②六花
***
(side 白兎)
僕ははっきり言ってこいつのことが嫌いだ。
初めて会った時から、こいつの何処か曖昧な態度にイライラしてる。
でも、女々しい見た目に似合わず、持ってる力は強いし、流されやすい性格でも自分の意志に反することについては拒絶して譲らない。
だから、僕は十六夜癒既という存在をそれなりに認めてはいるんだ。
第一、あの姉さんが認めた。
こいつは知らないだろうけど、姉さんは十六夜一族に代々受け継がれてきた力を守る役目についたとき、渡す相手がその力に相応しくないと感じたら渡すつもりなんてなかった。
────だけど、姉さんは渡した。
そして、こいつの事を愛した。
姉さんは簡単に一目惚れするような人ではないから、僕は本当にこいつが認められたんだと理解した。
「………………辛い、よ」
長い間を置いて、十六夜癒既はそう言った。
「守ろうとしていた人を、僕自身が手にかけたんだ。……辛い。苦しい。……後悔だってしたし、一度はその罪を償う為に、天界の牢獄で処刑されるのを待ってた。………けど」
「けど? どうして天界に居たお前は、人間界にいる?」
続きを促すように、問う。
十六夜癒既は目を伏せていた。
だけど、ゆっくりと顔を上げ、僕に視線を合わせる。
「失った命は、決して戻らない」
十六夜癒既は呟くように言葉を紡いだ。
その漆黒の瞳は力強く、視線を逸らすことなんて出来そうにない。
「………死ぬことを受け入れたら、逃げることと同じだって言われたんだ。……辛くて苦しむことになっても、僕は六花を殺した事実から逃げたくはないと思ったんだ」
僕は僅かに、誰にも分からない程度に微笑む。
────良かった。
「罪を償うなら、誰かの命を救ってやれって言われたんだ」
───うん。
「どうせ死ぬなら少しでも誰かの力になってから。………そう思うようになったんだ。だから僕は、僕の出来ることを探して、それを果たすために人間界にいる!」
────それで、いい。
少しずつ力が込められていく十六夜癒既の声に、今度ははっきりと笑みを浮かべてやる。
「…………姉さんが認めたわけだ」
「え?」
クスリ、と笑った僕を目にした十六夜癒既の真剣だった顔が一気に崩れ、間抜けな表情になる。
僕はさらに笑みを深くして────そして言い放った。
「十六夜癒既。僕はあんたを許さない」
間抜けな表情をしていた十六夜癒既の顔が一瞬で凍り付く。
それを目にしてから「でも」と続けた。
「姉さんはあんたに殺された事自体は気にしてないみたいだったから、憎んではない」
「え……」
驚きからか、十六夜癒既の瞳が大きく開かれた。
「姉さんの魂が黄泉に下る前に僕に言ったんだよ。で、もしもあんたに会ったら伝えて欲しいって言われた言葉がある」
固まったままの十六夜癒既に、僕は一呼吸置いてから姉さんの言葉を伝えた。
『私の分まで貴方は生きて。……貴方を苦しめてごめんなさい』
息を呑む音が微かに耳に届いて、僕は十六夜癒既が口を開くのを待った。
***
(side 癒既)
「十六夜癒既。僕は貴様を許さない」
その言葉が容赦なく僕を貫いた。
分かっていたはずだ。彼に──白兎君にそう言われることは。
僕が二人に出会った時、二人の両親は既に他界していて、白兎君にとって六花は唯一の肉親だったのだから。
だけど、その後に続けられた言葉に、僕は虚をつかれる。
「でも、姉さんはあんたに殺された事自体は気にしてないみたいだったから、憎んではない」
「え……」
───どうして?
僕の頭は混乱する。
「姉さんの魂が黄泉に下る前に僕に言ったんだよ。で、もしもあんたに会ったら伝えて欲しいって言われた言葉がある」
そして白兎君が口にした六花からという伝言は、ますます僕を混乱させた。
『私の分まで貴方は生きて。……貴方を苦しめてごめんなさい』
───どうして?
どうして六花が謝るの…?
苦しめたのは僕の方なのに────。
「……どうして? 僕は六花の命を奪ったのに」
「…………姉さんの命は、元々あまり長くはなかった」
無意識にうつむいて呟けば、白兎君はそう答え、僕は驚いて顔を上げる。
視界に入った白兎君の顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「姉さんは生まれつき身体が弱かった。……二十歳まで生きていられるか分からないって言われたくらい。………あんたは信じられないかもしれないけど、姉さんは愛しいひと──あんたの目の前で生涯を終えたいと思ってたよ」
見守られながらってことだけど。と、白兎君は苦笑する。
「僕は姉さんが幸せだったなら、それでいい。……だから、あんたには姉さんのことについて苦しみ続けて貰うわけにはいかないんだ。……姉さんが心を痛めるから」
そして白兎君はふっ、と笑みを消し、真剣な顔をした。
「教えてよ。どうしてあんたが姉さんを殺したのか。──何があったのか詳しく教えろ。僕はあんたがいなくなってからあの場所に行ったんだ。だから、はっきりとは知らない。──姉さんが少しは教えてくれたけど、それじゃ説明が足らないんだよ。だからあんたがその目で見た事、全て話せ」
「……分かった」
彼から聞きたいことはまだ幾つかあったけど、それは後でもいいだろう。
それに、先に僕から話した方が白兎君も後で話しやすいかもしれない。
僕はそう考えて、あの日の出来事をゆっくりと語った。
────あの日。
雪の中で起こった惨劇。
僕が犯した過ち。
六花の命を奪う事になってしまった流れ。
我を忘れた僕の暴走。
取り押さえられた僕が、暗闇の牢獄に囚われていたこと。
その一連の話、全てを彼に話した。
その間、白兎君の表情に変化は無くて、話が終わった後、彼はポツリと呟いた。
「…………それ、大本の原因は神だろ」
怒ったような響きが、その声に少し混じっていた。
「白兎君……?」
「だから、“君”を付けるな。
……あのさ、確かに十六夜家のあんたが、あんたの一族が受け継いできた魔法を守っていた姉さんと出会ったのが襲撃の原因なんだろうけど、結局それって姉さんを殺すように命令した神のせいなんだろ?」
「うん、まぁ………」
間違ってはいないので控えめに首肯する。
それを見た白兎君は呆れたように溜息を吐いた。
「あんたはもう少しズルくてもいいよ。……ま、だからこそ姉さんもあんたを認めたんだろうけど」
「えっと……」
「姉さんを殺したあんたは許さない。……で、もしもあんたがあの後死んでたら、僕はあんたを“姉さんの気持ちを踏みにじった奴”として憎んでた。……けど、あんたは生きてる。それに、姉さんを忘れようとはしてないみたいだし。……許せないけど、憎む事は出来ないね。憎むとすれば神の方だ」
そう言い切った白兎君の眼差しが釣り上がった。
「姉さんを殺すように命じた神は怖かったんだろ? だから命令を出した。……何だよそれ。殺されたくなきゃ、真面目に仕事しろって話」
「白兎く「白兎!」……白兎は、どうしたい?」
あまりにも「君」を付けるのを拒絶されるので、僕は諦めて言い直した。
白兎は溜息を吐いてから口を開く。
「相手がどんな奴なのか、僕はほとんど知らないからね。何とも言えないけど文句は言いたい。その反応を見てから次にどうするか決める。……あんたはどうするの?」
「…………僕は、神と戦うよ」
迷いは、ない。
雪吹と露華の話を聞いた僕には、それに関しては決意していた。
………例え誰かをまた殺めることになっても今の天界を変えるために必要なら、後で後悔する覚悟はしている。
その思いは、揺らがない。
「…………あんた、それは偽善じゃないの?」
「そうかもね。否定はしないよ」
微笑して返せば、白兎は難しそうな顔をしてまた溜息をする。
「……誰かを救う為に、誰かの命を奪う、てね。……あんたさ」
「分かってる。六花の時も、そうだったことは」
一人の人間を守るために、幾人もの天使を僕は殺した。
だけど────。
「……今回は、少し違う。前は僕の我が儘。六花を失いたくなかった僕の私欲。だけど、今回は僕だけのためじゃない」
「…………ま、別にいいけど。これからどうするかなんてあんた次第だし」
呆れ返ったとばかりの白兎の言葉に、笑みが深くなる。
「……でも、あんたらの目的に便乗はしたいかな。神に一喝……もとい、神を殴ってやりたいし」
「…………へ?」
唐突な白兎の発言に、思わずポカーンと間抜けな顔を浮かべた。
……さっきから白兎に意表をつかれてばかりな気がする。