30.空の色
太陽が打ち上げられたようだった。
真っ暗な夜空を、大輪の華が彩るように。
月も星もない、夜であるかすらもわからないような終焉の場で、聞こえないはずの声を聞いた時。ふと見上げた先に、目も眩むような煌々とした光がいくつも現れ、弾けたのだ。
「…………蒼汰?」
「何あれ……花火?」
「……そうだよ、新。うちの花火師なんだ。凄いでしょう?」
「藍……、何言ってるの? おかしくなっちゃった?」
「酷いな。僕の弟はやればできる子ってことだよ」
「ただの兄バカじゃない」
「そうだね」
新の棘は少しも藍を傷つけることなく、むしろ嬉しそうに、藍は微笑んだ。
満開の桜の下から見上げた空に、いくつもいくつも、光の玉が現れ弾けていく。
『藍兄! 起きてー!』
光の向こうから、蒼汰の声がする。
『兄貴! 朝だぞ!』
『お兄ちゃん! お願い、起きて!』
こんな風に弟妹たちに起こされたことがあっただろうか。
「うん、今……、今起きるよ」
このまま闇の向こうに消えてしまっても構わないと、本気で思ったはずだったのに。
目にしてみれば、耳にしてみれば、こんなにも未練を残していただなんて。
「帰るんだね、藍。じゃあお別れだ」
振り返ると新が静かに微笑んでいた。
虹色の蝶がふわりと新の肩に止まり、闇の渦へと飛び去っていく。
「新、僕は――」
「さよなら、藍。楽しかったよ」
そう言うと、新はくるりと背を向けた。蝶たちの後を追うように、ぽっかりと口を開けた闇の方へと進んでいく。
「――新!」
ほんの少しの逡巡の後、藍は全てから決別しようとする新の手を取った。
*
秋の深まった11月、黄色く色付いた銀杏並木の間を冷たい風が吹き抜けていく。
澄んだ秋の青空に黄色い葉が舞い上がり、ひらりひらりと踊るように落ちてくる。
リビングの窓からその様子を眺めていた陽子は、ふぅ、とひとつ悩ましげなため息をついた。
キッチンで料理中の藍に、ねぇねぇ、と声をかける。
「藍、そろそろお鍋の季節よね」
「そうだね、母さん。リクエストあるなら夜に作ろうか?」
「私火鍋がいい」
「あ、紫苑! あたしがリクエスト聞かれたのに!」
「オレも火鍋」
「燈李まで!? あたし辛いの苦手なのに!」
「僕は豆乳鍋がいいなぁ。ね、陽子さん」
「それよ! さすが透くん! 豆乳鍋にしましょ、藍!」
「蒼汰は?」
「んー、オレは肉が多いと嬉しいな」
「そしたら二つ作って好きなように食べようか。買い物に行かないと……ん? おでん?」
「あー、おでんもいいわねぇ」
「さすがに三つは多いと思う。だいたいおでんって鍋なの?」
「鍋に入ってはいるな」
「オレ牛すじ食べたい。あと卵と、大根と」
「やれやれ、どうしようか」
八雲はリビングの一角に設置されたベッドに寝転んで、飛び交う会話を不思議そうに見上げている。
ソファにいる紫苑がおいで、と声をかけると、「今はいいや」と言わんばかりにぷい、とそっぽを向いた。
「……じゃあいいわ、今回はお母さんが譲ってあげる」
「豆乳鍋って言ったのは親父だな」
「新しい家族の初鍋だし、リクエストには応えないとね!」
「応えるのは藍兄だけどね」
「僕もおでん好きだし、作るのはいいんだけど……、父さんはそれでいい?」
「陽子さんがいいなら僕は構わないよ」
こうして、なし崩しに夕食のメニューが決まった。藍は店用に仕込んでいた味噌漬けチーズを冷蔵庫に収めると、エプロンをはずしてダイニングの椅子にかけた。
「お兄ちゃん、買い物行くなら私も一緒に行く」
「オレも」
「あ、ずるい! オレもオレも!」
「わかった、じゃあみんなで行こう」
「僕は陽子さんと留守番してるね。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい!」
わいわいと賑やかに、四人は手早く出かける準備を整えた。紫苑の手には保令バッグが握られている。
運転は藍、助手席に燈李、後部座席に紫苑と蒼汰が乗り込んで、出発である。目的地は郊外に出来た大型スーパーだ。
「姉ちゃん、アイス買うの?」
「買わないの?」
「んー……じゃあ、あいつには変わった味食べさそー。コンポタ味とか」
「体は兄貴なんだから、変なもん食わそうとすんな」
「ははは、大丈夫だよ。食べてみたいって」
「お兄ちゃんは甘やかし過ぎだよ。もうちょっと厳しくしてもいいと思う」
「一番甘やかされてる紫苑がなんか言ってんな」
「なによ」
「もー、二人ともブラコン過ぎじゃない? 大人になりなよー」
「へぇ……」
「ふぅん……」
「…………っぃ」
「はいはい、ケンカしない。各自好きな物選んでいいから」
四兄弟の掛け合いは、紫苑燈李の言い合いに蒼汰が茶茶を入れ標的が移り、藍に諌められるまでがワンセットである。
戻ってきた日常にもたらされた、ほんの少しの変化は、違和感なく溶け込んでいた。
「弟……で、いいのかな?」
小さく呟いた声は騒ぐ弟妹たちには聞こえなかったようだけれど。
藍には確かに、嬉しそうに肯定する新の声が聞こえたのだった。
私なりにハッピーエンドに持っていけたかな、と思います。
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