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27.空の戦い1

 蒼汰が目を覚ましていた。

 死の淵を超えたばかりとは思えないほど、目には光が宿っていて、藍はほっと安堵の息を吐く。機器類が繋がれ、酸素マスクで顔の半分は覆われているけれど、藍の姿を見止めた蒼汰はふにゃりと目を細めた。


「蒼汰……よかった……」

「藍兄、おはよー」

「おはよう、気分は?」

「へへ、悪くないよー」


 蒼汰の浮かべた笑顔に強がりは見えず、藍は末っ子の頭をふわりと撫でた。ベッド脇で機器類をあれこれ操作する看護師も、嬉しそうに頷いている。


「藍兄、オレ……話したいことがあるんだけどさ」

「うん、後でちゃんと聞くから、まずは回復に専念しようか」

「うーん……」

「どうしたの?」


 傷のある方を上に、横向きに寝かされた蒼汰は、動かしやすい方の右手の指をぱたぱたと動かした。手招くような動きに気付いた藍が、その手を取る。体温は少し高く、怪我のせいか発熱しているようだ。


 しかし、触れたところから藍に流れ込んだのは、体温とは別の、覚えのある温かさだった。

 短期間に影を吸収したことによる不快感や痛みが、和らいでいく。水槽の中から見た外界のような、どこか歪んでぼやけた世界が、輪郭をくっきりとさせていった。


「これは……」

「母さんから、預かってきたよ」

「…………」

「藍兄が何しようとしてるのかも、母さんに聞いた」

「…………蒼汰、それは」

「オレ、嫌だからね。藍兄がいなくなるなんて、絶対嫌だ」


 蒼汰の指先に力が入る。藍の指を赤ん坊がするように握った手は、微かに震えていた。

 その場にいる看護師は何も聞いていないように振る舞っていたけれど、藍に「五分だけ」と言われ渋々退室する。

 二人きりになった病室で、藍は小さく息を吐き口を開いた。


「蒼汰……母さんからの力、ちゃんと受け取ったよ。ありがとう」

「うん……」

「蒼汰の気持ちも……凄く嬉しい。でも……」

「嫌だ」

「蒼汰、聞いて」

「……嫌だ」

「蒼汰…………」


 兄弟の中では一番聞き分けの良い蒼汰だけれど、この時ばかりは頑として聞き入れようとしない。かつて自分が透と意見を違えた時を思い出し、頑固は家系か、と思わず苦笑する。


「……戻る気がないわけじゃないんだよ。上手くいけば取り込むだけで済むかもしれないし」

「……上手くいかなかったら?」

「うーん……悪い方を考えたくはないかな」

「ずるい。藍兄はずるい。そうやってオレを言いくるめて、一人で新をどうにかする気じゃん。藍兄はずるい。もっとオレをあてにしてよ。オレだって家族だよ。一人で抱えないでよ」

「…………」


 ぽろぽろと零れた涙は、雨粒のようにベッドに染み込んでいく。

 目覚めたばかりの蒼汰を、これ以上興奮させる訳にはいかない。今蒼汰に必要なのは、何を置いても休息なのだ。看護師だってすぐに戻ってくるだろう。


「それなら、蒼汰に頼みたい事があるんだ」

「何でもする。何でも言ってよ、藍兄」


 二度と会えなくなるかもしれない可愛い弟の、最後の記憶は、泣き顔よりも笑顔がいいと思った。

 蒼汰には笑顔が似合うのだから。



 蒼汰とひとつの約束を交わし、病室を出た。入れ替わりに入っていった看護師からは少しだけ諫められたけれど、蒼汰の体調を考えれば彼女の意見が全面的に正しいだろう。藍は蒼汰を医療スタッフに託し、外の空気を吸いに病院の外へ出た。


 空調の効いた院内とはうって変わり、外はすでに暑かった。雲に遮られることなく地上を照らす朝日は、さらに順調に気温を上げていくだろう。今日も暑くなりそうだ。


 天を見上げた藍は、目を閉じ意識を集中する。

 数年前、新が透の封印から解放されて以降、藍は新の存在を感じ取れるようになっていた。自身の魂に埋め込まれた新の力が、彼の存在と日に日に大きくなる力を知らしめていたのだけれど。


「……いない?」


 時折、新の存在を感じ取れなくなる時があった。繋がっていたいわけではなくとも、知覚できなくなると気にかかる。嫌な胸騒ぎを覚え、藍はパンツのポケットからスマートフォンを取り出した。

 早朝の電話だなんて礼を欠いた行いは、早々しないのだが。今はそれよりも胸騒ぎの方が勝っていた。


「……おはようございます。朝早くからすみません、藍です。おやすみでしたか?」

『いや、寝られるもんなら寝たいがな。お前らがもってくる面倒ごとのおかげで、めでたく徹夜中だ』

「それは……すみません。今は病院ですか?」

『お前んちだよ。結界張りに来てる。そういう約束だったろう』

「そうでしたね。それなら紫苑と燈李も一緒ですか?」

『……まだ寝てるだろ、何時だと思ってる。そっちこそこんな時間にどうしたんだ?』

「蒼汰の意識が戻ったんです。燈李と紫苑にも伝えてもらおうかと」

『わかった、戻ったら伝えておく』

「先生、家の方に――変わりはありませんか?」

『あぁ、問題ない。結界ももう済んだし、ぼちぼち戻るさ。こっちは気にしなくていいから、末っ子についててやれ』

「……はい。ありがとうございます」


 そう言って通話を終えた藍は、じっとスマートフォンのホーム画面を見つめて都築の言葉を反芻した。


 結界を張りに行くときは、紫苑と燈李を伴っていく予定だったはずだ。それだってこんな早朝ではなく、ごく普通の時間に。徹夜などする必要はなかった。都築は医師であるから、そちらの仕事の事情だってあるだろうけれど、双子が都築医院にいるのであれば徹夜してまで急ぐ必要はない。


 それに、お前ら、とは?

 面倒を依頼したのは藍である。陽子の結界について面倒だとは、今さら言うまい。彼は今まさに面倒ごとに巻き込まれているために、徹夜中である、という意味ではないだろうか。では、都築がお前「ら」というのは藍の他に誰だ?


 こっちは気にしなくていい、末っ子についててやれ。

 なるほど、ごく普通の医者としての言かもしれない。昔から、それこそ自分たちが産まれた頃から関わりのある人なのだから、そういった気遣いもあっておかしくはない。しかし、むしろ気遣いというよりは、藍を自宅から遠ざけようとしているように聞こえるのは、穿ち過ぎだろうか?


 端々にある違和感が、嫌な胸騒ぎとじわじわ結合していく。


「まさか……家に?」


 藍の中で形となったのは、新がすでに目的を達しているという、最悪の結論だった。

 



 時は少しさかのぼる。

 搬送された男の魂を回復させるために都築が張った結界は、極端に減少した陰を回復させるためのものだった。陽子の病室に張られた結界とは性質が異なるのは、視て明らかであった。


 今燈李の目の前には、それらとはさらに異なる結界が展開されている。

 黒い霧に覆われたように、朝日を浴びてもなお中を見通せないほどの闇に包まれているのは、勝手知ったる自宅だった。


「で、あれはどんな結界なわけ?」

「あれは病院の周りに張っとる結界に近いものだな」

「悪意のあるものを弾いてくれる、とかいう?」

「そうだ。触るなよ、気付かれる」

「……わかった」


 弾かれるとはどんなものか、と手を出そうとしたのを読まれたらしい。燈李は上げかけた手を引っ込めて、結界の中の様子をうかがった。

 紫苑が既に新に攫われたのだとして、どこに行くかを考えた結果たどり着いた先に、昨日はなかった結界が張られていたのである。


 ひとりで病院を飛び出そうとした燈李は、都築に止められ押し問答した挙句、都築が同伴するというところに落ち着いたのだが。結果それは正解だったようだ。


「結界の原理を知っただけのお前が、一人で来なくてよかったなぁ」

「……感謝してますから、あれの解き方教えてくださいよ」

「まったく、可愛げのない」

「…………」


 いまだ、燈李に植物たちの声は聞こえていなかった。すぐそこに自分が育てた植物たちがいるというのに、声どころか吐息のひとつも聞こえない。それでも不思議と焦りはなかった。それはきっと原因がわかったからだろう。


「まずはあれの陰と陽を見極めろ。虚であっても陰陽はある」

「まずはのハードルがクソ高え」

「四の五の言うな。あの結界は一人じゃ骨が折れる。片割れを失いたくはないだろう」

「……当たり前だ」


 燈李は家の周りに巡らされた結界をじっと視た。


 以前、蒼汰が力のコントロールを覚えたいと藍に師事したときに、藍の用意したグラスをイメージする。

 グラスにあるのは陰と陽。今視たいのは、その割合だ。


「視るための出力の調整を……もっと繊細に……」


 繊細なコントロールなど意識して行ったことはないけれど、それでも出来ていたのだ。植物の声を聴き、なんなら聞こえる音量の調整だって特段トレーニングしなくとも出来ていた。耳だけの感覚でできていたのだ。

 目で視ることが出来るようになっている今、情報量はよほど多い。

 陰陽の割合だなんて。


「んなモン、オレなら朝飯前だろ」


 声に出して自身を鼓舞し、燈李は眉間に力を込めた。

 ――そんな時。

 燈李のスマートフォンが着信を告げた。メッセージアプリの音声通話が着信したようである。


「誰だよ、こんな時に……って、蒼汰!?」


 画面に表示されていたのは、意識不明で生死の境を彷徨っているはずの、弟の名前だった。



「蒼汰!? 意識が戻ったのか!?」


 慌てて出ると、聞きなれたのん気な声が聞こえてくる。若干力ない声だけれど、確かに蒼汰の声だった。


『燈李兄、おはよ。心配かけてごめんね』

「……別に、心配はしてねーよ。お前のことだから、すぐ起きんだろって思ってた」

『へへ、そう?』

「それより、何してんのお前? 電話とか意味わかんねーけど」

『看護師さんに頼み込んだの。ちょっとだけ! っつって、オレ動けないからさ』


 そう言った蒼汰の言葉に、看護師に懐き回る大型犬の姿が脳裏に浮かんで、こんな時だというのに燈李の口元に笑みが浮かんだ。蒼汰の意識が戻ったことを、じわじわと実感する。


「ったく、困らせてんじゃねーよ。で、よっぽど急ぎの話なのか?」

『藍兄が、自分ごと新を封印しようとしてるんだ。どうやるのかよく知らないし、止めたけどやめてくれなそうで……ぃっ』


 蒼汰が呻いて電話口の声が途切れた。看護師らしき人の声が奥に聞こえるから、通話を止めさせようとしているのだろう。


『あとちょっとだけ、お願いお願い! すぐ終わるから! ……燈李兄? それでね、藍兄が新のとこに行くの止めて欲しいんだ。姉ちゃんのことも心配だけど、藍兄はいっつもオレ達のために無理するから、オレ……』


 次第に蒼汰のつらそうな呼吸音だけになり、燈李は顔を顰めた。死にかけたばかりの弟が必死に訴えていることを察知できないような、愚かな兄になるつもりはない。


「とりあえずお前は寝てろ。こっちのことは心配すんな」

『姉ちゃんは……一緒にいるの?』

「今は別行動中だけど、大丈夫だ。よく考えてみろよ、蒼汰。紫苑がおとなしくどうにかされるヤツだと思うか?」

『はは、確かに。そんなの姉ちゃんらしくないね』

「だろ? だから大丈夫だ。兄貴のこと教えてくれて助かった」

『うん。……あ!』


 ついに看護師に携帯を取り上げられたらしい。「もうダメです!」という声が小さく聞こえ、さらに向こうで「燈李兄、またね!」と蒼汰の声が聞こえたところで通話が途切れた。


 気付くと、いつの間にか都築も電話中のようである。


「よし……」


 鋭く息を吐き出した燈李は、再び家を囲む結界を睨みつけたのだった。


クライマックスです。

戦いは1~3まで。

最後まで見届けてくださいませ。


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