⑤意識
「……決心はついたわけ?」
表情が変わった嵐斗へ向けて白兎が訊ねる。
「おれは……お前等みたいに強くないし、要領悪いし、幻影魔法は使えるけどレベルは高くないし、ダメなところばっかだけど」
嵐斗はゆっくりとだが言葉を紡ぎ始めた。
「だけど──妖精の血を引いてるおれには普通は妖精にしか見聞きできないものが見えるし、聞こえる」
「妖精にしか見聞きできないもの…?」
「天使や魔族には無理なのか?」
癒既とアストを代表に首を傾げて不思議そうな顔をする奴らの中、ただ一人だけ納得したような顔をしていたのは白兎だった。
「ああ……。自然との対話が出来るって話?」
「うん、そう。妖精ってのは自然と共に生きてきた種族だからね。自然と会話出来るし、自然の異常とかそういうのも目で見ることが出来る」
「そう…なんだ?」
「で、それが何の役に立ったりするんだ?」
雪吹が疑問だらけで相槌を打った後、兄貴は面白いとばかりに唇を弧に描く。
雪吹と同じように嵐斗の言いたい事が分からないオレは嵐斗の話の続きを待とうとした。
けれど、口を開いたのは嵐斗ではなく、白兎だった。
「妖精ってね、目にはみえないかもしれないけど意外とそこらに居たりするんだよ」
「え?」
「うん、姿は見せないけどこの周辺にも結構いる。おれは妖精の血を持ってるから普通に見えてる」
白兎の言葉に疑問符を浮かべるオレ達に苦笑を浮かべながら嵐斗は頷いた。
「妖精は基本的に誰にも見えないように姿を消してみせてるから、そういう時は同族か魔法とかで妖精が見えるようにしてる奴じゃないと目視出来ない。それに、妖精は見聞きしたものを離れた相手に伝達することも出来るんだ」
「つまり?」
「妖精達に力を借りて天界の様子を偵察する」
嵐斗は兄貴の方をしっかりと見て、言った。
「それに、おれ自身も天界の情報を自然達に教えて貰える。特に風は色んな所で吹いてるから、もしかしたらたくさん情報を集められるかもね」
「……そんなことが出来るなら最初から襲撃じゃなくて情報収集役で働いとけば良かったんじゃない?」
ふと思ったのか雪吹がそう口にすれば、嵐斗は首を横に振った。
「おれは羽丘聖司の信用を落とすために、さっき青山紫希が言った通りのことをしてこいって命令されただけ。あいつ──おれを飼ってたやつが所有してる混血の中で幻影魔法が使えるのはおれだけだったからね。ま、そのたった一人を失ったとしてもあいつは混血を道具としてしか見てないからどうも思わないさ」
「確かに、君を使ってた奴は親の七光りで生きてるようなお馬鹿な坊ちゃんだしね。多分、今回のことは深く考えてやってないんじゃない?」
呆れたように紫希は溜息を吐き、そして一度崩した真剣な表情を再び作り、聖司を見た。
「話を戻すけどね、聖司。ボクは天界を裏切った。……ボクはもう、混血に対する天界の態度に耐えられない。だから露華達に力を貸そうと思ってる。今の天界は腐ってる」
「紫希……」
「聖司はどうする? ま、ここに連れ出してきた以上、このまま天界には帰らせたりしないけど。天界に聖司を残したりなんかしてたら、いつか殺されることになるし」
「紫希が裏切ったから、その責任を問われて最悪は処刑だな。なんせ反抗勢力側に厄介な奴がつく訳だから」
紫希に続いた兄貴の言葉に確かに、と思う。
良ければ地位剥奪だろうが天界で紫希は沢山の奴に恐がられている。
そんな紫希を野放しするような事になれば今まで紫希に言う事を聞かせてきた立場にある聖司がどうなるか……。
「……僕は」
少しの沈黙の後、聖司はどこか苦しそうな感情の混ざった声を零した。
「僕は……正直、自分がどうすればいいのか今は分からない」
「……ま、そりゃそうだ。お前は今まで天界の為──神の為に尽くしてきたわけだ。簡単には裏切れないだろう」
兄貴が言うが、意外にも聖司は首を横に振って否定を示した。
「大事な幼馴染みと、自分の立場。どっちかを取れって言われたら僕は迷わず幼馴染みを取る。だから、紫希が天界を裏切ると言うのなら別に構わないと思う。……今までだって紫希に頼み事をする時、紫希が本当に嫌そうなら僕は頼みごとをやめようといつも思ってた。それで地位が剥奪されたって構わなかった」
「え……」
茫然と紫希が声を洩らす。
思ってもみなかった聖司の考えに、みんな戸惑っていた。
聖司はそんな俺らの様子を気に留めることなく言葉を続ける。
「僕が今の地位に就いたのは幼馴染み達を傷付ける天界の現状を変えたいと思ったのと、大切な幼馴染みを守るにはある程度の地位にいた方がそうしやすかったから。……現状を変える方の成果も、守る方の成果もいまいちではあるけどゼロじゃなかったとは思う」
「そういやさっき紫希と二人で話してた時に、昔は混血の死刑執行人は少しでも処刑を躊躇ったら殺されてたって……」
「え……。俺が天界にいた時は躊躇したら文句は言われるけどそんなこと無かったよ?」
「それは聖司が神に混血の即切り捨てをやめるように意見したのが少しだけ反映されたから……。イブキが死刑執行人になる前の話だから君は見たことないんだろうけど、ボクは同じ混血の同僚がそれで何人か殺されるところを目にした。──君が知ってる以上の地獄を、ボクは知ってる」
少し前の会話を思い出して呟けば、雪吹は少し驚いているようだった。
そんな雪吹に向かって眉間に皺を寄せて紫希は冷淡な口調で言う。そしてそのまま聖司に問い掛けた。
「聖司。君が混血の──ボクの為に色々とやってくれたのは知ってる。……君は君なりに天界を変えようとしてくれたことも知ってる。────でも、今まで君がやってきたやり方じゃあ天界を変えるのは難しい」
「それは分かっているつもりだよ。だけど、だからといってただ争いを起こしたいとは思わない。──今の天界の上層部のほとんどは混血の天使に対する差別意識は恐ろしく強い。上層部に感化されて他の純血天使も大半がそう。……そんな天界に深く根を張った思考をどうする? ただ神を倒すだけで混血のみんなは救われるのかな?」
「……元凶を辿れば混血が差別されるようになったのは今の神のせいには違いない。──だが、元凶をどうにかしたところで既に広まっている思想を変えなければ意味は無い。ということか」
「……でも恐らく反乱軍は考えているだろうけど今、天界を統べている神を倒して新しい神を据えるのが最も有効なのには違いないんだろうけどね。今の上層部には古参の天使が多くて神の意思イコール自分の意思と考えるひとばかりだから」
「つまりどんな神であろうと神の命令には絶対と考えている奴らばかりということだな?」
「元々僕ら天使という種族は神の手足になるために生まれた種族ですから、そういう考えのひとたちは多いです。でも多いからといって全員がそうというわけでもない。貴方達が望むような結果が得られるかは結局のところ、新しく神となるひとの力によるでしょう」
聖司の言葉で兄貴の視線が白兎に向けられた。
白兎は難しい表情で口を結んで何も言わず、ただただ兄貴を睨み返す。兄貴は唇の端を吊り上げ笑う。二人の間に火花が散っているような気がするのは何で?
「新しい神次第、な」
「………」
「白兎……」
白兎は兄貴に向けていた視線を外し、俯いた。そんな白兎を癒既が心配そうに見ていた。
「………は、……だ」
俯く白兎が何か呟いたがそれはとても小さな声で聞き取れない。気になったけど、訊いてもはぐらかされそうな気がしたから聞き返すのは止めておく。
「……僕は、人間だ」
白兎がそう言ったのを聞き取れたのはそこにいた奴らの中でたった一人しかいなかった。