【番外】藍の陰陽解説
空野家のダイニングで藍、燈李、蒼汰が談笑している。紫苑は友達との約束がある、と出掛けて不在だ。八雲はリビングのソファで大の字になっていて、起きる気配はない。静かな昼下がりだった。
カウンターを挟んでキッチン側に藍が立ち、カウンターのすぐ脇に置かれたテーブルに、燈李と蒼汰が座る。
蒼汰希望の『藍先生の力のコントロール講座~陰と陽とは』の開催である。
「まずは入れ物を大きくするところから」
「はい、先生! 入れ物って何ですか?」
「黙って聞けよ。兄貴が話してんだろ」
「いてっ!」
「燈李、叩くのはよくないよ」
「へーい」
「なんで燈李兄がいるのさー。オレが藍兄に教えてもらってるのに」
「今日はバイト休み」
「遊びにでも行ったらいいじゃん」
「うるせ。オレも聞きたいんだよ」
「はいはい、燈李にもちゃんと説明したことは無かったからね。ケンカしないなら、二人に説明するよ」
「はいはーい! ケンカしません!」
「ケンカしません」
「よろしい」
弟達のじゃれ合いは可愛いものである。
先生、との呼びかけに応えるように、藍は食器棚から目的の物を取り出した。
「入れ物っていうのはね、これのこと」
そう言って藍がカウンターに置いたのは、高さの違う二つのコリンズグラスだった。真っ直ぐ細長い、主に炭酸用に使われるグラスである。
「コップ?」
「グラスな」
「一緒じゃん!」
「二人とも」
「う」
「ごめん」
「よろしい」
くすくす笑いながら、藍は両方のグラスにオレンジジュースを注いだ。嵩がだいだい同じくらいになっている。
「このオレンジジュースが陽」
そう言って、次は冷蔵庫からアイスティーを取り出す。よく冷えたそれをそーっとオレンジジュースの上に注いだ。オレンジジュースの明るい橙色と、アイスティーの深く透き通った赤茶色が、グラスの中で半々の層を作る。
「おー」
「すご。なにこれ?」
「比重の違いで二層になるんだよ。さ、こっちのアイスティーが陰」
「いん…………あ、陰か」
嵩はどちらも同程度、グラスの高さの違い分、片方はまだだいぶ容量に余裕があった。
「こっちの、容量に余裕の無い方が普通の人。それをこっちの、余裕のある方にするのが、コントロールのはじめの一歩」
「あぁ、なるほど」
「え、全然わかんないんだけど!? 燈李兄わかったフリしてない?」
「するか。オレはコントロール出来るから、ただの答え合わせなんだっての」
「ずりぃ」
「まぁまぁ。イメージの問題だから」
「むー。ま、いいや。この陰と陽をわざわざ作ったのはなんで?」
「陰と陽のイメージがしやすいかと思って。かき混ぜて飲んでね」
「飲んでいいの? ラッキー」
差し出した細いストローをグラスにさして、二人とも素直をジュースを飲み干した。
「さて、さっきのジュースをもう一回作ろう。今度は蒼汰が作ってごらん。蒼汰の陰と陽の割合で」
「え、急に?」
「燈李もやってみようか」
「おっし」
「んーと、オレは陽が多いんだから、こんくらい?」
「ふふ」
「え? もっと?」
「さあ、どうかな」
グラスに七割程オレンジジュースを注いで、蒼汰が藍の顔をチラリと見る。が、藍は微笑むだけだ。
「オレのはこうだな」
「うんうん、いいね」
一方、燈李も蒼汰と同じくらいのオレンジジュースを注いで、藍からマルをもらった。
「蒼汰、もう少し…………そう、あとちょっと」
「え……え……? これじゃほぼオレンジジュースなんだけど!?」
「そうなんだ。蒼汰は九割がた陽」
「きゅっ……」
「とんでもねぇな」
「じゃあ、陰と陽の話をしようか」
呆然とする蒼汰の肩をぽんと叩いて、藍が続けた。
「陽は活性、陰は鎮静っていうのはわかるかな」
「一応」
「活性は分け与え、鎮静は取り上げる、っていうのは?」
「……今知った」
「ならそこから説明しよう。蒼汰も燈李も陽だから、活性を説明する方がわかりやすいかな。まず、そもそも陰と陽っていうのは魂の質のことでね。合わせて100パーセントだと思ってほしい。グラス中身のことだね」
「うん」
「その中から、陽でも陰でも、魂の素の一部を相手に移すことが出来る。それが陽の活性だよ」
「あれ、陽だけじゃねぇの?」
「あくまでも分け与えるのが陽の質だから、分けるものは陰でも構わないんだ。一応ね」
「へー。でもそしたら100パーじゃなくなっちゃうんじゃないの?」
「そうなんだよ。だから容量を増やすのが先なんだ。分け与えるための原資とでもいうかね」
「100パー切るとどうなるの?」
「疲れる、苦しくなる、立っていられなくなる。減りすぎると意識を保てなくなるかな。最悪死んじゃうこともある」
「怖っ! え、オレ今までどうなってた……って、あれ? とっちかっていうと調子良くなってたような……?」
「蒼汰はなんというか……100パーセントが普通のところを、増やしちゃうんだよね。陽を。でも入れ物を大きく出来ないから、溢れてるの」
「洪水みたいな?」
「そう。その溢れた分が自分を活性しすぎて、逆に疲れちゃうんだよ。見た感じ、三割くらい増えると具合が悪そうかな。その増えた分を消費するから、調子が良くなる……というか、元に戻る」
「ほぇ~……」
「燈李はコントロールが上手でね。植物相手はそのあたりの適量が難しいはずなんだけど、割と初めの頃からできてたね」
「難しいはずって?」
「母さんがね、苦労したって言ってたんだよ」
「へ、へー……」
思いがけず褒められたような形になって、燈李は口をモニュモニュさせた。
「だから、まずは容量を増やすところから。容量の増やし方を覚えて、やりたい事に対しての陰陽の適量を判断できるようになれば、コントロール出来てる、と言っていいと思うよ」
「なるほど~」
「じゃあ陰は? 取り上げるっての」
「あぁ、それはね、陽の逆だよ。相手の陰か陽を取り上げる……奪うことができるんだよ」
「え、でも100パー切ると……」
「そう。だから生きた人間相手に使うのは、ちょっとコントロールが難しいけど……怒ってる人とか興奮してる人から陽を1パーセントくらい奪うと、冷静になってくれたりはするかな」
「ん? じゃあオレが具合悪い時は、藍兄に奪ってもらえば……」
「そうだね。蒼汰が小さい頃は僕や父さんがそうしてたんだけど、最近顔を合わせない日も多いから、気付けなかったりするんだ。ごめんね、蒼汰」
「兄貴が謝ることないだろ。こいつがいつまで経ってもコントロール覚えないのが悪い」
「そうだよ、オレが悪い!」
「いやいや、悪くはないよ……」
「あ、なら姉ちゃんも出来る?」
「紫苑はね、陰しか奪えないんだよ。自分以外の陽を受け入れられなくて」
「ふーん? ……受け入れるって?」
「陰の場合、奪った気は自分に取り込むことになるんだけど、そのために入れ物を大きくするのは陽と同じなんだ」
「持ってきた分を入れとく場所か」
「そう。紫苑は作った入れ物に陰は入れられるけど、陽を入れることが出来ないんだよ。これも体質みたいなものだろうね。蒼汰が自分の陽を増やしちゃうのと同じかな」
「姉ちゃん、そうだったんだ……。燈李兄、知ってた?」
「詳しいことはわかんねぇけど、蒼汰をどうこうできないのは知ってた」
「だよね……」
「……霊は、陰しかないんだ。元々持っていた陽も、時間とともに陰に変わってしまう」
「…………」
「…………」
藍の声音が先程までと変わったことで、二人は神妙に耳を傾ける。
「そうするとね、陽が欲しくなるんだよ。生きているものにしか無い陽を、ね」
「あ……」
「あれか」
奪われる感覚は、二人ともつい最近体験したばかりだった。
「これは悲しい事なんだけど、そうして奪って吸収した陽は、すぐに陰に変わってしまうんだ。だから彼らが満たされることは無い。それどころか、陰が増えるから余計に陽が欲しくなる」
「うわー……悪循環……」
「彼らに陽を与えられるのは、陽の活性の力だけなんだ。奪うのではなく、分け与えられた陽は、彼らの陰を相殺する。だからね、蒼汰。蒼汰はコントロール出来ないと言っていたけど、全くできてないわけでもないんだよ」
「え?」
「紫苑に言われて、溢れた陽を分けてたんでしょう? 意識してやっていたんじゃないかもしれないけど。大丈夫、すぐにコントロール出来るようになるよ」
「藍兄……」
思い詰めていた弟を気遣うように微笑んで、藍は空いたグラスを洗い始めたのだった。




