本当の救国の聖女
久しぶりに書いてみました!
聖女ものです!
「あんたどこまで行くの?」
「もちろん王都ですわ!」
「…王都に何しに?」
「もちろん、本物の救国の聖女として認めてもらうためです!」
「はぁ…」
二人の男女しか乗っていない幌馬車。こげ茶色の髪に平凡な顔立ちの少女と、ボロボロの服を着た、ボサボサの黒髪に浅黒い肌の青年。二人はのどかな田舎町を馬車に揺られながら進んでいた。
「聖女ねぇ…。あんたが本物の聖女って言いたいのか?」
「えぇ!もちろん!」
「じゃあ最近王都に現れたっていう聖女は?」
「あれはわたくしの愚かな妹ですわ!わたくしの聖女としての功績を簒奪し、愚かにも聖女として名乗りを上げたのです。本物の聖女であるわたくしがあの子を懲らしめねばなりません!」
「はぁ…。そうですか…」
青年は少女とは反対側の席に座り、外を見ながら大あくびを繰り返している。
「まぁ、いいんじゃないの?やりたいようにやれば。俺には関係ないし」
「まぁ!何を言いますの!あなたは護衛として、わたくしを王都、そして聖女の前に連れて行くという大役があるのですよ?」
「…初耳だが?」
「今初めて言いました!」
ニコニコと笑う空のように澄み切った青い瞳の少女を見て、青年はげんなりと肩を落としてため息をついた。
少女は王都から遠く離れた街からやって来た。人も自然も何もかも普通の街。そこを治める小さな貴族の娘だった少女は、一人で王都へ行ってしまった妹を連れ戻しに来たのだと言う。
「あの子ったら、本当に愚図で間抜けで何もできないんですの。淑女たるもの読み書きや計算はもちろんのこと、歴史、音楽、ダンス、刺繍、すべてに精通していないといけません。将来夫となる方を支えるために必要なことですから」
「へぇ~、俺は貴族じゃねーから分からねーけど。ほら、焼けたぞ。…お貴族様の口には合わないかもだけどな」
「まぁ!美味しいそうなパンと干し肉!スープまで付くなんて、この幌馬車はなんて豪華なんでしょう!」
「…豪華ねぇ…」
道中、森の中で野営し一晩を過ごす幌馬車ご一行。少女とボサボサ髪の青年、そして御者の3人で火の前で食事をしていた。
「ふふ!あの子は聖女になって豪華な生活がしたいだけなのです。たくさんの食べ物やお菓子、綺麗なドレス、きらびやかなパーティー。それに心を奪われ、聖女を騙ってしまった愚かな妹。王都の皆様は、妹が本物の聖女だと信じ切っているというではありませんか!」
「…聖女は王都に蔓延していた疫病の患者に一晩祈りを捧げて治したらしいぞ」
「そんなもの聖女の力ではございません。聖女の力とは光魔法ですが、あの子は光魔法を使えません。恐らく闇魔法を使ったのでしょう」
「…闇魔法?」
「えぇ。この国の禁術とされているものです。闇魔法は人のエネルギーを吸い取ることができます。過去、闇魔法を使って大規模な殺人事件が起こってから禁術となりました。しかし、それを応用すれば他人の体内にある病原菌を自分に移すことができる。妹もそうしたのでしょう」
「…では今の聖女は大罪人だと?」
「えぇ、その通りです。闇魔法を使い聖女を騙る大罪人。そして、わたくしこそが本物の光魔法を使える聖女です」
「ならここで使って見せろよ」
足を組んで頬杖を付いた男が、感情を消したような冷たい表情で少女を見据える。
「本物の聖女の誕生はこんな森の中で地味に行われるものではございません。王都に行き、偽聖女の目の前でわたくしが本物の光魔法をお見せしますわ」
「…あっそ」
興味をなくしたように男が大きなあくびをすると、毛布を持って幌馬車へ戻っていく。
「あぁ、わたくしも片付けをいたします。まぁ、わたくしほどの淑女であれば片付けなどお手の物!あなたはそこに座って食事をしながらわたくしの活躍を見ておきなさい!」
おーっほっほっほ!と高笑いしながら食事の片づけをする少女を、男は幌馬車の隙間からずっと眺めていた。
「あら?お二人ともどうしたの?もう王都も近いというのに」
少しずつ山や森から建物へと風景が変わってきた道中。少女を除いた二人が胸を抑えてはぁはぁと苦しみ出した。
「…まぁ!さてはわたくしがいない間に何か悪い物でも食べたのですね!全く、これだから学のない方々は!」
「…うるせぇぞ」
男が苦しみながらも少女を睨みつける。しかし、少女は全く動じず、革製の鞄の中から二つの小瓶を取り出し、それぞれに差し出す。
「これは薬ですわ。こちらを飲んで休めば良くなります」
「…大して知りもしない相手からもらったものを飲めってか?」
「もう!癇癪はいい加減にしてちょうだい!わたくしの護衛がいなくなっては困るのです!さっさと飲みなさい!」
「…チッ!」
男は顔を顰めながら薬を飲み干す。それを見た御者も恐る恐る薬を飲んだ。
「ほら、二人ともこちらで横になりなさい」
「っ…変なことするなよ」
「まぁ!淑女であるわたくしがそんないやらしいことをするとでも!」
「…いや、そう言うことじゃないんだが…っ」
男は強い眠気を感じ、そのまま馬車の中で意識を失った。
「…大丈夫ですわ。わたくしがあなたたちを救います。起きたらいつも通りです」
いつも居丈高な態度の少女とは思えない程に慈愛に満ちた微笑を見せる姿はきっと幻だったのだろう。
「んぁ?」
「あ!起きたのですね!全く、いつまで寝ているのですか!もう夕食の時間ですわ!」
男がゆっくりと体を起こすと、外で少女が食事を作っていた。焚火の上に鍋をつるし、軽装ではあるがドレスをたくし上げ鍋をぐるぐるとかき混ぜている。
「…苦しくない」
「ほんとだ…」
御者の男も起き、二人で体の状態を確認する。あれほどに苦しかった胸の痛みは、嘘のように消えてしまっていた。
「だから言ったでしょう!変な物を食べたからだと!ほら!わたくし自ら滋養たっぷりのキノコスープを作ってあげましたわ!食べましょう!」
「…お貴族様が作ったスープなんてまずくて食えないだろ」
「まぁ!薬をもらってよくもそんな口をぉ!」
「ぶはっ!」
きぃ~!と癇癪を起こしたように地団太を踏む少女を見て、男が噴き出して破願する。
「お前…おかしい奴だなぁ…ほんと」
「…っ!」
ケラケラと笑う男を御者が目を見開いて見つめる。そして何かを耐えるように震えながら下を向いた。
「…お前が聖女ってのもあながち間違いじゃないのかもな」
「まぁ!まだ疑っていたの!もう半月も一緒に旅をしている仲間だというのに!…ふふ、旅って面白いわ。もっとしていたい」
「仲間ねぇ…。俺は護衛だから、仲間じゃないだろ?」
「まぁまぁ!なんて意地悪な人!」
「ほら、せっかく作ったならもったいないだろ!寄こせよ!…お前も食え」
「っ…はいっ!」
男が楽しそうに笑う少女から受け取ったスープ入りの器を御者に差し出す。御者は腕で顔を何度も拭った後、男と同じぐらいの満面の笑みで器を受け取った。
「こ…ここが王都」
「何をビビってんだ、聖女様よぉ。王城はこんなもんじゃねーぞ?」
「わ、分かってますわ!」
さすがに旅で汚れてしまった幌馬車を王都内に持ち込むことはできず、城壁の外の詰め所に預けた3人は、人が行き交う王都を歩いていた。
「すごく栄えていますわね!それにお店もいっぱいですわ!こんなにもきらびやかな世界…。愚かな妹が望んだのも無理はありません」
「…きらびやかな世界ねぇ…」
男が大通りから外れた路地裏に目を向ける。そこにはぼろ布を被った女と小さな子供が激しい咳をしながら蹲っていた。
「…この国は終わりに向かってる。原因不明の病が王都中に広がってるんだ。薬を飲んでもダメ、治癒術でもダメ。体を掻きむしりたくなるような強い痛みと咳が続いて、そのまま衰弱して死んじまう」
「それを治せるのが聖女ですわ!」
「…お前が治せると?」
「もちろん!さぁ、行きますわよ、…っきゃぁあ!」
「っおい!あぶねーだろ!」
転びそうになった少女を男が抱きとめる。
「も、申し訳ありません…」
「田舎から出てきたから興奮するのは分かるけど、気を付けろ」
「はい」
少女が胸の中で男に微笑みかける。
「ふふ…」
男の頬が少しだけ赤くなっていることに、御者だけが気付いていた。
「今の聖女は偽物です!わたくしこそが本物の聖女!さぁ!この扉を開けなさい!」
「…バカとは思っていたが、本当にここまでバカとは思わなかった…」
「…それには同意いたします」
王城の城門前で仁王立ちになって高らかに宣言する少女の後ろで、男二人は顔を覆った。
「何者だ、お前!この国の救世主であられる聖女様を偽物呼ばわりとは!殺されても文句は言えんぞ!」
「本当のことですわ!さぁ、早く聖女をここに連れてきなさい!」
「捕らえろ‼」
「きゃああ!」
「っちょ、待て!待てって!」
衛兵に捕らえられそうになる少女を男が引き寄せる。しかし、すでに臨戦態勢の衛兵は武器をこちらに向けてきていて、収まりそうにない。
「ぁ~~、もうどうすっかなぁ…」
「…その方々をお通ししなさい」
「あ?」
王城の中からコツコツと足音がして、眼鏡をかけた男が出てくる。
「宰相様!」
「…聖女様がお通ししろと。…警戒は怠るな」
「は!かしこまりました!」
宰相が少女を強く睨みつけながら引き返していく。少女を抱えていた男はほっと息を吐いて、力を抜いた。
「ほら!城の中に入れました!わたくしのやり方は間違っていなかったのです!」
「たまたまだよ、ばぁか!」
男は優しく目を細めて少女の頭を小突いた。
「…お待たせしました」
「…あれ、お前の妹?」
「えぇ!もちろんそうですわ!似ているでしょう?」
「どこが?」
「まぁ!本当に失礼ね、あなた!」
豪華な客間に通された3人がふかふかのソファに座って待っていると、程なくしてこの世のものとは思えない程に美しい少女が部屋に入って来た。美しい金糸の長い髪に、宝石のような青い瞳と長いまつ毛。しっとりと濡れた唇に真っ白な肌。最高級品の布で作られたシンプルで真っ白なドレスに、首元に瞳の色と同じ青い宝石を飾った少女は3人を見てにっこりと微笑んだ。
「ようこそ王城へ、お姉様」
「…本当に姉妹なのか」
男の呟きを聞いて、妹がゆっくりと頷く。
「えぇ、もちろん。この方は私の愚かな姉で間違いありません」
「な、姉を愚かなど!いつからそのように傲慢になったのです?やはりあなたは富を得んがために聖女を騙っている大罪人ですわ」
「…それを言いにわざわざここまで?」
妹がコテンと首を傾げ煽情的に笑う。
「えぇ、その通りです。わたくしこそがこの国を救う聖女!今ここで聖なる光魔法を発動して差し上げます!」
少女が立ち上がり、胸の前で手を組もうとした時。
「…捕まえて」
「きゃあ!ちょっと何を!」
その前に妹に指示された兵士たちが部屋になだれ込んできて少女を拘束した。男はそれを止めようとして立ち上がったが、最後に入って来た人物を目にして動きを止める。
「あぁ、弟よ!無事だったのか‼」
美しい黒髪を撫でつけた美丈夫が男を抱きしめる。
「あぁ…兄さん。俺はまだ生きてるよ」
「良かった!本当に良かった!本物の聖女が見つかった!お前の病は治るからな!」
「弟…?兄…?どういうことですの?」
兵士によって床に押さえつけられた少女が吠える。妹は少女にゆっくりと近付き、しゃがみ込んでにっこりと微笑んだ。
「お姉様が連れてきてくれたのはこの国の王弟。蔓延している病にかかり、余命幾ばくもないままで旅に出てしまった、現王の大事な弟君です。…さぁ、お姉様は牢屋に入って処刑の日まで神に許しを請うてください」
「ど、どうして私が!」
「あなたが闇魔法を使う大罪人だからですよ、お姉様」
妹は少女の背中を足でぐりぐりと踏みつけながら笑った。
「あいつが闇魔法の使い手?」
「えぇ、そうなのです。…小さい頃から姉さんには虐げられておりました」
少女一人が連行され、元の部屋で、男もとい王弟と、御者もとい側近の男たちが妹の話を聞いていた。
「お姉様は闇魔法の力を使って幼い頃からずっと私の光魔法の力を奪っていました。そしてその力を使い、自分こそが聖女であると周りに言いふらしていたのです。…そして領民から多くの貢ぎ物を受け取り、私腹を肥やしておりました。今回も、王都での病のことを知り、私の大量の光魔法の魔力を奪い取ろうとしたので、それより前に逃げ出してこちらに参りました」
「…そうか」
王弟が眉をひそめて小さく呟く。
「し、しかし!あの方は殿下と私の病を治してくれました!」
側近の言葉に妹が一瞬眉を上げた後、呆れたように首を横に振った。
「っ!そう…ですか。恐らく私から奪った光魔法の力を使ったのでしょう。…私の姉は嘘つきの悪魔です。どうかあの人の妄言に騙されませんよう」
「お前が無事で本当に良かった…。余命も短いからと旅に出たお前をずっと案じていた。聖女であるこの子が現れ、何度お前を行かせてしまったことを後悔したか…。でもこれでこの国は救われる。どうかまた前の様に私を支えてくれ」
「…あぁ」
現王が妹の頬にキスをすると、妹が頬を赤らめる。そのお互いの仕草で好き合っていることが分かった王弟は優しく微笑んだ。
「悪いが、数日後の大規模な光魔法の発動に向けて準備が大詰めだ。お前たちは部屋で休んでくれ」
そう言って現王が部屋を出ていく。その後に、妹もまた部屋を出ていこうとしたが、動きを止めて振り返った。
「…お姉様は足がふらつくようなことはありませんでしたか?」
「足…?あぁ、王都に来てから少しはしゃいで倒れかけていたが…」
「…ありがとうございます。あとお姉様の牢には近付かれませんよう。闇魔法で命を吸い取られる可能性があります」
王弟にはすぐに俯いた妹の表情を見ることはできなかった。
「ちょっと!本物の聖女であるわたくしをこんなところに閉じ込めておくなんて!絶対に許しませんわよ!こら!誰かいないの!っもう‼」
一人冷たい牢に入れられた少女は鉄格子を叩いていたが、手が痛くなったのでやめて、その場にうずくまった。
「あぁ…どうしましょう。このままでは…」
「…よぉ」
「え?」
膝を抱えていた少女に声が掛けられる。急いで顔を上げると、そこにはこれまでの姿とは似ても似つかない、とんでもなく顔が整った男がきらびやかな軍服を着て立っていた。
「どちら様でしょう?」
「お前も失礼だな。俺だよ」
「っあ!わたくしの護衛!」
「そう、お前の護衛だよ」
ニカっと快活に笑った王弟は鉄格子越しに少女を見る。
「お前が本当の闇魔法の使い手らしいなぁ。大罪人め、よくも俺を騙したな」
「いいえ!わたくしは本物の聖女!この国を救う救国の乙女です!」
「…でも闇魔法を使うんだろ?」
「それでも私がこの国を救う聖女であることは変わりません。嘘を付いているのは愚かな妹のほうですわ…っきゃあ!」
「俺はお前を信じたい」
王弟が鉄格子越しに少女を抱き寄せる。あまりの牢の冷たさに真っ白になっている少女の頬を少しでも温めようと両手で包み込む。
「ふふ…温かい。…わたくしの妹は美しいでしょ?…教養もなにもない子ですけど、度胸と覚悟だけはある子です」
「…お前は3日後に処刑される。明日は聖女による王都全体を対象にした大規模な光魔法の儀式が行われるそうだ」
その言葉にぴくっと少女の体が揺れる。
「そうですか…。このままでは傲慢で富を欲するあの子の手によってこの国は牛耳られてしまうでしょう。…これをあなたに託します」
「…これは?」
少女が鞄から小さな紙きれを取り出す。そこには見たこともない魔法陣が記されていた。
「これは闇魔法の発動を阻害する魔法陣。これがあれば妹は闇魔法を発動することはできません。…王弟であるあなたなら儀式が行われる部屋に入ることができるでしょう?どうかこれを肌身離さず持っていてください」
「…お前はこの国を救えるか?」
耳元で震える声で懇願するように呟く王弟の体を、少女が強く抱きしめる。
「もちろん。わたくしが救国の聖女ですから」
「それでは王都全体の病を浄化する光魔法の儀式を始めさせていただきます」
美しい真っ白なドレスを身に纏った妹が大聖堂の祭壇の前に膝を付き、祈りを捧げ始める。
「光が…」
空中に現れた七色に光る球がどんどんと妹の体内へと吸収されていく。
「これで…やっとこの国は救われるのだな…」
「あぁ…」
正装に身を包んだ現王と王弟が感慨深く呟く。その間にも妹の体に光が吸収され、その体は眩しいほどに発光していた。
「…祈りは終わりました。さぁ、王都に巣食う邪悪なる病を全て打ち払わん!」
立ち上がった妹が両手を天に伸ばした。
「きゃあああああ!」
その瞬間、ガラスが割れるような音とともに妹の体から一気に光が溢れ出す。悲鳴を上げた妹はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「っ!聖女‼」
現王と王弟が急いで妹の元に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「え、えぇ…大丈夫です。ただ、何者かに光魔法の発動を阻害されました」
「なんだとっ!」
現王が怒りで顔を赤くする。
「一体誰がそんなことを‼」
現王の怒りに王弟が一瞬だけ顔色を変える。それに気付いた妹が息を整えながら王弟を見据えた。
「どうか正直にお答えください。…お姉様にお会いしましたか?」
「…それは」
「会ったのか!頼む!この国の未来がかかっているんだ!」
「っ!」
兄に縋り付かれた王弟は唇を噛みしめて頷いた。
「すまない…。俺は…あの子がそんなに悪い奴だとはどうしても思えなかったんだ…」
「っ!お前ともあろうものが、あんな醜く愚かな女に騙されたというのか!国を思い、どんな女にも靡かなかったお前が!」
「…すまない」
「っくそ!」
振り上げた拳を力なく降ろした現王が魔法の反動で動けない妹を強く抱きしめる。
「…大きな魔法はそれだけ術者本人にも負担がかかる。光魔法による病の浄化はしばらく延期だ。宰相たちにもそれを伝えて…」
「…待って、待ってください!王弟殿下、お姉様から何か受け取りませんでしたか⁉」
「あ、あぁ。これを」
王弟が妹に紙切れを差し出す。震える手でそれを受け取った妹は、紙に書かれた魔法陣を見て顔色を変えた。
「ッ!ダメ!ダメよお姉様!早く!早く誰かお姉様を!お姉様を止めてぇえ!」
「っ!一体どうしたんだ!」
突然悲鳴のような声を上げ始めた妹を現王が抱きとめる。
「ダメよ!こんなことしたら!お姉さまは本当に死んでしまうわ‼」
「っどういうことだ‼説明しろ‼」
王弟が妹に詰め寄る。
「この魔法陣は、光魔法を阻害し、その魔力をこの魔法陣を書いた術者が吸収できるというもの!闇魔法を使うお姉様だけが書けるもの!お姉様は!っねぇねは!闇魔法で王都中の病を引き受けるおつもりなのよ‼」
「っは…?」
「お願い!止めて!止めてよぉ!これ以上、病や怪我を肩代わりしたら、ねぇねが死んじゃう!まだ光魔法をうまく使えない私じゃ、ねぇねの体に集まった病を全部浄化できない!私の!私のねぇねが死んじゃうのぉ!」
「っくそがぁ!」
王弟が走り出す。
「くそくそくそ!」
『…大丈夫ですわ。わたくしがあなたたちを救います。起きたらいつも通りです』
あの時見た聖女のような微笑みは。
「くそ!間違いじゃなかった!嘘つきじゃなかった!」
気ばかりが焦る。全速力で走る王弟を城のものたちが目を丸くして見ている。
「っ!くそ、あと少し!」
階段を下りれば牢にたどり着くという時。
「…歌?」
階下から優しい歌が聞こえてくる。全てを包み込むような、全てを守ってくれるような。そんな優しい歌が。
「っ!フィオナ!」
「ふふ、失礼な人。あなたのこと大好きだったわよ、レギオン」
にっこりと少女が微笑むと同時に、どす黒い光が彼女の体を包み込んだ。
…ねぇねは、うちの両親の金儲けの道具にされていました。幼い時に闇魔法を発現したねぇねは、殺されない代わりに、街の人たちの傷や病を引き受けさせられていた。両親はその見返りに、住民から莫大な金を受け取っていました。
…そして容姿が整った私も彼らにとっては金儲けの道具でした。男と寝て金を取れと言われた私を、ねぇねが庇ってくれていた。「自分が倍稼ぐから妹にはそんなことさせるな」って戦ってくれていたんです。…そんなねぇねのために何もできないことが悔しかった。
…光魔法も闇魔法も万能じゃない。力を使えば術者にその反動がくる。ねぇねは病や傷を引き受けているせいで、どんどんと体が弱ってきました。そんな時に、私に光魔法が発現しました。両親はまだ力が発現したばっかりで、うまく光魔法が使えない私を聖女だと王都に売り込んだ。
王都全体を魔法で浄化すれば私の体にどれほどの負荷がかかるか、いつも魔法を使っていたねぇねには分かっていたんです。私の代わりに、ねぇねが闇魔法で病を引き受けようとするのは分かっていたんです。だから!だからねぇねを置いてきたのに!バカ!ねぇねのバカぁ‼
「…そう…だったのか」
妹と現王は豪華なベッドに横たわるフィオナを痛ましい表情で見つめる。その傍には椅子に座ってフィオナの手を握り続けるレギオンの姿があった。
「確かにお前は救国の聖女…。最初から嘘なんてついてなかったんだな。悪かったよ」
青白いフィオナの頬にレギオンがキスをする。
「なぁ、フィオナ。お前との旅、楽しかったよ。だからさ、また行こうぜ。俺はもう政治には関わらない。ただのレギオンになるからさ。もっと旅がしたいって言ってただろ?俺が連れていく。家のことももう心配ない。お前の屑な両親はもう二度とお前を脅かさない。なぁ…頼むよ。今度は…楽しい旅をしよう…仲間だろ?」
フィオナの手を強く握ってレギオンが俯く。
「……もう仲間じゃ、いやよお馬鹿さん」
「っ!…ばぁか。ほんっと、バカだなフィオナ」
レギオンはひと月眠り続けたが故のカサカサの唇に優しくキスを落とした。