。


獣たちは彼女を理解していた。

それは主人を認識するそれではない。

太古の捕食者を前にした、本能的な理解だった。


犬は腹を地に擦りつけ、彼女が通ると身を伏せた。

鶏は卵を産むのをやめ、

馬は泡立つ汗を流し、彼女の影を跨ぐことすら拒んだ。


夜になると、理由もなく目を覚ます者がいた。

部屋の隅から見つめられている――そんな確信だけが胸に残る。

恐る恐る窓を覗くと、

裸足の彼女が、音もなく通りを歩いているのが見えたという。

床はきしまず、大地そのものが、彼女の足音を恐れているかのようだった。


「聖女だ」と言う者もいた。

「もっと悪いものだ」と、別の者は囁いた。

「聖女は苦しむ。だが、あれは――苦しまない」


異端審問官たちが現れたとき、ムラタは家で薬草を挽いていた。

漂う香りは甘く、どこか吐き気を誘う。

花に漬け込んだ肉のような匂いだった。


彼女は抵抗しなかった。

鎖をかけられても、

それがすでに知っている結末であるかのように――

あるいは、かつて何度も辿った道であるかのように、静かに身を委ねた。


彼女が閉じ込められた牢は、肉体のための場所ではなかった。

魂を留めるための空間だった。


壁からは黒い湿り気が滲み、

床には無数の痕跡が刻まれていた。

爪で引き裂かれた名前、砕けた記号、途中で途切れた祈り。


その場所では、叫びは反響しない。

吸い込まれる。


ムラタは牢の中央に腰を下ろし、微笑んだ。


そして――夜が、腐り始めた。


看守たちは、名付けようのない音を耳にした。

足音のようでいて、あまりにも遅い。

呼吸のようでいて、あまりにも深い。


時折、彼女が呟く声が聞こえた。

どの言語にも属さない音節。

それは歯の奥を痛ませ、

聞いた者の歯茎から血を滲ませた。


ある看守は、闇の中で彼女を見たと誓った。

身じろぎ一つせず立ち尽くし、

あり得ない角度に首を傾け、

瞬きもせず、こちらを見つめていた、と。


翌朝、その看守は自らの舌を引き抜いた。


恐怖が広がる前に、

大審問官は彼女と対峙することを決めた。


震える手で十字架を掲げ、牢に足を踏み入れる。

ムラタは壁の前に座り、

何時間も――いや、何世紀も――待っていたかのようだった。


「告白せよ」

「お前は何者だ」


彼女は静かに首を傾げた。


「それが、そんなに大切ですか?」

「私はいつも、仮面を外すと怖がられるだけです」


激昂した審問官は、何もない壁を指差した。


「本物の力があるというなら、示せ。

そこに――お前の救いを描け」


ムラタは炭を取った。


一画目で、牢の空気が凍りついた。

二画目で、塩と錆の匂いが満ちる。

三画目で、壁が血を流し始めた。


それは描写ではなかった。

炭が走るたび、壁は裂け、削がれ、

皮膚のように開いていく。


湿った、肉の音。


現れた海は静止していない。

うねり、歪み、

内側から何かが叩きつけるように波打つ。

壁には、変形した手の跡が浮かび上がっていた。


空には星がない。

ただ、脈打つ闇だけが広がっていた。


最後に、船が姿を現す。

骨で組まれ、

まだ呼吸しているかのような帆を張った、船。


審問官は崩れ落ちた。


「やめろ……神の名において……」


ムラタは最後に彼を見た。

その笑みは、もはや人のものではなかった。


「逃げるために描いたことなど、一度もありません」

「これは――道を思い出すためのものです」


一歩、踏み出した瞬間、

壁は忌まわしい音を立てて裂けた。


海の音は自然のものではない。

同時に溺れる、無数の声。


内側から伸びた何かが彼女の足首を掴み、引きずり込む。


ムラタは叫ばなかった。


船は進み、

壁は閉じた。


それ以来、コルドバには塩水を滲ませる壁がある。

新しい引っかき傷が現れる牢もある。

まるで、誰かが外へ出ようとしているか――

あるいは、中へ入ろうとしているかのように。


そして、人は言う。


壁を、あまりにも長く見つめ続けていると、

ゆっくりと近づいてくる船が見えるのだと。


――待ちながら。

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