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僕等が求めたモノ  作者: 那泉織
第5章ーぶつける感情
19/29

①発狂

(Side ???)



 あいつが嫌い。

 あいつが許せない。

 あいつがあのまま変わらないなら、僕は─────。


「十六夜癒既……」


 白い雪が舞い積もる中、その手を紅に染めたあいつ。


「──あんたは、全てを無駄にする気か……?」


 もしもそうなら、僕はあんたを永遠に恨むぞ。


 鋭く輝く月の下、呟いた言葉は誰かの耳に届くことなく消えた。




 ***


(Side 癒既)



 ─────許シテ。


「────知ってる? 彼女を何故、神が殺すように命じたのか」


 ─────許シテ。


「君が彼女と出会わなければ、彼女が死ぬことは無かったのにね────」


 ─────許シテ……。


 耳障りな声が聞こえる。

 僕を容赦なく責める言葉の刃。


 耐えられなかった。

 思えば僕は天界に居る頃は諦めていたから、何を言われても認めることが出来ていた。


 ────けど、今は違う。


(僕が……悪いんだ)


 全部、全部、僕のせい。

 僕が六花に出会ったから。

 僕が「十六夜」の血を持っているから。


 全部。

 全部全部全部全部全部全部全部全部──────。


「っ………ぅっ………ぁ、あああああああああ゛っっ!!!!!!」


 苦シイ。

 辛イ。

 悲シイ。

 痛イ。

 逃ゲタイ。

 逃ゲタイ────。


 ──────逃げられない。


「癒既!」


 バンッ、と僕の部屋の扉が開き、飛び込んできたのは────。


「…………い、ぶき」

「だい…じょうぶ………?」


 不安そうに揺れる雪吹の瞳を見て、僕はようやく落ち着くことが出来た。


「…………ゴメン」

「謝る必要なんてないよ。──癒既が辛いのだけは分かるから」


 まるで子供のように頭を撫でられる。

 ホッとすると同時に、罪悪感が膨らんだ。


 最近ずっとこうだ。一人になると紫希の言葉が蘇る。その度僕は発狂して叫んで、雪吹に宥められる。その繰り返し。


「……僕って駄目だよね。天界に歯向かったことや天使を殺したことについてはちゃんと向き合えてるのに、六花については自分で区切りをつけたと思っても他人に責められたらこんな風になって……」


 このままじゃ、僕はみんなの足を引っ張ってしまう────。


「…………癒既。それはさ、癒既がそれだけ六花さんを大切に思っているからだよ」

「雪吹……」

「どうしても苦しくて、辛くて、過去から逃げたいなら、俺が癒既に忘却魔法を掛けてあげる。──でも、それは嫌だろう?」


 僕は無言で頷いた。

 忘却魔法に頼ってしまえば僕が持っている六花についての記憶を偽ることになるから。

 本当に六花を失ってしまうから──。


「俺は癒既を心配はするけどそれだけしか出来ない。結局最後にその苦しみをどうするかは癒既次第。……癒既が何とかするしかないんだ」

「…………うん」


 過剰な慰めや励ましはせずに僕に選択をさせてくれる雪吹に感謝しかない。

 心配させているのが本当に申し訳ない。


 ────僕ハ、ドウスレバイイ……?


 そんなこと、分かっているはずなのに何も見えなくて。


 僕は───。




 ***


 五月中旬に差し掛かろうとしていた。

 もうすぐ中間考査がある。

 暗い気持ちのままではいけない。

 無理矢理気持ちを切り替えて、僕は学校生活を送っていた。

 そうでもしないと、僕は駄目だから。

 何としてでも自分で最終的には乗り越えたかったから、悩むばかりではいけないと思ったんだ。


「だああああぁぁぁっっ! もう嫌だーっ!」

「露華、うるさい!」


 シャーペンを投げ出し叫んだ露華を、雪吹が分厚い日本史の教科書で鮮やかに沈めた。


「いってぇ……。何すんだよ!? 暴力反対!」

「あのさ、勉強嫌だと思うのは勝手だけど心の中で思うだけにしてくれないかな? いちいちうるさいんだよ露華の場合。だいたいね、テスト前だからって別に俺は昼休みにまで勉強しなくてもいいと思うんだよね? なのに今、勉強してるのは露華のせいだって分かってる? 俺と癒既は露華のお勉強に付き合ってあげてるだけなんだよ? 露華、俺達に何て言ったっけ。俺の記憶では『勉強教えてくれ』って泣いて頼んできたと思うんだけど? 俺達は可哀想だと思って仕方なく露華のお勉強に付き合ってあげてるんだよ。それなのに口にして文句言われると教える気なんて失せるよ。はぁ……、ここまで露華がお馬鹿さんだとは思わなかったなぁ……。いつも授業中爆睡の露華君?」


 露華が教科書で殴られた頭を左手で押さえながら抗議すると、雪吹は黒い笑みを浮かべてつらつらと語る。

 ………傍観してる僕にその顔は向けられていなかったけど、はっきり言って雰囲気が怖かった。

 だから、雪吹の視線を真正面から受けていた露華は可哀想なくらいに怯えて涙目になっている。


「す、すみません。マジでオレが悪いです。もう言いません。反省します。反省するから見捨てないで……」


 露華は椅子の上で正座して、雪吹に向かって頭を垂れている。

 雪吹はそんな露華に溜息を吐き、手に持った教科書で軽く机をコンと叩いた。


「反省してる暇があるならさっさと語句を覚えなさい。数学は放課後やるとして、今は日本史! 暗記系は得意なんだからこれくらいはいい点取ってよ?」

「はい゛……」

「………ふぅ。古典、丸付け終わったよー」


 僕は露華と雪吹のそんなやり取りを見ながら行っていた、古典の問題集の丸付けを終えたことを二人に告げる。


「あ。ありがとう癒既」

「雪吹はだいぶ正解が多くなったけど、露華はまだ酷いよ。係り結びとか、訳す所とか全滅。帰ってからもう一度説明するね?」


 古典は雪吹の苦手科目でもあるので僕は二人に古典を教えていた。

 雪吹は多分もう大丈夫だろうけど、このままじゃ露華はテストで赤点確実だ。


「ぅっ……はぁーい………」


 弱々しい返事をした露華は再び、覚えるためにノートに語句を繰り返し書き写し始めた。

 その必死な姿を見て、僕は家に帰ってからの古典の教え方をどうするか考えるのだった。




 ***


(Side ???)


 ────何故、あいつがここに居る!?


 学校の廊下を歩いていた僕の耳に入ってきた大声。

 その声がした教室の中を覗くと、そこにはあいつがいた。


「あー……、またやってるよ…」

「十六夜君達大変だねぇ……」


 その教室の入り口付近にいた女子生徒が話しているのを聞いた僕は、あれはあいつだと確信した。十六夜なんて苗字は中々無い。


 ────あいつに聞きたいことがある。


 許せないから。

 許せないから、あいつにはちゃんと説明して欲しい。

 僕は簡単にしかあらましを知らない。

 詳しく教えられないまま、あいつは姿を消した。


 ────元々気に入らなかったけど、あいつは認められていたから。

 だからどうしてああなったか、ちゃんと知りたい。

 僕は教室移動のために持っていたノートを一枚破り、胸ポケットからボールペンを抜いた。




 ***


(side 癒既)


「十六夜」


 露華に勉強を叩き込んでいる雪吹を見ていると、クラスメイトの一人が話し掛けてきた。


「何?」

「これ、お前に渡してくれって」


 首をひねった僕に、彼が差し出してきたのは四つ折りされたノートの切れ端。


「…………誰から?」

「さあ? 知らねぇ奴だったから……」


 彼はそう言い残し離れていく。

 僕は首を傾げながらそれを開いた。


“十六夜癒既様

 放課後、校舎裏に来て下さい。話したいことがあります。”


 綺麗な字で書かれた文面には差出人の名前がない。


「……何それ? ラブレター?」

「ラブレターならもっとちゃんとしてるんじゃ……」


 ひょい、と僕の手元にある紙を見て露華が言った台詞に、雪吹は呆れた様子で意見する。


「………で、行くの?」

「うん……」


 訊いてきた雪吹に頷いてみせ、僕はその手紙を凝視していた。

 呼び出されたのだから、応じた方がいいだろう。

 いたずらならそれで構わないし、何があっても大抵のことなら一人で対処も出来る。

 そう思って、僕は静かに手紙をブレザーの右ポケットにしまった。


 午後の授業が全て終わり、SHRの後、僕はいつも使っているショルダーバッグに教科書等を詰め込むと露華達を見る。


「じゃ、行ってくるね」

「おー」

「気をつけてね」


 露華に軽く手を振られ、雪吹には心配そうな顔をされながら、僕は手紙で指定されていた場所へ向かった。


 下駄箱で靴に履き替え、校舎裏へ。

 辿り着いた時、まだそこには誰もいなかった。


(少し早かったかな……?)


 そう思ったけれど遠くから足音が近付いてくるのが分かり、そうでもなかったみたいだなと苦笑した。


 けど、


「───十六夜癒既」


 背後から掛けられた声には敵意が含まれていて、そしてその声に聞き覚えのある僕はゆっくりと固い動きで振り返った。


 そこには一人の小柄な少年──身長は160センチメートルくらいの少年が居た。

 顔立ちは整っているけれど、少し大きめの瞳は釣り気味。

 掛けている白フレームの眼鏡が緩和する役目をしているようで、それがなければはっきりとキツい印象を受けるだろう。


「……白兎(はくと)君」

「相変わらずだね。その自信なさそうなモノの言い方。……何とかならないわけ?」


 彼は苛立ったように悪態をついてから僕の方へと近付いてきた。


「白兎く…「“君”を付けるな。舐められてるみたいでムカつく。……ねぇ、何で年上のあんたが高一なの!? あんたの年齢だと二年だろ? それに、どうしてあんたは人間界(ここ)に居るんだ!!」……え、えっと」


 名前を呼ぼうとしたらブレザーの襟を掴んで引き寄せられて、僕は困った。

 それに気付いてくれたのか、彼は手を離して二、三歩後ろに下がる。


「っ……分かった。じゃあ、一番聞きたい事を最初に訊く」


 厳しさを含んだ声音でそう言って、そしてゆっくりと僕に視線を合わせた彼は少し間を置いて言葉を紡いだ。


「姉さんを──雪城六花を殺して、お前はどう思っているんだ?」


 ────やはり、彼は僕を憎んでいるのだろうか。

 僕は目を伏せた。


 彼の名前は雪城(ゆきしろ)白兎。

 僕が愛し、そしてこの手で命を奪った少女──六花の実の弟だった。





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