③援護
「白兎……。それ、本気でするつもりなの?」
我に返った僕は困り果てる。
「もしも僕らが負けたら僕達は反逆者として処刑される。白兎も無事じゃすまないよ?」
「負ける事を前提に考えてるの?」
弱気な発言ともとれる僕の言葉で白兎の眉間に再び皺が寄った。
「……はっきり言って、不安、かな?」
僕が正直に答えると、白兎は右腕を僕の方へと伸ばしてきた。
「……? 白兎……?」
「バーカ」
ベシッ、と軽い音がすると共に僕の額にジンジンとした痛みが広がる。
「っ……!」
「あ、一応手加減したんだけど……。デコぴん、そんなに痛かったか?」
額を押さえていると、少しだけ心配そうに声を掛けられた。
その言葉でようやく何をされたのか理解した僕は、流石に彼をちょっと睨む。
「…………痛いよ」
「悪い。でも、反省と後悔はしない」
ふざけるように苦笑して、白兎は言ってみせた。
「ネガティブに考えるな。『勝てる』って思ってなきゃ、勝つ戦いも負けるだろ。大体、あんたは────」
白兎が言い掛けた、その時だった。
「ネウオセ・モキモン!」
「!!」
僕は瞬時にバックステップで降り注いできた蒼い火炎球を避けると、それが降ってきた方向を見た。
そこにいたのは、鑑、宝剣さん、光珠さんの三人。
「っ……鑑!」
「………露華と雪吹は?」
僕に問い掛ける鑑の顔からは表情が抜けていて、僕は自分の四枚の翼を露にしてから、上空に留まっている鑑達を真っ直ぐに見た。
「───さあね」
答える必要なんてない。何が僕らにとって不利に働くかなんて分からないから。
「……珍しいね。癒既がそんな風に言うなんて」
「……色々と、吹っ切れたから」
白兎と交わした会話で六花に対する思いについて整理が出来た。
僕はきっともう迷いはあっても、この間の紫希との戦闘のようなことにはならないと思う。
「…………なぁ、いくらあんたでも三人相手はキツくない? あいつら、あんたを捕まえようとしてるんだろ?」
「場合によっては殺そうとしてくると思う」
白兎の心配そうな問いに答える。
…………ここで捕まっても殺されてもどちらにしろ最終的にやってくるのは死。だから戦うしかないんだけど。
「…………援護しようか?」
「え?」
「僕にも雪城家の血が流れてるんだ。……どうして雪城一族があんたの一族に関わりがあるのか、知らない訳じゃないだろ?」
それに、あんたを見捨てたら姉さんが悲しむ。
そう続けて言われ、苦笑した。
「じゃあ、頼むよ」
「……発動のタイミングは?」
「任せる」
軽く打ち合わせをして、僕は剣を出現させた。
「……癒既。彼は────」
「僕の名前は雪城白兎」
僕が答えなくても、白兎は鑑の問いに自ら応じた。
「………こいつが殺した雪城六花の弟だ」
こいつ、と僕に向かって指を差した白兎に宝剣が口を出した。
「はぁ? てめぇ、姉貴を殺した奴の味方すんのかよ?」
少しだけ、胸に痛みが走る。
そんな僕を一瞥して、白兎は不敵な笑みを浮かべた。
「大本の原因は天界の奴らが姉さんの命を理不尽に狙ってきたからだろ。こいつは姉さんを守ってくれようとした。……確かに姉さんの命を奪ったのはこいつだけから許せはしないけど憎んだりしないさ。こいつに復讐しても姉さんは喜ばないし」
「………白兎」
彼の名を呟くと、彼は再びこっちを向いて頷き右手の人差し指を立てた。
それを見た鑑達が宙で構える。
「…………しくじるなよ」
「────分かってる!」
僕は大地を蹴って、飛び立った。
キィン、と響く金属音。
────鑑の剣と僕の剣が重なる音。
剣同士がぶつかり合う度に甲高いその音は生まれ、僕の神経をすり減らしていく。
「────宝剣、光珠!」
「!!」
鑑の声によって、宝剣さん、光珠さんが得物を手にして向かってくる。
「くっ……!」
咄嗟に左手にもう一つ剣を生み出し、さらに詠唱無しで障壁を張り、剣の一つで真正面にいる鑑、もう一つで左側の宝剣さん、障壁で右側の光珠さんの計三つの刃に対応する。
「────Icicle fang!」
すると地上から鋭利な声が聞こえ、僕の左右にいた宝剣さんと光珠さんを狙って氷の槍が声のした方から撃ち出された。
「!」
「っと……」
二人はそれを回避するために一度僕から離れ、鑑も同じように少しだけ僕と距離を取った。
「…………成る程。能力者か」
「“ただの人間”じゃないことくらい考えてたでしょ?」
白兎を見て呟いた鑑に僕は言った。
力を持たない人間が今、僕の援護なんて出来るわけがない。当然のこと。
「…………でも、彼との間には距離がある。躱すのは簡単」
確かに、鑑の言う通り白兎と鑑達には距離がある。
僕らは空を飛ぶことが出来るけど、白兎は人間。
白兎は空中の僕らを見上げる形で術を放たなければならず、体勢的にも少し辛いのではないかと思える。……けど。
「砕けろ──Icicle bomb!」
「アヌコグ!」
白兎の声がした直後、僕は身動きを少しの間奪う術を鑑達に掛けた。
今、一瞬生まれた隙──彼らの視線が全て白兎に集まり、僕から意識が外れた瞬間に発動させたその術は見事に効果があった。
白兎が先ほど撃ち出した氷の槍は、避けられた後も消えることなく僕らの頭上に留まっていた。
それに気付いていたのは僕だけ。
氷の槍は今度は天から降り注ぎ、鑑達に達する寸前で爆ぜる。
「っ!!」
「ぐっ……」
「!?」
僕はさっき生み出していた巻き添えにならないように障壁でそれを防ぐ。
けれどこんな術を予想していなかったらしい上に、僕の掛けた術中にはまった鑑達は為す術なく、爆ぜて勢いのついた鋭い欠片をまともに受けた。
欠片の多くは彼らの翼に影響を与える。
傷付いた翼は動きを弱め、彼らの身体は地上へ向かって落ちていった。
「オレカゾオティー」
未だに僕の術を破れていないらしく動けない様子の彼らが地面にまともに叩きつけられるのは流石に危険かもしれないと判断して、彼らが落ちていく途中の空に黒い穴を生む。
その穴に彼らが吸い込まれていくように落ちたのを見計らってから僕は穴を閉じ、地上へと舞い戻った。
「……さっきの穴は?」
「天界に繋がってる。……でも、辿り着くのは今から一週間~二週間くらいかかるかな?」
答えてから剣と翼を消した僕に、白兎は「ふぅん」と眉を寄せた。
「……襲撃してきた奴らに甘くない?」
「覚悟は決めてるけど、それは最終手段にしたいからね。時間稼ぎだけで充分だよ」
「……そう。ま、あんたの好きにすればいいけど」
そして顔を背けた白兎に、僕は苦笑して「ありがとう」と言う。
それに対して返ってきたのは苦々しい表情の顔で、僕はさらに苦笑を深めた。