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僕等が求めたモノ  作者: 那泉織
第4章ーそれぞれの戦い
16/29

②異変

 

(side 癒既)



 家を出る前の雪吹の表情が気になった。

 何処か不安に満ちた瞳。

 そして、玄関を出た後に吹いた風。

 あの風はおそらく雪吹が放ったものだと思う。


 ──雪吹は何か感じているのかな?


 雪吹は魔族の血を引く混血だ。

 僕も割と気配には敏感だと思うけど、混血の雪吹は僕には分からない何か予感を感じているのかもしれない。


(……さっさと帰った方がいいかな?)


 そう思って本屋で数分で適当に小説を選び、会計を済ませる。

 店を出ると、近くにある桜の木が目に入った。

 花はとっくに散ってしまって、緑の葉が目立ち始めている。


 ────あれからもう、一年以上経つんだなぁ。


 最近見る夢を思い出して過去を振り返る。

 一番はっきりと記憶に焼き付いているのは白の世界に滲む赤。

 僕が一度、全てを否定したあの瞬間。


 罪人である僕が生き続けることを拒絶するひとは必ず居るだろう。

 だから、死を望んでいたというのは本当。

 僕に死という罰を与えて、怒れるひと達が満足するなら──そう考えていた。


 でも、露華達との出会いで僕の心は変わってしまったから。

 だから、僕は人間界(ここ)にいる。


(六花、君はどう思う──?)


 君はこんな僕を許してくれるだろうか?


「────許さないに決まっているでしょう?」


 聞こえた声に「え?」と思った。

 その声はあまりにも似ていたから。


「どうして逃げ出したの? ねぇ……癒既」


 投げ掛けられた問いに驚きと混乱しかない。

 脳がまともに働かず何が起こっているのか理解の出来ない僕は、それでも首を動かし──目を大きく開く。


「ねぇ……どうして? 癒既」


 動かした視線の先にいたのは少女だった。

 白く透き通るような色の肌。

 唇はほんのり紅くて瞳は少し大きく、はっきりとした黒。

 そして、風に揺れる長い黒髪───。


「……りっ、か………?」


 嘘だ。

 嘘だ、嘘だ!

 彼女は、確かに僕がこの手で───。


「ねぇ、訊いているでしょう? 癒既」


 記憶の中の愛しい人とそっくりな少女は僕にまた問い掛けると綺麗に微笑を浮かべた。


 そして、彼女に気をとられていた僕は気付けなかった。


「しばらく眠っていてくれる?」


 僕の背後で知らない声がしたかと思った瞬間、僕の意識は鈍い衝撃と微かな痛みと共に黒く塗り潰された。




 ***

 

(side 雪吹)



 ────嫌な予感は、現実となったようだった。


 突如、リビングのテーブル上に置かれた三つの水晶で一番右の紫の水晶が音を立てて砕け散る。

 そして、部屋を吹き抜けた風が告げる異変────。

 俺は舌打ちして、露華の部屋へと駆け込んだ。


「露華!」

「うわっ! どうしたんだよ!?」


 壊れるかもしれない勢いでドアを開くと、ベッドの上に寝そべり漫画を読む露華の姿。

 こんな時に……と、少し苛立ちを覚えたけれどそんなことは気にしていられない。


「癒既の水晶が割れた!」

「……はあ!?」


 ようやく俺の慌てている理由を理解した露華が漫画を放って立ち上がる。


「場所は!?」

「これから探る!」


 俺はそう言い残してから今度はアストの部屋へ。


「……行くのか?」

「ああ。……俺に力を貸してくれ、アスト」

「お前の頼みなら何なりと」


 アストは入口にいる俺にニヤリと笑うとベッド下に落ちていた彼のトレードマークである漆黒のマントを拾い上げ、羽織る。


「……で、相手はそんなに強いのか?」

「癒既が襲われたんだよ? ……並大抵の相手じゃないだろ?」


 アストにそう言いながら玄関へ向かう。


「…………ごめん、アスト」

「気にするな」


 何の意味での謝罪なのか、アストは正しく察してくれたようで、俺の頭を軽く撫でる。


 本当は天界に追われているアストに力を借りるのは避けたかった。

 ────でも、癒既も大切な仲間だから。だから、助けを求めたことは今は後悔しない。


「行くぜ、癒既の所へ!」


 玄関前には既に露華が準備していた。


「エサセ・ザ・ゴアケイ────」


 露華に頷いて、俺は癒既を捜す為、小さく呪文を唱え始めた。





  ***

 

(side 癒既)



 ゆっくりと目蓋を持ち上げて、すぐ視界に映ったのはどこか古い──廃棄された工場……いや、倉庫のような所だった。

 そのコンクリートの床の上で、僕は手足を縛られている。


「……こ、こは………?」

「さあ? テキトーに人間がいない場所を選んだだけだから」


 はっとして声のした方を見ると、そこには綺麗な笑みを浮かべているのにも関わらず、ゾッとするような雰囲気を持った少年が居た。


「………君、は?」

「初めまして、十六夜癒既。ボクの名前は青山(あおやま)紫希(しき)。気軽に紫希って呼んでいいよ? ……どうせ君はすぐに死んじゃうけど」


 ただ彼は微笑んでいるだけなのに、僕の背筋には何か冷たいモノが這う感覚が拭えない。


「……それにしても、君があの十六夜家の生き残りかぁー……。もっと凄そうなの期待してたんだけど、あんまり大したことなさそー」

「……………?」


 いきなり紫希が落胆のを口にして疑問が浮かぶ。


 ──彼は、いったい何を言っている?


「ん? ……あ、そーか。記憶消されてるんだっけ? まー、十六夜家はアレだしねー……。仕方ないよ、うん」

「…………君は、何を知っているの?」


 僕の家について何かを確実に知っている台詞を吐く紫希に険しさを滲ませた声で訊く。

 すると、紫希は本当に楽しそうな笑顔を浮かべた。


「ん? 何? 教えて欲しい?」

「…………出来れば」

「あははっ! いいよ! 教えてあげる!」


 紫希は笑いを絶やさぬまま、声を弾ませて即座に了承し近くのブロックに腰掛ける。


「…………どうせ君はボクに殺されるからね。冥土の土産ってことで教えてあげるよ」


 浮かべているのは相変わらず笑顔。

 しかしその瞳は冷たく、恐ろしい何かを含んでいる。


 彼の雰囲気は普通じゃない。

 ────おそらく彼の力は僕と同等またはそれ以上。

 彼にとって僕はどうにでも出来る存在で、だから両手足の拘束だけで十分なのだろう。


「……家のことを訊く前に、いい? ……何故、魔法を封じないの?」


 一応それを訊いてみる。

 返される答えは「反抗されてもすぐに取り押さえることが出来るから」とかだろうと思いながら。


「え? だってボク、封印魔法使えないし」

「……………………」


 答えは予想とは違った。

 ────ああ、どうやら魔法が使えないよう封じられてなかったのは僕の実力が舐められているからではなかったらしい。


「……この枷、壊していい?」

「んー……。十六夜家について話してからねー。それからボクと戦お?」


 魔法が使えるなら拘束を解くのは容易いこと。尋ねると紫希は暢気な口調で言った。暢気な口調ではあるが答える合間合間に狂気がちらついて見える気がする。


 ────彼は、多分。


「…………分かった。……教えてくれるかな?」


 至った考えを呑み込みながら無理矢理微笑を顔に張り付け紫希に頼むと、彼は嬉しそうに頷いた。

 

 ───覚えていない記憶を知りたい。

 今は、それを優先することにした。


「……十六夜家っていうのはね、神が恐れる一族なんだ」


 紫希がまず語ったことに少々驚く。


「……どういう、こと?」

「神を裁く資格を持つ一族だから」

「……!?」


 紫希の言葉を理解したのは、言われてから数秒後。


「疑うのも無理はないよ。君、記憶無いし、普通の天使だって信じられないだろうし?」

「…………そういうのは言わない方が良かったんじゃないの? いくら忘却魔法を掛けられているからって、それも完全じゃない。ふとした切っ掛けで記憶が甦るかもしれないのに」


 そう……。いくら天界が僕の記憶を操作して消してしまっても、それは完全じゃない。

 僕の記憶が全て消えない限り、失った記憶と何処かで繋がる残された記憶が、忘却の沼に沈められた記憶が、その繋がりによって引き上げられることもある。

 紫希は気にした様子も無く話し続ける。


「別にボク、天界の味方じゃないし。今回は聖司の頼みだったから。あと楽しそうだったし?」

「聖司……って、もしかして羽丘さんのこと?」


 羽丘聖司──天界管理局の幹部で第四課のリーダー。

 僕が管理局に居た頃の上司だ。


「うん。ボク、聖司と幼馴染みなの」


 その彼との関係を目の前の彼はあっさりと吐いた。


「ボクは罪人だからね。何年か前に牢獄に入れられて、それからずっと早く殺されないかなって待ってた。……だって、つまらないんだ。つまらない毎日で、飽きてた。時々だけど聖司が様子を見に来るくらいしか楽しみが無かったし。……だから、今は楽しいよ。…………キミという玩具で遊べるからね」

「…………じゃあさ、早く遊ぶために十六夜家について教えてよ?」


 わざと微笑みを作って促せば紫希は顔を輝かせた。

 彼はそんなに僕と戦いたいのか…………。

 内心で僕は溜息を吐いた。

 

「十六夜家はね、祖先に神がいるんだよ? だからその神の血を引く十六夜家は四枚羽の天使が必ずと言っていいくらいに頻繁に生まれるの。……すっごく稀にしか生まれない六枚羽だって生まれることもあるし」

「六枚羽……」


 四枚羽よりも生まれる確率の低い天使。その秘める力は神の持つ力に匹敵するらしい。

 “らしい”というのは六枚羽を見たことがなく噂でしか知らないからだ。


「ま、普段は天使って羽しまってるし、六枚羽が目の前通っても分からないからね~。ボクも見たことないよ?」


 僕の表情に思っていたことが出ていたのか、紫希は微笑した。


「それに、六枚羽は六枚羽であることを隠したがるから……」

「……」


 確かに聞いたことがある。

 六枚羽は希少だ。

 そのため、色んな意味で身動きを管理局に制限されるらしい。


「……で、そんな十六夜家の祖先の神はちょっと特殊でね。えっと……昔、ある神が大神の位についたんだけど、酷い神で世界を壊しかけたんだって。その神を討ったのがキミの祖先。キミの祖先は神殺しの魔法でその神を倒した」

「……神殺しの魔法。……もしかして、十六夜家はその魔法を代々伝えているの」

「うん、その通り」


 察しがいいね。と紫希は無邪気に笑う。


「……そして、今の大神は十六夜家を恐れ八年前、ある事件の犯人を十六夜一族の犯行にして十六夜一族を捕らえ、処刑した」

「なっ……!?」


 衝撃的な内容に、耳を疑った。

 紫希は表情を変えた僕の反応を見てニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。


「キミはまだ、その時は小さかったから見逃して貰えたんだろうね。……でも、君は出会ってしまった。そして堕天使に…………」


 その一言で、僕の頭にズキリ、と痛みが走った。


「よっぽどあの子が好きだったんだね。君を捕まえる時に幻影であの子を作って見せたらすっごく狼狽えてたもん」

「六花のこと? あの子って」


 弱々しく声を絞り出す。

 あれは幻影だったのか。

 そうだ。六花がここにいるわけない。

 六花はこの僕が────。


 俯く僕に、紫希はクスクスと笑い声をたてる。


「────知ってる? 彼女を何故、神が殺すように命じたのか」


 ズキリ。

 再び痛みが頭に走る。


 ────嫌ダ。ソノ先ハ聞キタクナイ!

 本能が告げる。何かを感じている。


「君が彼女と出会わなければ、彼女が死ぬことは無かったのにね────」


 ────記憶ガ、引キ摺リ出サレル。


『私の役目は、貴方に出会うこと──。貴方が受け継ぐべき十六夜家の魔法を守り、貴方に渡すこと……』


 彼女の声が、蘇った。






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