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僕等が求めたモノ  作者: 那泉織
第6章ー覚悟すること
26/29

③謝罪


 ***


(side 癒既)


「しっかりと気配を消していたはずなんだが──流石と言うべきか」


 ひょこ、と木々の生い茂る中を掻き分け現れたのは一人の青年。

 その姿はまさに異様だった。

 短く整えられた髪は真っ白。瞳は紅玉のように紅く、背に広がっている翼は漆黒。そして並大抵の者を怯えさせるのではないかという圧倒的な威圧感を彼は放っていた。


「…………悪魔?」


 ポツリ、と白兎が漏らした。確かに、その姿を見ればそうしか見えない。

 だけど────。


「失礼だな。オレの親は両親共に純血の天使だ。──こんな姿に生まれたから、忌み嫌われて捨てられたが」


 皮肉そうに男は笑み、冷酷な眼差しを僕らに向ける。


「天使? ……ってことは色付き?」

「───貴方の目的は何ですか? 貴方から感じる力の気配……相当強いひとだと分かります。天界で働いていたら恐らく有名な天使です。だけど、僕は貴方を知らない。──貴方は、堕天使ですね?」


 黒い翼の天使で、さらに強い。それなら天界では必ず有名になるはず。

 だからそう推察すれば、彼は皮肉の含まれた表情を和らげ、微笑した。


「あぁ。お前の言う通り、オレは天に逆らう堕天だ。安心しろ。お前らの命を奪おうなんざ思っていない」

「ならば問います。貴方は何者ですか? 何が目的ですか?」

「他者に名を訊くならば先に名乗れ……と言いたいところだが、オレはお前らの名を知っているしな。……いいだろう。──オレの名は望月黒波(くろは)。天界の改革を目論む反乱グループを率いる者だ」


 男──黒波は可笑しそうにそう言い、周囲を見回した。


「全く……あの馬鹿は。予定が狂ってしまったじゃないか」

「……馬鹿?」

「…………露華のことか?」


 雪吹が首を傾げ、アストがここにいない仲間の名を口にすると黒波は頷いた。


「あぁ。本来ならあいつの合図で出てくる予定だった。なのにあの阿呆──逃げたか」

「逃げてねーよ! 頭冷やしに行ってただけだ!」


 大きな声を上げて黒波の言葉を否定したのは姿を消していた露華であった。


「露華……」

「そうか。ならば問うが、“覚悟”は決まったか?」


 何か言おうと口を開くけれど、黒波によって遮られた。

 僕は黒波の言葉に疑問を持ち、尋ねようとしたけれど、二人の真剣な目に気が付いて口を閉ざす。


(──覚悟、って……?)


「あぁ、決めた。あんたが望む通り、やってやるよ」


 黒波に答える露華の声には揺らぎはなく、黒波は優しく微笑んだ。


「そうか。なら安心だ」

「……でも、本当にいいのか? オレよりあんたの方が向いてねぇ?」

「あのな。オレは小さい時に捨てられたんだぞ。あの家のことはお前の方が詳しいはずだ」

「んー……。別にいいんだけどさ。でもやっぱりオレが奪っちゃっていいもんなのか? オレは末っ子だし。あんたは長男だし」

「あぁ、構わ「ちょっと、スミマセン!」……何だ?」


 雪吹が声を張り上げて黒波と露華の話を遮った。

 雪吹は額を押さえながら、じとっと二人の方を見ていた。


「……露華。さっきの黒波さ「黒波でいい」…黒波の自己紹介と、今の二人の会話を聞いて思ったんだけど──二人って兄弟なの?」

「あ」

「そういえば苗字同じ……」

「ふむ……」


 雪吹の質問で気付き、間抜けに声を上げるとそれに続けて白兎とアストも似たような反応をした。


「……露華、言っていなかったのか?」

「今日言えばいいかなー…って思ってたから」


 露華は苦笑し、頷く。


「察しの通り、こいつはオレの血の繋がった兄の望月黒波。……と、言ってもオレは反乱グループに入るまで、こいつの存在は知らなかった。まー…九歳も年上だし、こいつが家からいなくなったのはオレが生まれる前だから」

「最初にこいつと会ったとき、こいつオレのことビビりやがんの」

「だって、兄貴の雰囲気怖いし。今じゃ慣れた方だけどでも、な。……まぁ、他の兄貴とか姉貴に比べりゃ断然マシなんだけど」


 そう言って溜息を吐いてから露華は突然、勢いよく、深く頭を下げた。


「っ……ごめん! オレさ、お前らにいくつか隠し事してた!」

「え……」

「露華……」


 主に戸惑ったのは僕と雪吹。

 露華の突然の謝罪の意味を汲み取り難かったのだ。


「……説明してよ」


 詳しく話してくれなければよく分からない。アイコンタクトを雪吹と交わすと、雪吹が露華に促した。

 露華はポツリポツリとその訳を明かした。


「天界を離れるときに雪吹を誘ったのも、癒既を誘ったのも、……全部、そのきっかけ自体は兄貴から指図されたからなんだ」

「『なるべく信頼できる奴と一緒に天界を離れろ』と言っていたからな。……オレ達は少しでも仲間を増やしたいんだ。つまり、最初から──天界逃亡の時点でお前達を反乱グループに引き入れる気満々だった、という訳だ」

「……」

「……じゃあ、あの時露華が言った台詞は全て……嘘?」


 何も言えなくて僕が黙っていると、雪吹が厳しい表情で、冷たく訊いた。

 それに露華は静かに首を横に振って否定を表す。


「……あの時、オレが言った言葉は嘘じゃない。オレは本当にああ思ってたからこそ言ったんだ」


“だけど、利用したのも事実”

 露華は壊れそうな笑みを浮かべていて、その姿はあまりにも痛々しく感じた。


「本当に、ごめん。許してくれとは言わない。けど……お前達の力は本当に必要なんだ! だから───」

「……露華は本当に馬鹿だね」


 口を開いたのは雪吹だった。

 呆れたように溜息を吐くと、彼はじとっと露華を睨む。


「あのね、露華。俺は利用されたつもりはないよ。だって、最終的に天界を離れるのを決めたのは俺だよ? ──俺は後悔していない。だから謝らないで」

「……僕も雪吹と同じ。……悩んだりしてるけど、今は迷ってない。……だから、気にしなくていいよ」


 雪吹とは反対に、僕はにこりと笑ってみせた。

 自分の罪について、牢獄から抜け出したことで色々と悩んで辛くなったりしたけれど、僕は結果的には良かったと思ってる。

 それに、露華が目指している天界の変革に利用されるというのなら、僕はそれでも構わない。


「俺は雪吹が良いのなら構わん」

「僕はまだ出会って数日だし。と、いうかあまり興味ないし」


 アストは面白そうにクスクス笑い、白兎は気にした様子の欠片もない。


「だと。良かったな、露華」

「ん……。……ありがと」


 露華は一つ頷いて、笑う。

 そしてすぐに真剣な表情になると、黒波を見た。


「あのさ、やっぱり崩すのは望月家だけじゃ足りないと思うんだ。親父を家長の座から引き摺り下ろしてオレが一族の上に立っても、騎士の家系は他にもある。……青山家のトップも変える方がいいと思う」


 成程、さっき露華が黒波としていたのは、露華が望月家のトップになるという話だったらしい。

 だけど僕は不思議に思って首を傾げた。


「青山家のトップを変えるって……誰に?」


 騎士を抑えれば神との戦いが楽になるのは分かる。

 けれど、僕らの味方をしてくれる青山家のひとなんているのだろうか。


「オレも同意見だ。オレ達に加勢してくれそうな青山の血を持つ奴はいないぞ。だいたい、今の青山家には後継者がいないはずだ。今の青山家の長で血は絶えると言われているし───」


 難しい顔で黒波が言えば、露華は困ったように微笑んだ。


「……青山紫希を、新しい長にすればいいと思ってる」

「…………え」

「はあああぁぁぁっっ!?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかったけど、隣で雪吹が叫んでから僕はようやくその言葉の意味を呑み込んだ。


「何を考えてるの露華!? 忘れたの!? あいつは癒既を……。それに性格だって最悪じゃないか!! 反対っ! 俺は反対!」

「……そうだぞ。俺もあいつは好かない。あの得体の知れなさ……気分が悪くなる」


 必死な雪吹と、それに同意するアストの言葉に僕は頷く。


「第一、彼は僕らに味方をしてくれるの? いくら騎士を抑えるためにトップを彼に変えたところで、周りは納得するの? ……彼を信じられないひとばかりだと思うよ」


 紫希は天使殺しの罪を背負っている。その事実があるだけで周りの視線は冷たくなるものだ。

 僕も同じ罪人だから、もしこれから僕が何か偉い役職につけば周りからの批判は凄いものになるに違いない。

 それに雪吹が言うように彼の性格上、彼を信じることは難しい。

 そう思っていると、露華は深く溜息を吐いた。


「……雪吹。お前の知ってる紫希のプロフィール言って」

「? ……元死刑執行人で、濃紫色の翼を持つ混血。三年前に一般天使と他数名を殺害して投獄される。死刑執行人としての異名は“狂った踊り子”……。それがどうかした?」


 怪訝そうに首を傾げる雪吹を露華はじとっと睨み付ける。


「……雪吹、死刑執行人の仕事ってかなりの地獄だって言ってたよな?」

「うん……?」

「……確かに紫希は罪人だろうよ。だけどさ、その前に一つ思わねぇの? ……紫希が狂ったのは、その地獄のせいであって、紫希も被害者なんじゃねぇかってさ」

「あ……」

「……それは」


 露華の悲痛に染まった言葉で、僕はその可能性について考えていなかったのに気付いた。それは雪吹も同じようで、苦々しい表情を浮かべている。


「……でも、それが事実だとして、どうすればいいんですか?」


 押し黙った僕らの後ろから疑問を投げ掛けたのは白兎だった。


「天界の──混血の差別にあった被害者である可能性が高いのは分かります。だけど、それと味方になってくれるかどうかの話は繋がらないと思います」

「そうか? 差別されてることを快く思っていないなら、オレ達に味方をしてくれるんじゃないか? ………つーか、何で敬語? 別にタメ口で構わねぇよ?」

「いや、あんたが年上だということに気付いたので。別にいいなら遠慮はしないけど。──で、あんたはどう考えてんの? それが知りたいんだけど」

「ああ、それは────」


 白兎に訊かれたのがよほど嬉しかったのか、笑って口を開こうとした露華はふと、真顔になって周囲をぐるりと見渡す。

 気になって僕も周囲に気を配ると小さな気配を感じた。


「見られている気配がするな……」


 アストの一言で場の空気が張り詰めた瞬間、景色の一点が歪み始めた。

 滲み出るようにそこに存在しなかった色が溢れ、そして形を作ったと思えばそこに居たのは話題に上がっていた者。


「やあ。殺しに来たよ。この間のお礼は返させて貰うね?」


 にたり、と不気味な笑みを携えて、濃紫の天使は現れた。


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