②再会
「そんな顔をするなよ。どうせいつかはこうなるって分かってただろ?」
睨む僕に、現れた三人の中で最も生意気そうな顔をした青年が言う。彼は僕に向けていた視線を動かし、露華を見た。
露華は彼らが現れてからずっと、物凄く嫌そうな表情でその青年を見つめ続けている。
「っ…………まさか、テメーが来やがるとはな。……宝剣」
「お前が天界から逃げたって聞いたときには驚いたぜ? 露華」
いつも以上に口の悪い露華を嘲笑うように、その青年は唇の端を上げた。
「露華、少し落ち着いて」
「宝剣、ふざけるのはその辺りにしろ」
睨み合う二人をたしなめたのは雪吹、そして相手側で一番年長と思われる青年。
「……お互い大変ですね。光珠さん」
「そうだな、雪吹」
二人は同時に溜め息を吐く。
会話からして露華と雪吹は彼らと知り合いのようだ。
僕は宝剣という名前らしい彼と、光珠と言うらしい青年とは初対面だ。
僕が対峙する三人の中で唯一知っているのは残りの彼だけ。
「…………生きていたんだね。鑑」
残った彼にそう声をかけると、彼──天堂鑑は微笑した。
「……なんとか、ね。久し振り、癒既」
彼の笑顔を見ると、心が締め付けられるような苦しさに苛まれた。
「……癒既、鑑と知り合いなのか?」
僕と鑑のやり取りを不思議に思ったのか、露華が宝剣さんとの睨み合いを中断して訊いてくる。
「…………知ってるよ。堕天使になる前まで、一番よく一緒にいたのが鑑だったから」
天界では誰にも心を開こうとしなかった僕が、それでも一番気を許していた天使がこの鑑だった。
だけど────。
「……だけど僕はあの日、鑑を────」
僕が堕天使となったあの日。愛しい彼女を裁きに訪れた天使達の中に彼はいて、僕は彼と戦った。
彼女を守る為に同族達を傷付けた。
彼らの命を奪うつもりはなくて、大きな負傷をすれば退いてくれるだろうと思っていた。
──だけど、神の命令を果たそうとする彼らに退くなんて選択は無くて、僕は致し方なく、彼女を守るために相対する彼らの命を奪い始めた。それを見ていられなくなった優しい少女は──僕の刃に貫かれた。
僕の行為を止めようと目の前に飛び出してきた彼女。視界に入った時には既に遅く、振るった剣はその身体を裂いていた。
最愛の人を自らの手で殺めた僕の思考は乱れ、何かが僕の中で切れたのを感じた気がする。そこから起こした行動の詳細は覚えていない。
ただ、自我をようやく取り戻したとき、静かに雪が積もっていく中で対峙していた同族達が──鑑の身体が、血の海に沈んでいたことを僕はちゃんと覚えている。
だから僕は鑑が生きていたことに少し安心して、そして酷い罪悪感が胸の中で膨らんでいくのを感じていた。
「…………堕天使。十六夜癒既、望月露華、月夜里雪吹」
再会に対しての会話はここまでだというように鑑は唐突に声音を一変させ、真剣な顔で僕らの名を口にした。
………彼らが現れた目的は分かっている。
「以上三名。大いなる主の命令により、拘束する」
僕らの元にやってきた目的を告げる鑑に僕はどうすべきか迷った。
「見逃しては──くれないよね?」
出来れば戦いたくは無いから発した一言。その答えは分かり切っているけれど。
「当然だよ。君達は罪人だ。────特に癒既、君はね」
鑑は予想通りの返答をくれた。
仕方ないとは理解している。
俯いた僕の耳に、宝剣さんの声が届いた。
「全く……。人間に恋なんかして、しかもその女は主の怒りに触れた奴で、そいつを守ろうとして天使殺して、あげくの果てに女も自分で殺して……暴走? 馬鹿としか言いようがねぇな」
先に殺めたのは天使では無いのだが罪を犯した事実は変わらない。悔しいけれど、その通りだと思う。
僕は馬鹿だ。
たくさんの命を奪った大馬鹿者。
それについては認める。
「それに人間の女も馬鹿。せっかく守ってくれるってのに、自ら命を捨てるような真似────」
「六花を侮辱するな!!」
だけど、続けて宝剣さんが口にした言葉は認められない。
僕についてなら何を言われたっていい。でも、六花を貶す言動は許せない。
────お前に六花の何が分かる?
湧き上がる怒りを込めて宝剣を睨み付ける。びくり、と彼の身体が一瞬震えた。
「っ……!!」
「癒既は怒らせると怖いよ」
「……相手は鑑を瀕死にさせた実力者だ。油断するな」
鑑の注意の後、光珠さんが諭しながら右手を軽く振る。すると、その手に三日月型で金色の刃の剣が出現し、彼の背中に白い翼が生えた。
普段、天使は生活の邪魔となるため、翼を隠している。
そんな天使が翼を見せる時──それは、いつもなら身体の内に封じている“力”を解放する時だ。
“力”を解放するのは大抵は戦う時。
「鑑、宝剣。やるぞ」
「あ、……了解!」
「うん」
宝剣さんは光珠さんに呼び掛けられて思い出したように頷き、鑑は現れた時の微笑みが嘘のように冷たい表情を僕らに向ける。
彼ら二人も背に翼を現した。
「なっ……! 鑑って四枚羽だったのか!?」
翼を出した鑑を見て、露華が焦りを見せた。
露華の言う通り、鑑の背には左右二枚ずつ、計四枚の羽がある。
多くの天使が持つのは二枚の羽。
だけど、稀に四枚の羽の天使がいる。
その天使のことは通称、“四枚羽”と呼ばれている。
四枚羽が持つ力は普通の天使よりも強い。
────戦うしか、ないか。
周囲の景色は青く染まったまま。
それは僕達が逃げられないように結界が張られているから。
一度結界が張られてしまえば、作った者が自らの意志でそれを解くか、気絶でもさせなければ解けない。
露華と雪吹はすでに意志を固めたようだった。
露華は弓、雪吹は銀の刃の刀を手に握っている。
「…………戦うしか、ないんだね」
今度は声に出して小さく呟き──覚悟を決めた。
四枚の白い翼が、僕の背で広がった。